人生負け組のスローライフ

雪那 由多

文字の大きさ
695 / 976

予想外は本当に無防備な想定外で俺を巻き込むなと言いたいけど何故あとヨロで済ますと怒りながらも付き合う俺素敵だと思う 3

しおりを挟む
「所で綾人、そろそろあの城のコンサートの話ししてくれ」
 蓮司が翡翠餃子を独り占めしながらフランスの城の大ホールのリフォームが完了した時の話しを聞きたがった。
 あの出来事は語るまでもなく動画に上げて爆発的な視聴回数を誇り、初めてのランキングにも上がる事にもなった。しかも生配信を行い俺達の視聴者を始め、彩り鮮やかで豪華なオリオールの料理のファンからオリヴィエやマイヤーのファンは勿論他の奏者のファン、クラッシックの好きな方も覗きに来てくれた。
 なんの気のなしに相手が誰かも知らずに実桜さんがレストランでご招待した人達にも声を掛ければ家族友人職場の人達を集めてお祝いに駆け付けてくれて当然SPもおまけについてくる。他にもこちらで知り合った人達や工事に携わった人たち、そしてやっとロードを招待する事が出来たのだ。年齢からか中々長距離の移動がおっくうになっていたようだが、一度は見に行こうと言ってくれて念願叶った言う所だろう。 
 二人でゆっくりと木陰の散歩道を回り、裏の日の当たらない庭を楽しみ、そして日本庭園も楽しんでくれた。ただまだ作り始めたばかりのバラ園には今後が楽しみだなと言うに留め、いつの間にか育てていた鶏たちを見て小屋へと潜り込んで産みたての卵を手に取りおやつにとオリオールに茹でてもらってとろとろの黄身を幸せそうな顔で食べてくれたのを見て満足ができた。
 そんな大広間の完成には俺が求めたテーブルが連なり、オリオールが食べきれないばかりの料理をふるまい、ジョエルもジェレミーも飯田さんに罵倒されながらも最後まで料理を作りきりオリオールズキッチンのみんなで細やかな心配りの配膳は誰もが笑顔を溢れだす幸せな一時を与えてくれた。
 そして事件は起きた。
 植田と水野が専門学校を卒業した時にこの城に招待をした折に植田がしでかしていた。
 
「オリヴィエ、日本のゲームミュージックだけどバイオリンで弾いて聞かせて?」
 なんてスマホに落とした音楽を聞かせるも
「結構複雑だね。楽譜があれば弾けるから楽譜をくれたら弾くよ?」
 それから植田はすぐにネットを彷徨い楽譜を購入して手に入れて
「ピアノの楽譜しかなかったのですがこんな感じです」
「何この楽譜真っ黒じゃん!
 マイヤーの練習用楽譜と変わらないよwww
 でも、マイヤーより弾きやすいかも。マイヤーの楽譜は本当に意地が悪いんだ」
「へー」
 楽譜なんて全く読めない植田は何言ってるんだろうと聞き流していたがいくら天才とは言え一発で弾けるわけもなく

「オリヴィエー、日本に帰るんだけど」
「ああ!もう?!こんなの二日で弾けるわけないじゃん!ああ、また音が滑ったし!」
 珍しく大声を出して騒ぎながら弾く様子に植田はそーっと屋根裏の練習室の扉を閉め、逃げる様に日本へと帰った。
「植田ごめんね。折角楽譜まで用意してくれたのに満足に弾けなくって」
「俺こそ無理行ってごめんな。
 よかったら弾けるようになったら動画に上げてくれ。かんぞくいくまでまってるから応援してるよ」
 そんな気遣いできるお兄さんと言う顔でオリヴィエとハグをする物の心の中は逃げ出したいと言う様に大泣きだ。
 そんな植田とは違いオリヴィエも植田が弾いて欲しいと言った曲の他にこんな曲もあるんだと置いて行った楽譜を見て何だか泣きたくなった。
 齢六歳にしてプロの世界に飛び込み十年以上第一線でのキャリアを持つと言うのにいくらピアノの楽譜だかと言ってメロディラインだけを追いかけてもキレそうだった。
 情けない。
 たかがゲームミュージック、されどゲームミュージック。ほんの十年と少し前ぐらいに生まれた曲にこんなに翻弄されてどうするとジョルジュを抱きしめていれば
「最近何をしているかと思えばこの楽譜だな」
 言いながらマイヤーがプリントアウトされた楽譜をひょいと拾い上げ
「ふんふん、最近の音楽は随分攻撃的だな」
 クラッシックの業界に身を置けばほんの十数年前はまだ最近の内の様だ。
 ほうほう、なんて呟きながら楽譜ももって何処かへと行ってしまい、楽譜がないので記憶した部分を何度も繰り返す反復練習をしていれば何日かして
「オリヴィエ、前に借りた楽譜をオーケストラ仕様に編集したんだ。
 もうすぐ綾人の大広間の改装も終わるからその時にパーティを開くっていうからその時にお披露目するぞ」
 ポンと楽譜の束を渡された物を見て目が点になる。
「は?」
 慌てて広げてみた編集された楽譜に視線を落としている間にうきうきとマイヤーは仕上がった楽譜を何度もファックスであちこちに流していた。慌てて近くに置いてあった総譜を見ればどれもきちがいじみた様にオタマジャクシがお互いを塗りつぶすように並んでいる。特にパーカッションの所なんか大変な事になっていてこれは叩けるのだろうかと思うもやるんだろうなと思わず息が止まってしまったがすぐにスマホが騒ぎ出したから繋げれば
「オリヴィエ!今マイヤーから楽譜を貰ったが一体どうなってるんだ?!」
「俺だって判らないけどなんかマイヤーがやる気になってるとか?!」
 こんなマイヤー見た事ないと言うもここにジョルジュがいればこう言っただろう。
「こいつはこう言う奴なんだよ」
 寧ろどういう奴?!なんて言う合間に連絡用のチャットの方が騒がしくなってそっちに切り替えれば
「気がふれたのか?!」
「何で今頃になって狂気の指揮者が覚醒したんだ?!」
 なんて叫ぶ声が届くもここ十年ほどしか交流がないオリヴィエは何その狂気の指揮者って思っていれば他にもいたようで
「昔の話だが超絶技巧の曲が好きでこんな曲ばかり作ってはジョルジュに弾かせたりしてついに喧嘩になったんだよ。子供でも楽しく聞ける曲を作れと」
 確かにゲームミュージックだし子供でも楽しく聞けるけどと思っていたら
「なるほど。ついに時代がマイヤーに追いついたんだな」
 このゲームミュージックを知るマサタカの唸るようなコメントの後に動画のURLがリンクされていて
「オリジナルの曲が聞けるから一度聞いてみてくれ」
 そんなアドバイスがありこうなった。
 
 パーティ当日。カジュアルで来てくれと言う案内にも拘らず俺達は正装して淡いクリーム色の壁紙に金色の装飾が施され、連なるシャンデリアの下マイヤーの指揮による煌びやかな曲を奏でていた。
 出演料はオリオールの料理の食べ放題。前日からマイヤーの別宅と合わせて泊まり込んで最終調整。みんな一度は来てみたかったと言うオリヴィエの屋根裏の練習場は打楽器奏者達は楽器を運べずにお預け。マイヤー監修のもとで出来た部屋なのでこの設備がプライベートで使い放題なのを羨む人はほぼ全員。
 出だしさえそろえば何とかなるを合言葉でいざ本番。
 政治家とか貴族とかがいて緊張するけど何故かカメラマンもいた。
 ガチで撮るようにレールの上にカメラをセットしたり幾つものライトやカメラが周囲を囲っていた。
 これはなんだろうとオリヴィエは小首を傾げていたが
『多紀さん本当に来てくれてありがとう!間に合ってよかった!
 こんな豪勢な演奏会を俺のカメラで撮ったら世界中のファンから殺されちゃうところだったー!!!』
『僕は綾人君に貸を貸す為なら南極大陸だってついて行くからね!
 それにしても豪勢だね。朝からずっと撮っていたけどドキュメント番組が撮れちゃうよ。色んな人にもインタビューを取ったし、飯田君のお師匠様にもご挨拶で来て感動だよ。綾人君の方は生配信の方を撮ってもらえばいいから、編集した奴は後で渡すから連絡待っててね』
 二人が話している意味は分からないが綾人も多紀も嬉しそうだから問題はないだろう。
 それよりも集中して演奏を続ける。
 二曲目、三曲目となると大人はともかく子供達は飽きてきて外でサッカーボールをけって遊びたそうにしている。
 だけどそこでマイヤーが最後にと言って古い城がよみがえる様に我々の新たな挑戦と言って件の曲が始まった。
 すっと持ち上げたタクトが振り下ろされると同時に揃って始まった曲はそこから狂気の演奏会へとなった。
 怒涛の押し寄せる音に優雅で煌びやかなクラッシックで慣れた耳ではただただ目を見開き、息を詰めてその最初から全速力のスピードと誰もが休む間もなく手を動かす狂気の沙汰。だけどそれがただの音の暴力ではないように数ある楽器の音は揃いこれだけの情報だけどマイヤーのタクトに従がわせれて総て音は揃っている。
 これがマイヤーの実力。
 これがマイヤーの本気。
 世界で三指に数えられる天才コンダクターの真骨頂。
 正直に言えばマイヤーのタクトの指示が総ての頼み綱。
 楽譜は頭と体に叩きこんでどうしても走りがちになる弓はマイヤーの細やかな目配りで留められる。
 これだけの音の洪水の中を総て聞き分ける耳を持つマイヤーこそ天才と言うべきだと天才ともてはやされてここまで来たオリヴィエはまだまだ駆け上がる事が出来ると確信してマイヤーについて行く。
 ここでくじけないからこその天才だがそれに気付かなくかけて行けるからこその天才。
 この演奏会で全員がまた一つレベルアップをしたのは当然だろう。
 だけどそれよりも嬉しい事があった。
 演奏会に飽きて外に遊びに生きたそうだった子供達が最前列で隣に立つ大人の服にしがみついて真剣に聞いていてくれた。
 キラキラした瞳で耳を傾け、そのせいで口が半開きになっていたのが印象的だったが音楽に飽きた子供達の心をもう一度引き寄せる事が出来た。これ以上の嬉しい事はないだろうと喜びを集中力に変えてさらにスピードが上がり盛り上がる後半を駆け抜けて行った。
 最後はマイヤーもやりきったと言う様に汗をまき散らしてタクトを喜びに任せて放り投げる始末。それに合わせてブラボーと拍手喝采。やりきった奏者達は隣の奏者達と手を握りしめ、または抱き合って無事終わった事の喜びの表現は側で聞いていた人達をも巻き込むドラマとなっていた。

 綾人はこの時の興奮を余す事無く伝えてみた。
 かつてぼろくそに言われた表現力だったがイギリス留学で学んだ会話力はこのテーブルに着いた人達がじっと耳を傾けるくらいに熱がこもっていて……
「あれはあの場で体験した人達を変えるぐらいのパワーがあったな」
「そうだね。僕も小さい映画をまた撮りたくなっちゃったよ」
 忘れがたい一日はまだ胸に熱を灯し、そしてそれを羨む様に広がって行くのを擽ったくも誇らしく思う綾人だった。

 


しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...