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十七章トラウマと嫉妬

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「もうやめて!甲斐君ももう立ち上がっちゃダメ!」
「甲斐、もういいからっ!」
「もうやめてくれ甲斐」
「奴は……俺を殺しはしない……だから……みんなは黙っててくれ……これは俺の問題で……」

 そうは言ってももう指一つ動かせない。話すたびに胸がズキズキして口の中は血の味がする。

「そう、殺しはしない。言う事を聞かない場合は時として手を出して躾ける事も必要だ。虫の息程度で生かすこともな。そのクラスメートと一緒にくると約束さえすればここまで痛めつける事もなかったというのに」
「じゃあお願い。甲斐君をもう傷つけないで」

 悠里が俺の前で両手を真横に広げて訴えると、みんなも悠里と同じように前に出る。

「甲斐が傷つけられるのなんてもう黙って見てられねーよ!」
「怖いけど……甲斐があいつのモノになっちまうってんなら、俺達も一緒に連れてってくれた方がマシだ」
「っ、だめだみんな……そんな事っ、げほっ」

 血を吐きながらもやめてくれと懇願する。

「ほら、みんなもこう言ってくれているぞ。優しい仲間達だな」
「うるせぇな」
「なぁに、たとえ一緒に連れてきたとしても悪いようにはしない。お前の大切な心の拠り所を傷つけたりはせんよ。ただ、王である俺のためにの国民として生涯生きてもらうがな」
「お前の国の国民……?」
「この薄汚い世界の国々よりよほど平和で穏やかなユートピアだ。お前もそのクラスメート達もきっと気に入る。俺が作った理想郷だからな」

 うさん臭さしか感じない。公式で国家認定されたわけでもないのに自らユートピアと言ってしまう辺り怪しさ満載である。

「ではお前の仲間に聞いてみるとしよう。お前達、甲斐と一緒にユートピアへご招待されたいだろう?」

 白井が一番前にいた悠里に訊ねた。

「よくわかんないユートピアなんかに興味はないけど……甲斐君がもう傷つかないならどこへだって行く。行ってあげるよ」
「僕も……甲斐君やみんながいるなら……怖くない」
「これ以上、甲斐が傷つかないなら構いやしない。覚悟の上だ」

 悠里や宮本君や本木君を筆頭に、みんなも頷きあっている。俺のためにみんなはそのよくわからない国へ行っても構わないというのだ。

「みんなっ、そんな、だめだ!どうせろくでもない国なのはわかっている事だろっ!帰れるかわからないのに」
「それでも甲斐君が大事だから……自分可愛さに保身に走るほど落ちぶれてないから」
「っ………」
「ほら、みんな甲斐と一緒に行きたいと言っている。お前がいるならどこへでも付き合うとな。お前は孤独じゃないのだとわかってよかったじゃないか」

 孤独じゃない、か。俺が聞きたかった言葉。とはいえ、このまま連れて行かれていいはずがない。敵の陣地ど真ん中のアジトなんかに。

「では、連れて行け」

 白井がぱちんと指を鳴らすと、白井の仲間と思われる戦闘員共がEクラスメンバーを取り囲む。大きな檻もどこから出したのか運び込まれ、その中へ全員が無理やり入れと促されている。山本のチビや竜ケ崎や花野など大泣きで嫌そうではあるのに。
 
「っみんな!」

 体を動かそうにも痛みで動けなくて断念する。全身の骨が折れているせいでやっぱり指一つ動かせない。みんなはこちらを心苦しそうに見つめているが、俺を心配させないように恐怖を押し殺して笑顔を向けていた。そのけなげな姿に俺は何もできない無力な自分を情けなく思った。

「先にみんなを俺の国へ送る。でなければお前は抵抗を止めないだろうからな」

 奴の合図と共に金具がつるされたヘリがやってきて、Eクラスのメンバーが入った檻の上部を金具で引っかけて上昇する。数十人分の重みすら感じさせない檻は、無情にもそのまま遠く彼方へと消えていった。

「っぐ、みんなをっ、かえせっ……っ」
「お前が俺の国へ来た時にちゃんと再会させてやるから安心しろ。お前の心の拠り所だからな。危害を加えたりもしないと約束する。それにまだ心残りがあるだろうから心の準備をしておけよ。ちゃんと間男や子供らに別れを告げて、な。俺の国民になるという事はすなわち、もう二度とこの国には戻っては来られない。家族にも誰にもあえない覚悟でな」
「……ッ」

 俺はぶるぶると体を震わせる。奴に対する怒りと自分自身の情けなさと不甲斐なさに顔を上げる事が出来ない。

「傷が癒えた頃にお前を迎えに行く。全てを片付けておけよ」

 白井はそれだけ言うと背中を向けた。

「ふふ、あなたはもう白井様のものとなる。だから、奥方様になるも同然。入院中に用がある時はいつでも言って呼び出して。私は白井様の側近であり、あなたにも仕える者。じゃあね、

 鈴木が俺のスマホを盗み取って勝手に番号を登録していきやがった。

 そして、白井は鈴木と共に恐ろしい速さのパルクールで消えていった。どう見ても人間ではない動きだなとか、みんなを助けられなかったなとか、奴は強すぎるなとか、いろんな感情がごちゃごちゃになって、気が付いたら暗転していた。


 みんな……ごめん。俺が弱いから……。


 *

「直、落ち着け」
「落ち着いていられるか!!」

 近くを通りかかった部下からの報告で、まさかの白井と甲斐が邂逅を果たしていたなんて。しかも、妹の悠里を含めてEクラスが全員白井に攫われただなんて。最悪すぎだ。

「く、そ……ッ!!」

 拳を痛いほどギリギリ握り締める。知らぬ間に血が出ていた事に気付かずに拳は赤く染まっている。次々怒りがわいて出ては止まらなくて、やり場のない怒りをどうしようかと抑えきれない。

「直、怒りは最もだが、まずは冷静になって考える事だ」
「そうだよ。冷静にならないと今にも直君、誰かを何人も殺しそうだし」
「まあ気持ちはわかるよ。白井に甲斐ちゃんがボコボコにやられたもんね。本来の力を発揮できない状態でもあの甲斐ちゃんが手も足も出ない相手って事でしょ。しかも甲斐ちゃんのトラウマの張本人であり、白井の姿が150年前の自分って余計に煽って来てるよね」

 白井の姿は前世の黒崎大和じぶんの姿だと聞いて胸糞悪さに鳥肌が立った。そんな姿になってまでオレにマウントを取りたかったのか知らないが、売られた喧嘩は次に会った時に買ってやる。

「とりあえず今は甲斐ちゃんの様子をみてあげなよ。拒否られているとはいえさ」
「……わかってる」

 甲斐にとってはオレの存在は今は毒だとしても、やっぱり甲斐のそばにいたい。看病をするのは夫であるオレの役目。



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