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第十三章「ヤンデレ勇者の魔王退治」
★野良吸血鬼
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ザクはロングコートから動きやすいTシャツへと服を変える。今更その程度の人外行為には驚かないようでアルスはただそれを黙って観察していた。
『ほんと、おもろいなあー。いいで、あんたらの勝負には邪魔せんから思う存分やりい』
イーズが興味深そうに対峙する二人を見ている。背中を向けたままアルスが答えた。
「お前に言われるまでもない」
「そーだそーだ、こいつシメたら次はお前だからな、吸血鬼ヤロー」
『おーこわ』
怖い怖いと笑って俺の隣りに座ってきた。俺が睨みつけると、馴れ馴れしい素振りでウィンクしてくる。イラっとしたが無視しておく。ザクたちの方に目を向けた。
(怪我とかしないといいけど…)
アルスは何かを確かめたいというような感じだし、ザクは早く終わらせたいって背中に書いてある。お互い真剣なのは確かだ。
「じゃ、いくぜ」
「いつでもこい」
次の瞬間、ザクが動き出した。10mぐらいの間合いをあっという間に詰めて、アルスの前に飛び出す。そのまま腹に蹴りをいれた。
ガキン
ザクの蹴りをアルスは剣で受け止めた。ザクの速さについてこれずとも反応はなんとかできてる。それでも十分すごい。
「けけっ」
楽しそうにザクが笑う。最初に戦った時とは違う空気が、二人の間に流れてる気がした。
『ひゃあ、二人共化物やん、こわいわあ』
「・・・」
パチパチと拍手しながら戦いを見守るイーズ。睨みつけると、少しだけ顔を近づけてきた。
『なあ、ホントのところはどっちがええん?』
ヒソヒソと耳打ちしてくる。お互いの顔がふれあいそうなぐらいの距離。近い、と睨みつけたが一向に下がる様子もないので自分で横にずれた。
『ボク的には、どっちも危ないと思うで』
「…」
『あ、でも、ボクを選ぶってのもありやな…うん!それにしいや、ルトちゃん!』
「はあ…そんな事よりさ」
『なーに?』
なんでそんなに馴れ馴れしいんだ。そういう性格なのかな。なんて思いながら口を開いた。
「あんたは何のためにこの街に来たんだ?」
『ボクか?ボクはなあ』
椅子から立ちあがり、イーズが俺の前に移動してきた。そのせいでザク達が見えなくなる。
『エサ探し?』
「えさ…」
(餌探し?)
『はてさて、悪魔や人間、吸血鬼までも虜にするルトちゃんの血はどんな味かなってさ?』
(え、俺を襲いに来たってこと?!!!)
そのことに思考が追いつく頃にはもうイーズの牙が俺の肌を食い破っていた。
ガブリ!!!
さっきアルスにやられた左肩の傷の上から、イーズの牙が食い込む。まるで肩が燃え上がったのかのように熱さ…いや痛みが来た。
「いっ!!!やめっ…っ!」
ショックで固まる体に鋭い痛みが広がる。頭は追いつけなくてもとっさに右手が前に出ていた。イーズをどかそうと腕で突っぱねた。
(動かない…!!なんだよ、この馬鹿力!!)
しかもこっちは痛みとか混乱であまり力が入らない。その間もどんどん肩に食い込んでいくイーズの牙。
じゅるっじゅるる…
「っっ!!いや…だ!!はなせっ…い、いたいっ!!」
自分の血を、まるでジュースを飲むかのように、音を立てて吸い上げるイーズ。寒気がした。全身の震えが止まらない。
(でも…ここで諦めたら、ダメだ!)
