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四章急接近

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 10分程度でメシ食って準備して戻ってくると、すっかり二人はどうでもいい事で盛り上がっていた。

 俺のどこがいいのかとか余計な事を矢崎に訊ねまくっていて、それに対して矢崎は分け隔てなく接してくれる所と当たり障りのない返答を返していた。ま、それが無難な返答だ。

 奴が本心で俺の事をどう思っているかなんて今は怖くて知りたくないし、矢崎もさすがに本当の理由を言うわけはないだろう。だって昨晩、キスされたし。男同士だし。

 おまけに出発する時、母ちゃんは「息子を末永くよろしくお願いします」とか頭を下げていた。
 末永くってどういう事ですかお母様。まるで俺を嫁に出すみたいじゃないですか。冗談はそのサ●エさんヘアーだけにしろよっていろいろ詰問したいのに車は無情にも発進していた。

「お前の母親って面食いな所はともかく、怒らせると怖そうだな」

 あの矢崎でさえ母ちゃんの潜在的恐怖を感じ取っていた。俺がいない間何を話していたんだか。

「あれはお前の前だから猫被ってる方だ。時々俺のお小遣いを全部醤油に換金するという嫌がらせをしてきたり、部屋の中を全部売れないブサイクババアアイドルのポスターに変えたりしやがるんだ。ガチギレするとそれがゲイビ男優のポスターになったり、部屋の中をニンニクだらけにしたりな。地味な嫌がらせだからこそある意味堪えるから怒らせたくないんだよ」
「母親って……ああいうものなんだな」
「いや、あのおばさんだけがおかしいんだ。普通の親はそんな嫌がらせしないから。そこらの一般お母さんと混同しないように。そーゆーお前の母親はどうなんだよ?」
「死んだ」

 矢崎は淡々と一言返した。
 俺は言葉を失いかけて「え」って固まった。

「だから死んだ。生きてるか知らない。どこにいるかも知らない。誰かも知らない。今いるのは義理のクソみたいな母親モドキ。でもまたすぐ愛人見つけて母親モドキも変わると思う。父親も同じようなもんだ」

 抑揚のない声と無表情で言ってのける矢崎。まるでそれがどうしたと言わんばかりだ。

「そ……そう、なのか。変な事訊いちゃって……悪い」
「別にどうでもいい。母親なんていてもいなくても一緒だって思ってるし」

 そう言いながらも、なんだか寂しそうに見えた。

「でも、お前の母親は面白い人だな」
「え、そうか?」
「冗談も言ったりして楽しい人だなって。飽きないなって。なんだかんだ言ってても、ちゃんとお前の事考えてくれてるいい母親だよ」
「口うるさい時もあるけどな」

 それでも母ちゃんは俺にとっちゃ立派な母ちゃんだ。腹が立つババアな時もあるが、なんだかんだ言いつつも俺の事を心配して見守ってくれている。親父も親父で情けなくてすぐ泣く大黒柱だが、やる時はやる芯が強い親父だ。照れくさくて普段は言えないが、母ちゃんにも親父にも俺は感謝している。

「……いるだけマシだろ」

 矢崎にとったら母親がいる俺は贅沢なのかもしれない。金があっても、なに不自由しなくても、信頼できる母親がいないってこれ以上の寂しいものはないよな。
 寂しげな表情を浮かべている矢崎を俺は放っておけなくて、気がついたら手を伸ばしていた。無意識ゆえの行動だった。

 驚く矢崎を見ても俺は無我夢中になっていて、母が子を抱き締めるみたいに両手で包んでいた。昨日のように。
 しかも予想外なことに、俺はそんな健気な矢崎を愛おしく感じてしまっていた。そんな事、とても言えないけど。

 同い年の同性相手に抱くような感情ではない事はわかっているのに、これはただの親愛の行為だと心の中で言い続ける。そう、友達とか身内をただ慰めるだけのものだって。それ以上の感情なんてありえないって。禁断の世界になんて足を踏み入れるわけにはいかないのだ。

