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第10章
204話
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ユリウスside
月明かりが僅かに届く薄暗い奈落の底。
僕とペティーナの攻防は激しさを増していた。
彼女は大きく振り被って、己の身長ほどある巨大な十字架を僕の脳天目掛けて振り落とす。
僕は手首の傷口から血を放出し、頭上に赤黒い半透明の防壁を生成した。
十字架と防壁がぶつかり、耳を劈くような衝突音が奈落に反響する。
聖女の一振りに耐えきらず、生成した壁は硝子細工のように叩き割られ、辺りに散らばった。
防壁は破られてしまったが、横に転がって聖女の一撃を躱すことには成功した。
ドシン!!とつい先ほどまで僕が居た場所に十字架が叩き付けられる。
何度も何度もペティーナの一撃を喰らった地面は、至るところが割れていたり盛り上がっていたりへこんでいたり棺が飛び出してしまったりと酷い有様だ。
「クソ、クソ、クソッッ!!」
なかなか攻撃が僕に当たらず、目に見えてペティーナの苛立ちが募っていく。
憎悪を煮詰めた瞳を向けるペティーナに、僕が薄く微笑んだーー丁度その時。
頭上から、破壊音が轟いた。
ハッとした僕とペティーナは頭上を見上げ、眼を見開いた。
つい先ほど、ベック卿が脇にテオドールと彼女を抱えて駆け上がった螺旋階段が、こちらに吸い寄せられているように崩れ落ちているのだ。
一体、上で何が起きたのだろうか。目を凝らしてみても、舞い上がる土埃のせいで細かな詳細が分からない。
一瞬、彼女のことが脳裏を過った。が、僕は小さく頭をふって片手を宙に掲げた。
手首の傷口からどくどくと脈打ちながら熱い血が溢れ出し、袖の下の腕に伝う。
予定外なことが起きたとしても、僕の目的は変わらない。
僕はペティーナの時よりも血の防壁を厚く生成した。
そしてすぐさま階段の雨が頭上に勢いよく降り注ぐ。
階段の破壊音は1回のみ。
一撃で階段を破壊できる人物。
ベック卿クラスの人間。
階段の残骸を受け止めながら連想していくと、ある人物が脳裏に浮かび上がる。
皇室騎士団団長――ジークフリート=ボックか。
その名に辿り着くと同時に、残骸の雨が降り止んだ。
僕は掲げていた手で拳を握り、先程の衝撃で少しひびが入った防壁を粉砕した。甲高い音を立てながら赤い欠片となった防壁は立ち込める土埃の中へと散らばってゆく。
「…クソ…」
土埃の中から地を這うようなペティーナの声がした。
徐々に晴れてきた土埃の中から、瓦礫の下敷きになったペティーナの姿が現れる。彼女の頭からは鮮やかな青い血が流れていた。
「お手をお貸ししましょうか。」
「はっ、心にもねェこと…」
吐き捨てるように笑ったペティーナは、己の身体に覆いかぶさる瓦礫に手をかけ、ぐぐぐ…と持ち上げ始めた。
彼女の上に積み重なったいくつもの瓦礫がガラガラと音を立てながら滑り落ち、土埃が立つ。
とっくの昔に限界を迎えているはずの身体の何処から、この怪力は湧いてくるのだろうか。
「害虫ごときが、人間の言葉を話してんじゃ、ねぇッッ!!」
僕を鋭く睨み付けてきたペティーナは大きく振りかぶって、持ち上げた瓦礫をこちらに投げ飛ばしてきた。
ぐんぐん加速する瓦礫はその風圧に耐えきれず宙で粉砕され、まるで流星群のように僕の脳天目掛けて飛んでくる。
僕は再び血の防壁を生成し、降り注ぐ瓦礫の破片を防いだ。
衝撃を受ける度にピシピシと防壁に亀裂が入る。だが、これぐらいならば耐えられるだろう。飛んでくる瓦礫を眺めながらそう思っていた次の瞬間、血の防壁が甲高い音を立てながら砕け散った。
砕けた防壁が赤いステンドグラスのように宙に散らばる中、眼前にギラつく刃物の断面が迫り来る。
何処から湧いてきたのか、ペティーナの手には折れた剣が握られていたのだ。
「マズイ。」と考えるよりも先に身体が動く。
ペティーナの雷光のような突きをのけぞるようにかわした。が、かわしきれず頬に鋭い痛みが走る。ピッと鮮血が弾けた頬を押さえ、1歩2歩後退し、地面に片膝をつく。手の平に視線を落とせば、真っ赤な鮮血がべったりと付着していた。
