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03話 「名前 その1」

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 寝る、起きる、泣く、飲む、おしっこが出てと繰り返すこと約10日。この頃には少しずつではあるが、目を開けることが出来るようになった。

 起きている時間はだいたい3時間ぐらいだ。私がやれることはただ一つ。この世界について知ることだ。

「ア~ちゃん、イ~ちゃん、ウ~ちゃん?」
「はっはっは、ターくんとかチーくんではないかな?」
「本当に迷っちゃうわねえ」
「はっはっは、この子の名前はどうしようか」

 私の名前を○○ちゃんとy呼んでいるのは私の母親で、私と同じ黒髪のおっとりした雰囲気のする美人である。この人の胸を吸っているので顔をしっかりと覚えている。私を○○ちゃん扱いするし恥ずかしかったが、もう慣れてしまった。

 はっはっはと笑っているのは父親だと思われる。というのもこの家にはいっぱい人数がいるからである。でもママがパパと呼ぶのはこの人だし、年齢的にもおじいちゃんではなさそうだ。結構ガタイがいい金髪のちょいモテおやじって感じだね。

「ほれほれ。この子の手に指を置くとぎゅっと握り返してくれるんだ。パパのことが大好きなんだよ」

 違います。それは赤ちゃんの反射的な反応です。確か前世では把握反射とか言われてました。


「私が抱っこをすると胸に飛び掛かるのよ。この子はママのおっぱいで大きく育つわよ」

 さっき慣れたとかいいましたが嘘です。もう本当にやめてよ~。


 この両親は私にべったりだ。すごく甘えさせてくれます。しかし本当の名前を知りません。なぜならお互いのことをパパママとしか言わないからです。仲が良いのはいいことだと思うけど、私の名前が決まっていないのはどうなんでしょう。

「アルちゃん? イルちゃん? ウルちゃん? エルちゃん? オルちゃんでも似合いそうね」
「ママは良い名前を挙げるねえ。息子にはかっこいい名前にしたいもんだ」

 おお、私はきっとカッコいい名前になるに違いないよね! ナイスだパパ!!

「実はママはね、可愛い名前もありじゃないかと思うのよ」
「かわいい? はっはっは、この子は男の子だよ」
「だって私たちの可愛い可愛い天使じゃないの。エンジェルっていうのもありだと思うのよ」
「!!」
「ほら良い名前でしょう?」
「た、確かにそれは……ゴクリっ」


「おんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


「あら、私の愛しいマイエンジェルが泣き出したわ」
「はっはっは、名前を聞いて泣いちゃったから違うのがいいかもしれないぞ?」

 あ、危なかった……。変な名前が付いちゃうからやめてよね。てかパパすごく流されてたぞ?! なんか不安で仕方がないよ。


「旦那様、お客様がお見えになりました」

 この部屋の扉を開けて誰かがやって来たようだ。実はこの家には使用人がたくさん住んでいるのだ。メイドか執事か詳しくわからないけど10人以上いるんだよね。今の私は使用人の顔しか覚えていないが、そのうち名前やら何やら覚えようと思う。

「そうか、ちょっと行ってくるよママ。今日の夜にはナンス家にふさわしい名前を付けよう」
「いってらっしゃいパパ。エンジェルも待ってるから早く終わらしてきてね」
「はっはっは、頑張るよ」

 そしてパパが出て行った。パパのお仕事は何してるんだろうね。眠くなってきたからもう寝よう。パパママ、お休みなさい。





 その夜、私の名前を決める家族会議が行われた。

 参加者はパパことダンディ・ナンス、ママのレディー・ナンス、執事のタクシー、メイド長のカフェの4人。そして名付けの候補には参加していないが、決定権を持つのはナンス家長男のアニーキー・ナンスと長女のアーネ・ナンスだ。

