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踏み出す為の 1

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「なるほどー。
 そんな事があったんですか」
「まあ、圭斗が言うには喧嘩じゃないって言ってたのですが、確かに無駄な心配をしたって気分でしたね」
「綾人が宮下をどつき回すのはいつもの事だし、あいつらは最初から主従関係だったからなぁ。
 宮下は高校入った時から誰にでも従順だったから今頃思春期かっていう日増しに難物になって行く綾人との相性は悪くなかったし、綾人の面倒見させたのは今になっても良かったと思うしな」
「先生、あの二人には随分な言い方ですね」
「それだけ綾人は高校時代は宮下以上の頭痛の種だっただけだ。
 ったく、ほんと何でこんな所に間違ったって来たんだかって理由を知らなかった時は本気で担任だけにはなりたくなかったって言った物だぞ」
「そんなにも酷かったので?」
「酷いって言うか、酷かったな。
 全教科書丸暗記して弁当しか持って来ないわ、あいつ一学期の始業式前には誕生日迎えるからって早々にバイクや車乗りまわすわ、何でこんなど田舎の試験受ければ誰も落ちないような募集人数も集まらない学校に居るんだかって……」
「学校の方も酷いですね」
「その分楽だと思ったんだよ」
 離婚したてで逃げ出す先にはぴったりだと海なし県の教師の避難所としては長閑な山間の学校がベストだったはずなのにと思い出して少し泣きながら台所に七輪を置いて綾人の畑からもぎ取って来た野菜を焼いて酒のつまみとして堪能する。
「楽を狙う先生故の今の先生も随分ひどいけどね」
「本日教師はお休みでーす」
 言いながらちゅっとお気に入りのぐい飲みで飲み干した土間を挟んだ囲炉裏の間では
「せんせー、しし唐のみそ焼きできたー?」
「あー、悪い。美味そうだから食べた。ちなみにもうないから陸斗追加作って」
「先生、塩分取りすぎですよ」
「だから酒で薄めている」
 言いながら綾人の家の冷蔵庫から見つけたピーマンを丸ごと焼いて、箸で二つに割った所に醤油を垂らす。
 種はどうした?そんな物一緒に食べれば気にもならない。
「先生、あんた教師と言うより人間として心配になる」
「まあ、そこは二十年後を楽しみにしていてくれ」
「二十年後ってその頃退職じゃないですか」
「定年まで教師をしますよって言う抱負?」
「抱負ならもっと自信持って言って下され」
「いやいや、職人一筋の山川さんの前ではこんな抱負鼻で吹き飛ばされそうで」
 あはははははと笑いあう先生は先日発掘された部屋に漆喰を塗っている光景を眺めながら酒をたしなんでいた。
 因みに圭斗と蒼が漆喰を塗らされて、監督として山川さんが指示をしている。もっと角をとか、遅いとか、厚みを均等にとかちゃんと指示を出しているのでそこは見ているだけでも勉強つまみになる。
「っていうか、薄さとかわかるんですか?」
 高山の疑問に山川は鼻で笑い
「そんな物鏝に取った量と塗る範囲を見れば一目瞭然だ」
 それだけで分かると言うのが職人と言う所だろうか。
 腕を振るうスピードもそうだし、鏝を見ればすべてが分ると言う所が職人だろう。
「でも、今時漆喰の家なんて減ったからなぁ。
 土倉もどんどん減って行く」
「この国にはもってこいの技術ですのにね」
「襖も障子もない家なんて今時当たり前だからなぁ」
「去年この家の襖の張替にもびっくりする金額でしたしね」
「今は一枚一万円弱が相場だが、次に変える頃には値段も上がって一万位になるだろうな。なんせアイロンで襖が貼れる時代だ。半値以下になるからDIYブームに乗って自力で頑張る選択も当然ある」
「そういやホームセンターで漆喰が簡単に塗れるキットがありましたね」
「ああ、世の中本当に便利になったもんだ。
 とは言え仕上げの美しさは簡単には美しく仕上がらないがな」
 職人のプライドが垣間見えて失笑を誤魔化すようにまたぐい呑みを傾ける。
「所で綾人の帰りが遅いなぁ」
「昼まで下の畑に居るって言ってたから。実桜さん連れて畑の様子を見ているって」
「何だ?いつかみたいに紅葉の小道を作る気か?」
「紅葉良いですね。
 日陰で育つので杉の木々の間に植えれば紅葉の時期はさぞ美しいでしょう」
「せんせー、イギリスのイングリッシュガーデンにどっぷりつかった綾人が紅葉の小路だけで満足すると思いません」
 圭斗が挟んだ躯体になんとなく納得。
「なるほど。その為の実桜か……
 あいつも向こうで喜々としてコッツウォルドストーンを学んできたからな……」
 フランス組は全員で顔を見合す。
 これはもう嫌な予感しかない……
「だ、だが、もう雪も降り出す季節だし?」
「物資を調達しても整地が間に合わないだろう……」
「さすがの綾人でも人員集めれないから無理だよな?」
「高校生達は受験直前だし、さすがにね?」
 圭斗、蒼、山川、高山が半ば祈る様に最悪にならない事を願っていれば遠くから車が近づく音が聞こえた。
 噂をすれば何とやら。
 ちらりと山川が台所から門の方を眺めれば
「帰ってきましたよ。実桜も一緒に」
 既に実桜さんは今は植木の手入れだけでは食べていけないと判断して山川の弟子となって漆喰を学んでいる。
 高所作業には恐怖を抱かないし、蒼とまったく同じ職種だと一纏めに考えられるのを考慮しての選択だった。
 コッツウォルドストーンはフランスでの広大な庭造りの体験もあるし、何よりもフランスの職人も唸らせる山川の職人の腕を見た後だ。漆喰を使う家には庭もそれなりに立派なものが多く、高校卒業後約十年の実績は高校前の修行時代を考えればいっぱしの職人として扱われる技量も十分にある。
 何せ高所作業の為の資格も、特殊車両を振り回す為の資格もちゃんとある。
 リフトでの取り扱いもユンボの取り扱いもお手の物の実桜を連れ回すのが最近の山川の密かな楽しみだった。
 最も肝心の実桜は綾人から与えられた山の開拓にいそしみ、山川も綾人から与えられた作業用の小屋の手入れに忙しい。
 もともとそんなに手入れはするつもりがないとはいえ休憩所や水回りは綺麗にしてほしいとの依頼に土間も俺の仕事だけどねと笑いながら受けるのは決して報酬につられてのものではないと言っている。