牙がどんどん食い込んでくる。焦って喉が震えた。それを、一度深呼吸して整え
「お、俺はっ、エサじゃない!!!」
最後の力を込めて、イーズの鳩尾めがけて膝蹴りをした。
『んぐっ?!』
血を熱心にすすっていたからかモロに腹にくらったイーズは牙を抜き床に蹲る。俺は肩を押さえたまま奴を見下ろした。
「ッハ、ッハあ…俺は誰のものでもない!次、エサ扱いしてみろっ!体の穴という穴からニンニクつめて十字架で蓋をしてやるからなっ!ハア、ハア」
『ひゃあ、こわいなあ。ルトちゃん、げほっ』
噎せた瞬間、口の端から血が垂れていく。俺の血だ。あたりに血の匂いが充満する。
『あかん、そんな可愛い姿見せられたら…ボク惚れそうや』
「なっ…!お前はエサとしての感情だろ!」
『そうとも限らんで、ノラは貴族と違って安定を求めん。つまりロマンチストなんや。だからルトちゃんに不死の力を分けて一生添い遂げたいとも思うかもしれへん』
「一生…?!そんなの願い下げだ」
『せやろうな…』
「?」
『ルトちゃんの血は甘美で口当たりも柔らかい、最高の血や』
まるでワインの品定めをするかのようなそのセリフにゾッとした。吸血鬼はそんなことを思いながら人間の血をすすってるのか。
(じゃあもしかしたらエスも?)
そんな不安が体を駆け抜ける。俺の動揺を気にせず続けるイーズ。
『せやけど、それに何か獣の匂いが染み付いとってん』
「けもの…」
『多分あの悪魔やろ?あいつのことそれだけ好きってことや。血を飲めば飲むほどそれを思い知らされたんやわ』
俺が、ザクのことを?そりゃ、好きだけど…でも、匂いに出ちゃうぐらいだったのか??自分の体を嗅いでみたが、鉄の匂いしかしなくて余計目眩がした。あまり考えないようにしよう。
『ま、だからこそ癖になるってもんやけどな!』
「うわっ、やめろっ!!」
ガバッと性懲りもせず襲いかかってくる。二度も振り払う気力はないため、そのまま椅子に押し倒されてしまった。
「っ、まだ…足りないのかよ!」
『ノラは行儀が悪いし我慢もしないんや』
「そこで威張るな!っぐ、っ!」
『あーあー叫ぶから血が溢れてきとるしもったいないわあー』
「ああっ…!やめろっ舐めるな!うっ、っひ…んんっ!」
『大丈夫や、ボクらの牙には麻痺毒があるし、ついでにボクのには催淫剤も入ってたりするんや』
すぐにキモチよくなってくるで、と囁かれる。
(くそっ…!)
痛みと屈辱で涙が出てきた。でも、最後の抵抗で、睨むことはやめずにいた。それを真正面から見てくる濁った金の瞳がギラギラと光って眩しかった。
『これはエスのやつもハマるわなあ…』
しみじみと何かを呟くイーズ。けれど血を失いすぎた俺はもうほとんど意識がなくて、ザク達の方を見ることで精一杯だった。まだ二人は戦ってる。イーズがコウモリを操ってるからか俺たちに気付く様子はない。
(ザク…!)
『ほな、もう一口いただこかな。全部飲んでもうたら堪忍な』
上機嫌な様子でもう一度肩に顔を近づけてくる。避けたくても椅子とイーズに挟まれていて身動きがとれない。このままでは、本当に殺されてしまう。牙が血で濡れた肌に触れた。
(っっ助けて…ザク…!!)
「!!!」
急にザクが動きを止めた。そしてこっちを見てくる。
(ザク?)
声は出ていなかったのにどうしてと思ったのも一瞬で。コウモリの壁を振り払いながらこっちを確認しようとしていた。そして俺とイーズの姿を見た瞬間、ザクのその赤い瞳にドス黒い怒りの色が灯った。
「ルト!!」
びゅうっと強い突風が吹き抜けて、コウモリも俺の上にいたイーズも全て吹き飛ばす。
『うはあ!なんや?!』
ゴロゴロと教会の床を転がり、コウモリに支えてもらうイーズ。その間にザクが俺のもとに駆けつけてきた。
「大丈夫か!!ルト!!」
「ざ、くっ、」
「何があったんだ??左肩のこれ、噛み痕かこれっ!まさかあんの野郎!!」
髪が燃え上がりそうなほど真っ赤になる。そして、どんどんそれは赤黒く変化していった。
(やばい!!)