こんな身体でも生きているみたいに血は出るんだな、なんて呆けている暇などない。ペティーナが、間髪入れずに襲い掛かってくる。
僕は手の平に付着した血を使って再び防壁を生成した。壁と聖女の剣がぶつかり、激しい火花が散る。
「ダリィ、ダリィ、くそダリィ!!!てめえはそれしかできねぇのか!!」
額に青筋を立てる聖女は唾を飛ばしながら大声を上げる。
「ここで死ぬわけにはいけませんので。」
巷で”かわいい”と評判の笑顔を見せると、ペティーナの額の青筋が一本増えた。更に彼女の力が強くなり、魔力で出来た防壁にピシッとひびが入る。
だが、欠けた剣では彼女の人間離れした力には耐えきれなかった。
パンッと甲高い音を立ててペティーナの剣が砕け散ったのだ。
目を大きく見開き、大きくよろけるペティーナ。
ようやくできたこのチャンス。ここで逃すわけにはいかない。
僕はグッと拳を握り、防壁を粉砕した。そしてすぐさま、粉々になった防壁の欠片を手の平サイズの釘へと再成形する。宙に浮く数千本の赤黒い釘たちは矛先をペティーナに定め、僕の合図とともに一斉に放たれた。風を切りながら矛先は吸い込まれるかのようにペティーナの元へと飛んでいく。
流石のペティーナも無数の釘をその場で受け止めることはできず、彼女の身体は遠くの壁に勢いよく叩きつけられた。
轟音とともに土埃が立ち上がり、ペティーナの姿を確認することはできない。だがきっと壁に磔になっているだろう。
ペティーナの様子を確認しに行こうと一歩足を踏み出すと、背後からカランッと落下音がした。振り返ると、そこには一本の剣が瓦礫の上に転がっていた。きっと、上の階で戦っている騎士が落としたのだろう。
…あぁ、なるほど。先ほどペティーナが持っていた折れた剣も上から落ちてきたものだったのか。
剣を拾い上げ、もう一度ペティーナの方へ足を上げた丁度その時、ドスッと脇腹に火のような疼痛が走るのを覚えた。
見下ろすと僕の腹部に鞘が深々と刺さっているのが見えた。
じわりと口の中に鉄の味が広がる。
あぁ、もう一本あったのか。
僕の手からカランと拾い上げた剣が滑り落ちる。そして、その後を追いかけるように、僕は片膝を地面につけた。
「ったく…。手間かけさせやがって…」
徐々に晴れていく土埃の向こうから、身体の至る所に釘が突き刺さったペティーナが現れた。
遠くの壁には無数の釘と服の切れ端と何かの肉片が突き刺さったままだ。きっと磔になったところを無理やり引き剥がしてきたのだろう。
ボタボタと青い血を流すペティーナは、足を引きずりながら一歩づつ確実に僕の元へと歩みを進める。
「あーあ、脳天狙ったのに、刺さったのは脇腹かよ。くそが…」
ぶつぶつと不満を垂れ流しながら僕の前まできたペティーナは、僕の脇腹に刺さっている剣の鞘に向かって重い蹴りを入れてきた。
「がっ…!」
剣が更に肉に食い込み、神経を直接炙られたかのような激痛が身体中を貫く。
ペティーナ自身ももう力が入らないのか、遠くに蹴り飛ばすことはできないようで、僕の身体はその場で仰向けになった。
脇腹がどくどくと脈打ち、滲む鮮血が地面を染める。
「…いや、これが神様の思し召しか。」
抑揚のない声でそう呟いたペティーナは僕の上によたよたと跨り、冷たい瞳で見下ろしながら己の腕に刺さっている釘をズズズ…と引き抜いた。その釘は青い血を纏っており、僅かに届く月明かりが、テラテラと不気味に照らす。そして、ペティーナは手にしたソレを何の躊躇もなく僕の手の平に突き立てた。
「ぐっ…!!」
熱い激痛が脳天に突き上がる。ぶわりと額に脂汗が浮き、僕は奥歯を強く強く噛み締めた。
「はは、ようやくそのムカつくすまし顔が剥がれたな。」
ケタケタと嘲笑うペティーナは先ほどと同じように、己の身体に刺さった釘を引き抜いて反対の手、そして両足に淡々と突き立てていった。
僕の身体は地面に磔にされ身動きが取れない。
「痛い?痛いよな?苦しいよな?もうやめてくれって懇願したくなるよな??」
