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四章急接近

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 俺……どーやって家に帰ってきたんだっけ。

 たしか裏社会の奴等と戦って、そんで篠宮がお世話になっていた学舎園でお菓子をごちそうになって、それから……あ。

 脳裏によみがえる少し前の出来事に、俺は柄にもなく顔がヒートアップしてきた。風呂の温度がいつも以上に高温に感じられるのは、いつまでたっても先程の出来事が頭から離れないからだ。

 俺……なぜか矢崎にキスされた。
 童貞キモオタチェリーの俺にキスなんて上級者向けだ。二次元ならキス程度ふーんだったのに、実際自分でされるとなると不馴れなため脳内キャパオーバー。しかも、これが女相手ならまだしも相手は野郎。

 普通は男同士だなんてヴォエって吐きそうになるのだが、ところがどっこい、なぜか嫌悪感を感じなかった。全くと言って言い程に。なぜだ。ていうかなんで矢崎はあんな事したんだ?

 いくら俺に情がわき始めたから親愛の証としての行為とはいえ度が過ぎるだろ。男同士で唇にキスなんて普通しないだろうし。いや、するわけがねーだろう。外国じゃ挨拶かもしれんが、そんな事をする時ってのは酒に酔った時かガチなゲイに会った時だ。

 じゃあなんで?面白半分?奴がそっち系だったから?いや、あんな雰囲気でさすがにあいつも冗談なんてしないだろうし、だったら……

 矢崎は……俺の事が好きなのか……?

 そう考えると妙に辻褄があって胸にすとんと落ちてきた。

 いやいやいや。

 男同士だし、無理無理。ありえない。野郎というのはムサくて汗くさい生き物だと思って生きてきたので、今からそっち系を理解しろなんて無理だ。

 俺のジャンルは二次元美少女限定だ。ゲイやモーホーは畑違いなのであって矢崎の気持ちには応えられな……だけど嫌だと思わなかったし、むしろ雰囲気に呑まれて抵抗するのを忘れちまってたし、ぶっちゃけ気持ちいいものだったな……なんてあるか!!

 キスが妙にうまい所がムカついてこうして翻弄されているよ。どうしてくれる。熟知している感じがリア充っぽくて腹立つし、俺には刺激的だしで未だにパニック。

 あー俺どうしちまったんだよっ!こんなの俺じゃねー!!
 モテないからって変な世界を知り、無意識に男に走ろうとしているのか俺は。

「おにいちゃーん!いつまで風呂に入ってんの。後がつかえてるんですけどー!」

 風呂場の外から妹の未来の声が聞こえる。そういえば長風呂してたな。ずーっと延々と矢崎にされたキスの事を考えていたせいで時間の概念を忘れていた。いつもなら風呂など5分でちゃっちゃと終わるというのに不覚だ。キモオタの風呂はカラスの行水なのに。

 それにしても、まだ唇に感覚が残っているのが現実とは思えない。ファーストキスは未来に奪われたのでセカンドキスというのかな。未来にされた時は遊びのようなものだったからなんとも思わなかったのに、矢崎相手にされたものはどうしてこうドキドキ……

「うおおおん!うおおおお!!」

 俺はこのよくわからない高鳴りに野太い雄叫びをあげたら、母ちゃんから「ゴリラの真似すんなら動物園でやれ!」って怒鳴られちったよ。


 結果、俺は一睡もできなかった。
 おかげで超寝不足である。寝不足すぎて目の下にクマができてしまっていた。おまけに見たかった深夜アニメも内容が入ってこなくて、エロゲアプリの毎日ガチャ引きもし忘れてしまう有り様だ。くそっ、レアキャラエロスチル逃したかもしれんと思うと悔しい。

 キスくらいで考えすぎ童貞ワロタって思うかもしれんが、あいつにキスされた事が本当に衝撃的だったのでほとんど眠れなかったのだ。

 あー眠くて学校行きたくねーな。でも猫のカイやシルバーに会いたいので世話しには行くとして、こりゃ今日一日は授業さぼって昼寝コースかな。

 寝不足ながらも弁当と朝飯を作り、朝の簡単な鍛練とロードワーク。走りながら昨日の煩悩を消そうと奮闘したが無理だった。途中で数人の気配が自分のまわりをウロチョロしているのを察知。