このままでは怒り狂ってイーズを殺してしまう。
「いい、から!」
「何がいいんだよ!!こんなにされてっ!絶対許さねえぞゴラアアっ!!!」
『うひーー!こわあー!』
コウモリの壁を作って教会の隅に逃げ込むイーズ。それを追うようにザクが踏み出した。俺はその手を掴んで引き寄せる。
「だめだっ、ザクっ!」
「なんで止めるんだよ!!」
「いいから、傍にいてくれ。お願いだから、ザク」
「~~~っ」
俺の言葉に、驚きを隠せないザク。それからため息つきながら俺の近くの床に胡座をかいた。肩の傷に顔を近づけ口を付ける。
ぺろっ
「!!うっ、い、痛い!」
「我慢しろ。傷塞がねーと死ぬだろ人間は」
「っふ、普通に、応急手当しろ…!」
「こっちのが効く」
舐められ、傷の所が熱くなる。ザクの舌の感触がいつもより伝わってきてもどかしい。ざらっとしていて、でも暖かいその感触に目を閉じる。
(目を閉じると…もっとやばい!)
急いで目を開けたらすぐそこにザクの顔があって心臓が止まりそうになる。
(は、早く、終わってくれ…!)
ドキドキしすぎて死んでしまう。
「ん、こんなもんか」
「はあ、はあ…」
肩の傷が塞がったおかげで少し体の緊張がゆるむ。それでも心臓はバクバク鳴ったままだし血も足りないしで起き上がることはできなかった。
「ったく…吸血鬼を真っ先に始末しなかった俺様が馬鹿だったぜ」
「もう大丈夫だから…。それでアルスとの勝負は?」
「もちろん俺様の勝ちだ」
ザクが顎で教会の外をさす。外には剣を地面に突き刺し倒れたまま動かないアルスの姿があった。大の字で寝てる。さっきまで互角の戦いを見せてたのに、一体何があったんだろう。ザクが頭をかきながら呟いた。
「ルトが襲われてるのに気づいた時ちょっとガチった」
「ああ…ご愁傷様だな…アルス」
「けけ。いや~案外スッキリした顔してたぜ?」
「…それならいいけど」
「問題はこっちのクソ吸血鬼だぜ」
ザクが威嚇するように唸った。俺たちに近づきかけていたイーズに視線で牽制する。気づかれた瞬間、イーズはパッと降参のポーズを見せる。
『やめてえや!そんな殺意込めて睨まんで!ボク戦闘得意やないの~~』
「お前の中にあるルトの血を全部抜いたら話を聞いてやるよ。クソ吸血鬼ヤロー」
『ひいいいいいいい!』
「けけけけけ!一回死ね!!」
その後、ザクによってイーズがボコボコにされたのは言うまでもないだろう。
***
一週間後。
「怪我の方はどうだ、ルト」
包帯を頭に巻いたアルスが教会に訪れてきた。それを出迎えた俺も左肩が包帯でぐるぐる巻きになっている。お互い満身創痍とまでは言わないがなかなか酷い状況である。
「…な、なんだよ」
「はは。いや、お互いボロボロだなと思ってな」
「まあな」
「俺はともかくこんなボロボロでは到底姫とは呼べないな」
「ははっやっとわかったか。俺は黙って誰かを待つような大人しい奴じゃないんだよ」
「…そうみたいだな。ルトは姫にしては少々おてんばすぎる」
そう言ってお互い笑いあった。
「中入る?お茶ぐらいはいれるけど」
あれ以来姿を見せなかったアルスにお茶でも出すかと誘う。アルスは驚いた顔をしたあと、嬉しそうに顔をほころばせた。
「いや、結構だ」
「え?」
「その代わりもう少し話をさせてくれないか」
「いや、それならお茶を…ま、いいか。で、なに?」
「…」
黙り込むアルス。その顔には様々な感情が読み取れた。その一つ一つは読み取れないけど、今、言いにくいことを言おうとしているのだということはわかる。だから俺は黙って待つことにした。
「言ったかもしれないが、俺は孤児なんだ」
「ああ」
襲われたとき、そんなことを言っていた気がする。色々ありすぎて忘れかけていたけど。
「俺はこの街から随分遠くにある治安の悪い村で生まれた。そこでは盗み、強姦、殺人なんでもありの世界だった」
アルスの首から見えた幾十もの古傷を思い出す。
