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十六章150年前からの愛

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「お前は……牧田!」

 正之の秘書だった牧田栄一。わざわざ社長の死を見届けに来たのか。

「お久しぶりです、直様。お元気そうで何より。そして、架谷甲斐さん。いえ………我が母上」

 牧田が予想外の呼び方で甲斐を呼んだ。

「はは、うえ……?」

 そう呼ばれた甲斐は意味がわからないという表情だ。周りの反応も同じだった。

「あなたは覚えていないでしょうが、約150年前、御方様……白井汚郎様とあなたの間に生まれたのがぼくなのですよ」
「は……!?」

 こいつが白井と甲斐の子供だと?150年も白井と共に生きていたのか。
 
『っ、まさか、栄介……なの……?あなたは……』

 今の甲斐ではない150年前の女の甲斐が、今の甲斐の意識を通してそれに返事をした。牧田栄一は矢崎財閥にいる際の偽名。本名はおそらく、白井栄介しらいえいすけという名前なのだろう事を察する。

 
「ああ、そうです。母上。栄介です。ずっと、すっと名乗り出たかった。ですが、矢崎正之に余計な詮索をされてはいろいろと都合が悪かったので、ずっと黙っておりました。どうかお許しください」

 その言葉通りなら、矢崎正之は150年前の出来事は何も知らされていなかったようだ。奴にとっては馬の耳に念仏。だが、仮に知られたとしたらいろいろと面倒になっていたと思うので、詮索されなくてよかったのは同感だ。

「母上は150年経っても変わりませんね。性別が男に生まれていようがあなたの本質は誰にでも優しい。慈愛に満ちた方。父上があなたを愛し、執着するわけです」

 甲斐と牧田の間にどんな親子関係があったのかはわからないが、甲夜以外の子供が未だに存在していた事にやり場のない嫉妬が渦巻く。自分以外の男に抱かれたという事実を嫌でも思い出してしまったのだ。

 うっすらオレの脳裏に白黒の映像がよぎる。150年前に横浜へ流れ着いて、家族と離れ離れにされた時の映像が。殴られ、蹴られ、甲斐と甲夜と引き離され、そして、甲斐が無理矢理アイツに――っ。

 ずきりと胸や頭が痛い。最悪に思い出したくない記憶だ。その当時の白井の邪悪に歪んだ顔を一瞬だけ思い出しかけたが、すぐに立ち消えてしまった。


『栄介……どうしてあなたはたくさんの人を傷つけたの……』
「どうして?これも母上に逢いたいからに決まっているではないですか。矢崎財閥に入り込んだのも、確実にあなたの存在を見つけるため。いろんなコネがあった方があなたの情報が入りやすい。バカな社長を監視するのも仕事でしたが、すべてはあなたを手に入れるための手順を踏んでいただけの事。何かを手に入れるためには多少の犠牲は付き物だと言うでしょう。人を傷つけてでもあなたに逢いたい。それだけの覚悟があったのです」
『っ、なんてことを……そのために多くの人を……あなたや白井様は……。150年であなたは……とんでもない子に育ったのね』
「母上こそ、150年を舐めすぎです。どれだけ僕や父上があなたに逢いたかったかわからないでしょう。あなたの生まれ変わりのカサタニカイが現れてどれだけ嬉しかったか。どれだけあなたを攫いたいと思った事か。でも我慢しました。時節が来るまではあなたの成長を見守ろうとね。でも、この時代でもあなたはを求めてしまった。父上はあんなにもあなたを愛していたというのに、父上を忘れてそんなつまらない男の元に逃げた母上は未だに毒されているんだね。黒崎大和に」
『大和さんを悪く言わないでちょうだい!!』

 甲斐は顔色悪く言い返す。それに対して母に叱られたような顔で肩を落とす牧田。なんなんだこいつは。

「……ごめんなさい、母上。すこし言いすぎましたね。貴女は誰にでも優しいから。だから、そんな間男にも手を差し伸べてしまうんだね。僕が大好きな母上は困っている人を見過ごせない可愛らしい人だもの。慈愛の塊のような人。でも、そんな所が大好きなんだよ……甲斐お母様」

 勝手に間男にされて腹が立つ。むしろお前の父親の方が間男だろうが。オレと甲斐を無理やり引き離したのはお前の父親の癖に。

 正之の秘書だった時は掴めない冷徹野郎だと思っていたが、とんでもない猫被りのマザコンだったようだ。


『白井様はまだ私達を……許していないのですね』
「当然です。許すはずがないでしょう。父上は誰よりもあなたを愛しているのですから。その間男よりも」

 鋭く冷たい視線がオレを通して黒崎大和を見ている。冗談じゃない。その言葉をそっくり返してやる。お前らの方が何も甲斐の事をわかってない。

『栄介……っ……』

 そんな隣にいる甲斐は今にも倒れそうだったので、オレがそっと抱き支える。絶対に白井にもこの牧田にも渡さないと見せつけるようにして強く抱き寄せた。それに対して牧田の顔は若干引きつるが、気にしない素ぶりで話を続ける。

