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第9章「愚者の記憶」
148話
しおりを挟むアルベルトside
「ウワァアアアアアアアアア!!!!」
寝静まった皇宮に、僕の叫び声が雷鳴の如く轟く。
その悲鳴を聞きつけてか、慌ただしい足音と共に、2人の人間が寝室に飛び込んできた。叔父と初老の皇宮医だ。
「―っ、」
叔父と皇宮医が同時に息を呑む。
寝室が、猛々しく燃え上がる青い炎に包まれていたからだ。
そして、炎の中には顔面と腕を焼かれて床をのたうち回る指南役と、ベッドの上で嘔吐しながら腕を掻き毟る僕がいた。
「アルベルト!!」
普段聞いたこともないような切迫した声を上げた叔父は、燃え盛る炎をものともせず、僕に駆け寄ってきた。
一方、完全に意識を炎に飲み込まれていた皇宮医は、叔父の声にハッと我に返り、藻掻き苦しんでいる指南役の元へと慌てて駆け出した。
「落ち着きなさい、アルベルト。」
叔父は辺りの炎を魔法で消火しながら、僕の肩に手を伸ばす。
「僕に触るな!!」
唸り声を上げながら叔父の手を払った僕は、瞳からとめどなく溢れ出る青い炎を、叔父に向かって撒き散らした。
「―っあっ、」
咄嗟に腕を交差させ顔面を守った叔父であったが、真正面から炎を浴びた両腕は一瞬で蝋のように焼き爛れた。
服の繊維と肉の焦げた臭いが僕の鼻を刺激し、更なる嘔吐を誘発させる。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!!!!!」
激痛に顔を歪めている叔父のことなんて、どうでもいい。今はただ腕にまとわりつく不快な感触を、一刻も早く取り除きたい。
だが、掻いても掻いても感触が消えない。無理やり快感を引き出そうとした気色悪くて生暖かいあの感触が…!!
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッッッ!!!!
腕を掻いて掻いて掻き毟って毟って毟って爪が割れて、指先が真っ赤に染る。更に鋭利になった爪で皮膚を裂き、肉を抉り出す。
ぐちゃぐちゃズタズタボロボロの傷口から溢れ出る鮮血はボタボタと垂れて、白いシーツを真っ赤に染め上げた。
感触だけではない。
脳裏には指南役の発情した顔が、鼓膜には甘ったるい声が、鼻腔には強めの薔薇の香りが、焼き付いて離れない。
まだ消えないのか。
まだ足りないのか。
まだ、まだ、まだ…!!
「クソックソックソックソガァッッ!」
僕は血塗れの両手で頭を掻き毟る。
指南役が僕に教えようとしていたものは愛ではなく、ただの汚らわしい肉欲だった。だがアイツはそれを愛と呼び、穢れた手で僕に触れてきた。
何が愛だ。何が心だ。
それらは人間の浅ましくて醜い本性を隠すために、人間が都合よく作り上げた口先だけの言葉じゃないか。
だから人間は軽々しく空っぽの愛を語り、ありもしない心を得意げに当たり散らすのだ。
あぁ、なんておぞましい…!!
僕はわかっていなかった。
人間という生き物が、僕が思っていた以上に醜い存在であることを。
神の血を引く皇族の老害共も同じだ。言われるままに子孫を残そうとするだなんて、まるで家畜同然じゃないか。
神の力を欲するあまりに、奴らは家畜に成り下がったのだ。
…いや、違う。家畜以下だ。
存在しているだけで、ただただ僕に害を及ぼす不要な存在。人間は、世界という名の虫かごに収容された蛆虫なのだ。
…あぁ、そうか、わかった。わかったぞ。
何故、青の魔力が世代を超える度に衰えているのか。
本来、青の魔力は神の力。
きっと神は初代皇帝に力を授けたのではく、一時的に貸していただけなのだ。そして、大噴火を鎮め、大地を蘇らせたことにより、青の魔力の役目が終わった。つまり、この力を神に返す時が来たのだ。
それなのに魔力に依存しきった身の程知らずの老害共は、神の意に背き、僕を作った。僕を…
「―ッッ、オエッ…ガバッ…」
吐き気が止まらない。
胃の内容物を全て吐き終えても、ひたすら血が混じった胃液を吐き散らす。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
僕以外の全てが、気持ち悪くて仕方がない!!!
「アルベルト!」
無理やり叔父が僕の両肩を掴んできた。
触れられた所からゾワリと鳥肌が伝染し、反射的に炎を叔父に向けた。だが叔父の手は僕から離れない。
「離せ離せ離せ離せ!!」
「私の目を見なさい。」
「―っ、」
その平坦な声に引っ張られ、僕と同じように青色に煌めいている叔父の瞳と目が合った。その瞬間、寝室の中を渦巻いていた全ての炎が水をぶっかけられたかのように煙を上げながら鎮火した。
叔父の魔力が、暴走する僕の魔力を捩じ伏せたのだ。
魔力を大放出させ、体力を酷く消耗した僕の身体は糸を切られた操り人形のようにカクンッと傾き、そのまま叔父の胸の中に倒れ込んだ。
「…ら、ラ…ル…フ…」
「今は眠りなさい。」
「…。」
「眠りなさい。」
その言葉に導かれるままに、僕の意識は暗闇の底へと沈んでいった。
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