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一章最低最悪な出会い

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「ひでー学校だな」

 近くの空き教室に逃げ込んで一息つく。こんなSMクラブが趣味の奴が牛耳る学校に誰が入りたがるというのか。お断りだ。数億円積まれてもお断りである。たとえ入学が本当に決まったとしても絶対にお断り案件だよ。

「本当に……そう思います」

 一人の美少年の生徒が同意する。亀甲縛りをされていた男子生徒も怯えたように頷く。屈辱だよな……あんな格好で。なんて言えやしないけど。

「なあ、なんでこんな学校なんだ?ていうかなんなんだよあれ。普通じゃないだろ。あんな変態が教育の現場でまかり通っているなんて」
「権力と金でものを言わせているんだ」 

 ぼそっと返答をした生徒は亀甲縛りをされていた男子生徒だ。あんな縛り方を第三者に見られりゃあ俺なら死にたくなるわ。

「君は?」
「俺は、一年Eクラスの本木康隆もときやすたかだ」

 俺と同じくらいの背格好のイケメン男子であった。清潔そうな坊主頭で野球とかしてそうって感じの純朴君である。亀甲縛りされていた姿が衝撃過ぎたので、まだ脳裏にあの光景の残像が残っているのが申し訳ない。今は近くにあった布やらなんやらで大事な場所は隠されている。

「僕は宮本貴史みやもとたかしです。同じく一年Eクラスだよ」

 中性的な顔立ちの大人しそうな金髪の美少年であった。一瞬、女の子かと思ってしまった。今流行りの男の娘……ってやつか。二次元では男の娘って有名だが、いくら可愛い男の子でも男相手は俺の趣味ではない。でも女装したら絶対騙される自信がありそうなので最近の子はいろんなのがいるなあとシミジミ思う。

「私も一年Eクラス。神山悠里かみやまゆうりっていうの。昨年四月にここへ編入したんだ」

 腰までの水色の長い髪に胸が大きめの絶世の美少女だ。二次元でいえば正統派ヒロインタイプか。
 三次元に興味のない俺でも見惚れそうな……ちょっと好みのタイプである。ていうか神山悠里……神山ってどこかで聞いたことがあるような……

 他にも奴隷にされていたのが数人いたが、この三人が一年生の中で特にひどい目にあっていたようだ。この三人は理事長と校長のお気に入りなんだそうで、それはもう入学式翌日からあの変態ジジイ共に目をつけられていたらしい。

 見目麗しい美男子やら、美少女やら、ウホいい男的な筋肉生徒やら、デブ専なデブスを選りすぐり、自分好みに調教して、性的な意味でのハーレムやら逆ハーレムやらを築きあげようとする。まさしく外道の極み。俺は唖然とするっきゃなかった。

「俺は甲斐。架谷甲斐で……」
「やっぱり架谷君っ……架谷甲斐君なんだね!」

 神山さんが俺の名前を聞いてすぐに反応を示した。

「え……あんた……」
「私の事覚えてる?小学校五年生の時、同じクラスだった。ずっとずっと探していたんだよ、架谷君のこと。途中、転校しちゃったからデートできなくて……」
「デート……?でもたしかにそのくらいの時に転校したのは覚えてるな。神山さんのこともなんとなく覚えているような気もしなくもない。でも……小学五年の時か……んー……小学ン時なんて俺にとっちゃ黒歴史だしなぁ……だからあんまり思いだしたくないんだが」
「あー……ごめんね。でもほら、あの時……いじめっ子がいて、架谷くん随分苦労していたから最後らへんに返り討ちにしていたじゃない」
「返り討ちに入るのかわかんねーけどな。今となっては笑い話だよ」

 
 神山さんの言葉に俺は黒歴史の記憶を思い出す。
 小学校五年生の時といえば、俺が丁度いじめられていた時だ。クラスで威張ってたガキ大将の城山とその取り巻き共にネチネチと嫌味言われたり、暴力受けたり、物を隠されたりと散々で。その時の俺は大人しくて、引っ込み思案で、ビビリヘタレで、どうしようもないくらい弱虫だった頃。趣味が土下座ってくらい強くて怖そうな相手にペコペコして、とんでもなく情けない奴だった。
 そんな小学五年のあの頃、同じクラスに神山さんがいたんだ。


