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632.転売屋は王都でも露店を開く

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「旦那様らしいですね。」

「その呼び方決定なのか?」

「はい、お父様がそうした方がいいと。いけませんか?」

「いや、聞き慣れないだけだ。直になじむ。」

王都でも露店を出すと聞き、マリーさんは優しく微笑んだ。

ちなみにエリザはバカじゃないの?と罵り、ディーネは興味なさげに明日何を食べに行くのかアニエスさんに聞き出していた。

ひたすら食い倒したにもかかわらず、夕食会でもしっかりと食べていたのだから恐れ入る。

体は縮んでも胃袋だけは元の体と同じ大きさなのかもしれない。

「お掃除消しゴムは明日の朝には出来ています。それと運んで来た西方の食器とルティエ様達の試作品、後はサングラスですね。」

「可能なら二区画借りて広々と販売したい。実演は最初だけでいいはずだから、食堂で汚れのこびりついた鍋を借りておいてくれ。」

「お貴族様が露店で商売なんて前代未聞ね。」

「所詮は名ばかりだからな、自分から言い出さなければ誰も気づかないさ。」

別に貴族だからってメリットがあるわけじゃない、むしろデメリットの方が多い。

そもそも身分を振りかざすつもりはないし、場所が変わるだけでいつものように販売するだけだ。

「マリー様、明日は宜しくお願いします。」

「むしろお礼を言いたいぐらいですよ。何も気にせず王都(ここ)でお商売ができるなんて、夢のようです。」

「とはいえ、くれぐれも無理はされませんように。特に重たいものは厳禁です。」

「それは重々わかっています。お父様のあの顔を見ると無理できなくなってしまいました。」

「喜んでいたか?」

「はい。」

短い返事だったがとても幸せそうな返事だった。

自分の事で色々と心配をかけていただけに、安心させられたことが嬉しいんだろうな。

ま、明日は重たいものを俺が運べばいいだけだし、無理せず看板娘として頑張ってもらう程度でいいだろう。

気楽にいこうじゃないか。


なんて、思っていた自分を殴ってやりたい。

「いらっしゃい、何が欲しい?」

「そこの食器を見せてくれ、見事な細工だな。」

「西方の木彫りだ、こっちは釉薬を縫って焼いたやつ。どれもこの辺じゃお目にかかれない逸品だ。」

「すごいわ、あんなにこびりついた汚れが水だけでこんなに落ちるなんて。買うわ、いくらなの?」

「お掃除消しゴムですね、二つで銀貨1枚です。ありがとうございました。次の方どうぞ。」

「ねぇ、このイヤリング可愛くない!?まるでガーネットルージュみたい。」

「同じ工房の方が作った試作品です、まだ世に出ていませんから今買うことをお勧めします。」

昼を過ぎても客足は途絶えず、護衛のはずのアニエスさんまで販売員に駆り出して販売を続けていた。

どれもこっちでは珍しい物ばかり。

そりゃ客も来るだろう。

とはいえ、俺だけだったらこんなに売れなかっただろうからやっぱり看板娘って大事なんだな。

「マリーさん、それが終わったら少し休め。」

「え、でも。」

「こちらは大丈夫ですのでどうぞ休憩を。裏に軽食を持ってきていただきました。」

「いつの間に。」

「ミラ様が様子を見に来てくださった時に置いていかれました。」

それに気づかないぐらいに忙しかったもんなぁ。

「店主、皿をくれ。全部だ。」

「全部?かなりの量だぞ。」

「かまわん。しかしどれも素晴らしいな、特にこの大皿はいい。料理を引き立てる。」

「わかってるじゃないか。どこの店だ?」

「大通りで一番とは言わないが三番目ぐらいには美味いぞ、来たらサービスしてやる。」

「んじゃ、夜に行くよ。名前は?」

「天空の大鷲だ。」

見た目もさることながら名前もすごい。

クマのような大男が満足そうに大量の皿を抱えて去っていった。

しめて金貨7枚。

これをポンと出せるぐらいには儲かっているんだろう。

「ちょっと、消しゴムはもうないの?」

「今仕入れ待ちだ、悪いな。」

「せっかく飛んで来たのに。あれって貴族様が使っているって噂のやつよね?」

「あー、似てるけど少し違うな。あっちの方が持ちがいいはずだ、高いけどな。」

「じゃあ要らないわ、こっちで十分だもの。いつ入るの?」

「明日には。」

「じゃあ明日も店を開くのね?待ってるから、絶対に来なさいよ!」

最初に消しゴムが売り切れ、次に食器が売れ、残ったのは装飾品のみ。

「あー、迷う!」

「なら全部買われては?」

「それしかないかぁ。じゃあ買うわ!」

「ありがとうございます。」

あ、売り切れた。

飛ぶように売れるわけではなかったが、アニエスさんの歯に衣着せぬ売り方がよかったのか最後に残った二つ共も今買われていった。

押し売りでもなく、でも勧めないわけでもない。

なかなか商売上手だなぁアニエスさん。

「これで全部か。」

「はい、売れちゃいました。」

「どうされますか?補充する手もありますが。」

