上 下
318 / 319

幸せの進化系 2

しおりを挟む
 荷物も多いので本当なら車で来れば良かったのだろうけど、それはそれでここに来るまでの道中の楽しみというものが半減されてしまうし、それなりに俺達に気遣ってくれて快適に来たのだ。電車代も大家さんが払ってくれたのだから文句何て思い浮かばないけど……

「大家さんたち何処に行ったんだろう……」

 ついて早々飯田さん達にご挨拶に行くと言って姿を消して以来その気配はない。
 志月さんもいるのだから自称愛妻家で子煩悩のつっきー(笑)も居るはずだときょろきょろしてしまう。

 飯田さんを中心に新しくオープンした和風フレンチのこの店は料亭だった時の名残を残せるだけ残し、それでいてフランス文化を取り入れた部屋も用意してある。
 座敷はつらい、和式は苦手、そんな方たちのニーズも応えた客室は全室個室。
 当然ながら普通に予約の取れない店となり、お客様の質を求めるように一見さんお断り、ではないがそれなりにお客様は選んでいるようだった。
 って言うか予約したお客様が帰り際に予約をしていくからそこで普通に予約がいっぱいになるってどういう事だろう。
 そのお客様がキャンセルされた時ほかお客様をお迎えするってどういうシステムとか言っていたけど……
 とはいえめったに増えない新規のお客様の食べログではないがその感動は瞬く間にネットで拡散されて、相変わらず予約の取れない店として有名になっていた。

 そんなお店を大家さんは一日貸し切りにしてくれた。

 俺達の予定とかを聞いて前もって空いていた日に予約を入れてくれたとか話を頂いてからずいぶん時間が経ってしまったが、まれにこちらに用がある時は母屋の方に寄らせていただきそちらでおもてなしを受けていた身としてはお店の方で本気のお料理を頂くのは少々どころかかなり緊張もする。
 
 気が付けばこの広く優雅な敷地の店の中に一人ぽつんとなってしまった寂しさに俺は庭を下りる草履をお借りして散策をさせてもらう。
 緑青たちではないが枝を折ったりしたら大ごとだという様に植栽にはなるべく触れないように枯山水の庭に置かれた飛び石を辿って店の入り口まで来てしまった。
 何度も庭を見せてもらった事があるから解っていたけどどこの寺院かと言うようなこの京都の土地での優雅な店づくりに改めて俺なんかが足を運べる店じゃないよなと思う。
 茅葺屋根の門構えを見上げながら過去の時代にトリップした気分になる店の入り口に相変わらず眺めるだけでも価値があるよなとかつてただ店の前を通り過ぎるのがやっとだったころの俺は今の家に引っ越してから舞い込む幸運を大切にしようと改めて心に誓えば

「え?真?
 うそ、真でしょ?!」

 なんとなく聞き覚えのある、今となれば耳障りな声で呼ばれてしまった。
しかし悲しいかな、呼ばれた名前に反射的に振り向けば

「ほら、やっぱり真だ。久しぶりー!」

 なんで今ごろ、という様な再会の相手はかつての恋人だった人。
「香織……」
 いかにも高級と言う服装、それに手に持つのはブランドバッグ。
 記憶にある姿からかなり変わってしまい懐かしいという感情のかけらもない今、言葉が続かなかった。
 本当になんて言えばいいのかなんてわからなくって再会の挨拶の言葉すら出てこず、かといってあの別れを恨む気持ちはとうに消え失せていた。
 そんな無言になってしまった俺に香織は今でも自分に未練があると判断してか蠱惑的に口元に弧を描き
「東京の会社辞めたって聞いたけどこっちに帰って来たの?
 だけどこの前偶然真の家の前通ったんだけど、新しいおうちが建ってたけど?」
 遠回しに今は何処に居るのか、こんな所で何をしているのかと好奇心交じりのどこか楽し気な顔で俺の事を探る香織は隣に立つ男に腕を絡ませて
「あ、紹介するね。
 前に言っていた会社の先輩。今は本社勤めだけど今日はデートの為に戻ってきてくれたの。ディナーデート素敵でしょ?」
 腕を組まれた男は俺をまじまじと見て……

