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第10章
197話
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エリザベータside
上空から物凄い速さで落ちてきたのは、殿下と聖女だった。
下で待ち構えていたビアンカは2人を左右の肩に担ぐようにして受け止めたが、その衝撃から生まれた暴風により私の身体は後方に煽られる。
細かい砂が無数の針のように激しく吹き付け、私は咄嗟に両腕で顔を覆った。
「あんらぁ~?そんなにアタシに会いたかったんですか?」
風が止み、ビアンカの声に恐る恐る目を開ける。すると、そこにはご機嫌なビアンカとゲンナリ顔の殿下が親しげにやり取りをしている姿があった。
殿下が上空から落ちてきたのを見た時は一瞬嫌な想像が脳裏を過ぎったが、無事な姿を見れて酷く安堵する。
だがホッとしたのもつかの間、私は殿下の右腕を見て息を吞んだ。
無い。無いのだ。
本来ならば肩から伸びているはずの右腕が。
赤黒く染まる肩口を見て固まる私に気付いた殿下は、ビアンカに担がれたまま片手を軽く上げヘラリと笑った。
「よっ、エリザ。無事だったんだな。」
まるで学校で挨拶するような明るさと軽さに、私は違う、そうじゃないと頭を振る。
「殿下、うで、腕が…」
顔を青くしワナワナと震える私に殿下は一瞬気まずそうな表情を浮かべたが、すぐにそれを笑顔に塗り替えた。
「あぁ、これか?そっちで伸びていやがるクソ聖女に喰われた。」
「喰われ…!?」
なんてことのないように話す驚愕の事実に私は目を剥いた。
殿下の反対側の肩で無垢な乙女のような寝顔で気絶している聖女が、殿下の右腕を食べたですって?
一体何をどうしたら、そんな最悪な事態に陥ってしまうのだ。
確かにあの人間離れした怪力を持つ聖女なら、何をしても不思議ではない。けれど、人の腕を食べるなんて。
いともたやすく、人として超えてはいけない一線を何度も飛び越えてしまう聖女に頭を抱える。
目の前の光景が受け入れられない。辛い。酷い。この場から逃げ出したい。
いや、1番辛いのは殿下だ。私じゃない。分かっている。けれど、大切な人の腕が突然なくなってしまった。これはあまりにもショックが大きすぎる。
「利き腕を奪わてしまうとは情けないですね。」
ため息交じりで辛辣な台詞を放ったのは、いつの間にか私の隣に来ていたユリウスだった。
その無神経な物言いにカチンときた私はユリウスの横顔を鋭く睨み付け、牙をむいた。
「そんな言い方…!」
「俺はお前と違って器用すぎるから腕一本ありゃぁ十分なんだよ。」
私の言葉を遮りビアンカの肩から飛び降りた殿下は、ユリウスの向かってニヤリと笑う。するとユリウスは呆れたようにため息をついた。
「少しはしおらしくなるかと思えば、相変わらずの減らず口ですね。安心しました。」
「おんやぁ~?あのクソベルト様が俺を心配しているのか?」
「えぇ、勿論。」
「きっしょ!!」
胡散臭いユリウスの言葉に殿下は盛大に顔をしかめる。そんな殿下にユリウスは意味深に微笑んだ。
「貴方にはまだ役目があるということを、ゆめゆめお忘れなきよう。」
「…。」
殿下は何も答えず、ユリウスをただじっと見据える。
彼が言い返さないだなんて珍しい。
殿下の様子に違和感を覚えていると、ビアンカの肩の上で小さな獅子がハッと目を覚ました。
「ここは…ってうおっ!ゴリラ!!」
目覚めて早々に視界いっぱいに飛び込んできた至近距離のビアンカに驚いたのであろう聖女は、その可憐な顔立ちに似つかわしくない野太い声を上げた。
「失礼ね!アタシは人間よぉ!!」
轟くような咆哮上げながら、ビアンカは肩の上の聖女を逞しい腕でがっちり固定し、そのまま豪快に上体を後方に反らせ、聖女を地面に叩きつけた。ビアンカの一撃が決まった!と思いきや、次の瞬間には、筋肉の塊のようなビアンカの巨体が信じられない速度で壁に叩きつけられていた。轟音と共にぶわりと土埃が舞い、視界を奪う。
一体何が起きたのだろうか。思わず「どうして…」と呟くと、隣にいるユリウスが淡々と説明してきた。
「遠心力を利用して、ペティーナがベック卿を後ろに投げ飛ばしたんですよ。」
ユリウスの目はあの一瞬の出来事を全て捉えていた。ならば何故、状況を分かっているはずなのに、ビアンカの事を心配しないのだろうか。微塵も狼狽えることなく、冷静を通り越して冷たい態度のユリウスに負の感情が募る。
今はとにかくビアンカの無事を確かめなければ。私は土埃の向こうにいるビアンカの元に駆け寄ろうとした。だが素早くユリウスに腕を掴まれ、1歩すら踏み出すことができなかった。
「離し…っ」
「今行くと危ないですよ。」
そう言ってユリウスは鋭く睨む私に、顎をしゃくって土埃を見るようさし示した。
納得ができないまま視線を土埃に向けると、ちょうどビアンカが物凄い速さで土埃の中から現れたことろだった。土埃を切りながらビアンカは聖女に向かって一直線に駆けてゆく。
そんな暴走馬車のようなビアンカに対し、聖女は両手を前に構え迎え撃とうとしていた。
いや、駄目だ。
私の脳裏に先程壁に叩きつけられたビアンカの姿が浮かぶ。
このままではビアンカが…!
