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545.転売屋は畑を増やす

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「しっかし、なんだかんだ植えると手狭だな。」

「そうですね、特に春は種類が多いのでどうしても間隔が狭くなってしまいます。」

「休ませている部分を使えたらもう少し植えられるんだが・・・。」

「そうなると販売用と認識されてしまうかもしれません、現状でもかなりグレーゾーンですので。」

アグリの言うとおりだ。

この国では商業用の畑に税金をかける決まりがある。

だが、あくまでも商業目的なので個人が自分用に作るのであれば課税されない。

それを美味く利用して、作付面積を減らし課税されないようにしている俺みたいな人はかなりの数いるだろう。

あくまでもこの畑は個人用。

残った野菜を仕方なく市場に流す分には問題ないが、はじめから市場に流してはいけない。

この辺が難しいんだよなぁ。

どう考えても個人で消化できないよね!って量だと商業用と疑われてしまう。

そうなれば薬草やら何やらにも課税されてしまうので、俺達からしたらかなりの損が出てしまうんだ。

なので不用意に畑をふやすわけには行かない。

面白いのは出荷物ではなく畑そのものに課税するという考え方だよな。

収益率の高い商材であれば課税分を吸収できるが、そうでないものは作れば作るだけマイナスになってしまう。

もちろん小麦などの必需品に関しては別の税金が適用されるそうだが、それでも一種類を大量に作れないのは不便だ。

いや、もしかすると単一種の大量生産を嫌っているのかもしれない。

複数種作ることで市場への過剰流出を防ぐことが出来るし、かつ値段の急激な値崩れを防ぐことも出来る。

俺の知らない所で色々と考えられているのかもなぁ。

「現状維持しかないわけか。」

「個人的にはここの倍はあってもいいと思っていますが、中々難しいですね。」

「あら、畑が欲しいの?」

「げ。」

突然聞こえてきた声に、顔を確認するよりも早く気持ちが声として漏れてしまった。

普段こんな場所に来るはずのない人物。

一番聞かれてはいけない人に聞かれてしまった。

「なにかしら?」

「なんでアナスタシア様がここにいるんだよ。」

「ちょっと散歩してたのよ、悪い?」

「とんでもありません。」

アグリさんはひどく慌てた様子だが俺は至って冷静だ。

露骨にいやな顔をする俺を見てアナスタシア様が苦笑いを浮かべている。

「それで、畑が欲しいの?」

「そんなことないぞ。これ以上広げると課税されるからな、現状維持で十分だ。」

「でも広げればもっと収益率は上がるわよね?」

「そうだな、自給率という意味でも上がるだろう。肉系は問題ないがこの街の野菜と穀物に対する依存率はほぼ100%だ。」

「そうなのよねぇ。穀物はともかく野菜ぐらいは何とかしたいんだけど・・・、なかなか大変なのよね。」

この畑以外にまじめに野菜を栽培している人はこの町にはいない。

個人でプランター的なのを使用している人はいるが、街単位を満たそうとなるとどうしても規模が大きくなってしまう。

とはいえ、それを満たそうと思うと先程の話に戻ってしまうわけだ。

「土壌自体はアネット様の肥料と生ゴミなどの有機肥料を使えば十分に改善できます。昔は魔物に悩まされましたが、今は心強い番犬がいますから。」

「そうだな、この倍ぐらいは余裕でカバーできるだろう。」

「それなのに何もしないのはもったいないと思わない?」

「何が言いたい。」

「ローランド様がね、貴方に新しい畑をお願いしようって言ってるのよ。ほら、この冬も色々とお世話になったでしょ?」

おいおい、一体何を言い出すんだこの人は。

別にコレといって何かしたつもりはないぞ?

