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四章急接近

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 久瀬とのやり取りを終えた矢崎の顔が急に深刻なものに変わる。俺の弁当をガン見しながら。変なもの入っちゃいねーから食えよ。

「お前を狙う奴ら……お前に監視を放ってる」

 やっと箸を持ったと思ったらそんな事か。

「あーたしかに朝ジョギング中に何人か気配を感じたな。あいつらの事かな」
「十中八九そうだろう。お前のまわりをウロチョロしている。さっきの夫婦の娘の婚約者がきな臭い」

 たしかにきな臭さはある。いきなり神山さんの婚約者として名乗りをあげたもんな。いつも通りの日常だからこそ、その日常の中に重大な事件が潜んでいるって言うもんな。ていうかはやく弁当食べろってば。いつまで俺の弁当をガン見してんだよ。

「城山金太郎の事だろ?」
「なんだ知ってるのか」
「知ってるもなにもあいつとは小学校時代一緒だったんだよ」

 あいつの存在を忘れたいよ。俺の0点のテストの答案と共にな。いや、0点の答案よりは嫌かも。
 そして未だ矢崎はずっと俺の弁当をガン見中。そんなに俺の弁当が珍しいのか。

「それなら余計に気を付ける事だ。そいつはお前に向けられた刺客かもしれない。わざわざお前の友人の婚約者として現れた辺り、油断させて寝首をかくつもりなのかもしれん。その女もろともな。考えすぎであればそれに越した事はないだろうが」
「女もろともだなんてそうはイカのイカ飯だ。でも、城山の野郎は俺の顔見ても反応薄かったのがちょっと不気味だったな。覚えてるのか覚えてないのか知らんが。それに騒ぐほど全然強くなさそうだったし」
「ただの雑魚のようだが、油断はするなよ。白井グループの奴等は人間を捨てた連中の集まり。何をするかわからない」

 確かにそうだよな。シュワちゃん一派見てたら奴らは手段選ばなさそうだし。

「退けられるかな、今の俺に」

 不安が少からずある。俺らしくないけど。

「珍しく弱気だな。以前お前が戦ったあのサイボーグに匹敵する強さを持つ者はせいぜい幹部の連中くらいだ。あの程度、油断しなければ雑魚で楽勝だろう?」
「そうだといいんだけどな~」
「お前……何か隠してね?」

 勝ち気な様子を見せない俺を怪訝に思う矢崎。俺は慌てて気丈に振る舞う。

「なにも隠しちゃいねーよ。何事も慎重にっていうだろ。過信と慢心は命取りだからな」

 矢崎には言えないな。
 トラウマというかある意味爆弾を抱えているなんて。
 とにかく俺のメンタルが崩壊しないように、どうか今日は何事もなく平和に過ごせますようにと祈るしかない。

「ホワイトコーポレーションって矢崎グループのライバル企業なんだな」
「公にはされていないが実質そうだ。なにかと矢崎と張り合おうとして邪魔ばかりする所が天草グループとよく似ているが、まだ陰湿じゃないぶん天草の方が全然マシだな」
「天草グループって……」

 脳裏に一瞬だけあの変態ドM野郎の顔が思い浮かんだ。無才学園のバ会長が。いやなもん思い出しちまった。
 怪訝に思う矢崎に咄嗟になんでもないと顔を横に振る。極力あいつの話題すら関わりたくないし思い出すだけでヴォエーである。今はそれどころじゃないのよ。

 その後、一抹の不安を抱えたまま放課後まで乗り切った俺は、帰り道をどうしようか考えていた。
 そう、問題は帰り道だ。大体が帰り道に襲われるパターンが多いのだ。この不安定なメンタルなのに何かと事件の多い今日この頃。なにも起きてほしくない。理性崩壊の切欠は些細な事かもしれないのだ。 

 くそ、それもこれも全部城山と再会したせいだ。再会したせいで、いじめのトラウマがよみがえって理性崩壊しかかるという爆弾を背負う羽目になったのだ。親衛隊や雑魚レベルならなんとかメンタルを制御できるが、帰りにバッタリ例の白井グループの手の者や城山が現れて殺気を向けられでもすれば、高い確率で俺は理性を失ってしまうだろう。そうなってしまえば俺は殺人鬼と化して手がつけられなくなってしまう。いじめを受けていた心の傷は、殺人鬼の人格に成り代わってしまうのだ。

 そういえば、中学時代に50人相手に傷害事件を起こして逮捕された時も、そのリーダー格が城山に似ていたのが切欠だった。もちろん当時は思春期真っ只中だったし、反抗期もあっての暴走だ。幸いにもあの時は全員半殺しにしただけで済んだし、あの時よりかは感情を制御できるようにはなったが、本家の城山と再会した途端にトラウマの再来だ。奴が引き金になったのだ。
 俺のメンタルって……弱くね……?



