ユカイなスピンオフ

近所のひと

文字の大きさ
上 下
1 / 59
前世しりーず(甲斐女体化)

ママは架谷甲斐

しおりを挟む
「疲労と貧血です」

 日雇いの仕事中にとうとうガタがきてぶっ倒れたらしい。病院のベッドで目覚めた俺は点滴に繋がれていた。

 ここの所はほとんど飲まず食わずの働き詰めだったからなあ。食べる物があれば子供達に食べさせて、自分はそこらの食べられる雑草と水で凌いでいた所もあった。

 子供達に余計な心配かけちゃって……母親失格だな。
 でも、寝る間も惜しんで働かないと、直樹なおき甲梨かりんの小学校入学ももうすぐだからっ……。

 子供達は六年前に別れた彼氏との子供だ。別れる前にデキちゃったのだ。
 彼氏は偉そうで生意気な奴。だけど寂しがり屋で甘えん坊で根はやさしい人。彼は俺の事を愛してると言ってくれた。そんな彼を俺も大好きだった。一緒にいる時は幸せだった。

 付き合っているそんなある日、妊娠が発覚した。彼と毎晩のように愛し合って求めあっていたからデキテいても不思議ではなかった。

 開星学園に通っていた最中だったから驚いたけれど、驚く暇もなく彼氏の周りは別れろと引き離そうと躍起になってきた。なんせ彼氏は財閥の御曹司で次期社長という重役の肩書き持ち。俺みたいな一般市民とは住んでいる世界が違いすぎるのだ。そのことを何度も説明されるうちに、財閥勢力達からの圧力の末にとうとう別れることになってしまった。ほとんど無理やり。

 俺は諦めてしまった。だけど、彼氏は相当反発したと聞いた。風の噂で聞いた話だから今となっては知りようがないけれど、かなりゴネて揉めたようだ。
 
 後日、彼氏の父親である正之氏は手切れ金だと一億の小切手をよこしてきたが、そんな汚らしい小切手なんぞいらんと俺は突き返した。金で心が動くような人間になりたくなかったし、彼を金で売るような真似なんてしたくなかったからだ。金銭的に余裕はないが、死んでも金を受け取りたくなかった。自分の意地だけど。

 妊娠を告げる事もなく無理やり引き離されたため、多分彼氏は自分が父親になっているなんて夢にも思っていないだろう。それでもいい。

 俺はこのお腹の子供と生きていく。シングルマザーになると決めた。

 それから出産まで開星学園をしばらく休学。バイトをしつつ父親不在ながらなんとか友人の助けもあって一人で出産。双子の赤ちゃんを産んだ。その後、前以上に働きながら子育てに奮闘する事になる。仕事中は早苗さんに預けたり、開星のOBにもシッターを頼んだりして忙しい毎日を送った。

 しかし、今の飲食店の仕事じゃ二人の子供を今後食べさせていけないと思い、現実的に稼げる仕事といえば看護師だと思いついた。勉強は苦手だけれど、子供二人を食べさせていくには苦手だなんて言ってられなかった。

 休学していた開星に再通学して卒業。看護学校に通いながらの病院での看護助手の就職が決まり、早苗さんや勝じーちゃんに子供達をお願いしつつ俺は必死で勉強して働いた。子供達を保育所に預けられるようになった頃には看護学校をなんとか卒業。看護資格を取得し、改めて看護師として病院勤務。時々、夜にも日雇いの仕事をして必死で働いた末にとうとうぶっ倒れた……というので今に至る。

 勿論早苗さんにめちゃくちゃ怒られた。こちらにも頼れって。無茶ばかりして倒れたら子供達も逆に心配するって言われちゃった。おっしゃる通りです。同僚達や婦長からも心配されて、ゆっくり静養しなさいと言われてお言葉に甘えることになった。

 入院中はヒマだなとぼうっとテレビのスイッチを入れて、ワイドショーにチャンネルを合わせると、速報というテロップが流れた。

『矢崎財閥社長のカレン夫人が心不全で死去』というニュースだった。

 心不全……?あの人、亡くなったのか。
 彼の奥さんが……。

 そう、カレン夫人は彼氏の婚約者であり奥さん。彼氏は俺と別れた後すぐにカレン夫人と結婚させられたと聞いた。

 半ば無理やりの結婚と聞いていたけれど詳細は知らない。俺とはもう無関係の人だし、一般市民の俺が知る由もない。もし無理やりさせられたなら……とても気の毒で言葉にならない。だからと言って、俺にはどうすることもできないけれど……でも……そんな話を聞いていたせいか、俺の心にはまだ彼が……いる。

