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十七章トラウマと嫉妬

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 誰もいなくなった病室は殺風景でひどく淋しい。あれから三週間ほど――俺の病室には誰も来なくなった。といっても、俺が直と子供達を追い出したように、他のみんなにもわざと挑発をしてブチギさせて出て行ったに過ぎないが。
  
 幻滅されて縁を切られるというのは胸に結構ぐさりとクるものだ。ちょっと泣きそうになっているけど、自分自身でなのだと無理にでも納得させる。

 愛する家族や俺の身内、四天王の三人、妹達、誠一郎さん達にもひどい言葉を投げかけて愛想を尽かされた。全員の俺に対する失望感は相当なもので、怪我人の俺に容赦なく罵声やら暴力を浴びせてきて参ったものだ。

 特に母ちゃんからなんてまわし蹴りとかかと落としを受けたし、妹の未来からは往復ビンタだ。二人ともすっげぇ泣きながら去って行ったのを見た時は心が折れそうになったけど、これでいい。

 これで失うものは何もない。守るべき弱点なんてあれば白井に狙われる。利用される。

 Eクラスの皆を助けるためには全ての人間関係を断ち切らなければならないのだ。今は白井の予定通りに事が進んでいるのがムカつくが、無理して別れる事が出来てよかったと思う。

 ごめんな、みんな。





 そうして孤独になり始めてしばらく、久しぶりに来訪があった。


「なんのようだよ、クソババア。それに甲夜や南センセまで」

 ベットの上で鼻くそをほじりながら酷い態度で出迎えてやった。これでもかって煽りながらな。

「お前……一人で何もかも捨てて白井の元へ行くつもりだな」
「なんのことだよ」
「しらばっくれても無駄だ。わかっているよお前の考えくらい。みんなが騙されてもな。甲斐、お前も損な役回りをしたものだ」

 ばーちゃんは懐からケシの実を取り出した。

「お前、この匂い成分でみんなの思考力を鈍らせていたな。下手な演技をしおって。バカ孫め」
「…………」

 ばーちゃんが困った表情でそう言うと、俺は深いため息を吐いた。

「やっぱばーちゃんにはバレちまってたか」

 あの女が匂いであらゆる感覚を鈍らせると言っていたなら、同じようにみんなにも匂いで感覚を麻痺させれば鋭い直達でも騙せると踏んだのだ。

 だから事前に鈴木に電話をして、その香りをよこせと言ったら簡単にくれたよ。全員効果覿面で、晴れて俺はみんなから嫌われて見捨てられたというわけだ。

 しかし、ばーちゃんは洗脳や暗示を解く天才でお見通しだろう事はわかっていた。甲夜と南先生に関してはどうしてわかったのかはわからないが。

「皆には言うなよ。せっかくの縁切りが台無しだから。俺は白井の元に行く」
「……全く、お前というやつは」

 どこに白井の手の者が潜んでいるかわからないし、盗聴器が仕掛けられてないとも限らないので、俺は多くは語らない。が、ばーちゃんなら全てお見通しだろう。

 敵の本拠地に乗り込んでEクラスを助けに行くための行動なのだと。

「初めから……決めていたのか?」

 俺はこくんと頷く。白井が去って行ってからすぐに決めた。

 今の心の拠り所は、白井の言う通りEクラスなんだろう。だからこそ、命を懸けてでも助けに行くと決めた。

「母様は……いろいろ悩んで考えてたんだね。みんなの事を」
「甲夜……ごめんな」

 ひどい暴言を吐いていたと思う。子供達に対しても容赦なかったから直に二度も殴られたしな。最後には見損なったと言われたし。さぞや俺に失望しただろうと思う。

「私はね、元暗殺者だから匂いには耐性がある。だからすぐわかったよ」
「さすが南先生。もちろん誠一郎さんには言ってないよな?」
「言ってないよ。あんたが自分なりに考えた決意なんでしょう?自分が嫌われ役になっても、弱点であるみんなをわざと遠ざけた事。皆の事を一番に考えていた事も。そんな覚悟を持ったアンタだからこそ、いくら誠一郎様とはいえ言えない。言えるわけがないじゃない」

 俺の覚悟を受け取った南先生は泣きそうだ。俺のためにそんな顔などしなくていいのに。自ら望んだことなのにな。

「ありがとう、南先生。みんなの事、よろしくな」
「……っ、バカ」

 今はまだ奴には到底敵わないし、再戦しても負けるのはわかっている。だけど、奴のそばにさえいればいつか必ず勝機は見えてくると踏んで、俺は白井の懐へ入り、長い目で見て弱点を突く。そして、攫われたEクラスのみんなを助け出す。

 そのためには、本当に俺は白井の嫁とやらになる必要がある。この身を差し出さなければならない事もあるだろう。

 だから、何もかも捨て去る必要があるのだ。

「甲夜……家族を頼むな」
「っ、母様……っ」
「俺はもうここには戻っては来れないと思う。お前がみんなを支えるんだよ」

 白井を斃すためには長い間奴の元へ潜伏する必要があるのだから。

「……母様っ、すん……また、お別れ……いやです……白井の元になんて……いやっ」

 物分かりがいい甲夜でさえぼろぼろと涙をこぼしている。150歳以上でもやはり俺の子だなって思う。あの150年前に引き離された光景を思い出したのか俺からなかなか離れようとしない。

「またお別れさせてごめんな……甲夜。いつまでもお前が大好きだよ」 

 俺はぎゅっと甲夜を母のように抱きしめて背中を撫で続けた。いつまでも、いつまでも。




 さらに数日後の夜、なんとなく眼が冴えて目覚めると、体が勝手にふらふらと前へ進んだ。

 体が言う事をきかず、困惑している中で冷静に考えると、これはついにという合図なのだろうと抗わずに自らの足どりを任せる。怪我はもうほとんど完治に近く、骨折していた全身もほぼ元通りだ。

 階段を一階まで下り、病院の外に出てしばらく歩いていると、近くの閑散とした公園には思った通りの人物が待ち構えていた。

「準備万端なようだな」
「お前が準備して来いって言ったんだろ」

 この男の前にいるとやはり体の震えが止まらない。過去のトラウマというものは本当に厄介だと思う。黒崎大和の姿だからこそ余計に気分が悪い。しかし、少し慣れたのか以前よりかは恐怖を我慢できるようになった。

「Eクラスのみんなはどうしている」
「そう急くな。みんな元気にしているぞ」
「当たり前だ。何かひどい事をしてみろ。絶対許さないからな」
「ふふ、俺の嫁は疑り深いものだ。だがその前に……隠れている鼠をあぶりださないとな」

 白井が背後向けて言うと、奴の部下のような奴が現れた。そいつが誰かがいるであろう場所にナイフを投げつけると、見覚えのある影が二つ横切った。なんとなく誰かが隠れている事はわかっていた。

「お兄ちゃん!」
「甲斐様!」
「未来……友里香ちゃん……なぜ来た」

 あんなにひどく貶して幻滅させたというのになんの用だ。


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