ペティーナは傍ら転がる僕が落とした剣を拾い上げた。鞘を両手で握り、大きく振り上げ、そして
「あの人が受けた痛みはこんなもんじゃねぇぞ。」
ペティーナの憎悪の声とともに、僕の足首は切り落とされた。
「ーーーーーー!!!!!!」
突き上げる激痛と絶叫を僕は奥歯を噛み締め必死に呑み込む。
「もういっちょー!!」
声高らかにペティーナは反対の足を狙って再び剣を振り落とす。が、今回は一度で切り落とすことは出来ず、刃は肉の中に留まったまま。それに舌打ちをしたペティーナは癇癪を起した子供のようになんども剣を振り落とした。
何度も、何度も。
ペティーナの狂った笑い声が妙に遠くに聞こえて、視界が赤く染まる中、ゴトンという音が骨に響いた。
僕の両足首が完全に切り離されたのだ。
「まだまだー!!」
鮮血を被ったペティーナは再び僕の上に跨り、今度は手首に狙いを定めた。切れ味が落ちた剣を右手首に数回振り、切り落とす。そして左手首も同様に切り落とされた。
「300年前、散々あの人のことを苦しめたくせに、まだこんなもので苦しめていたのかよ。」
忌々しく呟くペティーナの手には、僕の左手首を戒めていた鉄の輪っかが握られていた。ペティーナがそれを握り絞めると、鉄の輪っかはただの鉄くずに成り果てた。鉄くずは地面に転がり、瓦礫と交じる。もう何処にあるのか分からない。これで完全に彼女との繋がりは途絶えた。…いや。そもそも、そんな繋がりなど最初からなかったのかもしれない。何故ならば、あれはただの無機質な鉄と鉄の繋がりだからだ。
「ようやく、ようやく、この時がきた。」
唾棄せんばかりの憎悪と込み上げる達成感がぐちゃぐちゃに混ざり合い、見たことのないような奇妙な笑みを浮かべるペティーナは、刃こぼれが生じた剣の鞘を震える両手でしっかりと握り絞め、腕を大きく振り上げた。
鮮血を被ったペティーナのピンクダイヤモンドの瞳が妖しい光を帯びる。
「この世界と一緒に地獄に堕ちろ。アルベルト゠ブランシュネージュ゠ノルデン。」
そう言ってペティーナは僕の心臓目掛けて、剣を振り落とす。
僕はそっと瞼を閉じた。
月明かりが僅かに届く薄暗い奈落の底。
僕とペティーナの攻防は激しさを増していた。
彼女は大きく振り被って、己の身長ほどある巨大な十字架を僕の脳天目掛けて振り落とす。
僕は手首の傷口から血を放出し、頭上に赤黒い半透明の防壁を生成した。
十字架と防壁がぶつかり、耳を劈くような衝突音が奈落に反響する。
聖女の一振りに耐えきらず、生成した壁は硝子細工のように叩き割られ、辺りに散らばった。
防壁は破られてしまったが、横に転がって聖女の一撃を躱すことには成功した。
ドシン!!とつい先ほどまで僕が居た場所に十字架が叩き付けられる。
何度も何度もペティーナの一撃を喰らった地面は、至るところが割れていたり盛り上がっていたりへこんでいたり棺が飛び出してしまったりと酷い有様だ。
「クソ、クソ、クソッッ!!」
なかなか攻撃が僕に当たらず、目に見えてペティーナの苛立ちが募っていく。
憎悪を煮詰めた瞳を向けるペティーナに、僕が薄く微笑んだーー丁度その時。
頭上から、破壊音が轟いた。
ハッとした僕とペティーナは頭上を見上げ、眼を見開いた。
つい先ほど、ベック卿が脇にテオドールと彼女を抱えて駆け上がった螺旋階段が、こちらに吸い寄せられているように崩れ落ちているのだ。
一体、上で何が起きたのだろうか。目を凝らしてみても、舞い上がる土埃のせいで細かな詳細が分からない。
一瞬、彼女のことが脳裏を過った。が、僕は小さく頭をふって片手を宙に掲げた。
手首の傷口からどくどくと脈打ちながら熱い血が溢れ出し、袖の下の腕に伝う。
予定外なことが起きたとしても、僕の目的は変わらない。
僕はペティーナの時よりも血の防壁を厚く生成した。
そしてすぐさま階段の雨が頭上に勢いよく降り注ぐ。
階段の破壊音は1回のみ。
一撃で階段を破壊できる人物。
ベック卿クラスの人間。
階段の残骸を受け止めながら連想していくと、ある人物が脳裏に浮かび上がる。
皇室騎士団団長――ジークフリート=ボックか。
その名に辿り着くと同時に、残骸の雨が降り止んだ。
