花鬘<ハナカズラ>

ひのと

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1章

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乗り始めてしばらくはバランスの取り難さと落ちるんじゃないかという不安で、ぶるぶると震えていたものだが、30分もするとコツが分かってくる。
ちゃんと躾けられた馬はシュヴェルツの言うことをちゃんと聞いて、お行儀よく走ってくれるのだ。
スピードもそんなに出ていないし、走る道は森の中だったけれど、道は一応きちんと整備されているようで、乗り心地も悪くは無い。
穏やかな木漏れ日の差し込む森は、鳥の声や木の葉の音が優しく響く。
最初は馬に乗ってどこか行くのだろうかと不思議に思っていたが、どうやらただ単に散歩みたいなものらしい。
それでも周囲を守る騎士さんたちは20人はいたし、リアンとアリーも付いて来てくれている。
二人は横座りでも一人で馬に乗れるらしく、さして苦でもないように乗りこなしていた。

すごいな、私も一人で乗れるようになったら楽しいだろうなぁとワクワクする。
シュヴェルツに掴まりつつ、近くにいたアリーをじっと見つめると、「お疲れになられましたか?」と問われた。
多分「疲れた?」とか「眠い?」とか、そういう系の無気力ワードだと思うんだけど、と思いつつ「げんき」と言葉を返す。
アリーは「お疲れになられましたら、仰ってくださいね」とにこりと笑った。

そうして1時間ほど馬に乗ってやって来た先は、小さな泉の傍だった。
泉の水は澄み、飲んだら美味しそうだ。
そういえばしばらく紅茶とかお酒とか果汁系のジュースばかりでお水を飲んでいない。飲みたいなぁ、飲んじゃ駄目かなぁと思いつつ、シュヴェルツに馬から下ろしてもらう。
一足先に到着していたリアンは、8畳分ほどはありそうな敷物を地面に敷いて、お茶とお菓子の準備をしていた。
その様子を眺め、あっ、ピクニックか!と今日の遠出の意味に気付く。

すごい、すごい―――すごい!

いや、別にピクニックのひとつやふたつやみっつやよっつくらい私だって行ったことがあるが、お城からこんなに離れたのは初めてのことだ。
来る途中に誰にも出会わなかったから、お城の敷地内とかなのかもしれないけれど、それでもこんなに遠出したのは初めてなのである。
これはワクワクするなという方が無理な話だ。
というか別に誰もそんな無理をさせようと思っていないだろう。
ということで、私は気の赴くまま、大いにはしゃいでしまうことにした。

お茶を淹れているリアンを手伝い、アリーと一緒にお城に残っているメイドさんたちのお土産にと花を摘んでみたり、大変ご苦労だった!とシュヴェルツを労ってみたり。
思い思いに休憩している騎士さんたちの間をうろちょろしたり。

やっぱり外は楽しいなあ!タマとミケも連れて来てあげればよかった、とお城に置いて来てしまった二匹を思い出す。
よし、落ちているドングリらしき木の実でもお土産に持って帰ろう、とちまちま木の実を拾っていると、小さく噴出す声が聞こえた。
声の元を探ろうと上を見やると、そこには、お城を出る前に馬を引いてきた人が居て、私は首を捻る。

「わらう、なに?」
もしかして私が笑われたのか?と胡乱な視線を向けると、その人はやっぱり笑いながら私を見つめ、すとんとしゃがみこんだ。
「な、なに?」
アリーもリアンもこちらの様子に気付いているけれど心配した様子はないし、多分変な人ではないんだろうけど、なんて考えつつその人を見つめ返す。
ダークブラウンの髪に、髪と同じダークブラウンの瞳。身長は高くて、体は細くは無いけれど、太くも無い。
しなやかな獣のようで、一見ちょっと怖いけど、笑顔は子供みたいだ。
高校生のときに憧れていたサッカー部の先輩に雰囲気が似ている。

「お初にお目にかかります、リツ様」

その人はまずそう言って、そっと私の手を取って、立ち上がらせた。私と彼では勿論彼の方が背が高い。
おそらくシュヴェルツよりも何センチか身長の高いであろうその人は、私を立たせたまま、自分だけ片膝を地面に付けた。
……そういえば、シャーロットにもこういう風な体勢で挨拶された気がする。
もしかしてこちらの世界では、はじめましての挨拶のときには背の高い方が膝を折る決まりなのか?とこっそり首をかしげた。

「私はアーノルド・ジス・ウォールと申します。陛下の命により、クォーツ騎士団の副団長の任をいただいております」

多分自己紹介であろう言葉を聴き、ふむふむと頷く。
ええと、名前はどれだ?
聞きなれない単語が多く、名前が判別しなかったのだ。
ということで、素直に「なまえ、なに?」と尋ねてみた。
すると彼は別段気分を害した様子を見せず「よろしければアーノルドとお呼び下さい」と笑う。

「あ、あの……あーのるど?」
「はい」
「ええと、わらう、なに?」

で、何で笑ったんだと尋ねると、いえいえ、と彼は足元に落ちていたドングリを拾って、土を払った。
「集めてどうなさるんですか?」
言いながら、アーノルドは私の手の上に拾ったドングリを置いてくれる。
子供の遊びを眺めるお父さんのような視線を向けられ、私は少々気恥ずかしく思いつつ、首を傾げた。