 五年前――……

『おはよう、架谷君』
『お、おはよ……ぅ、か、神山さん……』

 あの時から神山さんはなぜか俺にとても親切だった。いつも俺に対して笑顔だった。
 他の神山さんの友達の女子も俺に対して優しかった。彼女ら一派は美少女集団と評判で、特に神山さんは学校で一番男子から注目されていた絶世の美少女だった。頭もよくて運動神経も抜群で可憐で可愛い。当然モテるどころではなくファンクラブもあったくらいの人気ぶりで、冴えない男子達からは隠れて高嶺の花とも言われていた。
 そんな美少女な彼女がどうして冴えない俺に構うのだろうといつも思っていた。おかげで男子達からの嫉妬の嵐がすごかった。

『知ってた?架谷君は他人思いで優しいから、気になっている女の子結構いるんだよ』
『そ、そんなことないよ。ぼ、ぼくなんて……よ、弱虫だし……男らしくないし……根暗だし……お、驚きだよ……』

 俺のこの時の話し方はキモオタコミュ障口調で、相手の目を見て会話することもままならないドチキン野郎であった。

『自信持ってよ。架谷君のいい所は誰に対しても誠実な所だよ。それに顔だって悪くないから絶対に将来はイケメンになると思うなぁ』
『……よく、わからないや……』

 臆病で、弱虫で、女々しい。見た目も小柄なもやしみたいで、気の強い女子達から馬鹿にされるくらい頼りない。
 それが小学校時代の俺、架谷甲斐だった。

 で、学校一のワルと評判の城山金太郎しろやまきんたろうとその取り巻き達は俺に目をつけやがり、突然いじめを始めたのだった。それも見えない所でやるものだから、クラスメート達も神山さんも気づいていない。

『架谷、てめえ……女子に好かれているからって調子にのんじゃねーぞ』

 それがいじめの始まりの最初の一言だったように思う。

『し、城山君……い、いみがわからないけど……』

 俺が女子に好かれているなんてありえないと思っていた。こんな根暗で弱虫のどこがいいのかって。たしかに女子達はなぜか俺に優しかったけど、多分それは俺が大人しくて気弱だったから。放っておけない意味もあって、ただの親切心からきているもの。それ以外に何もないはずだ。だからこの城山の言葉は最初は意味がわからなかった。

『お前の全てが気にくわねーんだよ!!死ね!!』

 いじめのキッカケは今思えば美少女と評判の神山さんを筆頭に女子集団に優しくされている嫉妬。俺への八つ当たりだったのかもしれない。

 教科書を隠されたり、体育着を隠されたり、靴を隠されたり、弁当を捨てられたり、母ちゃんに買ってもらった筆箱を踏みつけられたり、ありがちテンプレの数々の嫌がらせを一気にされた。もちろんこれだけでは終わらない。

『や、やめて……くだ、ぐはっ』
『やめてだぁ?おまえなんかがいるからおれは……っこの、このっ!』

 城山の重い蹴りが俺の腹を何度も蹴とばす。子分らから顔に水をかけられながら。

『う、ぐっ……痛い。痛いよぅ。助けて。やめて。ゆるして、ください……おね、おねがいしま、す、ぐ、あ』

 俺は体を丸めて城山の暴行を最小限に抑えようとする。

『はははは。いい様だぜ。命乞いまでしてマジウケる。いいか?だれにも言うんじゃねーぞ?お前なんかが仕返しなんてしても無駄なんだからよ。もし誰かにチクったらただじゃおかねーからな!』

 暴行は長い昼休みや放課後によくやられた。
 授業中にも見えないところで集団で殴られたり、蹴られたり、机を俺ごと蹴とばされたり。放課後はひたすら公園でリンチにあって、せっかく貯めたおこづかいを取られてあれこれ買ってこいとパシられたりした。

 毎日生傷を作って家に帰って、妹や両親に心配されたが黙秘を続けた。だって俺は仕返しなんてできる度胸も勇気もないエネミー。びびりでへたれだからこそなにもできない。そのくせ平和とか皆仲良くとかお花畑な思考でいるある意味偽善者。自分さえ我慢すれば平穏なんだから我慢しなければといつも愛想笑いを浮かべていたな。

 今でもあの時が黒歴史だって思う。あの時が人生で一番情けない時期だって。
 なんせいつか城山達も自分に飽きていじめをやめてくれるはず。心を入れ換えてくれるはず。そう無駄に信じていたバカだったんだから。



 そんな中、ある日の体育のプールの授業前での事だった。
 俺はいつものように(精神的に)胃がキリキリ痛くなったので、授業をさぼろうと保健室に行く途中、城山達が女子更衣室に侵入しているのを見かけた。