「孤児の俺には味方などいなくて、世界に、全てに絶望していた。でもある時気づいたのだ。俺が勇者になればいい。俺が弱い者の味方になればいいんだと。そう決意した俺は村を出て勇者の真似事をしてずっと過ごしていた。人を助け、守り、声をかける。でも鬱陶しがられるのが大体だった。結局村を出ても、自分の孤独を思い知らされるだけだった」
「アルス…」
そんなことがあったのか。アルスの古傷を思い出しながら過去に思いを馳せた。アルスの一方的でやや自分勝手な勇者像はそうやって作られたのか。
「しかし、この街に来て考えが変わった」
「?」
アルスが教会の庭を見て微笑む。
「この街のような賑やかで…優しい世界がもっともっと増えれば…世界は素晴らしくなるだろう。勇者なんていなくても世界は素晴らしいものになれると気付かされたんだ」
「ここ…そんなにいいところかな?」
「ああ、素晴らしい。何よりルトがいる」
「!」
「ルトは優柔不断で悪魔に憑かれた哀れな人間だ」
「うぇえっ」
「――そう思っていた。けども、今は違う」
「…?」
「悪魔にも、吸血鬼にも、たとえどんな悪い人間に対してでも、きっとルトは本当の悪意を向けることができない。それを、勝負のあとの二人の姿をみて知った」
ザクが俺に駆けつけてくれたとき、アルスはまだ意識があったんだ。
「そんな底知れない優しさ、強さを持つルトはすごいと思うし、そこに俺は惚れた」
「………ど、うもっ」
「俺に足りないものは、“帰りを待つ姫”という存在ではなくそんな優しさなんだろうな」
アルスがそういって俺に背を向け歩き出した。
「お、おい!アルス?!」
「俺は旅に出る」
「!?」
「ああ。ルトが追いかけたくなるような、本当に強い男になって戻ってくる!」
傷だらけのまま笑う。その顔は今まで見たアルスの表情で一番清々しいものだった。
「だから、それまでは待っていてくれルト」
「はあ…わかった。期待しないで待っとくよ。ザクと」
「ううっ…次こそ奴にも勝つからな!そう伝えておけー!!」
逃げるように走り去るアルス。賑やかな奴だ。静かに見守っていたが、やがてその姿は街の中に溶けていった。
『ほんと、おもろいなあー。いいで、あんたらの勝負には邪魔せんから思う存分やりい』
イーズが興味深そうに対峙する二人を見ている。背中を向けたままアルスが答えた。
「お前に言われるまでもない」
「そーだそーだ、こいつシメたら次はお前だからな、吸血鬼ヤロー」
『おーこわ』
怖い怖いと笑って俺の隣りに座ってきた。俺が睨みつけると、馴れ馴れしい素振りでウィンクしてくる。イラっとしたが無視しておく。ザクたちの方に目を向けた。
(怪我とかしないといいけど…)
アルスは何かを確かめたいというような感じだし、ザクは早く終わらせたいって背中に書いてある。お互い真剣なのは確かだ。
「じゃ、いくぜ」
「いつでもこい」
次の瞬間、ザクが動き出した。10mぐらいの間合いをあっという間に詰めて、アルスの前に飛び出す。そのまま腹に蹴りをいれた。
ガキン
ザクの蹴りをアルスは剣で受け止めた。ザクの速さについてこれずとも反応はなんとかできてる。それでも十分すごい。
「けけっ」
楽しそうにザクが笑う。最初に戦った時とは違う空気が、二人の間に流れてる気がした。
『ひゃあ、二人共化物やん、こわいわあ』
「・・・」
パチパチと拍手しながら戦いを見守るイーズ。睨みつけると、少しだけ顔を近づけてきた。
『なあ、ホントのところはどっちがええん?』
ヒソヒソと耳打ちしてくる。お互いの顔がふれあいそうなぐらいの距離。近い、と睨みつけたが一向に下がる様子もないので自分で横にずれた。
『ボク的には、どっちも危ないと思うで』
「…」
『あ、でも、ボクを選ぶってのもありやな…うん!それにしいや、ルトちゃん!』
「はあ…そんな事よりさ」
『なーに?』
なんでそんなに馴れ馴れしいんだ。そういう性格なのかな。なんて思いながら口を開いた。
「あんたは何のためにこの街に来たんだ?」
『ボクか?ボクはなあ』
椅子から立ちあがり、イーズが俺の前に移動してきた。そのせいでザク達が見えなくなる。
『エサ探し?』
「えさ…」
(餌探し?)
