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六章初デート

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「久瀬、お前の部下が作ったこの書類の内容では不備が多すぎる。部下に訂正させろ。一部はオレが直しておいた」
「ありがとうございます。作成した部下もまだ新人なので大目に見てくださったんですね」
「誰だって最初は失敗するものだ。それに部下の面倒を見るのも責任を持つのもオレの役目。そう……アイツが言っていた影響だけど……」
「ふふ、成長しましたね」

 直様の秘書をしている贔屓目かもしれないが、直様は義理の御父上である正之様よりも、彼こそがトップとしての威厳があり、部下の使い方も巧くなってきて、あれほど堂々とした立ち振る舞いをする人間はいないと思っている。

 血の繋がりこそないが、あの誠一郎様の孫と言われてもおかしくない程の資質と頭のキレを持ち合わせている。

 ずっと前から彼の下で働きたいと思っていた。彼のあらゆる秘密と素の顔を知っているからこそ、力になりたいと思っていた。それが今は叶い、秘書を務める事が出来て私は幸せでもあり誇らしくも思う。

 もうかつての絶望を抱いたような顔をさせたくはない。彼の腹心として、保護者として、部下として、友人として思う。甲斐さんとこのままずっといい関係が続いていけばいいとそう願うばかりだ。

「部下に連絡して参りますのでここでお待ちください」
「じゃ、その間にオレは連絡でもしてみるかな」

 直様が嬉しそうにプライベート用スマホを取り出しているのを見送って、私はホテルの入り口近くで連絡をとる。部下に指示を出しながら周囲を見渡していると、華やかなオーラを放つ少女とたくさんの機材を運んでいるスタッフ数十人が入ってきた。どこかの芸能事務所の連中のようだが、あれはたしか……姫川瑠璃。

 そうか、彼女はここらでドラマのロケをしているという情報だったな。今日はこちらで宿泊するのか。となると……鉢合わせでもすれば面倒だ。

 私は急いで直様を連れて場所を移すことにした。
 なぜなら、姫川瑠璃は明らかに直様に対して恋い慕うような目線で見ている。

 先日のCM撮影では面倒だなんだとわがまま好き放題を言い、スタッフをこき使って困らせていたが、直様がスタジオに入った途端に態度が軟化し、スタッフ相手に礼儀正しくなったのだという。直様の前では猫をかぶるようだ。

 彼女の性格の悪さや気性の激しさはこの業界では有名で、おまけに男好きの恋多き女ともいわれている。

 CM撮影では相手がまさかの直様だと本番前に知らされたようで、彼女のやる気の度合いを見れば直様に対して気があるのは一目瞭然。最近ではある俳優と付き合っていたが飽きたらしく別れ、今度は大物である直様を狙う気にでもなったのだろうかと勘繰っている。

 それが確信へ変わったのは撮影休憩の合間、彼女は直様を遠くから眺めつつ、自分で買ったのかある冊子を大事そうに持参していた。ある冊子とは、直様がいつぞやの罰ゲームで作らされた写真集で、今は絶版となっている代物。直様からすればゴミ同然の黒歴史だと言われていたが、全国の四天王ファンからすれば喉から手が出るほどの高い価値プレミアを誇るらしく、彼女がそれを持って頬を染めているという事は相当直様に傾倒されている様子。

 彼女のマネージャーに話を訊けば、彼女は直様のファンクラブにも加入しているほど熱烈なファンで、直様の動向をいつもチェックしていると言っていた。

 これはまだカンではあるが、彼女は桐谷杏奈と同じくらい面倒な曲者。そんな予感が私にはしていた。


 *

 
「なんだそれ」
「もう絶版になった手に入れるのが至難の業と言われている直くんの写真集」

 家に帰った途端、母ちゃんが目をキラキラさせて矢崎の写真集とやらを玄関先で見せつけてきた。

 写真集の表紙の矢崎は、切なそうな表情で色っぽく鎖骨を見せつけつつ寝転がっている女殺しのカット。無理に作っている表情ってまるわかりだな。ていうか矢崎の奴は昔こんなもん出してやがったのかよ。大変だなー顔が無駄にいいと肖像権絡みにされて。

 他の四天王の写真集も探せばありそうだが、こういうのこそ薄幸の美少年っていうよな。無理にやらされた意味で。

「これね、直君の秘書の久瀬さんからくれたの。先日のお礼とか言われちゃって。あー超うれしーー!」
「うえ……そんなもんの何がうれしいんだか……けっ」
「そりゃあうれしいわよ。息子の友達ですからね。あんたはうれしくないの?」
「うれしいかそんなもん!」

 母ちゃんは無類のイケメン好きだが、さすがに俺の同級生の写真集を手に入れようとする趣味にドン引きだ。いい歳こいてやめとくれよ。

「はあ……」
「何よその顔は」
「だってねー……いい歳こいて俺の同級生の写真集で喜んでさ、母ちゃんてもしかして矢崎ねらi「アホか!」

 バチンッと頬をやや本気で殴られた。まじいってえし。

「息子のような目線で見てるだけで変な誤解すんな!ただ応援してるだけに決まってんだろうが!」

 鬼のような形相で怒る母ちゃん。さすがに不貞行為をする気はなくて安心したよ。だって相手矢崎だぜ?いくらなんでも矢崎だって年増のババア相手なんて……って言おうとする前にまた殴られましたがな。まだ何も言ってねーのに殴るってひどくね!?

「唯ちゃん!ふ、ふ、不貞行為どういう事かな!?」

 それを聞いていた親父が青い顔してすっ飛んできた。うわ、面倒なのがきた。

「あらうふふごめんなさいあなた。誤解させちゃって。あたくしは太郎さん一筋よ。ただ、甲斐の友達が昔の太郎さんそっくりで、一ファンとして応援したいだけなの。それなのに甲斐ってばアホな誤解しちゃってね」
「そ、そうなのかい?ぼかぁ心配したよ。唯ちゃんに限って他の男性に目移りしないかいつも心配で……」
「そんなことはないわよー。私はあなた一筋よ」
「唯ちゃん……」
「あなた……」

 見つめあう二人はここでキスを……ってさせるかぁ!!  

「イチャつくのは就寝前にしてくれ。俺はまだお子ちゃまなんでね。シッシッ」

 こんな所で両親のラブシーンなど見たくはない。未来も柔道の強化合宿でいねーので平和かと思ったらそうでもなさそうである。ここに未来がいなくてマジよかったっ。いたらさらに面倒な事になっていたからな。

「それにしても、あんた直くんの写真集見て不機嫌じゃない?なんでさっきからそんな仏頂面してんのよ」
「別に。なんでもありゃせんわい」

 なんかやっぱまた俺イライラしてる。矢崎の写真集といい、CMといい、なんだかクソむかつくわ。嫉妬、してんのかな……。

 そんな事ぜってぇ言えねーけど、矢崎にこんな顔をさせている奴がいると思うと無性に腹が立ってくる。こんな無理に作った表情の何がいいんだか。自然体の笑顔が俺としては見たいのに。

「矢崎のエセ写真集なんて俺としては気に入らんわ」

 中身もどれも同じようなものばかりの表情。特に嫌だと思ったのが、矢崎が女と半裸で抱き合っているやつと、上半身裸でベッドでの事後みたいなカット。

 やっぱり……こんな矢崎見たくねぇ。

「友達として見れなくなるから?」
「それも……あるかもしれない。が、作られた表情の顔なんて見ても気の毒にしか思えない。あいつ、仕事してる時楽しそうじゃないから」
「……ふむ、ま、それもわからなくもないわね。でも、客観的に見るとやっぱ直くんって超カッコイイわ。日本一モテるのが頷ける。今でもあんたと友達だなんて信じらんない」

 母ちゃんが矢崎を絶賛する声をスルーし、俺は自室へ向かう。

 自分の知らない矢崎の存在が世に出回っている事に対する嫉妬が大きくなっていく。

 俺……やっぱり矢崎の事…………


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