 でも、なんだろう……この気持ち…。

 俺に抱き寄せられる矢崎は抵抗もせず、黙ったまま俺に身を預けてそれに浸っている。そして、矢崎も俺の背に腕をまわした。俺はどきりとした。
 
「お前の胸、硬い……」
「男だから仕方ないだろ」
「でも……居心地は悪くない」
「……そう」

 矢崎の柔らかくてサラサラな銀髪を撫でる。優しく何度も何度も。きれいで触り心地いいな……って、ちょっと待て。なにやってんだ俺。

 なんでオプションでこんな事までしてんだよ。なんで悪くないとか思ってんだよ。さすがにそれはサービス外だろって思いながらも手はとまらない。撫でれば撫でるほど矢崎への不思議な気持ちが大きくなっていく。愛おしさが膨らんでいく。

「なあ」
「ん……」

 ぼんやりしている俺はもう自分自身でも操縦不能に陥っていた。

「母親なんて今はほしくない」
「え……」
「お前がいてくれるなら何もいらないよ」

 ぼそっとそう呟く矢崎は俺を抱き締めながら持ち上げて、気がついたら急に視界がひっくり返っていた。柔らかい座椅子の感触が後頭部や背中に感じて茫然とする。

 え、何この体勢……え?え?

「ちょ……!」

 押し倒されるているのかよっ。
 さすがにこの体勢はよくないと察して退こうとしたが、矢崎が俺の手をとって指で握り絡めて座椅子に押し付けた。

「なあ、オレの事……どう思ってんだよ」

 俺を熱のこもった瞳で上から見下ろしてくる。

「は……」
「オレをこんなにも煽ってその気にさせやがってさ……これで無自覚でしてましたなんて通るわけがない事わかってるよな?」

 頬に吐息がかかるくらいの至近距離まで近寄られて問われる。イケメンの顔面が至近距離にあって俺は目をどこに写せばよいかわからず戸惑う。

 ちょ、なんでこんな距離感バグってんだよ。近い。近いってば。

 俺はもう息苦しくてたまらず、羞恥心に目線をそらすことが精一杯で、吐息が……吐息が耳にもかかってビクビクしてしまう。ひいいい、耳は弱いぃ。

「オレの事……好き……?」
「そ、そんな事……わ、わかんねーよっ。いいからどけって」

 矢崎の熱に浮かされたような視線に我慢できず、なんとか逃れようとするが、

「どかねーよ。答えるまで」 

 真剣なダークブルーの瞳が威圧感を放ち逃げる事を許してはくれない。

「そ、その、お前が……寂しそうで放っておけなくて……つい……」
「何がつい、だ。そーゆー所が無自覚天然タラシって言うんだろうが。お前のお人好しは良いところであり、悪いところでもある。今後も余計なお邪魔虫が増えそうで大いに頭を抱えたくなるよ。お人好しなのも大概にしとけよ」
「っう、あ」

 矢崎が俺の耳に唇を寄せて口付けつつ、耳たぶを甘噛みしやがった。
 ぎえええ。なんて事しやがるんだっ。

「普段は余裕こいてオレを茶化すくせに、色気づいた行為はてんで疎くてお子ちゃまなんだな」
「っ……うるせ。童貞なんだからしょうがないだろ!いいからどけ!」

 矢崎の顔を見ていられなくて、顔を背けることしかできない。俺の脳内はキャパオーバーを既に超えている。このまま限界を突破するとどうかしてしまいそうだ。

「いいから答えろよ。オレの事好きか」
「そ、そりゃあ……前ほど嫌いでは、ないけど……」
「じゃあ、好き?」
「……友達として、かな?」

 疑問系に疑問系で返したらすごく不機嫌そうな顔をされた。わからないんだからしょうがないだろうがっ。
 恋愛として好きってよくわからないし。それに自分の気持ちすらもよくわからない。矢崎の事は嫌いじゃないし、キスされて嫌でもなかったし、ドキドキだってするから友達として好き以上でそれ以下でもないのはたしかで……つまり、俺は……矢崎を……いやいやいや。それはありえない。俺はホモじゃないし。