『はてさて、悪魔や人間、吸血鬼までも虜にするルトちゃんの血はどんな味かなってさ?』
(え、俺を襲いに来たってこと?!!!)
そのことに思考が追いつく頃にはもうイーズの牙が俺の肌を食い破っていた。
ガブリ!!!
さっきアルスにやられた左肩の傷の上から、イーズの牙が食い込む。まるで肩が燃え上がったのかのように熱さ…いや痛みが来た。
「いっ!!!やめっ…っ!」
ショックで固まる体に鋭い痛みが広がる。頭は追いつけなくてもとっさに右手が前に出ていた。イーズをどかそうと腕で突っぱねた。
(動かない…!!なんだよ、この馬鹿力!!)
しかもこっちは痛みとか混乱であまり力が入らない。その間もどんどん肩に食い込んでいくイーズの牙。
じゅるっじゅるる…
「っっ!!いや…だ!!はなせっ…い、いたいっ!!」
自分の血を、まるでジュースを飲むかのように、音を立てて吸い上げるイーズ。寒気がした。全身の震えが止まらない。
(でも…ここで諦めたら、ダメだ!)
牙がどんどん食い込んでくる。焦って喉が震えた。それを、一度深呼吸して整え
「お、俺はっ、エサじゃない!!!」
最後の力を込めて、イーズの鳩尾めがけて膝蹴りをした。
『んぐっ?!』
血を熱心にすすっていたからかモロに腹にくらったイーズは牙を抜き床に蹲る。俺は肩を押さえたまま奴を見下ろした。
「ッハ、ッハあ…俺は誰のものでもない!次、エサ扱いしてみろっ!体の穴という穴からニンニクつめて十字架で蓋をしてやるからなっ!ハア、ハア」
『ひゃあ、こわいなあ。ルトちゃん、げほっ』
噎せた瞬間、口の端から血が垂れていく。俺の血だ。あたりに血の匂いが充満する。
『あかん、そんな可愛い姿見せられたら…ボク惚れそうや』
「なっ…!お前はエサとしての感情だろ!」
『そうとも限らんで、ノラは貴族と違って安定を求めん。つまりロマンチストなんや。だからルトちゃんに不死の力を分けて一生添い遂げたいとも思うかもしれへん』
「一生…?!そんなの願い下げだ」
『せやろうな…』
「?」
『ルトちゃんの血は甘美で口当たりも柔らかい、最高の血や』
まるでワインの品定めをするかのようなそのセリフにゾッとした。吸血鬼はそんなことを思いながら人間の血をすすってるのか。
(じゃあもしかしたらエスも?)