 もしかして裏社会から監視されるとか言っていたからその連中の皆さんかな。早朝から俺の監視ごくろうさん。でも特別何かしてくるわけでも、殺気を放っているわけでもないので放置。  

 連中が隠れているであろう路上の壁際や電柱の影に向かって「おはよう。今日からよろしく」と言って手を振って差し上げた。初対面での挨拶は大事だからな。

 ロードワークを終えて戻ってくると、家の前に高級車が停まっていた。お、黒塗りべ●ツじゃないか。
 どこの御大臣だよと怪訝に見ていると、後部座席の車窓が開いた。げ、この気配は……

「朝から走り込みとは偉いじゃないか」
「なんで朝からお前が……っ」

 矢崎がなぜか待ち構えていたのだ。
 俺は気まずさに逃げ出したくなった。昨日のキスがまた脳裏に浮かんだ。

「気分がいいから乗せてやる。光栄に思え」
「や、昨日も乗せてもらったし別に今日までそんな。まだ学校行く準備してねーし、待たせちまうしー、あと特大のウンコしたいしー」

 だから今はほっといてくれオーラを醸し出したが、

「待っててやるから急いで準備しろよノロマ」

 矢崎には通じてはいない様子。

「いや、いーです。今はあんたと話す気力がない」
「……あ?」と、睨む矢崎。
「ご厚意は嬉しいのですが、お宅の急な施しは何か企んでいそうでして。そうは問屋がおろしませんたぁこのこと」
「言っておくが何も企んじゃいねーよ」
「ほんとに~?今までしてきたお前の言動を考えれば怪しむのは当然だろ」
「……そうか。お前がそう思うのも無理はないだろう。じゃあ何もしないと誓う。もし破ったらお前に100万でもなんでも払ってやるよ」

 それを息を吸うかのごとく払いそうなのがさすが金持ちクオリティーである。こいつにとったら100万なんて1円以下の価値なんだろうけど。

「それでもオレの事を信じられないのか?」
「いや、さすがにお前が何もしない事は雰囲気と目でわかるんだけど……だけど」
「お前と一緒にいたいから、じゃだめかよ」

 矢崎がまっすぐ俺を見つめて言った。そこに曇りは一切ない。

「っ……」

 俺はぶわっと頬が熱くなるのを感じた。はっきり好意を露にしてくるなんて反則である。
 昨日とは打ってかわってツンがなくね?ツンはどうした。今日はデレばかりじゃねーかよ。

「ま、また今度に……」

 恥ずかしくなって逃げようとしたら運悪く手首を掴まれた。

「乗れ」
「や、今は……」
「乗れって言ってんだろ!」
 語気を強めて言う矢崎。
「だからやd「あら、矢崎君じゃない!」

 声と共に母ちゃんが大根三本片手にやって来た。
 庭に植えていた大根の収穫の最中に俺と矢崎のやりとりを見かけたのだろう。目がキラキラである。うわー最悪なタイミングだ。まさかこんな時に母ちゃんが出てくるなんて。

「いつもこのバカ息子が世話になってるわねー!風邪の方はちゃんと治ったようでよかったわ。矢崎君のこと心配していたのよー」
「ああ、こちらこそ、先日はご迷惑をおかけしました。ご看病して頂いたおかげですっかり体調の方はよくなりました。これも甲斐君のお母様のおかげです」

 好青年風にさわやかを装う矢崎。
 うわ、お前そんなキャラとちゃうやろ。キャラ違いすぎて似合わねー。そもそもお前が俺を甲斐君っていうのキモいんですけど。

「やだー覚えていてくれたの~?でも困った時はお互い様だもの。バカ息子が連れてきたお友だちなら助けて当然だわ」
「光栄に痛み入ります。甲斐君は家が裕福すぎるゆえに浮世離れしているボクにいろんな事を教えてくれるんですよ。厳しくも優しく、ボクの知らない庶民の事をたくさん。これもお母様の教育のおかげですね。そんなお母様は心もですが外見もお綺麗で」
「んまっ!やだーもう矢崎くんてばお上手なんだからっ。そんな矢崎君が甲斐の友達だなんて勿体ないわぁ」

