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二章禁断の愛の始まり

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「ボクの目に狂いはなかったね。甲斐くんはきっと面倒みてくれると思ってたから」
「そりゃあ猫に俺の名前をつけられちゃあ放っておけないだろ。余計に愛着がわいちゃったしな」

 昨日も妹の未来がその猫が見たいとうるさかったな。家につれていくわけにもいかなかったからスマホの動画を見せて満足させてやったくらいだ。飼い主である俺の贔屓目かもしれんが、この猫は可愛いと思う。いやどの猫より美人猫だ。二次元に例えたらこの白い毛並みがこいつの心を表すみたいに天然猫耳美少女になるに違いないだろう。デュフフフたまらんな。

 さて、掃除も終えた事だし、カイに今日は餌を奮発してやろうかなと思ったところでカイは猫ベットの上でウトウトし始めている。

「眠そうだな。昼間寝てないのかな」
「昼間は飼い主の甲斐くんが来てくれるのをずっと待ってるんだと思うよ。だから寂しくて落ち着けないのかも」
「……なんとかしてやりたいな」

 せめてもう一匹いれば寂しさも緩和されるんだが、それ以外の猫は穂高専用のペットだしなー……うーん。とりとめもなく顎に手を添えて悩んでいると、穂高がなぜか微笑んでいた。真意が読めない黒いニコニコ顔じゃなくて、ちゃんと感情を露にした優しい笑顔だったから俺は驚いて固まった。

「甲斐くんが猫のカイに愛着持ってくれて里親としてうれしいなぁ」

 うとうとし始めたカイを慈しみを込めた顔で優しく撫でている。
 普段は極悪な四天王のくせにこんな顔もできるんだな。いつも真意の読めない笑顔だったから素と偽りの表情の違いがわかってしまったよ。今の笑顔は素の王子スマイルってやつだろうか。女子が見たらころっと落ちてしまう気持ちもわからんでもない。俺は同性なのでそんな心配はないけど。

「この猫のカイね、僕が拾う前までは人間に結構な虐待されていたんだよ。傷だらけでこの学校の近所に捨てられていたのをボクが拾ったのがはじまり」
「虐待か……」

 こんなに元気に俺になついてくれているのにひどい目にあっていたのか。最低な奴らがいたもんだ。こんな可愛いミニ大福を。

「ボクが拾う前、多分この学校の生徒だと思うけど、この子がソイツにいじめられているのを目撃したって声がチラホラあったの。なんとか助けたかったけど、あいにくボクも忙しい身だったからうまく動けなくて、ボクがやっと動けた時にはボロボロな姿で倒れていたんだよ。死にかけだった。急いで動物病院に行って治療してもらってなんとか今みたいな元気な子に回復したんだけど……手がつけられない子猫になっちゃってね。当初は人間に怯えて、全然懐かなかったの。毛並み逆立てて何度も噛まれたり引っ掛かれたりしたよ。このボクでも抱っこさせてくれるまで結構時間かかって大変だったなぁ」
 
 それでも、手が付けられない子ほど懐いてくれた時はとても嬉しかったと語る。そういう子ほど情がわいて可愛がってやりたいって。気持ちはわかるな。二次元でも最初はツンツンで後にデレてくれた時ほどでれでれに甘やかしたくなるもんだ。比べるもんが違うけど。

「そう、だったのか……。猫好きなあんたが言うなら相当人間嫌いになってたんだろうな。人間にボロボロにされた恨みというか憎しみもあったんだろうけど」

 いじめた生徒は多分だが親衛隊だろう。猫好きな穂高の気を引くための道具にしたんじゃないだろうか。
 安易に想像できてしまうのは、先日はじめてこのカイと出会った時の事を思い出すと納得。あいつらは敬愛する穂高の事すら道具にしているってわかってなさそうで呆れるよ。あわよくば穂高といい感じになりたいって私利私欲目的が見え見えで、浅ましいったらありゃしない。他の四天王の親衛隊にも言えることだが。

