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十六章150年前からの愛

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「白井様、こいつはどうしますか?」

 白井の下僕がオレの髪を乱暴に掴んで持ち上げる。

「それなりの落とし前をつけさせてやれ」

 そう吐き捨てた直後、口の端を邪悪に持ち上げる。

「ただし、やりすぎるなよ?お楽しみはまだまだ後に取っておいてあるからな」

 白井の一声で一斉に数人の奴らからフクロにされる。泣き叫ぶ甲斐の目の前でひどいリンチにあい、いつの間にか意識を失っていた。

 そのまま白井が宿泊している南蛮のホテルに連行されて、水をかけられて無理やり意識を浮上させられる。気が付けば手足を鎖で拘束されていて、ホテルの一室の隅に寝かせられていた。

 しばらくしたら殴られたような顔の甲斐と白井が現れて、その後はオレの目の前で想像通りの地獄の時間が繰り広げられた。


「みないでっ!見ないで――っ!!」
「はははは!どうだ?好きな女が他の男の手で弄ばれるのを見るのは。最高の気分だろう?」

 逃げる甲斐を大きなベットシーツに押し付け、無理やり着物をはぎ、泣き叫ぶ甲斐の白い肌を蹂躙していく。オレは拘束具をなんとか外そうともがくが、そのたびに「お前は無力だ」と台詞を吐き、悦に入る白井。

 その通り、オレは無力だった。鎖一つも外せないひ弱な男で、自分自身に対しても白井に対しても、何度ハラワタが煮えくり返った事か。悔しさと屈辱などに涙すら出てくる。

「ほおら、よく見せてやれ。好きな男にお前の霰もない姿を。みっともなく俺と繋がっている所を」
「やあぁあっ!みない、でっ、いやぁあッ!!」
「おお、ナカが締まる締まる。くくく、見られると興奮するタイプなんだな、お前は」

 ひたすら侮辱し続ける白井。否定を口にすれば甲斐の頬を平気で殴り、何度も甲斐の体を犯した。

 白井に対する憎しみと憎悪に発狂し、目の前がずっと真っ赤に染まっていた。白井をこの手で何度も殺してやると叫んだ。白井の汚らしい手が、足が、下半身が、甲斐の体を貪って踏み躙っているのだ。眩暈がし、声が枯れるほどの憎悪を叫んだ。

「お前はこんなにみっともなく腰を揺らして……本当に愛い奴よのぉ」
「っあ、あ、ごめん、なさい……ごめんなさい……」

 涙と鼻血と白濁で汚れた甲斐の顔はグジャグジャだった。その瞳にはわずかの光すら存在しない。汚れ切った白い柔肌は白井の手によって汚染し、白井のもので全て塗り替えられてしまったのだ。

 オレは声を押し殺してむせび泣いた。甲斐の顔を見る事が出来なかった。地獄のような数時間に心が擦り切れて血だらけのような気分だった。

「もうこの女は他の男に体を開いたはしたない売女だ。だが、こんな汚い売女でも俺の嫁にしてやるって言ってるんだ。感謝するがいい」
「ッ――――!!」


 それからはもう何も覚えていない。思い出したくもない。脳が一時的に嫌なことを忘れようとして無意識に抹消したのだろう。それでもわずかに思い出されるあの時間は地獄そのものだった。時間的にいえば数時間。オレからすれば何日も経ったようなひどく長い時間だったように思えた。

 次に目を覚ました時、六畳ほどの座敷牢で横になっていた。怒りのあまり、失神して倒れたらしい。


「お前はしばらく座敷牢生活だ。あの芋女の事を吹っ切れたとわかるまで、ここに閉じ込めておけと又二郎さんの命令だ」

 知らぬ間に実家に帰郷していたらしい。どうやって帰ってきたのかは全く覚えていない。当然ながら甲斐も甲夜もそばにはいない。何もする気になれなくて、部屋の隅の壁にもたれかかる。小さな窓柵から浮かぶ月夜をぼうっと眺めると、独りでに名前を呟いていた。