「……まあ、今日はその事だけを言いに来たのではないのです。矢崎正之が母上を殺そうとした時点で白井様の命令に背いた。だから、こうして始末しに来ていたわけですが、見事自らの力で退けてくださいました。さすが白井様が見込んだ相手なだけはあります。直様……いえ、黒崎大和」

 親しみやすい表情から一転し、オレを因縁の敵だと言うべき鋭い目で睨みつけてきた。

「直様、友里香様も、社長を殺してくださりありがとうございます。矢崎財閥では大変お世話になりました。ですが、これからは私とあなた方は敵同士。白井様があなた方と対峙できるのをとても楽しみにしていました。その時がくるまであと数か月後……」

 あと数か月で奴がとうとう姿を見せる。その時が本当の闘いの始まりだろう。

「母上、ぼくはまたあなたの膝の上で眠れる日がくるのをずっと待っていたんですよ。子守歌をうたい、そうしていつも寝かしてくれた記憶がつい最近の事のように思い出されます。でもそれは白井様も同じ。あなたの優しさが恋しいとおっしゃっていました。再会できた時の興奮は想像できません。だから、父上があなたを手に入れるまで、その甘いひと時はその時にまでとっておきましょう」
「っ……」

 甲斐の顔色がさらに悪くなり、今は青色から白色に変わるのではないかと青ざめていた。オレは甲斐を抱き寄せて手を握りしめながら奴をひたすら睨みつける。甲斐は死んでも渡すものかと視線で牽制しながら。

「残念だったな。そんな甘い一時なんぞ夢のまた夢。くるわけがないだろ」
「そうだよ。甲斐くんは絶対渡さない!私達が守る!」
「誰だろうとお兄ちゃんに手をあげる奴はぶっ殺すんだからっ!」

 悠里が勇ましく叫ぶと、甲斐の妹も吠える。

「牧田、お前はずっと父を陰で嗤いながら秘書として暗躍していたのですね。まともな秘書だと思っていましたが、とんだ見当違いでしたわ」
「牧田さん……あなたは僕の秘書の先輩だと尊敬していましたが……敵となるのは残念です」

 友里香と久瀬は牧田ともよく交流があったので複雑な心境だろう。前々から白井の右腕で敵だろうことは薄々わかっていたが、実際こうして宣戦布告をされると多少のショックは禁じ得ない。

「牧田栄介っ……!お前は私の親族を大勢殺し、相沢君を殺した……絶対に許さないっ!」
「相沢先生、やる気満々ね。だったら、私達の敵って事でいいでしょ。だって我が息子を手に入れようとしてんだから。ようするに相手は150年以上も母親の愛情をこじらせてるマザコン息子。その背後にはメンヘラ男の親玉もいる」
「そうだね。息子を白井親子に嫁に出す予定なんてないし、断固反対だよ」

 牧田に対して強い憎しみを持つ相沢と、息子を取られるのを当然ヨシとしない架谷夫婦も牧田を睨みつける。

「ホワイトコーポレーションかぁ。ずっと前からじい様から言われて敵として認定していたけど、とうとう本格的に全面戦争がはじまりそう~。オイラの仕事増えそう~」

 こいつは相変わらずマイペースな奴だ。まあ、そう言いながらも何かと力にはなってくれるのでアテにはしている。


「ふふふ、皆さま、ごちゃごちゃと威勢がよいようで……その表情が絶望に歪むのが楽しみです。では皆様、どうかつかの間の平和をお楽しみください」

 全員が逃がすかと畳みかける寸前に、牧田は素早い身のこなしで去って行った。

 あの素早い動きはとうの昔に人間を超えているだろう。奴も150年生きているだけあって半不老不死なのは確定だ。

「牧田栄介……やはり、半不老不死ですね」
「しかもご先祖様と白井の子供だなんて……」
「いろいろ衝撃的な事実が多い一日だったね」
「あとで今日の報告すんの面倒くさいよぉ。オイラ疲労で死んじゃうー」

 みんながそれぞれグッと背伸びをしてこの後の事を話あっていると、支えていた甲斐の体が脱力した。

「甲斐!!」
「甲斐くんっ!!」

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