「なのにさ、甲斐くんてばすぐに懐かれちゃってびっくりした。だからもしかしたら甲斐くんならって思って飼い主にさせたけど、ボク以上に甲斐くんに懐いてるんだからもう嫉妬しちゃうくらいだよ」
「俺も別に猫に好かれるわけでもないんだけど、どうして俺に懐いたんだろって疑問に思ってるよ」
「なんとなく動物の本能でわかるんじゃないかな。だってこの子、結構見る目があるんだよ。この間もこの学校の馬鹿教師や校長らには毛を逆立てて警戒していたんだけど、優しい用務員のおじさんや気のいい掃除のおばさんとかには警戒しないんだ。それでも甲斐くん以上に懐いた人なんていなかったけどね」
「そうかなー俺も結構悪どい性格してる方なんだけど」
「自分じゃわからないものだよ。それに甲斐くんて今までにこの学校にはいなかったタイプの人間だからちょっとボク期待してるんだー」
「期待?なにをだよ」
「んー説明できない。でもいろいろやってくれそうだなって。新しい風を吹き込んでくれそうだなって」
「それ相田も言ってたな」と、思い出す。
「拓実くんもわかってるんだねー。まあ、今後に期待してるよ甲斐くん。猫のカイを頼んだよ~」
「だから何を期待してんだってば」

 俺に期待されても困るんだがね。俺はしがない小市民であり、町人その1レベルの男だぞ。漫画でいうそこら辺にいるモブ的存在なのになぁ。
  
 穂高が帰った後、俺も猫のカイに明日も必ず来るからなと撫でて外に出る。しかし、外に出れば雨が降っていた。しかも結構などしゃ降りだ。いつの間に降ってたんだよと思ったがあいにく急いで来たせいで傘は持ち合わせていない。仕方ないので走って帰ろうとダッシュ。帰ったらそっこー風呂入って暖まらないと風邪ひいちまうよ。


 



 自分の心情を表しているように雨が強まる。
 さっきまで昼寝をしていたらまたいつもの夢を見てしまい精神が不安定になった。
 彼女が誰かに殺されて死んでしまう夢を――――。

 おかげで最悪な寝起きを体験してしまった。汗と涙で濡れていた自分は相当ひどい有り様だろう。
 うなされていた俺を見た杏奈が大丈夫~?なんて心にもない気遣いをしてくるものだから鬱陶しく感じ、杏奈から逃げるようにホテルを出たら外はどしゃぶりの雨だった。

 濡れてもかまわなかった。どうでもよくなっていた。自暴自棄になっていた。
 ただただ、寂しい。苦しい。気持ち悪い。どうしていいかわからない。
 びしょ濡れになる体などお構いなしにとぼとぼ歩いていて、どうやってここまで来たのかわからないままに気がついたら小さな公園に来ていた。トンネルの遊具を見つけてなんとなくその中へ入ると、箱があってその中から小さな蠢く物体が震えていた。

「お前も一人なんだな……」

 段ボールの中で蠢く小さな物体は野良猫だった。オレと同じ銀色の毛並みの子猫で、可愛らしくにゃあと鳴いてオレに寄ってきた。もう体力がないのか逃げる事もしないで、ただオレの体温目当てですり寄ろうと必死になっている。生後まだ間もない。雨には濡れてはいないが元気はない。空腹らしいが、どうやらこの子猫はついさっき捨てられたばかりらしい。心無い飼い主に。猫好きな穂高が見たら我先にと猫を助けようと必死になっていることだろうな。それと捨てた飼い主の報復も含めて。

「オレも……ひとりぼっちだから同じだな」

 子猫の頭をひたすら撫でる。子猫は気持ちよさそうに撫でられている。

「ごめんな、こんなびしょ濡れで。手とか冷たいかもしれねぇけど、オレの体温全部やるよ……それで、少しは生き伸びろよ、な……オレの、ぶんまで……」

 大きく息を吐くようにその場で倒れこみ、オレは朦朧と天井を眺める。そういえば雨に濡れる前から体調がすこぶる悪かった気がしていたが、気のせいではなかったらしい。メンタル的に鬱状態で、それでさっきのどしゃ降りに降られたのが決め手。余計に体調不良が悪化したように思えた。病は気からという言葉通り、オレのメンタルはひどく落ち込んで活力が枯渇寸前と言ってもいいだろう。
 