 甲斐……甲夜……。

 しばらくは涙がこぼれ、慟哭が止まらなかった。




 それからオレは廃人になったように無気力になった。声をあげる事もしなくなって、ただ毎日をぼうっと過ごすだけの人形になっていた。

 好きでもない許嫁の女と祝言を無理やりあげさせられ、甲斐と甲夜のいない失意のどん底を五年も過ごす事になるのだ。時々、あの男が甲斐を犯す悪夢を見た朝はひどく気怠くて、吐き気が止まらなかった。

 最初はただ拗ねているだけだと高をくくっていた両親も、本当に何も反応を示さなくなったオレに怒鳴り散らして暴力をふるったが、何をしても無反応なオレに興味を失うのも時間の問題だった。


 何もしゃべりもせず、何の感情も生み出さないオレ。そんな男と祝言を挙げた女も、次第に気味悪がって近づかなくなるのは都合がよかった。その女もオレが知らないとでも思っているのか、他の男と関係を持っているようだが。

 娘の甲夜は風の噂でどこかの寺に奉公に出されたと聞いた。オレが探しに行けたらよかったが、四六時中監視される毎日じゃあそれも今は無理な話だろう。こうして毎日座敷牢に閉じ込められて、厠へ行くにも監視がついて、見張られる毎日。近所の奴らからすればいい見世物だろう。

 無気力なオレには何もする気がわいてこなかった。すまない……甲夜……。
 
 できれば元気で生きていてほしいと願う。いつか再会できたらと思っていた。結局、もう今生で会う事はなかったけれど――。

「甲斐……逢いたい……逢いたいよ……」

 一緒に過ごした幸せな日々は夢だったのだろうか。ただ、身分も立場も違うだけで、好いた相手と共に生きていきたいと思う事は許されない事なのだろうか。そう毎日自問自答の日々だ。



 あれから月日は五年ほど経ち、相変わらずオレは無気力に生活していた。妻であった女は男と蒸発したらしい。そして、逃げた先で姦通罪で捕まったらしい。

 そんな父の又二郎は、妻に逃げられた息子という哀れな目でオレを見るようになった。まったくもってどうでもいい。好きでもない女が不倫していようが蒸発しようが、オレの視界には最初から存在していなかったので、鬱陶しいのがいなくなって清々した。

 又二郎はさすがに妻に逃げられた息子という世間の視線に耐えきれず、オレをいないものとして扱うようになった。オレがいる座敷牢にも姿を見せなくなった。

 座敷牢に鍵すらもかけられなくなり、見張りすらもいなくなった。あったのは部屋の前に置かれた毒薬モルヒネの瓶のみ。父が完全にオレを見限った瞬間だろう。こんな親不孝者な基地外など野たれ死ぬか毒薬を飲めと遠回しに言っているのだ。

 オレはぼんやり外に出た。五年も幽閉されていたので外が異様にまぶしく感じる。足腰もだいぶ弱っていて歩くことも困難。喉が渇いたのでふらふらと川の方へ行こうとすると、少し先に女が立っていた。ボロボロだなとなんとなくよく見ると、その顔は逢いたくてしょうがなかった顔だった。



「甲、斐……?」
「大和さん……っ」



 涙腺がこみあげてきて、歩くことが困難であっても無理にでも駆け寄った。甲斐も同じで、どうしたらそんな傷ができるんだってくらいボロボロの傷だらけだった。互いに手繰り寄せて抱き合い、涙をこぼし合った。無我夢中で口づけをして舌を絡ませた。声が枯れるほど泣きあった。

 逢いたかった。どうしようもなく逢いたくて、苦しくて、寂しくて、気が狂いそうだった。時々ひどい悪夢にうなされて、そのたびに幸せな日々を思い出して涙を流す日々だった。

「よかった……。もう離さないわ……あなた」
「逃げやしないよ……。今日まで、キミと再会するために生きてきたんだ」

 手を取り合い、その場をそっと立ち去った。お互いに歩く事もままならないまま、ゆっくりと村から離れて歩き続けた。誰もいない二人きりの場所へ。幸せな最期を過ごすために。


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