928 / 976
短い秋の駆け足とともに駆けずり回るのが山の生活です 5
しおりを挟む
もともとグラタンが好きだという綾人さんだがこれに関してはお婆様が作ってくれたポテトグラタンという風に思っているようだ。
しかしこのレシピはあれだけわだかまりを持つ母親がお婆様に伝えたレシピなのだ。
それを青山がお婆様より聞かされた当時はそこまでの母子関係が壊れてなかった為になんとなく聞いていた話だったが、今となればお婆様が山に来ることになった綾人さんの為に一生懸命作ってくれたものとして今も何も知らずに大好物として心のよりどころにしている。
あまりにも悔しくて、あまりにも残酷すぎてこの謂れを知る青山と二人で何があっても口にしない事にしているが、せめてもの意趣返しとして教えてもらってレシピ以上のものを作り、記憶した味覚に時間をかけてアップデートするくらいの意地をもった。
この事は一生知らなくていい。
俺も青山も墓までもって行くし、綾人さんにはこのまま一生お婆様との思い出の味として何も知らずにこの至福の時間を過ごしてもらえばいいと思う。
とはいえ欲求のまま応えれば綾人さんはこればかりを食べ続ける異常ぶりに食事はこんなものではないと意地になる俺との戦いが始まった。
基本山から出ない綾人さんは衣服に対しても年頃の男の子として興味を示さず、そしてお婆様との思い出の詰まった家の変化を望まない。ただ、綺麗にすることには何かに追い立てられるように意地をするので知り合って十数年。家の中があれるという様子は一度も見たことはない。離れは別として……
まさかあの離れが俺の城になるとは思いもしなかったが、あの惨状を知るのも今ではいい思い出だと思っている。
逆に言えばあの驚異的な記憶力により物に対する物欲がない事が怖いけど、それでも山の家を大切にしている事を知っているのでいくら拠点を増やそうともそこは依存と言っても間違いのないくらいの思い出を大切にしているのを知っているから、何があってもここに戻ってくる。
そこだけは信じていると衣食住に関して全くの興味を持たないギフテッドは自分を縛るかのように他者に与えてその維持を続けなければと言う使命に痛々しささえ感じてしまう。
もっとも彼に取ったら株でお金を稼ぐことのようにイージーモードのゲームなのかもしれないが……
「飯田さん、今日もポテトグラタン美味しかったです。
それよりも今日は一段と薪の香りが強く感じましたが何か変えました?」
彼の記憶の引き出しの多さにはこういう所に舌を巻く瞬間になる。
だけどそこは別に隠し事をすることはないので
「実はこれ、浩志君が焼いた薪なのですよ」
驚く瞳に彼の知らない事を教えた優越感に浸ってしまう。
「浩志がって、なんで?」
「どうやら目標が出来たようです」
どんな?
あの無気力の塊になり果てた、ただ生きていくだけの子供がどんな夢を持ったのかと言うような瞳の輝きにここは隠さずに素直にチクって彼なりに浩志君の応援が全力で出来るようにするのが良き大人だろう。
「いつか綾人さんと同じくこの吉野の山の管理が少しでも手伝えるようになればと言う夢を持ったそうです。
もちろんそこには知識を持たなければならない、そう言って麓の街の専門学校でしたっけ。そこを目指して勉強を頑張っているそうですよ」
興味のない従弟なのでほんと知らなかったという驚きの瞳に笑みはこぼれていき
「圭斗さんが綾人さんを驚かしてやれと言って陸斗さんを筆頭にオンラインで毎晩勉強を教え込んでいるそうです。
そして昼間は最初こそ連れまわして家づくりを教えていたそうですが、やはり吉野の子供です。
木々の事に目を向けていく様子に炭焼き小屋の方の所へと案内したら、炭を焼く日は一緒に手伝うようになって、休みの日には山の手入れまで手伝うようになったそうです」
言えば難しそうな顔をして
「聞いてないぞ……」
みんなが黙っていたことを悔しそうな顔で言うも
「高認とってからの進路を真剣に考えた結果だそうです。
ただ、山の事なので綾人さんに受け入れられないかもって思ったもののそれでも吉野の子です。廃れる林業の事を真剣に考えてここではなくとも手を入れなければいけない山の為に学びたいという心が芽生えて吉野の職人だった人達に山の歩き方から木の切り方と学んでいるそうです」
アナログの情報戦はどうやら我々の方に軍配が上がったようでまるで負けを認めなければいけないという綾人さんの顔を見てないというように食後のデザートに西瓜をお出しする。
しばらくしてしゃくしゃくという西瓜をかじる音が聞こえるが、その間は俺の想像できないくらいの速さでこれからの事を考えているのだろうと邪魔をしないように食べ終えた食器を夏場でも冷たすぎる山水で洗いながら彼の出す結論を楽しみに待つのだった。