「あつ……なに?わたし?」
集めたドングリをどうするのかと聞きたいのだろうか。
お土産、という言葉は知らないし、と考えて、ゆっくりと口を開いた。

「へや、たま、みけ、ある。わたし、へや、いく、どうぞ」
お城にタマとミケを置いてきてしまったので、戻ったら二匹に渡そうと思って。
そう言ったつもりだったのだが、アーノルドはタマ?ミケ?と不思議そうな表情をする。

「たま、みけ、じゃじー。にゃんにゃん」
猫の名前だと告げると、アーノルドは「ああ、」と理解したように頷く。
「ゼフィーが献上したという?」
“けんじょう”の意味は分からなかったが、ゼフィーの名前は勿論分かる。

「ぜひー、どうぞ。わたし、ありがとうございます」
単語だけ聞くと分からないかもしれないが、身振り手振りを加えれば、単語だけでも案外伝わることが多いらしい。
彼は「やっぱり」と笑った。

しかし爽やか系というか、お兄ちゃん系というか、学校にいたらモテそうなタイプの人だなあ。
部活は絶対サッカーかバスケだろう。モテ系男子というのは何故かこの2種目の内どちらかが得意なことが多い気がする。
まじまじとアーノルドを見つめていると、アリーから声がかかる。どうやらお茶の準備ができたらしい。
了承の言葉を返せば、アーノルドはレディを相手にするように、スマートな動作でエスコートしてくれた。
そして先に敷物の上に腰を下ろしていたシュヴェルツの隣に座り込むと、シュヴェルツはアーノルドに気付いて「お前もどうだ?」と自分の正面のスペースを指す。
アーノルドは特別恐縮した様子も見せずに、「それではお言葉に甘えて」と自分も敷物の上に腰を下ろした。

二人は友達なのか、流れる空気がふんわり軽い。
意味は分からないが、二人の会話のトーンから考えるに、なかなか深い友達のような気がしてくる。
おそらくシュヴェルツは偉い人だろうに、アーノルドの声は気安く、シュヴェルツもそれに気分を害した様子は見せていないのだ。
やっぱり友達なのかなと思いつつ、アリーからお茶を受け取った。

今日のお茶はハーブティーらしい。少し甘く、スパイシーな匂いがする。
シナモンとオレンジのような匂いだ。
口に含むと、何だか僅かに甘酸っぱい。

これは結構好きかもしれない、なんて思いつつ、お茶請けの焼き菓子をかじった。
この世界でのお菓子が全てそうなのか、そうでないのかは分からないけれど、お茶請けやデザートとして出てくるものは、たいていがびっくりするくらい甘い。
冷蔵庫なんてものはないし、やっぱり日持ち向上のためなのかもしれないが、たいていが『砂糖の固まりか?』と思うような甘い焼き菓子か、果物のコンポート系だ。
あれはあれで美味しいんだけど、たまには別のものが食べたくなってしまうのは、飽食の時代に生まれた女の子としては当然のことだろう。

この世界でだって、シュークリームやプリンくらいは作れそうだけどな。
ちびちびと焼き菓子をかじりつつ、そんなことを考えた。
シュヴェルツは甘いものが嫌いなのか、あまり手を付けていない。
食べているところを見たことがあるから、食べられないわけではないと思うんだけどなぁと思いつつシュヴェルツを見つめていると、ぱちり、目が合った。
きょとんとシュヴェルツを見つめると、何を思ったのか、シュヴェルツは皿の上から焼き菓子を一つ手にとって、私の口元に差し出してきた。

え、た、食べろという意味か?

どうしていきなりこんなことをされたのかさっぱり分からないが、口元に食べ物を差し出されれば、条件反射で口に含みたくなるものである。
ということで、私は不思議に思いながらもそれをかじった。
よく分からないながらも、かしかしとそれをかじり、結局一枚ぜんぶ食べてしまった。
シュヴェルツは最後に私の口元についてしまったらしい菓子くずを指で払い、アーノルドとの会話に戻る。
アーノルドは何か面白いものでも見たように、にやにやしていた。

何だったんだろう。今のはこの世界では当たり前の姉弟のスキンシップなのだろうか。
分からないながらも二人の会話を聞いていると、だんだん眠くなっていく。
お茶とお菓子でお腹は膨れたし、いい天気だし、ということで、昼寝には最適の状況だ。
けれど、昼寝ならお城でもできる!今しかできないことをしよう!そうだ、知らない場所の散歩だ!と立ち上がる。
突然立ち上がった私をシュヴェルツとアーノルドは不思議そうな視線で見つめてきたので、きちんと「さんぽ、いく。ありー、りあん、おなじ」と告げた。

アリーとリアンに一緒に来てもらうのだから、文句あるまい!と胸を張ったが、シュヴェルツはそこらに居た騎士さんに、私に着いて行くようにと命じる。
そんな大人数じゃなくても、と思ったが、シュヴェルツは偉い人で私はその姉なのだ。
悪い人に捕まったら色々と面倒なことになるのかもしれない、と思い、納得する。
結局アリーとリアン、それから5人の騎士さんと連れ立って、散歩に行くことになった。






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