「大丈夫だ。」
殿下がそう言って、ニカッと笑った瞬間、ベティとビアンカは互いの両手を激しく掴み合った。
「ビアンカの強さは本物だ。心配する気持ちは分かるが、信じてやれ。」
ビアンカの強さを疑ったことなんて一度もない。けれど、殿下に言われて私はハッとした。
聖女の人間離れした力を目の当たりにして、私は無意識に誰も彼女には適わないと思っていた。だからビアンカのことも…。
戦うビアンカの姿を見たことがなかった私は、彼女の強さを自分の想像できる範疇に収めてしまっていた。彼女の強さを信じ切れていなかったのだ。
私は殿下に向かって深く頷いてみせた。すると殿下は満足げな笑みを浮かべ、真剣な眼差しをビアンカに向けた。その瞳には信頼のほかに尊敬の色も込められているような気がした。
「…。」
私の腕を未だに掴んでいる手に視線を落とす。
彼もまた、ビアンカを信じているからこその態度だったのだろうか。
「…もう大丈夫だから手を離して。」
「…。」
ユリウスは何も言わなかった。
ただ黙って私の腕から手をそっと離し、静かな眼をビアンカに向けた。
私もビアンカを信じよう。
胸の前で両手を握った私は、祈るように彼女たちを見守った。
上空から物凄い速さで落ちてきたのは、殿下と聖女だった。
下で待ち構えていたビアンカは2人を左右の肩に担ぐようにして受け止めたが、その衝撃から生まれた暴風により私の身体は後方に煽られる。
細かい砂が無数の針のように激しく吹き付け、私は咄嗟に両腕で顔を覆った。
「あんらぁ~?そんなにアタシに会いたかったんですか?」
風が止み、ビアンカの声に恐る恐る目を開ける。すると、そこにはご機嫌なビアンカとゲンナリ顔の殿下が親しげにやり取りをしている姿があった。
殿下が上空から落ちてきたのを見た時は一瞬嫌な想像が脳裏を過ぎったが、無事な姿を見れて酷く安堵する。
だがホッとしたのもつかの間、私は殿下の右腕を見て息を吞んだ。
無い。無いのだ。
本来ならば肩から伸びているはずの右腕が。
赤黒く染まる肩口を見て固まる私に気付いた殿下は、ビアンカに担がれたまま片手を軽く上げヘラリと笑った。
「よっ、エリザ。無事だったんだな。」
まるで学校で挨拶するような明るさと軽さに、私は違う、そうじゃないと頭を振る。
「殿下、うで、腕が…」
顔を青くしワナワナと震える私に殿下は一瞬気まずそうな表情を浮かべたが、すぐにそれを笑顔に塗り替えた。
「あぁ、これか?そっちで伸びていやがるクソ聖女に喰われた。」
「喰われ…!?」
なんてことのないように話す驚愕の事実に私は目を剥いた。
殿下の反対側の肩で無垢な乙女のような寝顔で気絶している聖女が、殿下の右腕を食べたですって?
