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#3 母との再会

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「夢じゃ、無かったんだ……」


 不思議な空間で話した事は全て覚えている。

 まだ少し分からないこともあるが、とりあえず、自分がなぜここにいるのかという疑問が解消できただけでも大きな進展だろう。

 あとは自分でなんとか生きていくしかない。


(新しい、人生か…… 何が待ち受けているんだろうな)


 ドドッ……


(全く知らない環境っていうのが、すごく不安だけど、正直少し楽しみかもしれない)


 ドドドドッ……


(この身体は見た感じ10代半ばといったところだけど、学校とかこの世界にはあるんだろうか? 学生生活…… やり直せるならやり直したいな)


 ドドドドドドドドッ……!


(ん? なんの音……)


 ガラガラガラッ!


「まーくんっ!!!!」


 徐々に大きくなる足音に気づいたとほぼ同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 そこにはまたまた絶世の美女と言って差し支えない女性が、息を乱しながら立っていた。

 改めてその女性を見ると、パッと見20代半ばといった感じで、少し童顔気味、身長は160センチ無いくらいで茶髪のストレートの髪を肩くらいまで伸ばしている。

 なぜか分からないが真人がその女性を見た途端、どこか懐かしさというか、親しみだとかそういった気持ちが込み上げて来た。


(この気持ちは……? あと、まーくん…… って自分のことか!?)

 
 その女性は真人が起きている事を見るや否や、勢いよく真人が寝ているベッドに近づき、ガバッと抱きついて来た。


「むぐぅっ!?」


(む、胸が顔にぃ……!? や、柔らかいっ……)


「よ、良かったよ~~~~!!! もう、一生目を覚まさないものかと……」

 
 女性はそう言うと、真人を強く抱きしめたまま、声を上げて泣き始めてしまった。

 旧世界でも、女性と触れ合ったことが真人は無かったので、この状況はとても心臓に悪かった。

 加えて、一つ問題が発生した。


(く、苦しいっ……!)


 今、抱きついてきている女性の胸部装甲のサイズはとてつもなく凶悪で、かつとんでもない柔らかさを兼ね備えていたため、真人の顔が完全に包み込まれてしまっていた。

 未だ泣き続けている女性には申し訳ないが、このままだと窒息死してしまいそうなので、やむなく声をかけることにした。


「か、母さんちょっと苦しい……」


(んっ? 今、何でこの人のこと母さんって言ったんだ?)


「えっ!? い、今…… 母さんって言った……!?」


 そう言うと、一瞬抱きついている力が緩んだので、真人は少し顔を上げて新鮮な空気を吸った。

 が、しかし、すぐにまた抱きつかれた。

 しかもさっきより強い力で。


「むぎゅうーー!?」

「まーくんがっ……! 母さんって!!! いつもは『おい』とか『お前』だったのにっ……! 母さんって言ってくれたっ!」


(あ、これ無理だ……)


 結局、母の抱擁が終わったのは後から追いかけてきた女医と看護婦に真人が胸の中でダウンしているのを発見されてからだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「コホンッ…… 落ち着かれましたか?」

「はい……すみませんでした…… あの、まーくんもごめんね……?」

「だ、大丈夫……」


(し、死ぬかと思った……)


 転生直後に窒息死という最悪の結末をなんとか回避し、現在はベッドで上体を起こした状態で座り、看護婦、女医、母の3人はその周りに椅子を置いて座っていた。


「真那様のお気持ちは分かりますが、ここは病院…… しかも男性専用棟ですので、もう少し私達のお話を聞いていただきたかったです」

「は、はい…… 本当にすみませんでした」


 さっきの興奮状態から正気を取り戻してからというものの、申し訳なさやら恥ずかしさやらで母はシュンとしてしまっている。


「幸い、今入院しているのは真人様だけでしたので良かったです。 とにかく、形はどうあれお話し出来るようになったので、ここで色々とお話しさせていただきますね」


 女医はそう言うと、カルテを手に取り、その内容を読み上げ始めた。

 とりあえず、簡単に検査した段階では体に異常は何もないとのこと。


「ここまでで、何か質問はありますか?」

「あの…… いいですか……?」

「はい、なんでしょうか真人様」

「その…… 僕はなんで入院したんですか……?」

「……その質問に関連して一つお伝えしなければならない事があります」


 そう女医は告げると、少し間を開けてから再び口を開いた。


「真人様はどうやら記憶を一部失っているみたいです」


 その言葉に真っ先に反応したのは母親である真那だった。


「き、記憶を失ってるってどういうことですか?」

「まだ何をどれくらい覚えていて忘れているのかは定かではありませんが、目を覚まされてすぐの時に、いくつか質問した際、名前以外のこと…… 年齢や家族構成といった普通は答えられるはずの質問に答えられていなかったので、そういう結論に至りました」