「おかーさん!」
「ママ、だいじょーぶ?」

 病室に愛する双子が早苗さんに連れられてやってきた。
 早苗さんが連れて来てくれたのだろう。本当に頼りになるお義母さまだよ。まるで本当のお母さんみたいで助かっちゃうよ。

「うん、大丈夫。ちょっと疲れて休んでるだけだからね」
「ほんと?」
「おかあさんどこも悪くないの?」
「悪くないよ。治ったらまた一緒に買い物行こうね」
「「うん!」」

 あーやっぱり可愛いな、我が子達は。出産時は痛すぎて死ぬ思いをして産んだんだ。可愛くないはずがない。親馬鹿になってもおかしくないよ。俺の今の時点での最愛の我が子達なんだから。

「子供達はしばらくこちらで面倒見るから安心して休んでね。しばらくの生活費の事はなんとかなるから」
「うん、ありがとうございます」
「もう二度と一人でなんでも背負い込まないで。あなたは大事な唯ちゃんの子供でもあるんだから。私は実の娘だとも思ってるんだから、あなたに何かあったらあなたのお母さんに顔向けできないわ」
「……ありがたい、言葉です」
 
 こりゃあ早苗さんに本当に頭が上がらない。これからも存分に世話になっちゃうよ。
 

「あのね、おかあさん。おかあさんがたおれた時ね、ぼくたちパニックだったんだ。それでね、だれか大人の人に助けをよびにいこうとしたら、ちょうどそこにいた男の人にたすけてもらったんだ」
「そうそう。ママをたすけてって言ったらすぐに車だしてくれておかあさんをここに運んでくれたの」
「へえ……そうなのかい。その男の人ってどんな人だった?」
「すっごくかっこいいおにいさんだったよ」と、甲梨。
「やさしくてあたたかくてしんせつだった。あたまなでなでしてくれたんだよ」

 直樹が嬉しそうな顔で言う。

「じゃあ、あとでその人にお礼言っておかないと。早苗さん、その人の連絡先聞いてる?」
「ごめんなさい。わからないの。電話口であなたが倒れたって聞いて急いで病院に来てみたら子供達がもう待合室に来ていて、よく二人だけで病院に来れたなって不審に思ったの。だから病院の人に詳しく訊くと、その親切な男の人があなたと子供達を連れてきてくれたんですって。心配になって子供達に訊ねたりしたんだけど、何かされた形跡もないし、むしろ男の人によくしてもらった事を嬉しそうに語ってたから本当に親切にしてくれただけみたい。その人の事も病院に訊ねたんだけど、守秘義務ですのでって教えてくれなかったわ」
「そう、ですか。その人がどんな人であれ、助けられたなら感謝とお礼しに行こうと思ってたのになぁ」
「あのね、きれいな銀色のかみの男の人だった。直樹ににてたよ。まるでおとうさんみたいだった」
「え……」

 おとうさんに似ていた?銀色の髪?
 もしかしてっ……!
 俺は息をするのも忘れそうになった。




 その夜、俺は一人病棟のラウンジのソファーに腰かけて窓を開けて風に当たっていた。
 倒れた俺を助けてくれたのはきっとあいつなんじゃないかって思うと落ち着かなかった。眠れなかった。
 もしそうなら、あいつは……俺に子供がいた事を知っていたのだろうか。


「あいたいなあ……」

 誰もいないラウンジに誰に言うわけでもなくぼそりと呟く。
 叶わぬ願いだというのはわかっている。俺とあいつは六年前に別れた。あいつの父親の権力に無理矢理引き離されてだからもう逢いようがない。社長という立場だからもう手の届かない地位の人。

 それでも……

「愛してるんだよね……」

 母親になっても、この想いを引きずっている。
 母親失格だなってわかっていても。







「オレも愛してるよ」







 誰もいないはずの暗いラウンジに言葉が返ってきた。男の声が。
 もしかして幽霊かと怖くなって震える。ゆっくり顔をあげると、見覚えのある見慣れた長身の男が離れたところで立っていた。

 やっぱり幽霊かなって思ってしまう。だってこんな場所にアイツがいるはずがないじゃないか。

「夢みてんのかな、俺」
「夢なんかじゃないよ、甲斐」

 ゆっくり近づいてくる長身の男の顔が鮮明になっていく。暗い中でも綺麗な顔はあの時より少し大人びていて貫禄があった。あの時よりさらに大きくなっているなとか、声ももっと低いテノールだなとか。六年も経てば成人になって成長もするだろうなとか、いろいろ思うことが山ほどあった。

