ユカイなスピンオフ

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ユカイなスピンオフ(本編スピンオフ)

黒崎一家のらぶらぶライフ1

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※時期的に15章中の遊園地前/ラブラブ夫婦とほのぼの親子の話


「という事で、授業参観と親子合宿がありますので、生徒のみんなはよくご両親と相談して参加を決めてください。お父さんやお母さんが仕事などの都合で来れない子は先生チームと組むことになります」

 担任の若い男性教師が来月の行事について説明している。もらったプリントには、授業参観についての案内と親子合宿の日程についての内容が記されている。

 授業参観はまだいいとして、親子合宿か。

 名前の通り、親子で参加する行事は両親がいるのといないのとでは天と地ほどの差で楽しさが違う。親子で野外炊飯でカレーを作って、一晩をテントで過ごす一泊二日は、大好きな両親と過ごす事になればさぞかし楽しいだろうと思う。

 しかし、親が参加できない子は悲惨だ。何が悲しくて一晩を先生チームと過ごさなきゃならないのだろうか。先生チームはすぐ怒る偉そうなおっさん教師達と、性格の悪い女教師数名しかいない現実。頼みの担任の教師は事なかれ主義で全て投げやりに対応し、おまけにロリコン気質だ。去年も問題を起こしたと聞いたが、なんのお咎めもなかったらしい。だから全くアテにならないし、そんな教師と一晩もいたくない。
 最悪、その日だけズル休みをしようかと考えている。

 だって、自分の両親は絶対参加できない事がわかっているからだ。父も母も本当は未成年の高校生で、子連れにしては若すぎる。しかも母は前世では女だったけれど、今世は男だ。母親ですなんて言っても誰も信じてくれない。どうあがいても親子行事は諦めるほかないだろう。

 この日はごまかしてズル休みしよう……。

 真白と甲夜がプリントをくしゃくしゃにして投げやりに片付けていると、遠くの方で同じクラスの子が「お父さんとお母さんと一緒にキャンプ楽しみ」とか「パパとママとカレー作り嬉しい」とか、わくわくした様子の声がチラホラ聞こえる。 

 いいな。羨ましい。だけど、ウチでは無理だ。そう諦めを悟っていた際、

「真白ちゃんと甲夜ちゃんは参加しないんでしょ~?」
「両親はいっつも仕事で忙しいんだもんね~」

 クラスメートの派手めな女の子達が真白と甲夜を見て嘲笑っている。彼女達は美少女と評判の真白や甲夜の双子姉妹を妬んで、よくマウントをとってくる性格の悪い女子達だった。最近では学校一格好よくてモテる男の子が真白に惚れていると聞いて、余計に嫌がらせをされる事が増えて困っている所である。

 特にリーダー格の女子の意地川瑠衣子いじがわるいこは両親がPTAのお偉いさんで、矢崎財閥本社で働く幹部エリートだという事を日々自慢してくる。双子姉妹を目の敵にして、隠れて嫌がらせをしてくるのだ。

「両親参加できないの、おまえらに、なんか関係あるのか」

 真白が睨むと、それに対して瑠衣子はムッとした表情をしたが、すぐに憐れみを抱くような目でこちらを見てきた。

「だって~せっかくの授業参観に親子遠足だよぉ。あんたのパパとママが参加できないなんてカッワイソーだと思って泣いてあげてんのよ~」

 そう言いながらも口の端は面白いほど持ち上がっている。これみよがしに弱みを発見したと畳みかけてくる気満々だ。

「毎回そーゆー親子行事に参加できないなんて、あんた達両親に愛されてないんだね。それとも、両親なんて本当はいないんじゃないの~?せっかくあたしんちのおうちでお茶会開いて両親も誘ってあげてるのに、あんた達いつも理由付けて参加しないじゃない。貧乏人が普段食べられないような高級お菓子用意してあげてんのに」
「まあ、そんなんじゃ参加もできないわよねー。両親に愛さてないんだもの」

 瑠衣子の親はこの辺じゃ最強のボスママとしても有名なので、他の女子達も瑠衣子に逆らえずに取り巻き化している。

「あーもしかしてぇ~あんた達の両親……実は隠れて不倫とかしてんじゃないの~?忙しかったり不仲すぎると不倫とかに走るってテレビで昨日やってたの見た~」
「やっだー!それマジ悲惨~~!不倫とか現実的にありそー。あんたの両親サイテー!キャハハハ」

 それに対して真白はついに我慢ができずに立ち上がる。頭に血がのぼるという事はこういう事か。

「このクソガキ女共!」

 いきりたって女子達に近づき、拳を振り上げようとするが、

「真白!やめな!」

 甲夜が憤る真白を羽交い絞めにして抑える。真白は「放せ!こんなガキ共泣かしてやる~!」と暴れている。

「所詮は子供だ。手をあげたら負けだ」

 中身は150歳以上の甲夜は長年の年の功とやらで落ち着いているが、まだまだ若い中身17歳の真白からすれば我慢ならない。

「いくら、ガキとはいえ、言っていい事と悪い事ある」
「それでもだ。ウチ、父様と母様に迷惑かけたくない。せっかく学校に通わせてもらってるから」
「甲夜は落ち着きすぎ。お人好しすぎ。真白、腹立ってしょうがない。パパとママの事、悪く言われるの、ムカつくと思わないの?」
「それは思うよ……」