「そ、そうなの? まーくん?」

「真人様、起きてからしばらく少し時間が経ちましたが、ご自身の年齢は思い出せましたか?」

「……すみません、分からないです」

「……!!? そんな……っ」

「差し支えなければ、どこまで記憶があるのか教えていただけませんか?」

「えっと…… 正直、名前くらいしか分からないです…… なんで入院したかとかも全く分からなくて……」

「で、でも…… 私のことは分かるのよね?」

「か、母さんのことはその…… 自分の母さんだってことは、なんとなく分かったんですけど…… ごめんなさい、名前とか、今までどうやって過ごしてきたかとかは分からなかったです……」

「……!? うぅっ…… そんな……」


 そう言うと、真那は涙ぐみ俯いてしまった。

 病室はとても重苦しい空気に包まれたが、職務を全うするべく、女医が話の続きを話し始めた。


「ここからが真人様の質問の答えにもなってくるんですが、真人様は丁度10日前に、ご自宅のマンションの駐車場で、近くの高校の不良集団に襲われ揉み合いになった際に、バランスを崩して頭を強く打ってしまい、そのまま意識不明の重体に陥りました。 
恐らく、その衝撃で脳に何かしらの悪影響を及ぼし、記憶を失ってしまったものと私は考えています」

「そうなんですね…… あの…… 教えてくださりありがとうございました……」

「……っ。 い、いえそんな。 患者様の質問に答えるのは当たり前ですから」


(これで、なんでここにいるのかは分かった)


「……正直な話、真人様が目を覚まされる可能性は極めて低かったのです。 それほど重体でしたし、それは真那様にもお伝えさせていただいておりました。 なので、無事に目を覚まされたことはすごく喜ばしいことだと思います」

「ぐすっ…… そうね、まずは生きてくれていた事を喜ばないとよね…… まーくん、本当に目を覚ましてくれて良かった……!」


 真那は涙ぐみながら真人の顔を見てそう告げると再び抱きつこうとして…… 上げたその手をゆっくりと下ろした。


「あ…… ご、ごめんなさい…… さっきは感極まって抱きついてしまったけど、嫌だったよねっ」

「……えっ?」

「男の子は女を怖がるものだもの…… しかも、覚えてないとは言え女に襲われたまーくんに抱きついちゃうなんて……」


(男は女を怖がるもの……? あるとしてと逆じゃないか……?)


「いざという時に大切な息子を守れないし、こんな時にもまーくんのことを考えられない母親なんて母親失格ね……」


 なぜか分からないが母親がまた泣き出してしまった。

 理由は分からないが、どうやら自分のせいで母親が泣き出してしまったのは分かるので、なんとか声をかけようとしてみるが、なんと声をかけたものか。


(ど、どうやったら慰めれるんだろう…… さっきの母さんみたいに抱きつく……? いやいや、急にそんなことしたらダメだろう……)


 真人は考えに考えた挙句、ひとまず苦肉の策で真那の手に自分の手を重ねてみた。

 すると、ビクッと真那の体が跳ね、それによって真人の心臓もビクッと跳ねたが、なんとか勇気を振り絞って言葉を発していく。


「か、母さんが心配してくれて僕は嬉しかった……よ……? だ、抱きつかれたのも、ちょっと苦しかったけど…… 心配してくれてるんだなって、思ったから…… だ、だから大丈夫……っ」


 緊張からか、少し日本語がおかしかったが、しっかりと真人は自分の思いを伝えることができた。


「ま、まーくん……っ」


 真人の思いを聞いた真那は、感動に打ち震えていた。

 愛する息子からそんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかったから。


「ま、まーくん? その…… 嫌だったら断ってくれていいんだけど…… もう一回抱きついてもいいかしら……? 今度は絶対、苦しくならないようにするから……!」

「えっ……!? えっと…… 母さんがしたいなら、うん…… どうぞ……」


 真人の許しを得ると、真那は先程とは打って変わってゆっくりとベッドの上にいる真人のことを抱きしめた。

 先程の失敗を配慮してか、今回は真人の頭を自分の顔の横に来るようにしていた。

 そのまま真人の背中に手を回し、その存在を確かめる様にこれまたゆっくりと背中を優しく撫でていく。


(暖かい…… 何だかすごく安心する……)


 真人も本当に申し訳程度に真那の背中に手を回し、ほんの少しだけ抱きしめ返した。


(けど…… やっぱりちょっと恥ずかしい…… それに心臓がすごくうるさい……)


 母親とは分かっているものの、真人の感覚からすると真那は少し歳上の綺麗なお姉さんといった風に思ってしまうので、女性経験の無い真人からしたらどうしても意識はしてしまう。

 それから、真人と真那は5分ほど抱き合い、お互いの存在を強く確かめ合ったのであった。
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