「いや今日はもういいだろう。別に今日しかないわけじゃないし、明日また売ればいい。マリーさんに無理はさせられないしな。」

「そうですね。では後片付けは私が、護衛を付けますのでどうぞお二人で見て回られてはどうでしょう。」

「え、いいんですか?」

「せっかくの王都です次はいつ来られるかわかりませんよ。」

いつもと違い優しい目でマリーさんを見つめるアニエスさん。

まるで姉と妹のようだ。

確かに産後はなかなかこられないだろうし、たまには二人でデートするのもいいかもしれない。

ここはお言葉に甘えるとしよう。

「そんじゃま後は任せた。マリーさん、行こうか。」

「はい旦那様。」

「護衛がいるとはいえくれぐれもお気を付けください。」

マリーさんが嬉しそうに俺の左腕に腕をからませてくる。

エリザやミラのように胸を押し付けてこないのがマリーさんらしい。

大勢の人が行きかう市場を一軒一軒ゆっくりと見て回る。

流石王都、見たことのない品ばかりだ。

「お?」

「これは、小刀でしょうか。」

「お客さんなかなかの目利きだね、これは戒めの小太刀っていう旦那を懲らしめる為のやつさ。そんな美人がいたら浮気なんてしないだろうけど、お守り用に買っとくかい?」

おばちゃんがニヤニヤしながら俺に小太刀を差し出す。

『戒めの小太刀。小太刀にあらかじめ誓いを立てさせ不貞を働かせないようにする。破れば小太刀が持ち主の体を切り裂いてしまう。最近の平均取引価格は銀貨3枚。最安値銀貨1枚最高値銀貨6枚最終取引日は49日前と記録されています。』

なんとまぁ恐ろしいものだ事。

これに誓いを立てることで夫婦円満に過ごすこともできるんだろうけど、ちょっとなぁ。

「ご心配ありがとうございます、でも大丈夫です。」

「浮気されてもいいのかい?」

「はい。」

「言うねぇ。」

「この人は絶対に私達を裏切らないとわかっていますから、それにたくさんの女性に惚れられるのは素晴らしい男性として当然でしょう?」

「参った参った。あんた、この子を悲しませるんじゃないよ。」

「言われるまでもない。」

小太刀を返し、代わりに横に置かれていた石を買う。

俺はこっちの方が何倍も魅力的だ。

「収気石なんてどうするんですか?」

「ちょっとな。お、あったあった。」

「魔導具、でも小さいですね。」

「いらっしゃい!今話題の小型魔道具だよ。それは火の魔道具でそっちが風だ。これがあれば着火剤要らず、どれも銀貨10枚だよ。」

「小さいが中々強い風が出るな。」

「だろぅ?ちょいとばかし魔石は食うけど小型のやつで二か月はもつはずだ。」

うぅむ、正直もちは悪いが今後魔石の値段が下がることを考えるとありかなぁ。

昔買ったやつはかなりデカかったし、この小ささでこの威力なら損はしないだろう。

「いくつある?」

「火が4風は5台ある、セットなら安くしとくよ。」

「いや、風だけくれ。全部だ。」

「え、全部?」

「銀貨50枚だな、確認してくれ。」

まるで野菜を買うような気軽さで金を積み上げていくのだが、魔導具を売るローブの男は口をぽかんと開けたまま動かなかった。

「おい、数えてくれ。」

「え、あ、はい。」

「全部で50枚。在庫はほかにあるのか?」

「いや、作ったのはこれだけだ。」

「ってことはアンタが作ったのか。」

「あぁ。まさか全部買ってくれるとは思わなかった、ちなみに火の方を買わなかった理由を教えてくれ。参考にしたい。」

急いで金を仕舞ったと思ったら今度はさっきとは違い真剣な目で俺を見てくる。

「料理に使うには弱いし、火おこし用にしては高すぎる。」

「そうか、使い道がないか。」

「風の方は色々と応用が利きそうだ、こっちには後8日程いるんだがそれまでに何個作れる?あるだけ買うから最大数で教えてくれ。」

「8日なら15、いや20個ならなんとか。待てよ、材料は足りるか?」

「必要な分はこっちで手配してもいい、何が足りない?」

「ならミスリルゴーレムの魔導線を頼む。あれさえあれば後は何とかなる。」

「わかった店を教えてくれ。」

「裏通り三番街、二本目の筋に金槌の紋章を出してる、俺はロブだ。」

「シロウだ、アンタとはいい取引が出来そうだ。しっかり頼むぞ。」

前金として別に金貨1枚渡しておく。

全部で25台の魔道具か。

あとはこれらをどう使うか・・・。

「本当に楽しそう。」

「ん?そうか?」

「はい。販売されていた時もそうですが、生き生きされていますね。」

「色々と考えるのが好きだからな、なによりこれが金になると思えば楽しくもなるさ。」

「安く買って高く売るだけでなく、工夫して売るのも旦那様の素晴らしい所です。」

「やめろよ、褒めても何も出ないぞ。」

「ふふ、やめません。」

今度はしっかりと胸を押し付けてくるマリーさん。

何がそんなに楽しいんだろうか、わからん。

その後も買い物を続け、両手には持ちきれないぐらいの荷物をぶら下げて王城へと戻った。

もちろん皆に呆れられたのは言うまでもない。
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