 母ちゃんは嬉しそうに持っている大根三本をお手玉にして遊んでいる。
 うえー……何このイケメンを家に招いたら母親が有頂天になるテンプレ的会話。ただのリップサービスなのにそんなに嬉しくなるなよって言いたい。聞いているだけで胸焼けしそうな二人のやりとりだ。

「ねえ、これから直くんて名前で呼ばせてもらってもいい?」
「いいですよ」
「やった。じゃあ直くん」
「はい」

 と、超笑顔の矢崎。貴様はだれだ。

「イケメン美形の笑顔尊いっ」

 母ちゃんは大のイケメン好きなので矢崎を前に調子に乗りまくりだ。矢崎を風邪で看病している時も目の保養になる美しさだとか、あんな子が息子だったらなぁとかウットリしていたくらいだ。息子を前にしてひどくね?

「息子を前にしていい年こいて調子こくなよ。大根おばさん」
「うるせっおだまり!」

 矢崎はわかっているだろうが今のが素の母ちゃんだぞと言いたい。

「仲がいい親子ですね。甲斐くんとお母様は仲がいいようで羨ましいです」
「まあ、いつもは口喧嘩が日常でうんざりする事もあるんだけどね。毎日部屋に引き込もってキモオタ活動しているだけなんだから。何かあったら、ビシビシ煮るなり焼くなり好きにコキつかっていいからね。こいつは頭はバカだけど力仕事ならお手の物だから」
「頭はバカなのは余計だ」

 そもそも矢崎よ、お前は俺に対してはそんな礼儀正しくねーだろ。一人称ボクじゃねーだろ。って目線で訴えたら、矢崎の奴は髪をかきあげながらフッとキザったらしく笑いやがった。色気ムンムンで。それに対して母ちゃんは完全に矢崎に堕ちて目がハートマークのウットリ状態。親父が見たら泣くぞ。

 かーっ!イケメンだとキザっぽい言動もサマになるとか腹立つわ。だからイケメンは嫌いだ。

「直くんもこんなキモオタで友達少ないバカ息子に構ってくれてありがとう。母としてこんな素敵な子が友達になってくれて嬉しいわ」
「大袈裟な」

 友達少ないのはほっとけ。でも最近Eクラス内でも友達増えてきたんだぞ。健一は中学時代からの付き合いだし、神山さんや宮本くんや本木くんとかさ、徐々に増えているんだいっ。

 ていうか矢崎と俺って友達なの?自分でもようわからんのだけど、友達とはなんか違うような気がするんだよなぁ。だって友達らしいことなんてしあった記憶がないしよ。むしろ罵られてパシられて強姦魔として陥れられた記憶ならございますが、それを友達と呼べるのだろうか。過去の事なのでもう気にはしてないけど、やはりなんか違和感。

 むしろもっと深くて……って、何言ってんだろ俺……。

「あ、よかったら直くん、今度家にご飯食べにきてね。おばさん腕によりをかけて張り切っちゃうから」
「料理ドへたなくせにこれ以上調子に乗ると後で後悔するぞおばさん」

 あえて矢崎の前で暴露してやったら足を思いっきり踏まれて鬼のように睨まれた。いってえ。
 母ちゃんは元最強の空手家なので、母ちゃんレベルのパワーで足踏まれたら俺でさえ骨折の危機である。矢崎の手前でパワーをセーブしたようだが、それでもかなり痛いっす。

「あんたはとっとと準備してきな。直くんを待たせるんじゃない!」
「マジ足いってぇ。ババアの地団駄は全く洒落にならん」
「ええい!ごちゃごちゃ文句言ってねーでとっとと行け!」

 母ちゃんにケツを蹴られそうになったので退避。
 矢崎といい、母ちゃんといい、どちらも猫被っている様子が滑稽で開いた口が塞がらなかった。

 いろいろと突っ込むのも面倒になってきたので、とっとと準備して参りますよっと。はあ……嫌だったのに矢崎の車に乗って行く羽目になりそうだ。

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