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短い秋の駆け足とともに駆けずり回るのが山の生活です 5

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 もともとグラタンが好きだという綾人さんだがこれに関してはお婆様が作ってくれたポテトグラタンという風に思っているようだ。
 しかしこのレシピはあれだけわだかまりを持つ母親がお婆様に伝えたレシピなのだ。
 それを青山がお婆様より聞かされた当時はそこまでの母子関係が壊れてなかった為になんとなく聞いていた話だったが、今となればお婆様が山に来ることになった綾人さんの為に一生懸命作ってくれたものとして今も何も知らずに大好物として心のよりどころにしている。
 あまりにも悔しくて、あまりにも残酷すぎてこの謂れを知る青山と二人で何があっても口にしない事にしているが、せめてもの意趣返しとして教えてもらってレシピ以上のものを作り、記憶した味覚に時間をかけてアップデートするくらいの意地をもった。
 この事は一生知らなくていい。
 俺も青山も墓までもって行くし、綾人さんにはこのまま一生お婆様との思い出の味として何も知らずにこの至福の時間を過ごしてもらえばいいと思う。
 とはいえ欲求のまま応えれば綾人さんはこればかりを食べ続ける異常ぶりに食事はこんなものではないと意地になる俺との戦いが始まった。
 基本山から出ない綾人さんは衣服に対しても年頃の男の子として興味を示さず、そしてお婆様との思い出の詰まった家の変化を望まない。ただ、綺麗にすることには何かに追い立てられるように意地をするので知り合って十数年。家の中があれるという様子は一度も見たことはない。離れは別として……
 まさかあの離れが俺の城になるとは思いもしなかったが、あの惨状を知るのも今ではいい思い出だと思っている。 
 逆に言えばあの驚異的な記憶力により物に対する物欲がない事が怖いけど、それでも山の家を大切にしている事を知っているのでいくら拠点を増やそうともそこは依存と言っても間違いのないくらいの思い出を大切にしているのを知っているから、何があってもここに戻ってくる。
 そこだけは信じていると衣食住に関して全くの興味を持たないギフテッドは自分を縛るかのように他者に与えてその維持を続けなければと言う使命に痛々しささえ感じてしまう。
 もっとも彼に取ったら株でお金を稼ぐことのようにイージーモードのゲームなのかもしれないが……

「飯田さん、今日もポテトグラタン美味しかったです。
 それよりも今日は一段と薪の香りが強く感じましたが何か変えました?」

 彼の記憶の引き出しの多さにはこういう所に舌を巻く瞬間になる。
 だけどそこは別に隠し事をすることはないので

「実はこれ、浩志君が焼いた薪なのですよ」

 驚く瞳に彼の知らない事を教えた優越感に浸ってしまう。
「浩志がって、なんで?」
「どうやら目標が出来たようです」
 どんな?
 あの無気力の塊になり果てた、ただ生きていくだけの子供がどんな夢を持ったのかと言うような瞳の輝きにここは隠さずに素直にチクって彼なりに浩志君の応援が全力で出来るようにするのが良き大人だろう。
「いつか綾人さんと同じくこの吉野の山の管理が少しでも手伝えるようになればと言う夢を持ったそうです。
 もちろんそこには知識を持たなければならない、そう言って麓の街の専門学校でしたっけ。そこを目指して勉強を頑張っているそうですよ」
 興味のない従弟なのでほんと知らなかったという驚きの瞳に笑みはこぼれていき
「圭斗さんが綾人さんを驚かしてやれと言って陸斗さんを筆頭にオンラインで毎晩勉強を教え込んでいるそうです。
 そして昼間は最初こそ連れまわして家づくりを教えていたそうですが、やはり吉野の子供です。
 木々の事に目を向けていく様子に炭焼き小屋の方の所へと案内したら、炭を焼く日は一緒に手伝うようになって、休みの日には山の手入れまで手伝うようになったそうです」
 言えば難しそうな顔をして
「聞いてないぞ……」
 みんなが黙っていたことを悔しそうな顔で言うも
「高認とってからの進路を真剣に考えた結果だそうです。
 ただ、山の事なので綾人さんに受け入れられないかもって思ったもののそれでも吉野の子です。廃れる林業の事を真剣に考えてここではなくとも手を入れなければいけない山の為に学びたいという心が芽生えて吉野の職人だった人達に山の歩き方から木の切り方と学んでいるそうです」
 アナログの情報戦はどうやら我々の方に軍配が上がったようでまるで負けを認めなければいけないという綾人さんの顔を見てないというように食後のデザートに西瓜をお出しする。
 しばらくしてしゃくしゃくという西瓜をかじる音が聞こえるが、その間は俺の想像できないくらいの速さでこれからの事を考えているのだろうと邪魔をしないように食べ終えた食器を夏場でも冷たすぎる山水で洗いながら彼の出す結論を楽しみに待つのだった。


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