しかしこのレシピはあれだけわだかまりを持つ母親がお婆様に伝えたレシピなのだ。
それを青山がお婆様より聞かされた当時はそこまでの母子関係が壊れてなかった為になんとなく聞いていた話だったが、今となればお婆様が山に来ることになった綾人さんの為に一生懸命作ってくれたものとして今も何も知らずに大好物として心のよりどころにしている。
あまりにも悔しくて、あまりにも残酷すぎてこの謂れを知る青山と二人で何があっても口にしない事にしているが、せめてもの意趣返しとして教えてもらってレシピ以上のものを作り、記憶した味覚に時間をかけてアップデートするくらいの意地をもった。
この事は一生知らなくていい。
俺も青山も墓までもって行くし、綾人さんにはこのまま一生お婆様との思い出の味として何も知らずにこの至福の時間を過ごしてもらえばいいと思う。
とはいえ欲求のまま応えれば綾人さんはこればかりを食べ続ける異常ぶりに食事はこんなものではないと意地になる俺との戦いが始まった。
基本山から出ない綾人さんは衣服に対しても年頃の男の子として興味を示さず、そしてお婆様との思い出の詰まった家の変化を望まない。ただ、綺麗にすることには何かに追い立てられるように意地をするので知り合って十数年。家の中があれるという様子は一度も見たことはない。離れは別として……
まさかあの離れが俺の城になるとは思いもしなかったが、あの惨状を知るのも今ではいい思い出だと思っている。
逆に言えばあの驚異的な記憶力により物に対する物欲がない事が怖いけど、それでも山の家を大切にしている事を知っているのでいくら拠点を増やそうともそこは依存と言っても間違いのないくらいの思い出を大切にしているのを知っているから、何があってもここに戻ってくる。
そこだけは信じていると衣食住に関して全くの興味を持たないギフテッドは自分を縛るかのように他者に与えてその維持を続けなければと言う使命に痛々しささえ感じてしまう。
もっとも彼に取ったら株でお金を稼ぐことのようにイージーモードのゲームなのかもしれないが……
「飯田さん、今日もポテトグラタン美味しかったです。
それよりも今日は一段と薪の香りが強く感じましたが何か変えました?」
彼の記憶の引き出しの多さにはこういう所に舌を巻く瞬間になる。
だけどそこは別に隠し事をすることはないので
「実はこれ、浩志君が焼いた薪なのですよ」
驚く瞳に彼の知らない事を教えた優越感に浸ってしまう。
「浩志がって、なんで?」
「どうやら目標が出来たようです」
どんな?
あの無気力の塊になり果てた、ただ生きていくだけの子供がどんな夢を持ったのかと言うような瞳の輝きにここは隠さずに素直にチクって彼なりに浩志君の応援が全力で出来るようにするのが良き大人だろう。
「いつか綾人さんと同じくこの吉野の山の管理が少しでも手伝えるようになればと言う夢を持ったそうです。
もちろんそこには知識を持たなければならない、そう言って麓の街の専門学校でしたっけ。そこを目指して勉強を頑張っているそうですよ」
興味のない従弟なのでほんと知らなかったという驚きの瞳に笑みはこぼれていき
「圭斗さんが綾人さんを驚かしてやれと言って陸斗さんを筆頭にオンラインで毎晩勉強を教え込んでいるそうです。
そして昼間は最初こそ連れまわして家づくりを教えていたそうですが、やはり吉野の子供です。
木々の事に目を向けていく様子に炭焼き小屋の方の所へと案内したら、炭を焼く日は一緒に手伝うようになって、休みの日には山の手入れまで手伝うようになったそうです」
言えば難しそうな顔をして
「聞いてないぞ……」
みんなが黙っていたことを悔しそうな顔で言うも
「高認とってからの進路を真剣に考えた結果だそうです。
ただ、山の事なので綾人さんに受け入れられないかもって思ったもののそれでも吉野の子です。廃れる林業の事を真剣に考えてここではなくとも手を入れなければいけない山の為に学びたいという心が芽生えて吉野の職人だった人達に山の歩き方から木の切り方と学んでいるそうです」
アナログの情報戦はどうやら我々の方に軍配が上がったようでまるで負けを認めなければいけないという綾人さんの顔を見てないというように食後のデザートに西瓜をお出しする。
しばらくしてしゃくしゃくという西瓜をかじる音が聞こえるが、その間は俺の想像できないくらいの速さでこれからの事を考えているのだろうと邪魔をしないように食べ終えた食器を夏場でも冷たすぎる山水で洗いながら彼の出す結論を楽しみに待つのだった。
214
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる