隣の古道具屋さん

雪那 由多

文字の大きさ
上 下
36 / 44

愛すべき時を刻む音 11

しおりを挟む
「分かった。
 お前が何を思ってあの一族に憑いているかは知らないけど、そこまでして一緒に居たいというのならずっと一緒に居られるように手配するよ。
 大丈夫。
 内部の取り換えが初めてだから怖いかもしれないけど、お前を修理してくれる人たちは大切にレイヴァースを取り扱ってくれるから。
 むしろ現役で働いてる事を知ったら誉めてくれる人達だから」

 言いながら時計を一撫でしてから親父を見て
「佐倉さん、それでよければ持ち主の方に交渉してください。
 星崎さんだっけ? 仕事辞める覚悟あるのならまずはお試しで時計を運ぶのをお願いしてもいいですか? 精密機械なので手で運んでもらうのが一番時短なので」
 聞けば満面の笑みで即答。
「もちろん!それでどちらに?!」
 食い気味で、そしてはたきの人の手を握って期待に満ちた笑みは

「イギリス。知り合いにその手のプロフェッショナルがいるんだ。
 そこで学んで来い。海外メーカーの事詳しいのなら英語はそれなりにできるだろ?」

 一瞬でフリーズ。
 まさかの海外。
 脳内では理解できていたけどそこ何処?という様に俺も目が点になっていた。
 予想の斜め上と言うか、確かにあっちならその手の職人が居そうだなと思いながらも遠く離れたイギリスでそんなつてがあるのかと驚かずにはいられない。

「今回はOKが出たらラッキーだぞ。なんて他人の金でイギリスに行けるんだからな。
 さらに向こうでやって行けるか下見もできるししっかりお金も貯めているのなら長期滞在も問題ないしな。向こうは物価高いけど独立するぐらいに貯めてるなら資金面は安心だな。独立は先延ばしになってもアレを理解出来たら大きなスキルになる。こんなチャンスめったにないぞ?」

 なんて意地の悪い顔をしていた。
 聞いているだけで酷いと思ったけど

「OKが出たらぜひよろしくお願いします!」

 それ以上に星崎さんの迷いのない決断の速さ。これは止められない奴だと親父は苦笑していた。
 にんまりと笑うはたきの人の笑みは欲しい答えがもらえた人の顔。星崎さんが何か確実に手にしたそんな空気がぶわっとあふれ出していた。
「パスポートは去年更新してあるので問題ないかと思います!」
「まるで準備してた様な展開だな」
「チャンスは逃したくないので」
 その言葉にはたきの人は満足げな笑みを浮かべ
「だったらあとは返事待ちだな」
 なんて親父を二人そろって見上げるから苦笑塗れの親父は
「せめて10時になってから電話をしようか。そのあと星崎は少し話をしよう」
 そう、まだ開店前のこの時間。
 それよりも
「ほら、開店準備を始めなさい」
 親父が手をぱんぱんと叩けばそれに合わせて皆立ち上がり
「じゃあ、みんなそろそろ帰ろうか」
 声をかければいつの間にか姿が消えていた次郎さん達が壁を通り抜けて現れた。
「主よ、太郎と菖蒲のおうちを見せに行っていた」
 なんて次郎さんが誇らしげにこの家を案内したことを胸張って教えてくれた。
「工房とか倉庫とか主が好きそうな場所がいっぱいあったのを発見した」
「ぼろぼろの家具いっぱいだった」
「お世話になっているお家にも似た家具一杯あった」
 なんてしっぽをふっさふっさ揺らして教えてくれるしいさんとこまさんに
「なんて素敵なお家なんでしょう……」
 思わず俺もうっとりと呟いてしまう
 倉庫にある家具は本当に良い物ばかりだけどそれをいまだに現役で使っているなんて持ってる家は持ってるんだなあと改めて付喪神の生まれた家の豊かさに驚いてしまう。
 太郎と菖蒲ははたきの人の周りを泳いで何やら何かを取り込んでいるようにも見えて心配してしまうも
「ああ、あれか。
 あれは付喪神と言うか使役が主から霊力を分けてもらってるだけだ。
 太郎たちはまだ生まれたばかりだからな。
 ああやって安定するまで補給しないと消滅するからな」
 なんて恐ろしい事をさらりと言う九条に
「それ、大丈夫なのか?」
 すでに離れて暮らしているのにと思えば
「大した量は必要じゃないんだよ。ただ逆にあいつの霊力が濃厚だから取りすぎないようにある程度距離を置いておく方がいいんだ」
「なんか実感こもってるなー」
「こもるさ。その結果とんでもない付喪神が生まれまくったんだから……
 そっちの方が頭が痛い問題だ」
 それこそ見てみたいと思うもあまり関わり合いがない方がいいだろうとそこは突っ込まずにいる。
「とりあえずあいつが素直に帰る気になったから素直に帰るよ」
 なんてふらふらしながら車のカギを取り出してちゃっかりうちの駐車場に停めた車を店前に回してきて

「ほら、帰るぞ」
「うーっす。おじゃましましたー。
 また明日ー」

 そんな不吉な宣言をして帰る一行の姿が見えなくなるころには

「親父、今日はもう店閉めない?」
「馬鹿者。今日はこれからだ」
「なんかどっと疲れたんだけど……」
 言えば
「なにを言ってる。
 星崎が辞めるとなるともっと大変だぞ」
 そんな突っ込みに
「あ、店長。イギリスから帰ってきたらまた雇ってください。独立資金また貯めたいので」
 俺達が想像する以上に我が道を行く星崎さんに親父は苦笑して
「スキルアップしたらいつでも帰ってきなさい」
 そこはちゃっかりしている親父。星崎さんの腕を信じているからこその言葉に星崎さんはにぱっと笑みが花開いて
「じゃあ、とりあえずみんなにも話してきますね!」
 なんて走っていった後ろ姿に親父はため息を吐きながら
「先方に承諾を受けてからだって言うの分かってるのかあいつは……」
 やれやれと言って台所にお茶をもらいに行く親父。
 ほんとやれやれだ。
「どさくさに紛れて俺一人に開店準備させるとか酷い社長だ」
 一人ぶつぶつ言っていれば次郎さんが静かに近くの座布団の上で丸まった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

処理中です...