 元々、体が弱かった。体力や力がないというわけではないが、普通の人より免疫力が低く、風邪をひきやすくてたまに発熱を出して休んでいた。今日も本調子とは程遠くてだるいのを我慢していたが、雨に打たれてよりひどくなってしまったようだ。

 しょうがないよな……オレ、んだから。 
 

 薄れゆく意識の中で目の前の景色が飛んで、奈落の底へと落ちていく。天井の景色が暗闇に変わっていた。
 暗闇から灰色のような世界にまた変わり、空を見ても生い茂った木々の枝葉が遮って太陽は見えない。
 まるで、一人ぼっちで闇の森に取り残された気分。このまま深い闇に押しつぶされて死んでしまうんだろうか。

 体が重くて、息苦しくて、辛い。寂しい。
 死ぬんだ……このまま、だれにも看取られずにひっそりと。
 でも、それもいいかもしれない……。
 生まれてからずっと孤独だったようなものだし、生きていたってどうせ何も満たされない無駄な毎日を送って、この先も薄暗い未来しか想像できないのだから。

 そんなくだらない灰色な日々など苦しいだけ。苦しいだけの毎日なんていらない。苦しい未来しかないなら過ごしていたくない。

 遅かれ早かれ孤独に苛まれて死ぬのなら、あっさり今死んでしまえばいいんだ。
 誰も彼もオレを矢崎財閥の御曹司としてしか見てくれない。オレをわかってくれる親友そんざいもいない。オレという存在は災いを呼ぶだけで、生まれてきちゃいけない存在。
 
 ああ、オレなんて、いなくなってしまえばいいのに――。

 死ね。死んでしまえ。この疫病神。いなくなってしまえ。
 消えろ。消えろ。消えろ。永遠に消えろ。

 そんな時、ふと向こう側に光が見える。闇に瞬く小さな光。お迎えかな。きっと地獄へのお迎えだろうけど。
 それに向かって手を飛ばすと、自分に光が注がれた。

 視線の先には知らない天井が映っている。ここは……?
 あの世ではなさそうでひどくがっかりした。まだ生きているんだって。こうして息をしている事に何度残念に思った事だろうか。死にきれない事もオレにとっては不幸なのかもしれない。

 自分とまわりを見渡すと、見たことがない部屋に布団の上。結構ぼろくて狭い部屋だと笑いそうになった。まるで犬小屋かってレベルの。しかも着ている服もなんだか……臭うし。
 オレを誰かが見つけて運んできてくれたのか……迷惑甚だしい。

 死ねばよかったのに。

 そう吐き捨てるように心の中でつぶやく。文句を言いながらもゆっくり起き上がると、額に置かれた濡れタオルがはらりと落ちた。意識がまだ朦朧として妙な体のだるさに気が付くと、熱っぽくて踝もズキズキする。
 また……死ねなかった。
 悲観的に深い溜め息を吐くと同時に扉が開いた。

「気分はどうだよ。俺の家狭くて窮屈かもしんないけど」

 扉を開けたのは思ってもみなかった奴でオレは言葉を失う。
 
「ここまで連れてくるの苦労したんだからな」

 まさかの架谷甲斐……っ。
 しかもここは奴の家だった。自然と身構えて睨み付ける。

「そんな警戒すんじゃねーよ。病人のお前をどうこうするつもりはない」
「貴様、なんでオレを助けた」
「なんで?なんでって人を助けるのに理由があんのかよ。お前がどんなに悪人でも倒れていたらまず助けるだろ。それが人の道理ってもん。俺は外道じゃないんで」
「何を企んでんだよ。見返りか?見返りがほしいんだろ」

 オレは人間の欲にまみれた醜い姿をこれでもかと見てきたので、どうせこいつもそうだろうと失望を禁じ得ない。
 人間というのはげんきんな存在で、目先の欲望には逆らえないのだ。現にこいつは桐谷杏奈が差し出したフィギュア欲しさにハニトラに引っかかっていた。所詮はその程度の人間ということ。

「病人からの見返りや施し目当てで助けるほど俺の心は乏しくはねーよ。みくびるな」

 架谷はそんな事を言うが、オレは簡単には信じられなかった。
 人間てのは絶対裏があることを知っているから。見返りなしで助けるなんてありえないって。今まで出会った奴のほとんどがそんな人間だったからだ。

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