「どーしたの甲斐くん。顔色悪いけど」

 猫のカイやシルバーにねこじゃらしを向けながら穂高が俺の顔色を伺っている。久しぶりに二匹が見たいというので放課後にご招待。相変わらずの猫好きでエサと猫グッズを大量に持ってきてくれたよ。ついでにカイとシルバーに着せたいとか言って高級ブランドの素材で作った猫服まで。俺でさえ着たことないような布生地の服なんだけど、俺って猫以下の生活してんじゃね?と嘆きたくなった。

「あーちょっと体調あんまよくないのかも」
「珍しいねー。ちょっとやそっとじゃ風邪とか引かなそうな甲斐くんが。でも汗びっしょりだね」
「……ほんとだ。いつの間にこんなにかいてたんだろ。今汗くせーかも」

 なんとなく緊張感がすごくて動悸も早くなっている気がする。
 やべーな。とりあえず今日だけは母ちゃんにでも車で向かえに来てもらおうかなと考えていると、穂高がズイっと猫のカイとシルバーを持って目の前に差し出してきた。至近距離だったので二匹のにゃんこの愛らしい顔のドアップに思わず口許が緩む。あーかわいいなー我がマイ猫は。

「ストレスもあるでしょ。甲斐くんは日々たくさんのモノと戦ってるだろうから知らず知らずのうちに溜め込んでいたのもあると思うよ。猫たちに癒されれば少しはストレスも消えるでしょ。アニマルセラピーってやつ。効果あるんだよ」

 穂高から二匹を受け取ると、久々にこの柔らかい毛並みや暖かさを感じてメンタルが不思議と和らいでいく気がする。

「たしかに最近は二匹の世話はしてもじゃれている時間が少なかったしなぁ。遊んでやれてもなかったかも。ごめんな。たまにはたくさん遊んでやらないとな」

 二匹の頭や首もとを撫でると二匹は嬉しそうに俺の手や顔を舐めてきた。

「「にゃーにゃー」」
「あははくすぐったいなー。全く、そんなにもお前らは俺の事が好きなのかー。そうかー。ま、俺もだけどー。うりゃうりゃ」
「「にゃああ」」

 某AV男優ではないが、俺のフィンガーテクと魅惑のゴッドハンドで二匹を快楽という昇天に昇らせる。さすが童貞だが知識だけは無駄にある俺だ。
 人間相手には通じないがエロゲで得たケモナープレイ知識は伊達ではない。日々の無駄知識は意外に役に立つもんだな。

 そんな知識と技術を付け焼き刃で披露していたら、二匹のヒーリング効果で先ほどからの激しい動悸や緊張感がいつの間にか消えていた。猫と遊んでいるうちに嫌な脂汗もひいていて、俺のメンタルは落ち着き払っていた。 

 やっぱりモフモフは最高だな。究極の俺の癒しである。エロゲや薄い本は娯楽だが、モフモフはメンタル回復効果に絶大だ。

「穂高なにやってんだ?」

 俺が猫ズと戯れていると、穂高が大きめなスケブで何かをさらっと描いている。いつの間にそんなもの持ってきてたんだ?

「なんか甲斐くんと猫達があまりに楽しそうで絵になりそうだったから簡単なプロット絵。あ、そのまま猫と戯れててよ。あまり動かないでくれたら助かるけど。ちょっといい構図になりそうだから」
「あ、ああ……。あんた、絵描くんだな」

 意外だなって思った。でも相田が前に穂高って手先が器用だとか言ったのを聞いたことがあるかも。

「あれ、言ってなかった?ぼくの趣味は動物だけだと思われがちだけど絵を描くのも好きなんだよ。まあ、人前ではほとんど描かないから知ってる人は少ないだろうけどね。たぶん、親衛隊も知らないだろうし」
「へえ、じゃあ親衛隊も知らない貴重なあんたの趣味を俺も知れたって事か」
「別に隠してる訳じゃないんだけどね。甲斐くんの前で描いても害はないって判断しただけだよ。親衛隊とかいたらそれこそ邪魔されそうだし。それに甲斐くんと猫二匹で戯れている瞬間にビビっときちゃってね、いいモノが描けそうだなって思ったの」

 穂高は鉛筆を巧みに動かしてサラサラと俺と猫を描いている。どんなの描いているのだろうと見ようとすれば「ダメ」って拒否られた。完全に色塗りまで仕上げてからのお楽しみらしい。
 ふむ、それなら出来上がるまで待つしかないな。これは楽しみである。

「絵を描いたりするの好きって事は、絵のコンクールとか出たりするのか?」
「まあね。時々そーゆーのに出したりしてる。もちろん穂高の名前を出さないようにしてペンネームで。親の七光りとかそういうのに思われたくないし、実力で勝負したいもの」
「偉いな。なまじ本名でコンクールなんかに出したらコネだなんだと言われちまうからな。コネなんかでいい線いっても嬉しくないだろうし」
「そーゆーこと。拓実くんもゲームの大会とか出たりするんだけど、もちろん本名では出ないでコードネームで出てるみたいだよ」
「あいつゲームの大会出てんのか。まあワクドキゾンビの制作者なだけあってゲーム作るのも遊ぶのも得意そうだもんな」

 四天王達の意外な趣味などがわかってくると、あいつらも四天王という雲の上の存在で見られがちだが、やっぱり好きなことは人間らしいなって思えてくる。
 久瀬は料理や家事が趣味で、相田はゲーマー。穂高は動物と絵画か。そういえば矢崎は……矢崎はなにか好きな事があるんだろうか?
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