「なんで……あんたがここにいるのかな」
「なんでって。あいたかったからだよ」
「だからってなんでこんな時に来るんだよ。何してんだよ。あんた社長だろ。今更どのツラさげて俺の前に現れたんだよ。それに奥さんだってい……」

 いろいろ言ってやろうとしたいのに言い終わる前に抱き締められた。

「ごめん……ごめんな、甲斐」
「なにが、ごめん、だよ……俺、俺が今までどんな目にあってきたと思って」

 自然と涙がこぼれた。
 別に今までほったらかしにされた事を怒りたいわけじゃないのに。こいつだって離れたくて離れたわけじゃないのに、仕方がないってわかっているのに、急に今更現れたことになんだか無性に腹が立ってくる。矛盾してるな、俺。どうしようもなく逢いたかったくせに。

「寂しかった、甲斐。ずっとずっと逢いに行こうと考えてた。だけど、周りの連中がそれを許さなかった。逢えばお前に危害を加えられる気がして迂闊に動けなかった。だから、この時がくるまでずっと我慢していた。次の社長としてオレの部下を育てて引き継ぎが終わるまでは」
「……引き継ぎって……」

 直が抱き締めている体を少し離して俺を見つめる。

「オレはもう社長じゃなくなる。無理言って辞表をやっと出せるようになったんだ」

 直の顔は清々しいといわんばかりだった。

「有能な部下を、妹の旦那を次期社長に任命してきた。数日後には新社長の発表とお披露目となる。だからオレは自分がお役御免となるまで我慢していたんだ。お前に堂々と逢いに行けるようにするため、矢崎家を出るため、この六年間は引き継ぎのために社長をやっていたようなものだ。それでお前にやっと会いに行けると思ってお前の近況を調べていたら、双子の子供がいるって知って嫉妬で狂いそうになった。甲斐を孕ませたバカはどこのどいつだって殺してやりたいくらい憎悪を抱いた」
「お前がそのバカだよ。中出ししやがったバカ。子供の父親はアンタなのに」

 もし子供の父親が違っていたら本当にこいつはその男を殺しにいきそうだな。そんな事は死んでもありえないけれど。

「そう、調べていくうちにオレと甲斐の子供なんだって知って驚いた。別れる前に妊娠していたんだな。知らなかった」

 直は俺を抱き寄せて優しく何度も髪を梳く。別れる前にいつもしてくれた心地の良い行為に自然と落ち着いていく。

「あんたに言う前に別れさせられたからな。ったく、中出ししやがって」
「お前が愛しいから最後の方は避妊するのも疎かになってた。生の方が気持ちいいっつうか、可愛く喘ぐ甲斐を見てたら我慢できなかった」
「もう……おまえという奴は」

 結果的に子供達を妊娠して今があるわけだけれど、やり逃げとは今思えば呆れるものだ。

「別れた時、もう悲しくて、辛くて、しかも悪阻がひどくて、生きるのにいろいろ必死だった。でもおろすなんて絶対考えなかった。あんたの残してくれた忘れ形見みたいなものだったから、何がなんでも産んでやるって思った」
「甲斐……」
「出産後は子供二人どうやって育てればいいのかって悩みまくった。お金もなければ勉学もない俺だからな。でも産んだ後は苦しいとかは思わなかった。むしろ充実してた。あんたの……大好きな人の子供だって思うと頑張れたから」

 子供達が唯一の俺の心の支えだった。子供達がいなければ俺はたぶん……

「ひとりぼっちでは生きられる自信がなかったと思うし」
「それはオレも同じ。甲斐がいない世界でなんて生きられない。でも、矢崎財閥の社長の椅子を降りればお前に……甲斐にあえると思うと頑張れたんだ」

 直はそっと俺の頬に何度もキスをおとしていく。

「これからはオレがそばにいる……」
「直……」
「今更、子供達の前で父親面できるかわからないけど、お前も子供達も支えたい」
 この人が父親ですなんて子供達に説明するのが大変かもしれない。でも、見ている限り、子供達は直に警戒心を持っていない様子だから時間が経てば受け入れてくれるかもしれない。

「オレとずっと一緒にいてほしい」

 直は俺に六年越しのプロポーズをした。
 

 翌日、直が父親で事情があって離れていたことを子供達に説明した。
 最初は反発されるかなとも思ったが、子供達は思った通り直に対して警戒せずにすぐになついた。欲しかったお父さんという存在が出来て相当嬉しかったみたいで、最初のうちは常に一緒に過ごして遊んだりしていた。警戒しないのは、そこは血の繋がりや同じ遺伝子同士の本能とかあったのかもしれない。