そんな不安が体を駆け抜ける。俺の動揺を気にせず続けるイーズ。
『せやけど、それに何か獣の匂いが染み付いとってん』
「けもの…」
『多分あの悪魔やろ?あいつのことそれだけ好きってことや。血を飲めば飲むほどそれを思い知らされたんやわ』
俺が、ザクのことを?そりゃ、好きだけど…でも、匂いに出ちゃうぐらいだったのか??自分の体を嗅いでみたが、鉄の匂いしかしなくて余計目眩がした。あまり考えないようにしよう。
『ま、だからこそ癖になるってもんやけどな!』
「うわっ、やめろっ!!」
ガバッと性懲りもせず襲いかかってくる。二度も振り払う気力はないため、そのまま椅子に押し倒されてしまった。
「っ、まだ…足りないのかよ!」
『ノラは行儀が悪いし我慢もしないんや』
「そこで威張るな!っぐ、っ!」
『あーあー叫ぶから血が溢れてきとるしもったいないわあー』
「ああっ…!やめろっ舐めるな!うっ、っひ…んんっ!」
『大丈夫や、ボクらの牙には麻痺毒があるし、ついでにボクのには催淫剤も入ってたりするんや』
すぐにキモチよくなってくるで、と囁かれる。
(くそっ…!)
痛みと屈辱で涙が出てきた。でも、最後の抵抗で、睨むことはやめずにいた。それを真正面から見てくる濁った金の瞳がギラギラと光って眩しかった。
『これはエスのやつもハマるわなあ…』
しみじみと何かを呟くイーズ。けれど血を失いすぎた俺はもうほとんど意識がなくて、ザク達の方を見ることで精一杯だった。まだ二人は戦ってる。イーズがコウモリを操ってるからか俺たちに気付く様子はない。
(ザク…!)
『ほな、もう一口いただこかな。全部飲んでもうたら堪忍な』
上機嫌な様子でもう一度肩に顔を近づけてくる。避けたくても椅子とイーズに挟まれていて身動きがとれない。このままでは、本当に殺されてしまう。牙が血で濡れた肌に触れた。
(っっ助けて…ザク…!!)
「!!!」
急にザクが動きを止めた。そしてこっちを見てくる。
(ザク?)
声は出ていなかったのにどうしてと思ったのも一瞬で。コウモリの壁を振り払いながらこっちを確認しようとしていた。そして俺とイーズの姿を見た瞬間、ザクのその赤い瞳にドス黒い怒りの色が灯った。
「ルト!!」
びゅうっと強い突風が吹き抜けて、コウモリも俺の上にいたイーズも全て吹き飛ばす。
『うはあ!なんや?!』
ゴロゴロと教会の床を転がり、コウモリに支えてもらうイーズ。その間にザクが俺のもとに駆けつけてきた。
「大丈夫か!!ルト!!」
「ざ、くっ、」
「何があったんだ??左肩のこれ、噛み痕かこれっ!まさかあんの野郎!!」
髪が燃え上がりそうなほど真っ赤になる。そして、どんどんそれは赤黒く変化していった。
(やばい!!)
このままでは怒り狂ってイーズを殺してしまう。
「いい、から!」
「何がいいんだよ!!こんなにされてっ!絶対許さねえぞゴラアアっ!!!」
『うひーー!こわあー!』
コウモリの壁を作って教会の隅に逃げ込むイーズ。それを追うようにザクが踏み出した。俺はその手を掴んで引き寄せる。
「だめだっ、ザクっ!」
「なんで止めるんだよ!!」
「いいから、傍にいてくれ。お願いだから、ザク」
「~~~っ」
俺の言葉に、驚きを隠せないザク。それからため息つきながら俺の近くの床に胡座をかいた。肩の傷に顔を近づけ口を付ける。
ぺろっ
「!!うっ、い、痛い!」
「我慢しろ。傷塞がねーと死ぬだろ人間は」
「っふ、普通に、応急手当しろ…!」
「こっちのが効く」
舐められ、傷の所が熱くなる。ザクの舌の感触がいつもより伝わってきてもどかしい。ざらっとしていて、でも暖かいその感触に目を閉じる。
(目を閉じると…もっとやばい!)
急いで目を開けたらすぐそこにザクの顔があって心臓が止まりそうになる。
(は、早く、終わってくれ…!)