オークションだって普通だったし、感謝祭だって今年はおとなしくしていたつもりだ。

なのに適当な理由をつけて畑を押し付けようだなんて、どう考えても俺に面倒ごとをやらせるつもりじゃねぇか。

「世話をしたつもりも恩を売ったつもりもない。これ以上は・・・。」

「収益目的の畑でないのなら課税はされない。」

「個人利用だと証明できるならな。だが、それを決めるのはそっちじゃなくてもっと上の偉いさんだ。わざわざそんな危険を冒すつもりはないぞ。」

「その辺は貴方が上手く考えれば問題ないんじゃないかしら。結構ルーズだし、理由さえあれば目をつけられることはないわよ。」

「だがその保証はないよな。」

「ま、こっちはそういう用意があるから考えて頂戴。それじゃあ、私はコレで。」

突然やってきたと思ったら特大の爆弾置いて帰っていきやがった。

面倒ごとを押し付けたら俺が出て行く可能性があるのはわかっているはずだ。

うーむ、何か裏があるよなぁ。

「すみません。」

「ん?なんでアグリが謝るんだ?」

「もしかすると今の話は私が原因かもしれません。」

「詳しく聞かせてくれ。」

「実はですね・・・。」

アグリ曰く、この前畑に来た奥様に畑を貸してくれないかといわれたそうだ。

元々農家の出らしく、ここの畑を見てまたやってみたいと思い始めたのだとか。

俺個人の畑である事を丁寧に説明し納得してもらったそうだが、その時に畑が広くなればいいのにという話をしたらしい。

そうすれば個人に貸し出して使ってもらえると。

あくまでも世間話の中で出ただけなので、本気で提案したわけではないがそれがどこぞからアナスタシア様の耳に入ったんだろう。

婦人会に出入りしてるからなぁ、もしかすると別の場所からも似たような事をいわれていたのかもしれない。

で、ローランド様に相談したら今回の運びになったと。

十分にあり得る話だ。

「なるほど。」

「申し訳ありません、私が身勝手な意見を言ったばかりに。」

「いやいやそうと決まったわけじゃない。むしろお礼を言うのはこっちの方だ。」

「といいますと?」

「要は収益目的じゃなかったらいいんだろ?つまり畑を大きくしてもそこを個人で自分の食べる分を作る為に使うには全く問題ないわけだ。」

「そう、ですね。」

「ようは俺達が整備して貸し出せってアナスタシア様は言いたいんだろう。素人が土づくりをするのは大変だが、その辺はアグリや他のみんなに手伝ってもらって対処する。あくまでも拡張した畑は複数人が個人単位で使う畑だという体裁にしてしまえばいいんだ。むろん俺が借りても問題ない。なんなら女達の名前を借りて使用するという手もある。そこで同じような野菜を育てても何の問題もないわけだよな?」

多少、いやかなり強引なやり方だがこの考えであれば個人単位の使用になるので国の監査があっても言い訳が経つ。

もちろん事績を作る必要があるから、半分以上は貸出しする必要があるだろう。

でも残りは俺達で自由に使える。

実質畑が五割増しになると思えばいい。

加えて賃料が加わると思えば悪い話ではないはずだ。

「かなり強引なやり方ですが、それなら何とかなるかもしれません。」

「とはいえアグリたちの負担はかなり増えるぞ。」

「最近は皆仕事に慣れてきて少し手持無沙汰でしたから、お給金を頂いている以上しっかりと働かせていただきます。」

「あくまでも俺の畑で働きたいというスタンスは崩さないわけだ。」

「ご理解頂けて何よりです。」

めんどくさいことになりそうなので、いっそのこと他の仕事同様アグリに丸投げしてやろうかと思ったんだが。

残念ながらその手には乗ってくれないようだ。

「でもなぁ、整備するには時間がかかるし賃料の設定をどうするのかって問題もある。簡単な話じゃない。」

「整備は土の魔導具で何とかなりますし、養分に関しても前々から余った肥料を撒いていましたので大丈夫かと。」

「・・・本当はアグリがアナスタシア様に話を持って行ったんじゃないのか?」

「滅相もありません。」

「その割には用意周到なようだが。最近畑の反対側に偉く雑草が生えていたのはその為か。」

「撒き過ぎも良くありませんので、つい。」

なんだか掌で踊らされている感は否めないが、収入が増えかつ畑が大きくなるのはいい事だ。

ここは踊らされてみようじゃないか。

「整備は正式に畑を譲り受けてからになるが前倒しで準備は進めてくれ、雑草抜きぐらいは問題ないだろう。それと並行して貸出を希望する人がどれぐらいいるかの調査だな。多いようなら抽選になる、それによっては譲渡ではなく貸与で対応する必要も出てくるだろう。」

「かしこまりました、準備を進めていきます。」

「倉庫も手狭になるな。」

「広がったほうに新しく立てれば問題ありません。今度は初めから氷室を設置しましょう。地下に整備して氷が少なくなればダンジョンから持ってくれば年中使えると思うんです。」

「やっぱりアグリが原因か。」

「何のことですか?」

「とりあえず金は出すから好きなようにやってくれ。ただし、収益計算と管理は全部丸投げするからな。今までみたいにすぐに帰れると思うなよ。」

温室の時といい、随分と準備がいいじゃないか。

今までできなかったことを俺を通じて全部やってしまおう。

そんな感じだろうか。

さっきも言ったように仮にそうだとしても別に構わない。

アグリには世話になっているし、実際それなりの収益は上げている。

面倒な畑仕事を一手に担ってくれているんだ、好き勝手させた方が上手くいくこともある。

結果として俺が儲かればそれでいい。

暖かな日差しの下、ニコニコと笑うアグリと共に青々と茂る畑予定地を見守るのだった。
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