 腑に落ちない真白は終始ずっと瑠衣子を睨みつけていた。大人げないと言われればそうかもしれないが、大好きな両親を悪く言われるのが一番腹が立った。料理上手で勇ましい母の甲斐と、格好よくて優しい父の直。本当は二人が自慢の両親だってみんなに紹介してやりたいけれど、それはどうせ叶わない事。

 二人はいつも通り自宅に帰り、今日もらったプリントをゴミ箱に捨てた。どうせ見せても参加できないのだ。だからとっとと捨てて、その日は普通の日と思って過ごせばいいだけだ。



 *

「ただいま、ハニー」

 娘達が寝静まった後、直が合鍵で家に入ってきた。家にいるようなラフな格好だ。

「あれ、おかえり。こんな夜遅くに来るなんて驚いたんだけど」

 普段は週末だけのお泊りだったはずが、今日は珍しくこんな時間にやってきた旦那に首をかしげながらも嬉しい。

「母さんは同窓会に行って深夜遅くまで帰って来ないし、父さんは悠里と親戚の所に行ってる。おじいちゃんはその手の仲間と麻雀だから誰もいないんだ」

 そういえば甲斐の母の唯が、今夜は中学の同窓会の飲み会があるとか言っていたなあと思い出す。明日は盛大な二日酔いになっている事だろう。

「もう少し早く来れば娘達の顔見れたんだけど」

 そう言いながら猫のカイを抱き上げて撫でる。カイは直がお気に入りだから嬉しそうだ。こうして喉を鳴らしてうっとりしている。ちょっとだけ猫のカイが羨ましいなと思った。

「猫が羨ましい?」

 甲斐の物欲しそうな顔を察してニヤリと笑う。

「べ、別に猫にまで羨ましいもくそも……」
「安心しろよ。あとで猫以上にたっぷり甘やかしてやるよ。そんで砂吐くほど可愛がって愛してやる……」

 耳元で囁くように言われて、腰の奥がキュンとひくついた。色気がありすぎる旦那に毎回タジタジで困ってしまう。

「っ、うん……あ、愛して」

 えらい素直に頷けた自分に驚いてしまう。直は満足そうに目を細めた。

「な、何か食う?簡単なものしか作れないけど」
「たべるよ。甲斐の料理の絶品さに虜になってるうちの一人だし。あとで可愛いハニーの方も食べるけど。もちろん風呂でもベットの上でも」
「言わなくても食べる気満々だったくせに」
「可愛い奥さんを前にして食わない方がおかしいだろ。最近忙しくてあんまりシテなかったし、お前も欲求不満だろ」

 軽くキスをされて抱き締められる。それだけで体がちょっと疼いて困った。抱いていた猫のカイが空気を呼んだのかシルバーと一緒に向こうの方へと行ってしまう。空気を読む我が愛猫。さすがである。

「っ……そりゃあしたかった、けど……娘達がいるし、明日も学校なんだから無理させないでよ」
「抱きつぶすレベルはさすがにしないよ。オレも早朝から県外に出なきゃいけないし」
「相変わらず忙しそう」
「今月が終われば来月はヒマになる。そしたら、いっぱい娘達と遊びにも行けるし、可愛い奥さんの相手もしてやれる」
「じゃあ仕事もうひと頑張りしないとな」

 もう一度軽くキスをしあって、愛する旦那サマに夜食作りをするかとエプロンを付け直す。夜食には卵雑炊にしようかなとなんとなくくずかごを見おろすと、しわくちゃになった紙が二個捨てられていた。

 さっき明日がゴミの日だからとゴミ出しに行ったばかりなはずがもう増えている。娘達が何か捨てたのかとくずかごに手を伸ばすと、授業参観と親子合宿という文字がちらりと見えた。

「直」
「どうした」
「これ」

 くしゃくしゃになった紙を広げて眺めると、授業参観と親子合宿の案内のプリント。もちろん、夕食時に娘達からこんな話をしてもらった記憶はない。しかも授業参観はもう一週間後と迫っている。

「もしかして、娘達にいらん気をつかわせてたかな……」

 頼りにされていなかったのかと悲しくはなるものの、この時代の自分達はまだ高校生。ましてや性別も同性同士。娘達は自分達の特殊な親子関係だからこそいろいろ思う所があったのだろう。言いづらかったのだ。

「オレも毎日忙しい忙しいってぼやいていた気がするな……。だから、どうせ参加できないと思って捨てたのかもしれない」
「……だろうね」

 二人は娘達に申し訳ない気持ちになった。家では二人の娘の親として時に厳しく、時に甘やかしてきたつもりが、娘達の学校での事を蔑ろにしていたのだ。

 そういえば、最近は学校の事をあまり話さなくなったのが決め手かもしれない。前までは給食の事やテストでいい点をとった事を嬉しそうに語っていた甲夜と、体育の時間で逆上がりができるようになった事を報告していた真白の顔を思い出す。