 城山達の手には女子の誰かのパンツが握られていて、それを躊躇いもなくクンカクンカしている。そして、それを息を吸うかのごとくポケットに隠してしまっていた。俺は唖然として見ていた。

 それからプールの授業が終わった頃に、案の定に女子数人が「パンツがない」と騒いだ。
 犯人は城山達だ。だけど俺はあえて口を開かない。触らぬパンツに祟りなしという言葉を胸に良心が痛んだが黙っていた。勇気を振り絞って告発すればよかったのに。臆病に拍車をかけるぞと自分でもわかっていたのに。だけど報復が怖くて言えなかった。

 当然のこと、終礼の時間は長引いて犯人探しが始まった。担任は心底めんどくさそうだった。なかなか盗んだ者が白状しないため、どうしようかと担任もクラスメート達もイライラしていた時、城山がにやついた顔で挙手をして言った。

『犯人は架谷です』と。

 ざわつくクラスメート達。みんな一斉に俺を見る。

『だって、あいつ……最近よく保健室にいるだろ。女子がプールに入っている間に更衣室に入って盗んだんだよ。そ、そうに決まってるぜ』
『そ、そうだそうだ!ぜってぇそうだよ!あいつ保健室に行くフリして女子の更衣室に入って行くの俺見かけたんだ!』

 震えて断定するガキ大将とそれをまるで後押しするように同調する取り巻き共。そして妙に納得をする大半の男子達と、俺がそんな事をするような人間じゃないと半信半疑な女子達とで意見が分かれる。しかし、俺に疑惑の目は圧倒的に注がれていた。埒が明かないので、半ば強引に荷物検査と身体チェックを敢行された。

 俺は無実。だから何も出て来やしない。そう思っていたのに……

『う、うそ……架谷君のカバンの中からパンツが……!』

 俺のカバンの中から身に覚えのないレースの水玉パンツが入っていたのだ。しかもそのパンツは神山さんのである。なぜ知っているかって?スカートがめくれた時に見たことがあるからな。

 で、驚くクラスメート達と幻滅した様子の神山さんの表情が映る。そして、にやりとより一層笑う城山達。図られたようだ。そんな顔で見ないでくれ神山さん……と、俺は思った。

 当然の如くこれが決め手となり、俺は生活指導室へ直行させられた。担任はやっぱり面倒くさそうにしていたが、学年主任に怒鳴られ、教頭や校長からも長時間お説教をくらった。

 かくして、俺が神山さんのパンツを盗んだという冤罪の犯人に仕立てあげられてしまったのだった。

 その日を境に、クラス中から女子のパンツを盗んだ変態だとレッテルを張られて俺の株は暴落。クラスにいずらくなった。学校に行くたびに「変態仮面」と不名誉なあだ名を言われ続け、他クラスからも同様にからかわれた。授業中に急に気分が悪くなって、逃げるように保健室やトイレに駆け込んでいた事もあったっけ。

 授業を何度も抜け出すモノだから、トイレに我慢が出来ない第二の不名誉な「ウンコマン」というあだ名までつけられてしまった有様だ。

 双方の両親を呼び出しての話し合いで、俺は必死でそんな事はしていないと無実を言い続けた。誰かがカバンに紛れ込ませたと。さすがに城山達だなんて言えなかったが、無実をひたすら訴えた。が、担任は面倒くさいのは御免だと事なかれを貫き通し、最終的には城山達の言葉を鵜呑みにして俺を犯人だと弾圧した。学校の連中はみんな俺を犯人と決め付けて冤罪を信じてくれなかった。

 どうあがいても犯人という立場は覆せず、神山さんの御両親には軽蔑の眼差しで見られ、俺の両親は何も言わずに神山さん達と教師に頭を下げていた。それを見るのがとても心苦しかった。

『お前の席、ねぇ~から』
『ウンコマンの席なんてねーよ!あるとすれば便所だろ!ぎゃーはははは!』

 学校に来ればイジメは続く。椅子も机もなかった日があったっけ。小学五年のガキがよくこんな陰湿な真似ができるものだと今思えば呆れるものだ。担任なんて俺をもはやいないものと扱っていて、俺は空気と同化していた。

 授業で好きなグループを作ってくださいなんて言われちゃ必ず俺はあまり物にされるし、優しかった女子達は俺を犯人という侮蔑の眼差しで見るようになったため、誰も声をかけてくれなくなった。俺に味方は誰一人いなくなった。

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