「ママもスミにおけないね」

 双子の妹の甲梨が台所で野菜を洗ってくれている。
 最近はよく料理のお手伝いをしてくれるようになって、俺の料理好きスキルを受け継がんばかりになってきている。もうすぐ小学生だからね。将来は料理上手ないいお嫁さんになってくれたらいいな。

「だって、きょーそーりつ高すぎるパパをおとしたんでしょ?パパほどカッコいい男ってみたことないからママってやりてだねー」
「やりてって……どこでそんな言葉を覚えてくるの」
「えーだってこれくらいふつーだよ。保育園でもまりこちゃんとタロウくんがチューしてるくらいなんだからっ。あたしもパパみたいないけめんかれしほしいなあ」

 甲梨は父親の直に性格が似てとてもマセている。外見は俺に似ていても直の遺伝子のおかげか美少女で、将来は美魔女に育ちそうで心配だ。

 かたや双子の兄の直樹は性格は俺に似ているようだ。天然で純粋。でも容姿は直にとても似ているので、保育園では四天王の矢崎直の再来だとか言われている。再来もなにも本人の息子なんだから似ていて当たり前である。

「ただいまー!」

 泥だらけの直樹と夫が帰宅。近くの公園で仲良くキャッチボールやサッカーをしてきたようだ。

「お帰り、二人とも」
「パパも直樹もおかえりー」

 エプロン姿で俺と甲梨が出迎えた。

「ただいま甲梨。あとマイハニー腹へった」
「今作ってるから待ってて」

 旦那が子供達がいる前にも関わらず抱きついてほっぺにキスをしてくる。いってきますやただいまのキスは子供達がいる前だと一応自粛している。

「らぶらぶだねー」

 甲梨がにやにや見上げている。ちょっと恥ずかしいけどほっぺにチューレベルなら許容範囲だ。唇のキスはタブーだけど。

「ねえ、きのうのよるにおとうさんとおかあさんがおへやでこそこそしてたけどなにしてたの~?ふたりだけであそんでるなんてずるいよ」

 直樹の発言に俺が真っ赤になる。もしかして昨日の夜の営みを見られていたのかと恥ずかしくなった。そんな旦那はにやりとしている。にやりとしている場合じゃないだろうが。

「ばかねー直樹。そこはおとなのじじょうがあるのよ」

 甲梨はまるで察している口ぶりでやはりオマセな子である。

「えーしりたいよ。なんで二人ではだかでいたのー?」

 俺は盛大に吹き出した。旦那はさらに笑みを深くしている。だから笑ってる場合じゃないって。

「そ、それは風呂に入りに行こうとしてたんだよ。お風呂!」

 一応間違ってはいない。ギシアン後に二人で風呂に入ったのは本当なのだ。

「ぶーずるいー!ぼくもおふろはいるー!おとうさんとっ!」
「じゃあ今から一緒に入りにいくぞ直樹」
「うん!」

 旦那がその話をそらすために?息子を風呂に連れていった。

「直樹ってがきだよねー。いもうととしてわたししんぱいだわ」

 俺は甲梨のマセ具合に心配である。

「ねえママ、あんしんして。わたしがパパとママのらぶらぶたいむを直樹にジャマさせないよーにしてあげるから。さんにんめ楽しみにしてるね」
「は、はは………そりゃありがとうよ」
 なんて突っ込んだらいいのやらわからんわい。
 

 その後、俺の妊娠が発覚したりする。第三子である。

 性欲旺盛で絶倫な旦那のおかげで毎晩三回はシテたりするから子供できまくりである。たまに中出しされるしな。ラブラブすぎてっつうか倦怠期が一切きてないので、子供達に呆れられるほど一緒にいる。だってお互いが依存しあってるから離れられないんだよね。
 
 あー幸せだなー。

 終
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

とある黒鴉と狩人の物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:5

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,568pt お気に入り:17,512

お尻を叩かれたあと、○○もお仕置きされちゃう女の子のお話

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:241pt お気に入り:34

ロリ巨乳化した元男性 ~快楽なんかに絶対負けない!~

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:57

貴公子、淫獄に堕つ

BL / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:701

[R18] 20歳の俺、男達のペットになる

BL / 連載中 24h.ポイント:447pt お気に入り:127

淫獄の玩具箱

BL / 連載中 24h.ポイント:1,925pt お気に入り:45

処理中です...