「とりあえず、無関心でもないし嫌いでもない……」
「つまんない返事だな。でもお前はバカだからお前にわかるように行動することにする。わからないなら教えてやる」

 そんな事を言って、矢崎は俺にゆっくり顔を近づけて……

「あ、ちょ……」

 やめろと言いたいのにやめろとも言えないこの状況と雰囲気。完全に流されているよ俺。

「目を閉じろよ。キス、しにくいだろ」
「き、キスなんて、そんな……やめ」

 唇が重なるその刹那――――陽の光が差し込む。

「直様、学校近くに到着いたしましたが。甲斐様を弄るのはそこまでにしてください」

 扉を開けた秘書の久瀬さんが咳払いをしつつ立っていた。
 俺は見られていたことに盛大に悲鳴をあげたくなって超スーパーウルトラ大パニック。なんてこった。ホモいラブシーンを見られていたのかよおお!ぎやあああ!

 久瀬さんも人が悪くね?気づいてたなら矢崎の事止めてくれてもよかったのに、間一髪で止めるとか狙って止めたとしか思えないんですけど。でも間一髪であったが正直助かった。

 もしこのままキスされていたら俺……矢崎にこの先どんなツラして顔を合わせていけばいいか滅茶苦茶思い悩んでいたと思うし、っていうかもう思い悩んでるけど。強引なこいつに俺は数学のテスト並みにお手上げだ。

 ほっとしている俺のすぐ隣で、矢崎は俺に退きながら思いっきりチッって舌打ちしている。久瀬さんを睨んでいるが、それに慣れているのか久瀬さんはそ知らぬ顔。なんだこれ。

 この様子では、矢崎が俺以外の女と行為に及んでいるシーンとか何度も出くわした事があるんだろうな。プロ根性というか、いろんな修羅場に慣れている感じがさすが矢崎の秘書を任命されているだけの事はある。それに停車させる場所を考慮してくれたお陰で親衛隊とも鉢合わせしないで済むしな。

 あいつら四天王をアイドルかアーティスト扱いして、毎日VIP用の校門前で四天王が到着するのを出待ちしているのだ。暇人か。仮にもし俺なんかが乗っていたのがばれたら、学校中に超ブーイングの嵐は間違いなく、強姦魔の上に今度は矢崎直をたぶらかした泥棒猫とか言われたりしそうだ。

 俺だけならともかく、Eクラスの評判と扱いもさらに下がるだろう。余計にEクラスの立場が悪くなり、皆に迷惑がかかってしまう。だからEクラスのみんなを守るためにも、俺と矢崎が一緒にいるなんて所は見られないようにしなければならない。

「学校では話しかけてくんなよ」

 これだけはどうか守れよと念を押しておく。

「なんでだよ」
「なんでってわかるだろ。俺の立場は強姦魔でEクラス。強姦魔になったのはお前のせいだ」
「……それは、悪いと思ってる……」 

 俺の教育の結果なのか反省することを覚えたようだ。

「反省はしてはいるんだな」
「お前には……嫌われたくねーから」

 理由としては照れくさいが、まあいいだろう。

「素直でよろしい」
「でも……オレはお前と少しでも長く……」

 俺を求めるような視線に見ていられない。恥ずかしいな。

「用があるなら呼び出してくれた方がまだいい」

 前みたいなエロ本朗読だけは勘弁だけど。

「それで会ってくれるのか?」
「さっきみたいに強引に押し倒さなければな。特にキスしようとしたりとか」
「無理」
「即答すんな。でも、強引なのは好きじゃない。それにさ。こんな事してお前、俺の事……す、好きなわけ?」

 野郎相手に恥ずかしくてこんな事訊きづらいけど、はっきりしておかないと気がすまない。

「知りたかったら……オレに会って自分で知っていけよ」

 流れるように俺の手をとって、甲にそっとキスを落とす。俺は唖然として固まっている間に矢崎は早々と車で立ち去って行った。
 なんだ今の。キザな野郎。腹立つわ。


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