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ユカイなスピンオフ
黒崎一家のらぶらぶライフ2
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3時間目の授業参観前は、わくわくしたものと殺伐とした空気が流れていた。子供達は和気あいあいと自分の親がいつ来るのかソワソワしているのに対し、いつもより綺麗に着飾った親達はそうではなかった。ほとんどがマウント取り大会と化しているのは何も子供達だけではないのだ。というより、むしろ親達の方がその争いは本格化し、熾烈を極め、上下関係が明確にされる。
可愛い我が子の晴れ舞台をいい場所でカメラに収めながら眺めるのはもちろんの事、隠れて家柄や収入や見た目の容姿でその親の身分を判断し、下位と判断すれば常に意気揚々とマウントを取り、上位とわかればへこへこと媚び諂う。
とくに瑠衣子の母親はPTAの会長で、父親も矢崎財閥の本社勤めの上級幹部という上級国民サマサマな肩書き。母親はこの地域やこの学校のボスママと評判で、彼女には誰も逆らえない。彼女の言う事は絶対で、一度彼女を敵に回すと親どころかその子供すら巻き込んで、私に逆らった不届き者としていじめやいやがらせの標的にされてしまうのだ。そのため、下々の人間からすれば今後のボスママ軍団達との付き合いを左右する重大なイベントなのだ。
とにかく瑠衣子ちゃん両親を怒らせないように持ち上げろというのが暗黙の了解となっている。
「わー瑠衣子ちゃんのお母さん相変わらず美人ー」
「当然でしょ。ママは私の自慢のママなんだからっ」
子供達も瑠衣子の権力の高さには薄々感づいているようで、彼女を持ち上げる発言ばかりをして機嫌をよくさせておくのが日課。彼女を怒らせでもすれば、親を経由されて家族みんなが標的にされるからだ。
「瑠衣子ちゃん。今日の授業参観は学校一可愛い主役として撮ってあげるわ」
全身ブランドもので着飾ったケバイ化粧の母親が、娘に手を振っている。意地川瑠衣子の母親の瑠衣奈である。その隣にはスーツ姿の偉そうな男も立っている。父親の瑠衣男だ。
「パパ。ママ。あたし学校一可愛い?」
「もちろんだ瑠衣子。お前以外目に入らんよ」
「ええ、学校一可愛いわ。あなた以上の美少女なんていないわよ。それに親も低収入でうだつの上がらない旦那持ちの雑魚達ばかりだから、今日もあたし達親子が主役になりそうだわ。ねえ、あなた」
「所詮は貧乏人の集まりだ。今日も適当にマウントを取って下々に身の程をわからせておけばいいだろ。もちろん先生達にもな」
「そうね。こっちは学校に高額の援助をしてさしあげているんだから、私達親子を一番の主役として最優先にしてくれないと」
ばさりとセンスを広げて「おーほほほほ」と高笑いをしでかす瑠衣奈は、まわりの三下モブの生徒親を見下すことが出来て最高の気分だった。
「あら、真白ちゃんと甲夜ちゃん。やっぱり今日もあなた達のパパとママは来ないようね」
「っ……」
「………」
真白と甲夜は瑠衣子の方を見ずに机に座って他所を向いている。
「やっぱり親に愛されてないのね。かわいそーに。あたしのママとパパはあたしを学校一可愛い美少女って言ってくれるのに、褒めてくれる親がいないって可哀想ね」
「瑠衣子ちゃん。真白ちゃんと甲夜ちゃんにそんな事を言うのはやめなよ!聞いていて気分良くないよ」
そこへ学校一モテると評判の男子生徒の一人が瑠衣子に注意する。顔よし、頭よし、家柄よしの三拍子がそろっており、彼女が唯一クラスメートで逆らえないのはこの少年だけだった。なぜなら瑠衣子が異性として好きな男子生徒だからである。