 そんな今はどうだ。学校以外の日常の事しか話さなくなった気がする。話そうとしたくても、自分達が忙しい学生だからと話せない空気を作っていたのだ。これは親としての怠慢かもしれない。

「直、この日とこの二日開けられる?仕事、忙しいなら俺だけでも……」
「意地でも開けるに決まってるだろ。甲夜と真白の晴れ舞台でもあるし、可愛い娘の参観日と行事に参加できなくて何が父親だって話だ。前世ではあまりできなかった親らしい事、今度はいっぱいしてやりたい」
「うん……その通りだね」
「そうだよ……」

 二人は寄り添いあい、前世の家族で過ごした日々を思い出しながら愛する娘達のために尽くそうと決意するのだった。



 授業参観当日、浮かない顔ながら笑顔で家を出て行く娘達を見届けて、夫婦二人は用意していた余所行きのスーツを取り出した。そして、娘達と入れ替わりのように玄関戸が開かれる。

「甲斐に直様おはよー!宗ちゃんと手伝いに来たよー!」

 化粧道具片手にやってきた雛と、

「おはようございます。まさかこのために呼ばれるとは思いませんでしたよ。甲斐さんならともかく、まさか直様まで20代後半の父親に見える見た目にしろ、だなんて。専属のスタイリストに頼まなかったんですか?」

 直の筆頭専属秘書の久瀬だった。

「オレは服にも身だしなみにも無頓着なんだ。それにスタイリストなんて状況が状況なだけに説明するのが面倒だ。何かと探られるのも嫌だし、てことでお前に頼んだんだろ」

 直の秘書なだけあって身の回りの世話は長年の彼の仕事と化している。有能な秘書は直の食生活や身だしなみも全て受け持っているので、甲斐を除いて直の事をよく知り尽くしているのは彼だろう。

「雛にはついでに化粧の仕方を教えて欲しいんだ。なにかと今後必要な時が増えると思うし」
「甲斐、前世の時も化粧苦手だったもんね」
「雛みたいに綺麗にいかないんだよな。アイラインとかうまくひけなくて」
「やっぱり練習あるのみだよ。でも、私がいる時はこういうのは大得意だからまかせてよ。今後、親子合宿とか母親として学校行事に参加する事増えるもんね。もたくさん用意しとかないと」
「……そうだなぁ」

 前世でもよく化粧はしたが、今世が男として生きているので女の身だしなみの事はほとんど忘却の彼方。こんな平日の朝に雛がいてくれなければどうしようかと困っていた所だ。当然、本業の学校はある意味ずる休み扱い。悠里や健一達には母親業もあるのでたまに休むことは伝えてある。

「はい、できた」

 鏡の前に立たされた甲斐はこの髪型の自分を懐かしく思った。前世の時の、女だった自分だなって。

 長い黒髪のウイッグを装着し、サイドに可愛い花のバレッタで一纏めにする。スーツは薄い淡い色のジャケットスカートのタイプのもの。パンツスタイルのスーツがよかったのだが、直が可愛い甲斐が見たいとうるさかったのでスカートを穿く羽目になった。もちろん毛とかは事前に脱毛済み。

「甲斐はやっぱり女装がよく似合うねー。ほんと、化粧と髪型変えるだけで美少女に変わるなんて才能みたいなもんだよ」
「磨けば光る原石ですね。素敵な奥さんに変貌しましたね、甲斐さん」
「あーうー嬉しいような、嬉しくないような……」
「こういうのは嬉しいと思わなきゃ!前世は奥さんで、今も奥さんなんでしょ?」
「う、うん」

 文化祭の時も女装が超似合うとか、野郎共から「今の甲斐なら抱ける」とか言われて悪寒が走っていたが、今は娘の学校行事のために母親らしくならなければならない。その雛や久瀬からここまで太鼓判をもらえたなら、それなりに女に見えているという事か。

「甲斐、とても綺麗だ。前世の時を思い出すよ」
「あんたも大人っぽい見た目になって。これなら二児の父親っぽく見えるよ」

 直は紳士のようなオールバックヘアで、スーツもおろしたての高い生地のものを着用している。普段の社長スタイルよりさらに大人びた成人男性のようだ。

「可愛い奥さんと娘達が惚れ直すくらいの父親でいたいからな。他のガキ共が羨ましがるくらいイケメン旦那でいてやるよ」
「自分でイケメンて言うなよ」
「違うのか?オレより顔がいい奴がまわりにいるとでも?」
「自信満々な旦那様だこと。その通り、アンタ以上に顔がいい奴なんて滅多にいないだろうけど」
「なら、そのイケメン旦那サマに終日甘えてろ」

 そう言いながら、スイッチが入ったと言わんばかりにキスをせがんでくる旦那様に困ったものだ。口紅がとれちゃうし、久瀬さんや雛がいるだろうが。

「ちょ、ちょっと」
「はいはいお熱い事で。盛り上がるのは夜にして、この後の授業参観頑張ってくださいね」
「あとでどうだったか報告ぜひよろしく!」


 
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