僕は掲げていた手で拳を握り、先程の衝撃で少しひびが入った防壁を粉砕した。甲高い音を立てながら赤い欠片となった防壁は立ち込める土埃の中へと散らばってゆく。
「…クソ…」
土埃の中から地を這うようなペティーナの声がした。
徐々に晴れてきた土埃の中から、瓦礫の下敷きになったペティーナの姿が現れる。彼女の頭からは鮮やかな青い血が流れていた。
「お手をお貸ししましょうか。」
「はっ、心にもねェこと…」
吐き捨てるように笑ったペティーナは、己の身体に覆いかぶさる瓦礫に手をかけ、ぐぐぐ…と持ち上げ始めた。
彼女の上に積み重なったいくつもの瓦礫がガラガラと音を立てながら滑り落ち、土埃が立つ。
とっくの昔に限界を迎えているはずの身体の何処から、この怪力は湧いてくるのだろうか。
「害虫ごときが、人間の言葉を話してんじゃ、ねぇッッ!!」
僕を鋭く睨み付けてきたペティーナは大きく振りかぶって、持ち上げた瓦礫をこちらに投げ飛ばしてきた。
ぐんぐん加速する瓦礫はその風圧に耐えきれず宙で粉砕され、まるで流星群のように僕の脳天目掛けて飛んでくる。
僕は再び血の防壁を生成し、降り注ぐ瓦礫の破片を防いだ。
衝撃を受ける度にピシピシと防壁に亀裂が入る。だが、これぐらいならば耐えられるだろう。飛んでくる瓦礫を眺めながらそう思っていた次の瞬間、血の防壁が甲高い音を立てながら砕け散った。
砕けた防壁が赤いステンドグラスのように宙に散らばる中、眼前にギラつく刃物の断面が迫り来る。
何処から湧いてきたのか、ペティーナの手には折れた剣が握られていたのだ。
「マズイ。」と考えるよりも先に身体が動く。
ペティーナの雷光のような突きをのけぞるようにかわした。が、かわしきれず頬に鋭い痛みが走る。ピッと鮮血が弾けた頬を押さえ、1歩2歩後退し、地面に片膝をつく。手の平に視線を落とせば、真っ赤な鮮血がべったりと付着していた。
こんな身体でも生きているみたいに血は出るんだな、なんて呆けている暇などない。ペティーナが、間髪入れずに襲い掛かってくる。
僕は手の平に付着した血を使って再び防壁を生成した。壁と聖女の剣がぶつかり、激しい火花が散る。
「ダリィ、ダリィ、くそダリィ!!!てめえはそれしかできねぇのか!!」
額に青筋を立てる聖女は唾を飛ばしながら大声を上げる。
「ここで死ぬわけにはいけませんので。」
巷で”かわいい”と評判の笑顔を見せると、ペティーナの額の青筋が一本増えた。更に彼女の力が強くなり、魔力で出来た防壁にピシッとひびが入る。
だが、欠けた剣では彼女の人間離れした力には耐えきれなかった。
パンッと甲高い音を立ててペティーナの剣が砕け散ったのだ。
目を大きく見開き、大きくよろけるペティーナ。
ようやくできたこのチャンス。ここで逃すわけにはいかない。
僕はグッと拳を握り、防壁を粉砕した。そしてすぐさま、粉々になった防壁の欠片を手の平サイズの釘へと再成形する。宙に浮く数千本の赤黒い釘たちは矛先をペティーナに定め、僕の合図とともに一斉に放たれた。風を切りながら矛先は吸い込まれるかのようにペティーナの元へと飛んでいく。
流石のペティーナも無数の釘をその場で受け止めることはできず、彼女の身体は遠くの壁に勢いよく叩きつけられた。
轟音とともに土埃が立ち上がり、ペティーナの姿を確認することはできない。だがきっと壁に磔になっているだろう。
ペティーナの様子を確認しに行こうと一歩足を踏み出すと、背後からカランッと落下音がした。振り返ると、そこには一本の剣が瓦礫の上に転がっていた。きっと、上の階で戦っている騎士が落としたのだろう。
…あぁ、なるほど。先ほどペティーナが持っていた折れた剣も上から落ちてきたものだったのか。
剣を拾い上げ、もう一度ペティーナの方へ足を上げた丁度その時、ドスッと脇腹に火のような疼痛が走るのを覚えた。
見下ろすと僕の腹部に鞘が深々と刺さっているのが見えた。
じわりと口の中に鉄の味が広がる。
あぁ、もう一本あったのか。
僕の手からカランと拾い上げた剣が滑り落ちる。そして、その後を追いかけるように、僕は片膝を地面につけた。
「ったく…。手間かけさせやがって…」