 タクシーはスーツを着ている白髪のおじさんである。ナンス家の執事はこの一人だけで、どんな仕事でもこなしてしまう頼れる人物だ。カフェは赤みがかった茶髪のメイドである。他のメイド達にとって姉御的な存在である。今回は使用人代表として会議に参加しているので命名の決定権はない。

 アニーキ―は同年代の子供に比べて背が高い少年である。落ち着いた性格でほっそりしていてる。プリン頭が目立つのが悩みらしい。アーネは金髪の可愛らしい少女である。晴れの日は外で元気に走り回っているおてんばちゃんだ。この2人は私の兄弟なようだ。


 私はパパママの近くのベットですやすや寝ていた。まだ名前の決まっていない末っ子の部屋に、参加者が全員集まった。

「え、まだ名前決まってなかったの?」
「ママー、おとーとみせて」

 アニーキーは名前が決まっていないことに驚き、アーネはまだ名前の決まっていない弟と遊びたいようだ。

「はいはい、二人とも静かにしてね。今日はあなたの弟の名前を決めるのよ」
「はっはっは、候補が出てるからそれから教えようかな。これを見なさい」

 そして父親は紙を取り出しパッと広げる。
 【ハンサム・ナンス】

 母親も持っている紙を広げる。
 【テンシ・ナンス】

「はっはっは、どうだかっこいいだろう!」
「私たちのかわいいエンジェルの名前にしたのよ」

「「……」」

 アニーキーは困惑し、アーネはあまり文字が読めなかった。アーネは今年で4歳になるが、文字を読む勉強をしていなかったのだ。大好きな絵本に書かれている文字だけ読めるといった具合である。そのため、紙に書かれた文字がよく分からなかった。

 テンションのおかしい両親を見て、アニーキーは何も言うことができなかった。浮かれすぎていて何を言っても無駄だと感じた。アーネの名前を決めたときと似たような雰囲気だったからである。

 アニーキーがボー然としているのを感じ取り、すかさずタクシーが動いた。

「すばらしい名前だと思います、ご主人様」
「そうだろタクシー、これで決定だな!」
「何を言っているのかしらパパ。私のテンシの方がいいに決まっているでしょう?」
「ママ、冗談はよしてくれよ。はっはっは」

 不穏な空気を感じタクシーはちらりとカフェに合図をする。

「旦那様、奥様、落ち着いてください。まだ決まったわけではありませんよ?」
「いやいや、もうハンサムで決定だよ」
「末っ子は天使なのよ。問題なんてないわ」
「3年前のアーネ様のときを思い出してください」

 カフェがタクシーに目線を送る。

「ああ、そうでしたなあ。あのときは魔法でお屋敷が半壊してしまって大変でしたなあ。今は落ち着いて話をするときですぞ」
「……そ、そうだったなあ。ごめんなママ」
「あ、あのときはパパごめんなさい。私はどうかしちゃってたの」
「ママ……」「パパ……」
 ダンディとレディーはお互いを見つめ合った。完全に二人の世界である。

 落ち着いた両親を見てアニーキーの表情がもとに戻った。アニーキーがタクシーとカフェを見ると微笑んでいた。言葉には出さないがありがとうと二人に微笑んだ。アーネはきょとんとしているが両親がいつもの二人に戻ったので安心した。


 ここだと言わんばかりにカフェが話を切り出した。

「アーネ様の名前を決めたとき、たくさんの人の意見を知りたいと旦那様は申しました。そこで今回も使用人達から意見を集めました。タクシーさん、お願いします」

 タクシーがここにいる皆に見える位置に移動し、丸めた紙を取り出した。

「ほほっ。ではご覧ください」



 タクシーはカフェと示し合わせた動きでさっと紙を広げた。
 【アルティメット・ナンス】



「「「「……」」」」


 アニーキが絶望の表情になった……。


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命名の決定権を持つのはナンス家の4人です。
使用人はこんな名前もどうですかと意見役として参加しています。
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