「ただいまー」
「遅くなりました。これからご飯の準備させていただきます」 

 綾人は五右衛門風呂行くからと言って、実桜はシャワー先浴びさせてもらいますと直ぐに風呂場へと消えた。
 休まずに次の仕事に取り掛かるとは働き者だなと高山は思うが
「陸斗、ご飯の準備手伝え」
「はい」
 すぐに圭斗の指示に陸斗も返事をする。
「陸くーん、親子丼作る予定だからご飯大目に用意してもらえるー?」
「わかりましたー!」
 すぐに勉強の手を止めてお米を研ぎ始める。
 まだこっちに来て一週間ほどだけど随分懐いた物だと高山は感心する。
「じゃあ、園田先輩、凛ちゃんのお世話お願いします」
「おう、任された。
 凛ちゃんコッコさん見に行こうか?」
 凛の面倒を見ると言うミッションを与えられた高校生達は囲炉裏を封印して交代でベビーシッターと言う手伝いをしている。
 当然ながらの依頼者・綾人からのバイト代有。
 凛のお気に入りは今の所烏骨鶏を追い回す事。
 当然ながら逃げられるし、烏骨鶏も凛を警戒している。
 逃げられて追いかけて、よたよたとしか歩けない凛にはちょうどいい遊び相手。
「山川さんよ。子供が台所に入って来れないように対策しないといけないんで?」
「それを言ったら五右衛門風呂の方も気を付けないとな」
 そんな悲劇が子供の命を奪う。
 長男の嫡子長男の綾人がこの深山に来るまで入れてもらえなかった理由はそれ以外になく、薪台所?悪いけど無理。そんなお子様時代の綾人の意見も一致した故の綾人の台所何て入った事のないと言う暴挙にも似た言葉が生まれるのは当然と言えば当然だ。
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