「ち、ちがうのよ、池目くん。あたしは心配してあげてるの。だって二人のパパとママの姿って全然見たことないからぁ~もしかしていないんじゃないかって思ってるの。家庭のジジョウって言うんだっけ。素直に可哀想だと思ってるの」
「二人だって本当はお父さんとお母さんに来てほしいはずだよ。でも事情があるんだからしょうがないじゃないか。そんな風に言うんじゃないよ」
「悔しいな。真白みたいな貧乏人に対してそこまで心配できるなんて。池目くんって優しいのね。真白なんてやめてあたしにしたらいいのに」
「っえ……ちょ、ちょっと!ぼくは別に真白ちゃんのことは……っ」
そう否定しながらも、池目少年の顔は真っ赤に染めあがる。そうだと顔が証明しているようなものだった。
その反面、真白は心底面倒くさそうに頬杖をついている。興味がなかった。それは甲夜も同じで、二人はとんでもないほどファザコン気質なため、クラスメートの男子には全く興味を示さなかった。父親よりイケメンでカッコイイ人なんていないとすら思っているほど、父親大好きなのである。
「まあまあ。瑠衣子ったらやるじゃないの。素敵な超イケメンくんじゃない」
「でしょお?あたしの将来の王子様候補の一人よ、ママ」
「え、ええ……そんな……ぼくはやっぱり真白ちゃんが……」
その続きを言おうとした池目少年の声は、廊下の外から聞こえてきた黄色い声にかき消された。
「ねえ、あの夫婦誰の親御さん!?」
「まあすっごい美男美女ね!見た目も若そうだし。羨ましい」
「お母さん美少女顔だしお父さん超絶美形イケメンっ!いいなあっ!」
「あの奥さんすっげぇ可愛いな~でれでれ」
「ちょっとあなたっ!人の奥さんにデレデレするんじゃないわよっ!」
「どこのクラス行くのかな。手繋いで仲よさそうっ」
そんな声が遠巻きからチラホラあがっている中で、その渦中の美男美女夫婦が仲睦まじく手を繋いで歩いている。誰の保護者かわからないが、長い黒髪をサイドでまとめた美人奥サマと、高身長でスーツがよく似合う爽やか美形旦那サマ。この教室に入ると騒ぎはさらに大きくなった。
「すいません通りまーす!……ええと、我が娘達は……」
大勢の保護者の波をかき分けて教室に入ると、子供達や保護者一同もざわめく。誰も見た事がない保護者の登場に、一様に誰のご両親?という声がヒソヒソ囁かれ始める。
「あ、いたいた!お~い」
後ろの方から手を振ると、それに気づいた真白と甲夜は仰天している。
「と、父様に母様!?」
「パパ、ママ!?どうしてっ」
まさかの黒崎姉妹の親御さんだと知り、クラスメートも保護者達も大層驚いている。誰しもご両親が忙しい可哀想な貧乏な子達と思われていたが、あんな美男美女のご両親だと思わず皆が一様に驚愕している。
「授業参観に来たに決まってるじゃないか」
「可愛い娘達の学校行事だもんね」
「パパ……ママ……」
「それに母様……今日すごく綺麗です。その髪型も昔の母様みたい」
甲夜の昔というのは前世の幕末や明治の頃の話だろう。あの頃は髪も背中まであって長かったし、女性として生きていたので、今の姿はさぞや甲夜にとっては懐かしく見えるだろう。
「ははは……これはちょっと母親に見えるように頑張ったって言うか……恥ずかしいけど」
「今日のママ、いつもより可愛くて綺麗だよ。パパもいつも以上にカッコイイ」
「うん!父様もハンサムですっ!」
「ありがとう。娘に言われるのが何より嬉しいよ」