ドキドキしすぎて死んでしまう。
「ん、こんなもんか」
「はあ、はあ…」
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「ルトが襲われてるのに気づいた時ちょっとガチった」
「ああ…ご愁傷様だな…アルス」
「けけ。いや~案外スッキリした顔してたぜ?」
「…それならいいけど」
「問題はこっちのクソ吸血鬼だぜ」
ザクが威嚇するように唸った。俺たちに近づきかけていたイーズに視線で牽制する。気づかれた瞬間、イーズはパッと降参のポーズを見せる。
『やめてえや!そんな殺意込めて睨まんで!ボク戦闘得意やないの~~』
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『ひいいいいいいい!』
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その後、ザクによってイーズがボコボコにされたのは言うまでもないだろう。
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「怪我の方はどうだ、ルト」
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「…な、なんだよ」
「はは。いや、お互いボロボロだなと思ってな」
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「俺はともかくこんなボロボロでは到底姫とは呼べないな」
「ははっやっとわかったか。俺は黙って誰かを待つような大人しい奴じゃないんだよ」
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「中入る?お茶ぐらいはいれるけど」
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「え?」
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「…」
黙り込むアルス。その顔には様々な感情が読み取れた。その一つ一つは読み取れないけど、今、言いにくいことを言おうとしているのだということはわかる。だから俺は黙って待つことにした。
「言ったかもしれないが、俺は孤児なんだ」
「ああ」
襲われたとき、そんなことを言っていた気がする。色々ありすぎて忘れかけていたけど。
「俺はこの街から随分遠くにある治安の悪い村で生まれた。そこでは盗み、強姦、殺人なんでもありの世界だった」
アルスの首から見えた幾十もの古傷を思い出す。
「孤児の俺には味方などいなくて、世界に、全てに絶望していた。でもある時気づいたのだ。俺が勇者になればいい。俺が弱い者の味方になればいいんだと。そう決意した俺は村を出て勇者の真似事をしてずっと過ごしていた。人を助け、守り、声をかける。でも鬱陶しがられるのが大体だった。結局村を出ても、自分の孤独を思い知らされるだけだった」
「アルス…」
そんなことがあったのか。アルスの古傷を思い出しながら過去に思いを馳せた。アルスの一方的でやや自分勝手な勇者像はそうやって作られたのか。
「しかし、この街に来て考えが変わった」
「?」
アルスが教会の庭を見て微笑む。
「この街のような賑やかで…優しい世界がもっともっと増えれば…世界は素晴らしくなるだろう。勇者なんていなくても世界は素晴らしいものになれると気付かされたんだ」
「ここ…そんなにいいところかな?」
「ああ、素晴らしい。何よりルトがいる」
「!」
「ルトは優柔不断で悪魔に憑かれた哀れな人間だ」
「うぇえっ」
「――そう思っていた。けども、今は違う」
「…?」
「悪魔にも、吸血鬼にも、たとえどんな悪い人間に対してでも、きっとルトは本当の悪意を向けることができない。それを、勝負のあとの二人の姿をみて知った」
ザクが俺に駆けつけてくれたとき、アルスはまだ意識があったんだ。
「そんな底知れない優しさ、強さを持つルトはすごいと思うし、そこに俺は惚れた」
「………ど、うもっ」
「俺に足りないものは、“帰りを待つ姫”という存在ではなくそんな優しさなんだろうな」
アルスがそういって俺に背を向け歩き出した。
「お、おい!アルス?!」
「俺は旅に出る」
「!?」
「ああ。ルトが追いかけたくなるような、本当に強い男になって戻ってくる!」
傷だらけのまま笑う。その顔は今まで見たアルスの表情で一番清々しいものだった。
「だから、それまでは待っていてくれルト」
「はあ…わかった。期待しないで待っとくよ。ザクと」
「ううっ…次こそ奴にも勝つからな!そう伝えておけー!!」
逃げるように走り去るアルス。賑やかな奴だ。静かに見守っていたが、やがてその姿は街の中に溶けていった。
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お姉ちゃんの秘密の悩みです。

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