「ひょっとして九条真さん、ですか?」
「はえ?あ、はい。九条真ですが……」

 会ったことあったっけと思うもなぜか俺の手を掴み強制握手をさせられてしまった。

「初めまして!深川克己と申します!
 会社で導入している九条さんのプログラミングを担当させてもらってます!
 すごく尊敬してます!」

 まさかの信者との遭遇だった。
「いや、あれは俺だけの設計ではなくて……」
「いえいえ、そこは分かっています。導入した日の作業を末席から拝見させていただいたのですが、あんな難しいのをうちの会社に併せて組みなおしたのを見た時はほんとこの世の中すごい人がいるって感動して!」
 にぎにぎとされた握手はまだまだ続いていた。いや、そのオリジナルを作った本当にすごい人がこの店の中に居るのですよとは言えないくらいの熱烈な挨拶に逃げ腰になってしまう。
「ちょ、克己。待ってよ……」
 なんて香織が間に入ったもののまったく見向きもせずに
「今日はこちらにお仕事で来ていらっしゃるのですか?」
 なんてすごい圧に怖気づきそうになるけど……

「真? 散歩にでも行くの?」

 なんて聞こえた声は結奈だった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弱小テイマー、真の職業を得る。~え?魔物って進化するんですか?~

Nowel
ファンタジー
3年間一緒に頑張っていたパーティを無理やり脱退させられてしまったアレン。 理由は単純、アレンが弱いからである。 その後、ソロになったアレンは従魔のために色々と依頼を受ける。 そしてある日、依頼を受けに森へ行くと異変が起きていて…

初夜寸前で「君を愛するつもりはない」と言われました。つもりってなんですか?

迦陵 れん
恋愛
侯爵家跡取りのクロディーヌと、公爵家三男のアストルは政略結婚といえども、幸せな結婚をした。 婚約者時代から日々お互いを想い合い、記念日にはプレゼントを交換し合って──。 なのに、記念すべき結婚初夜で、晴れて夫となったアストルが口にしたのは「君を愛するつもりはない」という言葉。 何故? どうして? クロディーヌは混乱に陥るも、アストルの真意は掴めない。 一方で、巷の恋愛小説ばりの言葉を放ったアストルも、悶々とした気持ちを抱えていて──。 政略で結ばれた婚約でありながら奇跡的に両想いとなった二人が、幸せの絶頂である筈の結婚を機に仲違い。 周囲に翻弄されつつ、徐々に信頼を取り戻していくお話です。 元鞘が嫌いな方はごめんなさい。いろんなパターンで思い付くままに書いてます。 楽しんでもらえたら嬉しいです。    

高貴な血筋の正妻の私より、どうしてもあの子が欲しいなら、私と離婚しましょうよ!

ヘロディア
恋愛
主人公・リュエル・エルンは身分の高い貴族のエルン家の二女。そして年ごろになり、嫁いだ家の夫・ラズ・ファルセットは彼女よりも他の女性に夢中になり続けるという日々を過ごしていた。 しかし彼女にも、本当に愛する人・ジャックが現れ、夫と過ごす夜に、とうとう離婚を切り出す。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

双子の転生者は平和を目指す

弥刀咲 夕子
ファンタジー
婚約を破棄され処刑される悪役令嬢と王子に見初められ刺殺されるヒロインの二人とも知らない二人の秘密─── 三話で終わります

私は大切にされていますか~花嫁修業で知る理想と現実~

矢野りと
恋愛
カリナは大恋愛の末、商家の跡取り息子サリムと婚約を結んだ。二人はすぐにでも結婚したかったが、サリムの両親は「商家出身ではないカリナがいきなり商家に嫁ぐのは大変だろう」とカリナの事を考えて三か月間の花嫁修業期間を設けることを提案する。 カリナは商売を手伝いながら花嫁修業を頑張るが…。 ーーー理想と現実は残酷なほど違うものだった。 カリナはこのまま結婚することが幸せなのか考えるようになる。 ※作者の他作品『浮気の代償』の登場人物が出てきます。 ※設定はゆるいです。

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

処理中です...