二人の親として恥じない格好を心がけたせいか、少し小綺麗にしすぎたかもしれない。おかげでさっきから他の保護者や子供達からの視線が痛々しいほど注がれている。何か変だろうかと思ってしまうが、旦那様である直が「まわりなんかほっとけ」と言うのでスルー。さすが場慣れしている旦那様は違うものだ。
「それでよく今日が授業参観だってわかったね」
「ゴミ箱に捨ててあったの見たからな」
「プリント……見てくれたんだ」
どうせ来れないと思ってくずかごに捨てていたのを見てくれるとは思わなかった。だけど、来てくれて嬉しい気持ちには変わりない。
「お前たちはどうして授業参観と親子合宿があるなんて言わなかったんだ」
直が娘達の目線に合わせるようにしゃがみこむ。その表情にどこか圧があるような気がして二人はビクビクした。
「ご、ごめんなさい……パパもママも、忙しいから、来れないと思って」
「父様はお仕事忙しいし、母様も学校あるし……迷惑かけたくなくて……」
怒られるかなとビクビクしている真白と甲夜。それに対して直と甲斐はやっぱり……と、肩を落としている。
「やっぱりそうだったか。ごめん。言い出しづらい空気を作って……」
「ママ……でも、真白、プリント捨てちゃったから……」
「これはお父さんとお母さんの責任だから、真白と甲夜のせいじゃないよ。そうさせてしまった俺達のせい。ごめんな、二人とも。これからはちゃんと行事があったり、大事なプリントがあったら黙って捨てないでね」
「何かあったらオレもお母さんも絶対相談に乗る。困ったことがあったらちゃんと言いなさい、真白、甲夜」
「……っうん!ちゃんと言うよ!これからはっ」
「はいですっ!約束まもりますっ!」
「よし。二人とも、いい子だ」
直が二人の娘達の頭を優しく撫でる。本当は未成年なのに、今はどこから見ても優しくて頼もしい父親の姿だった。
「帰ったら二人の好きなもの作ってあげる。がんばっておいで」
「うん!ママの料理、楽しみにしてる」
「緊張するけどがんばるですっ」
二人が嬉しそうに席に戻って行くのを眺めて、二人は昔の記憶をふと思い出す。この人生にはない前世での自分達が親だった時の記憶を。
「昔を思い出すな。三人で日本全土を親戚から逃げ回って旅をしていた頃や……別の世界線で結婚した後の頃を」
「うん……いろいろ辛い事もあったけど、幸せだったな」
直の手が甲斐の手を深く握りしめて、指も絡める。
「今度、ちゃんとした指輪用意しないとな」
「うん……そうだね」
今、お互いの薬指にはめているのは用意してもらったかりそめの結婚指輪。これからも高校生でありながらも夫婦として、家族として過ごしていくなら、結婚指輪は絶対必要だ。
書類上は男同士だから結婚できなくても、中身はちゃんと結婚しているような夫婦関係は築かれている。愛する娘達だっている。今後も本業の17歳の学生生活と家族生活を両立していかなければならない。
「ねえ、あなた達……見ない親子さんね。黒崎真白ちゃんと甲夜ちゃんのご両親かしら」
二人で今後の事を思案していたら、ケバイ女の瑠衣奈が声を掛けてきた。
「はい、黒崎です。真白と甲夜の母です。いつも二人がお世話になっております。隣が夫です」
直はちらりとケバイ保護者を一瞥して、視線すら合わせずに頭を下げただけだった。相手をするのも面倒くさいという態度の表れらしいが、ケバイ女はそれに気づくことなく調子に乗ってペラペラ話し出す。
「わたくし、このクラスの意地川瑠衣子の母の瑠衣奈です。隣がわたくしの旦那の瑠衣男ですわ。ふふふ、黒崎さんてハンサムで素敵な旦那様をお持ちなんですね。羨ましいわぁ」
「そりゃ……どーも」
クラスメートの母親の瑠衣奈は、こちらに自己紹介をしに来たというより、直にアピールをしに来ただけのように思えた。直の方に色を含んだ視線を向けては頬を赤く染めている。
