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五章仮面ユ・カイダー爆誕

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 職員室前を通ると、近くで万里ちゃん先生が深刻な顔でスマホ片手に通話中だった。
 大事な話をしているのは見るからに一目瞭然で、なんとなく見ていると彼女が俺の視線に気づいて「また電話します」と相手に言って電話を切っていた。慌てて切っていた様子が怪しいな。

「こんな真っ昼間から電話していたんだ?」

 万里ちゃん先生に近づいて探るように見つめた。先生は相変わらず低身長の童顔教師なので無意識に見下ろしてしまう。

「人それぞれ家の事情がありますからね」
「家の事情か。なら、恋人関連ではなさそうでよかったよ」
「え?」と、ぽかんとする先生。
「あ、いやなんでもない。それより先生、さっきの授業いつもよりぼんやりしていたけどなんかあったわけ?なんか上の空っつうか心ここにあらずというか」
「いえ、別に特になにも……って、私ぼんやりしていましたか?もしそうだったらごめんなさい。授業中だというのに私ったらいろいろ考えていたみたいです」
「先生も疲れてんだろ。大人だもんなー。たまには手を抜いたって誰も文句は言わねーだろ。いーんじゃない?」

 むしろそうしてくれ。あんたが説教するたびに先生ファンの野郎共が調子に乗って困るんだ。わざと怒られ隊という変な性癖持った奴等がうざくてかなわんのだ。

「でも、それで授業を蔑ろにする理由にはならないわ。教師としてあるまじき行いには違いないです。ですから、これからは気を引き締めて参ります。ご忠告ありがとう」
「あ、や、それはいいんですけどぉ……あんま無理すんなよ」

 げげ。先生の授業のやる気スイッチを押してあげてしまった。余計な事しちったよ。
 でも健一よ、よかったな。先生はどうやら恋人関連で悩んでいるわけではなさそうである。たぶん。

「それより架谷くん。あなた授業中に寝ていたでしょう?黙っていればずーっと寝ているんだからもう」
「あひゃ、やっぱり知っておられましたか先生殿」
「当然です。あえて寝かせておいてどこまで寝ているか試していたんです。何も言わなければ一日中寝ていそうですね、あなたは」

 俺の問題児ぶりにため息交じりに呆れる先生。いつもの調子が戻ってきて一安心と言いたいところだが、やる気スイッチをあげたのは迂闊であった。次の数学の授業は説教タイムがパワーアップしそうだな。

「俺の特徴がよくわかったようで先生も成長したんじゃね?あひゃひゃひゃ」
「下品に笑いながら茶化すんじゃありません!」

 この様子では先生は異性関連とは別なことで悩んでいそうだな。健一に報告しておくか。



「そっか!先生に恋人の影がないんだな!?いやーよかったよかった」

 放課後、マックで小腹を満たしつつ、健一に万里ちゃん先生に異性で悩んでいるわけではないと報告したら、盛大にため息をついてほっとしていた。
 中学から思春期特有のお悩みを抱えつつ、けなげに一途に初恋をこじらせてきたもんな。そんな一途すぎる健一の友人として、淡い初恋が実ってほしいものだよ。相手は絶世の美女でファンクラブまである高嶺の花。ロリ巨乳で低身長なんて野郎の内訳で言えばキモオタ共の支持率はダントツだからな。敵は多いだろうが応援してやりたい。

 鼻の下伸ばしてエロ妄想しているだけのスケベ野郎共には盛大に失恋していただきたいからよ。努力する者に勝利を得てほしいのだ。

「真面目一辺倒で、色恋に鈍そうな先生が恋人なんているはずないと思ってたんだ」
「自分の事より、生徒の事や勉強の事を優先する先生だもんな。男なんてありえねーはずだ」

 ただ、カースト制度がまかり通る開星にいるせいで、中学ほどの頑固な真面目さは以前よりかは消えつつある。
 なかなか身分が高い相手には物を申せる空気じゃないから苦労していそうだ。

「あ、あれ、先生じゃね?」

 バーガーを10個くらい貪り食っていたら、万里ちゃん先生と誰かが向こうの方の座席に座ろうとしているのが目についた。
 今来たばかりという所で、飲み物が乗ったトレーをテーブルに置いている。一緒にいる相手は無精髭を生やしただらしなさそうな男だった。誰だあの男。

 不審に思いつつ、健一の様子を見ると案の定に口をパクパクさせて固まっている。そして、我にかえると今にも誰ですかと問い詰めにいかんばかりである。
 まあ待て。ただ男と一緒にいるってだけでイカガワシイ関係とも限らないだろ。とりあえずはバレないように近寄って様子見をしようじゃないか。

 俺と健一はこそこそと移動し、先生から見えない死角となる場所に席を変えた。聞き耳をたてながら。

「お母さんとは別れてくれませんか?」

 先生が頭を下げて相手の男に別れを促している。テーブルの上に分厚い封筒を差し出しながら。
 無精髭男はヨレヨレのスーツ姿で、見た目も悪ければ態度も悪そうで、足をテーブルに乗せて組んでいる。
 とても先生が進んでお付き合いするような男ではなく、健一が不安を覚えるような相手ではないだろう。ないだろうが、別の意味で不安を覚えそうな奴だな。しかもあの封筒って金か?

「そうは言ってもな、おれはお前の母親に心底惚れちまっててねー……お前の母親もおれに惚れているのは知っているだろう?お前が何を言おうともまずは母親を説得してから出直して来いよ。愛し合う二人を引き離すってのか。え?」
「…………」

 先生は苦虫を噛み潰したような顔になっている。

「とにかくだ。母親の久美子が別れたくねえって言ってんだ。お前におれと久美子を引き離す権利なんてねーだろぉ?まあ、これはありがたく頂戴しといてやる。おれも何かといろんな連中から狙われててね、先立つものが必要なわけよ。愛する久美子のためにもな」

 男は分厚い封筒をスーツの懐の中へしまう。

「お前も可哀想に……。見る目のない母親がおれなんかの男に引っ掛かっちまうからこうなるんだ。今後もよろしく頼むわーはははは」

 哀れむような嘲笑うような顔で男は早々と去って行く。先生は男が去っていく様子を悔しげに恨めしそうに見つめていた。

 なんだあの野郎。なんか腹立つな。
 話はイマイチよくわからなかったが、先生の母親がさっきの軽薄そうな男と付き合っているという事だけはわかった。

「先生、誰だよあいつ」

 我慢できない健一が先生の前に飛び出した。

「二階堂くん!?架谷くんまでっ。どうしてここに!」
「ここで空腹満たしていたら偶然先生がさっきの奴と話していたのを見ただけだよ」
「……恥ずかしい所をみられちゃいましたね」

 先生はふうっと大きくため息を吐く。疲れた顔だ。

「で、さっきの男と先生はどーゆー関係?母親の恋人なのは知ったけど」
「もう!そこまで聞いているなんて盗み聞きは悪趣味ですよ」
「偶然出くわしたんだからしょーがないじゃん。あの男はなんなんだよ」
「あなた方には関係のない事です」


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