一体何をどうしたら、そんな最悪な事態に陥ってしまうのだ。
確かにあの人間離れした怪力を持つ聖女なら、何をしても不思議ではない。けれど、人の腕を食べるなんて。
いともたやすく、人として超えてはいけない一線を何度も飛び越えてしまう聖女に頭を抱える。
目の前の光景が受け入れられない。辛い。酷い。この場から逃げ出したい。
いや、1番辛いのは殿下だ。私じゃない。分かっている。けれど、大切な人の腕が突然なくなってしまった。これはあまりにもショックが大きすぎる。
「利き腕を奪わてしまうとは情けないですね。」
ため息交じりで辛辣な台詞を放ったのは、いつの間にか私の隣に来ていたユリウスだった。
その無神経な物言いにカチンときた私はユリウスの横顔を鋭く睨み付け、牙をむいた。
「そんな言い方…!」
「俺はお前と違って器用すぎるから腕一本ありゃぁ十分なんだよ。」
私の言葉を遮りビアンカの肩から飛び降りた殿下は、ユリウスの向かってニヤリと笑う。するとユリウスは呆れたようにため息をついた。
「少しはしおらしくなるかと思えば、相変わらずの減らず口ですね。安心しました。」
「おんやぁ~?あのクソベルト様が俺を心配しているのか?」
「えぇ、勿論。」
「きっしょ!!」
胡散臭いユリウスの言葉に殿下は盛大に顔をしかめる。そんな殿下にユリウスは意味深に微笑んだ。
「貴方にはまだ役目があるということを、ゆめゆめお忘れなきよう。」
「…。」
殿下は何も答えず、ユリウスをただじっと見据える。
彼が言い返さないだなんて珍しい。
殿下の様子に違和感を覚えていると、ビアンカの肩の上で小さな獅子がハッと目を覚ました。
「ここは…ってうおっ!ゴリラ!!」
目覚めて早々に視界いっぱいに飛び込んできた至近距離のビアンカに驚いたのであろう聖女は、その可憐な顔立ちに似つかわしくない野太い声を上げた。
「失礼ね!アタシは人間よぉ!!」
轟くような咆哮上げながら、ビアンカは肩の上の聖女を逞しい腕でがっちり固定し、そのまま豪快に上体を後方に反らせ、聖女を地面に叩きつけた。ビアンカの一撃が決まった!と思いきや、次の瞬間には、筋肉の塊のようなビアンカの巨体が信じられない速度で壁に叩きつけられていた。轟音と共にぶわりと土埃が舞い、視界を奪う。
一体何が起きたのだろうか。思わず「どうして…」と呟くと、隣にいるユリウスが淡々と説明してきた。
「遠心力を利用して、ペティーナがベック卿を後ろに投げ飛ばしたんですよ。」
ユリウスの目はあの一瞬の出来事を全て捉えていた。ならば何故、状況を分かっているはずなのに、ビアンカの事を心配しないのだろうか。微塵も狼狽えることなく、冷静を通り越して冷たい態度のユリウスに負の感情が募る。
今はとにかくビアンカの無事を確かめなければ。私は土埃の向こうにいるビアンカの元に駆け寄ろうとした。だが素早くユリウスに腕を掴まれ、1歩すら踏み出すことができなかった。
「離し…っ」
「今行くと危ないですよ。」
そう言ってユリウスは鋭く睨む私に、顎をしゃくって土埃を見るようさし示した。
納得ができないまま視線を土埃に向けると、ちょうどビアンカが物凄い速さで土埃の中から現れたことろだった。土埃を切りながらビアンカは聖女に向かって一直線に駆けてゆく。
そんな暴走馬車のようなビアンカに対し、聖女は両手を前に構え迎え撃とうとしていた。
いや、駄目だ。
私の脳裏に先程壁に叩きつけられたビアンカの姿が浮かぶ。
このままではビアンカが…!
「大丈夫だ。」
殿下がそう言って、ニカッと笑った瞬間、ベティとビアンカは互いの両手を激しく掴み合った。
「ビアンカの強さは本物だ。心配する気持ちは分かるが、信じてやれ。」
ビアンカの強さを疑ったことなんて一度もない。けれど、殿下に言われて私はハッとした。
聖女の人間離れした力を目の当たりにして、私は無意識に誰も彼女には適わないと思っていた。だからビアンカのことも…。
戦うビアンカの姿を見たことがなかった私は、彼女の強さを自分の想像できる範疇に収めてしまっていた。彼女の強さを信じ切れていなかったのだ。
私は殿下に向かって深く頷いてみせた。すると殿下は満足げな笑みを浮かべ、真剣な眼差しをビアンカに向けた。その瞳には信頼のほかに尊敬の色も込められているような気がした。
「…。」
私の腕を未だに掴んでいる手に視線を落とす。
彼もまた、ビアンカを信じているからこその態度だったのだろうか。
「…もう大丈夫だから手を離して。」
「…。」
ユリウスは何も言わなかった。
ただ黙って私の腕から手をそっと離し、静かな眼をビアンカに向けた。
私もビアンカを信じよう。
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