そんな流し目を余裕でスルーする直は、甲斐を抱き寄せてはため息がちにしなだれかかる。女に惚れられるのはいつもの事だから対応も返事もしないのだろう。それに対してムッとした瑠衣奈は「このボスママのあたしの事をスルーするなんてっ!」と、不満を抱いた。
「で、でも、いくらカッコイイ旦那様でも、やはり家柄や稼ぎって大事ですわよねえ。こう見えてもわたくし、PTAの会長をしておりますの。夫の瑠衣男は矢崎財閥の本社で働くエリート幹部なので、稼ぎはとってもいいのです。おかげで毎日何不自由なく暮らせて快適ですわ~!毎日エステや美容院やネイルだって行けるんですからっ。はー矢崎財閥幹部の旦那っていいわぁ~」
「は、はあ……ソーナンデスカ」
やたらと矢崎財閥の幹部という部分を強調している気がするが、虚栄心が強い人なんだろうとそこはスルー。周りの保護者達はビビっているのか何も言わずに相槌をうつだけ。コレがかの噂のボスママって存在か。なるほど。
「はーい、授業を始めまーす!」
授業開始のチャイムが丁度鳴り響き、担任の教師が教室に入ってきたので、一先ずはその面倒くさい母親とのやりとりは中断された。今後もあんなボスママと付き合っていく事になるのは面倒だなと甲斐は思っていたが、直はどこか思い当たる節があったのか終始無言だった。
「っ……いつまでくっついてんの」
瑠衣奈が悔しそうに引っ込んでからも、直はまだ甲斐にしなだれかかってぎゅっと抱き着いている。しまいには匂いまでスンスンと嗅いでいる始末。あまりのくっつきぶりに他の保護者や子供達が顔を赤くさせて恥ずかしそうにしているくらいだ。
「終わるまでずっと。夫婦なんだからいいだろ」
「まわりの視線が痛いんですけど」
「見せつけてるんだよ。こうしてラブラブ夫婦をみせつけておけば女共が話しかけてこないし」
「もう……」
「オレにはお前だけ。愛してるよ、ハニー」
「ハイハイ。俺も愛してるよ、ダーリン」
呆れながらも、直にくっつかれてまんざらでもないどころか嬉しい甲斐は、愛しい旦那様を甘やかしてしまうのだった。
可愛い我が子の晴れ舞台をいい場所でカメラに収めながら眺めるのはもちろんの事、隠れて家柄や収入や見た目の容姿でその親の身分を判断し、下位と判断すれば常に意気揚々とマウントを取り、上位とわかればへこへこと媚び諂う。
とくに瑠衣子の母親はPTAの会長で、父親も矢崎財閥の本社勤めの上級幹部という上級国民サマサマな肩書き。母親はこの地域やこの学校のボスママと評判で、彼女には誰も逆らえない。彼女の言う事は絶対で、一度彼女を敵に回すと親どころかその子供すら巻き込んで、私に逆らった不届き者としていじめやいやがらせの標的にされてしまうのだ。そのため、下々の人間からすれば今後のボスママ軍団達との付き合いを左右する重大なイベントなのだ。
とにかく瑠衣子ちゃん両親を怒らせないように持ち上げろというのが暗黙の了解となっている。
「わー瑠衣子ちゃんのお母さん相変わらず美人ー」
「当然でしょ。ママは私の自慢のママなんだからっ」
子供達も瑠衣子の権力の高さには薄々感づいているようで、彼女を持ち上げる発言ばかりをして機嫌をよくさせておくのが日課。彼女を怒らせでもすれば、親を経由されて家族みんなが標的にされるからだ。
「瑠衣子ちゃん。今日の授業参観は学校一可愛い主役として撮ってあげるわ」
全身ブランドもので着飾ったケバイ化粧の母親が、娘に手を振っている。意地川瑠衣子の母親の瑠衣奈である。その隣にはスーツ姿の偉そうな男も立っている。父親の瑠衣男だ。
「パパ。ママ。あたし学校一可愛い?」