徐々に晴れていく土埃の向こうから、身体の至る所に釘が突き刺さったペティーナが現れた。
遠くの壁には無数の釘と服の切れ端と何かの肉片が突き刺さったままだ。きっと磔になったところを無理やり引き剥がしてきたのだろう。
ボタボタと青い血を流すペティーナは、足を引きずりながら一歩づつ確実に僕の元へと歩みを進める。
「あーあ、脳天狙ったのに、刺さったのは脇腹かよ。くそが…」
ぶつぶつと不満を垂れ流しながら僕の前まできたペティーナは、僕の脇腹に刺さっている剣の鞘に向かって重い蹴りを入れてきた。
「がっ…!」
剣が更に肉に食い込み、神経を直接炙られたかのような激痛が身体中を貫く。
ペティーナ自身ももう力が入らないのか、遠くに蹴り飛ばすことはできないようで、僕の身体はその場で仰向けになった。
脇腹がどくどくと脈打ち、滲む鮮血が地面を染める。
「…いや、これが神様の思し召しか。」
抑揚のない声でそう呟いたペティーナは僕の上によたよたと跨り、冷たい瞳で見下ろしながら己の腕に刺さっている釘をズズズ…と引き抜いた。その釘は青い血を纏っており、僅かに届く月明かりが、テラテラと不気味に照らす。そして、ペティーナは手にしたソレを何の躊躇もなく僕の手の平に突き立てた。
「ぐっ…!!」
熱い激痛が脳天に突き上がる。ぶわりと額に脂汗が浮き、僕は奥歯を強く強く噛み締めた。
「はは、ようやくそのムカつくすまし顔が剥がれたな。」
ケタケタと嘲笑うペティーナは先ほどと同じように、己の身体に刺さった釘を引き抜いて反対の手、そして両足に淡々と突き立てていった。
僕の身体は地面に磔にされ身動きが取れない。
「痛い?痛いよな?苦しいよな?もうやめてくれって懇願したくなるよな??」
ペティーナは傍ら転がる僕が落とした剣を拾い上げた。鞘を両手で握り、大きく振り上げ、そして
「あの人が受けた痛みはこんなもんじゃねぇぞ。」
ペティーナの憎悪の声とともに、僕の足首は切り落とされた。
「ーーーーーー!!!!!!」
突き上げる激痛と絶叫を僕は奥歯を噛み締め必死に呑み込む。
「もういっちょー!!」
声高らかにペティーナは反対の足を狙って再び剣を振り落とす。が、今回は一度で切り落とすことは出来ず、刃は肉の中に留まったまま。それに舌打ちをしたペティーナは癇癪を起した子供のようになんども剣を振り落とした。
何度も、何度も。
ペティーナの狂った笑い声が妙に遠くに聞こえて、視界が赤く染まる中、ゴトンという音が骨に響いた。
僕の両足首が完全に切り離されたのだ。
「まだまだー!!」
鮮血を被ったペティーナは再び僕の上に跨り、今度は手首に狙いを定めた。切れ味が落ちた剣を右手首に数回振り、切り落とす。そして左手首も同様に切り落とされた。
「300年前、散々あの人のことを苦しめたくせに、まだこんなもので苦しめていたのかよ。」
忌々しく呟くペティーナの手には、僕の左手首を戒めていた鉄の輪っかが握られていた。ペティーナがそれを握り絞めると、鉄の輪っかはただの鉄くずに成り果てた。鉄くずは地面に転がり、瓦礫と交じる。もう何処にあるのか分からない。これで完全に彼女との繋がりは途絶えた。…いや。そもそも、そんな繋がりなど最初からなかったのかもしれない。何故ならば、あれはただの無機質な鉄と鉄の繋がりだからだ。
「ようやく、ようやく、この時がきた。」
唾棄せんばかりの憎悪と込み上げる達成感がぐちゃぐちゃに混ざり合い、見たことのないような奇妙な笑みを浮かべるペティーナは、刃こぼれが生じた剣の鞘を震える両手でしっかりと握り絞め、腕を大きく振り上げた。
鮮血を被ったペティーナのピンクダイヤモンドの瞳が妖しい光を帯びる。
「この世界と一緒に地獄に堕ちろ。アルベルト゠ブランシュネージュ゠ノルデン。」
そう言ってペティーナは僕の心臓目掛けて、剣を振り落とす。
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それはカトルの抱える、真実だった──。
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