「もちろんだ瑠衣子。お前以外目に入らんよ」
「ええ、学校一可愛いわ。あなた以上の美少女なんていないわよ。それに親も低収入でうだつの上がらない旦那持ちの雑魚達ばかりだから、今日もあたし達親子が主役になりそうだわ。ねえ、あなた」
「所詮は貧乏人の集まりだ。今日も適当にマウントを取って下々に身の程をわからせておけばいいだろ。もちろん先生達にもな」
「そうね。こっちは学校に高額の援助をしてさしあげているんだから、私達親子を一番の主役として最優先にしてくれないと」
ばさりとセンスを広げて「おーほほほほ」と高笑いをしでかす瑠衣奈は、まわりの三下モブの生徒親を見下すことが出来て最高の気分だった。
「あら、真白ちゃんと甲夜ちゃん。やっぱり今日もあなた達のパパとママは来ないようね」
「っ……」
「………」
真白と甲夜は瑠衣子の方を見ずに机に座って他所を向いている。
「やっぱり親に愛されてないのね。かわいそーに。あたしのママとパパはあたしを学校一可愛い美少女って言ってくれるのに、褒めてくれる親がいないって可哀想ね」
「瑠衣子ちゃん。真白ちゃんと甲夜ちゃんにそんな事を言うのはやめなよ!聞いていて気分良くないよ」
そこへ学校一モテると評判の男子生徒の一人が瑠衣子に注意する。顔よし、頭よし、家柄よしの三拍子がそろっており、彼女が唯一クラスメートで逆らえないのはこの少年だけだった。なぜなら瑠衣子が異性として好きな男子生徒だからである。
「ち、ちがうのよ、池目くん。あたしは心配してあげてるの。だって二人のパパとママの姿って全然見たことないからぁ~もしかしていないんじゃないかって思ってるの。家庭のジジョウって言うんだっけ。素直に可哀想だと思ってるの」
「二人だって本当はお父さんとお母さんに来てほしいはずだよ。でも事情があるんだからしょうがないじゃないか。そんな風に言うんじゃないよ」
「悔しいな。真白みたいな貧乏人に対してそこまで心配できるなんて。池目くんって優しいのね。真白なんてやめてあたしにしたらいいのに」
「っえ……ちょ、ちょっと!ぼくは別に真白ちゃんのことは……っ」
そう否定しながらも、池目少年の顔は真っ赤に染めあがる。そうだと顔が証明しているようなものだった。
その反面、真白は心底面倒くさそうに頬杖をついている。興味がなかった。それは甲夜も同じで、二人はとんでもないほどファザコン気質なため、クラスメートの男子には全く興味を示さなかった。父親よりイケメンでカッコイイ人なんていないとすら思っているほど、父親大好きなのである。
「まあまあ。瑠衣子ったらやるじゃないの。素敵な超イケメンくんじゃない」
「でしょお?あたしの将来の王子様候補の一人よ、ママ」
「え、ええ……そんな……ぼくはやっぱり真白ちゃんが……」
その続きを言おうとした池目少年の声は、廊下の外から聞こえてきた黄色い声にかき消された。
「ねえ、あの夫婦誰の親御さん!?」
「まあすっごい美男美女ね!見た目も若そうだし。羨ましい」
「お母さん美少女顔だしお父さん超絶美形イケメンっ!いいなあっ!」
「あの奥さんすっげぇ可愛いな~でれでれ」
「ちょっとあなたっ!人の奥さんにデレデレするんじゃないわよっ!」
「どこのクラス行くのかな。手繋いで仲よさそうっ」
そんな声が遠巻きからチラホラあがっている中で、その渦中の美男美女夫婦が仲睦まじく手を繋いで歩いている。誰の保護者かわからないが、長い黒髪をサイドでまとめた美人奥サマと、高身長でスーツがよく似合う爽やか美形旦那サマ。この教室に入ると騒ぎはさらに大きくなった。
「すいません通りまーす!……ええと、我が娘達は……」
大勢の保護者の波をかき分けて教室に入ると、子供達や保護者一同もざわめく。誰も見た事がない保護者の登場に、一様に誰のご両親?という声がヒソヒソ囁かれ始める。
「あ、いたいた!お~い」
後ろの方から手を振ると、それに気づいた真白と甲夜は仰天している。
「と、父様に母様!?」
「パパ、ママ!?どうしてっ」
まさかの黒崎姉妹の親御さんだと知り、クラスメートも保護者達も大層驚いている。誰しもご両親が忙しい可哀想な貧乏な子達と思われていたが、あんな美男美女のご両親だと思わず皆が一様に驚愕している。
「授業参観に来たに決まってるじゃないか」
「可愛い娘達の学校行事だもんね」
「パパ……ママ……」
「それに母様……今日すごく綺麗です。その髪型も昔の母様みたい」
甲夜の昔というのは前世の幕末や明治の頃の話だろう。あの頃は髪も背中まであって長かったし、女性として生きていたので、今の姿はさぞや甲夜にとっては懐かしく見えるだろう。
「ははは……これはちょっと母親に見えるように頑張ったって言うか……恥ずかしいけど」
「今日のママ、いつもより可愛くて綺麗だよ。パパもいつも以上にカッコイイ」
「うん!父様もハンサムですっ!」
「ありがとう。娘に言われるのが何より嬉しいよ」
二人の親として恥じない格好を心がけたせいか、少し小綺麗にしすぎたかもしれない。おかげでさっきから他の保護者や子供達からの視線が痛々しいほど注がれている。何か変だろうかと思ってしまうが、旦那様である直が「まわりなんかほっとけ」と言うのでスルー。さすが場慣れしている旦那様は違うものだ。
「それでよく今日が授業参観だってわかったね」
「ゴミ箱に捨ててあったの見たからな」
「プリント……見てくれたんだ」
どうせ来れないと思ってくずかごに捨てていたのを見てくれるとは思わなかった。だけど、来てくれて嬉しい気持ちには変わりない。
「お前たちはどうして授業参観と親子合宿があるなんて言わなかったんだ」
直が娘達の目線に合わせるようにしゃがみこむ。その表情にどこか圧があるような気がして二人はビクビクした。
「ご、ごめんなさい……パパもママも、忙しいから、来れないと思って」
「父様はお仕事忙しいし、母様も学校あるし……迷惑かけたくなくて……」
怒られるかなとビクビクしている真白と甲夜。それに対して直と甲斐はやっぱり……と、肩を落としている。
「やっぱりそうだったか。ごめん。言い出しづらい空気を作って……」
「ママ……でも、真白、プリント捨てちゃったから……」
「これはお父さんとお母さんの責任だから、真白と甲夜のせいじゃないよ。そうさせてしまった俺達のせい。ごめんな、二人とも。これからはちゃんと行事があったり、大事なプリントがあったら黙って捨てないでね」
「何かあったらオレもお母さんも絶対相談に乗る。困ったことがあったらちゃんと言いなさい、真白、甲夜」
「……っうん!ちゃんと言うよ!これからはっ」
「はいですっ!約束まもりますっ!」
「よし。二人とも、いい子だ」
直が二人の娘達の頭を優しく撫でる。本当は未成年なのに、今はどこから見ても優しくて頼もしい父親の姿だった。
「帰ったら二人の好きなもの作ってあげる。がんばっておいで」
「うん!ママの料理、楽しみにしてる」
「緊張するけどがんばるですっ」
二人が嬉しそうに席に戻って行くのを眺めて、二人は昔の記憶をふと思い出す。この人生にはない前世での自分達が親だった時の記憶を。
「昔を思い出すな。三人で日本全土を親戚から逃げ回って旅をしていた頃や……別の世界線で結婚した後の頃を」
「うん……いろいろ辛い事もあったけど、幸せだったな」
直の手が甲斐の手を深く握りしめて、指も絡める。
「今度、ちゃんとした指輪用意しないとな」
「うん……そうだね」
今、お互いの薬指にはめているのは用意してもらったかりそめの結婚指輪。これからも高校生でありながらも夫婦として、家族として過ごしていくなら、結婚指輪は絶対必要だ。
書類上は男同士だから結婚できなくても、中身はちゃんと結婚しているような夫婦関係は築かれている。愛する娘達だっている。今後も本業の17歳の学生生活と家族生活を両立していかなければならない。
「ねえ、あなた達……見ない親子さんね。黒崎真白ちゃんと甲夜ちゃんのご両親かしら」
二人で今後の事を思案していたら、ケバイ女の瑠衣奈が声を掛けてきた。
「はい、黒崎です。真白と甲夜の母です。いつも二人がお世話になっております。隣が夫です」
直はちらりとケバイ保護者を一瞥して、視線すら合わせずに頭を下げただけだった。相手をするのも面倒くさいという態度の表れらしいが、ケバイ女はそれに気づくことなく調子に乗ってペラペラ話し出す。
「わたくし、このクラスの意地川瑠衣子の母の瑠衣奈です。隣がわたくしの旦那の瑠衣男ですわ。ふふふ、黒崎さんてハンサムで素敵な旦那様をお持ちなんですね。羨ましいわぁ」
「そりゃ……どーも」
クラスメートの母親の瑠衣奈は、こちらに自己紹介をしに来たというより、直にアピールをしに来ただけのように思えた。直の方に色を含んだ視線を向けては頬を赤く染めている。
そんな流し目を余裕でスルーする直は、甲斐を抱き寄せてはため息がちにしなだれかかる。女に惚れられるのはいつもの事だから対応も返事もしないのだろう。それに対してムッとした瑠衣奈は「このボスママのあたしの事をスルーするなんてっ!」と、不満を抱いた。
「で、でも、いくらカッコイイ旦那様でも、やはり家柄や稼ぎって大事ですわよねえ。こう見えてもわたくし、PTAの会長をしておりますの。夫の瑠衣男は矢崎財閥の本社で働くエリート幹部なので、稼ぎはとってもいいのです。おかげで毎日何不自由なく暮らせて快適ですわ~!毎日エステや美容院やネイルだって行けるんですからっ。はー矢崎財閥幹部の旦那っていいわぁ~」
「は、はあ……ソーナンデスカ」
やたらと矢崎財閥の幹部という部分を強調している気がするが、虚栄心が強い人なんだろうとそこはスルー。周りの保護者達はビビっているのか何も言わずに相槌をうつだけ。コレがかの噂のボスママって存在か。なるほど。
「はーい、授業を始めまーす!」
授業開始のチャイムが丁度鳴り響き、担任の教師が教室に入ってきたので、一先ずはその面倒くさい母親とのやりとりは中断された。今後もあんなボスママと付き合っていく事になるのは面倒だなと甲斐は思っていたが、直はどこか思い当たる節があったのか終始無言だった。
「っ……いつまでくっついてんの」
瑠衣奈が悔しそうに引っ込んでからも、直はまだ甲斐にしなだれかかってぎゅっと抱き着いている。しまいには匂いまでスンスンと嗅いでいる始末。あまりのくっつきぶりに他の保護者や子供達が顔を赤くさせて恥ずかしそうにしているくらいだ。
「終わるまでずっと。夫婦なんだからいいだろ」
「まわりの視線が痛いんですけど」
「見せつけてるんだよ。こうしてラブラブ夫婦をみせつけておけば女共が話しかけてこないし」
「もう……」
「オレにはお前だけ。愛してるよ、ハニー」
「ハイハイ。俺も愛してるよ、ダーリン」
呆れながらも、直にくっつかれてまんざらでもないどころか嬉しい甲斐は、愛しい旦那様を甘やかしてしまうのだった。
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