人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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空と風と 8

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 俺たちの修学旅行は無事終わった。
 案の定子供達だけの留守番に危うさを感じてくれた森下さんは帰宅が遅くなっても大丈夫なメンバーだけを残して陸斗達と一緒に留守番を買ってでてくれた。せっかくの週末というのに一泊二日の慰安旅行という名目で来てくれた理由は圭斗と陸斗の親が皆さんビックリなくらいのお人柄だから、そこに子供達だけでなんてとんでもない。言い訳と欲望が一致した結果なのは言うまでもないが。
 ともあれ心強い味方が居てくれたおかげで陸斗達も楽しく過ごす事が出来たらしい。まぁ、高校生の親の居ぬ間にする事は大体決まっているが、そう言う意味でも監視の目があって悪い事を覚えずに済んでほっとする。エロビとかベットの下に隠されてたら間違いなく陸斗の闇歴史になるだろうからそんな物は前もって妨害しておいてくれたらしい。純粋培養するつもりはないのでラブシーンどまりのキワドイ映画を流した程度だと言うが、それでも古い映画なので倫理なんてあってないような時代の物はお子様たちをそれなりに刺激したと言う。まぁ、入門編と言えばいいだろうと笑っていた。
 それはさておき、その日はみんなが帰った後圭斗は陸斗に旅先の事を話し続けた。俺も少し話に参加しながらもほぼ圭斗任せの話に耳を傾けるだけ。呆れるぐらいの撮った写真も陸斗に見せて、旅行がいかに楽しかったか力説。まぁ、圭斗だってほとんど初めての旅行だ。就職と違い体感する事が総ての目的は満足感をあたえてくれて、俺は程よい疲労感に居間の隣の和室に勝手に布団を引いてさっさと横になりながら圭斗と陸斗の楽しそうな会話を子守唄に寝る事にしたのだった。
 そして朝。
 悔しいぐらいに枕と布団が変れどいつものように目を覚ました俺は烏骨鶏と畑のお世話のなさに手持ちぶたさにこたつのある居間に移動してスマホ片手にゴロゴロとしていた。
 宮下も俺達が家に着く頃には西野さんの離れに帰っており、明日の朝にお土産を渡すと報告があった。
 俺は昨日のうちに浩太さんに土産を渡し、留守番してくれた人たちにも奥様にとお菓子を渡しておいた。園田達にはご当地スナックを一通り買って渡しておくのが高校生への正しい土産だと言う事にしてある。
 暫くそんな感じで何も考えずにスマホからの情報をボーっと読み込んでいれば
「綾人起きてたか。悪い、今飯用意するな」
「ああ、ありがとう。米と味噌汁があればいいから」
 なんだかんだ言って皆さんにただいまの挨拶のお土産のお酒と饅頭が何だかまだ胃の中に残っているようなので軽くお願いしますと、出かける前に園田に米と味噌は麓の家に用意しておいたからしっかり運んでおけと厳命しておいたので十分足りているだろうと、人の家なのに我が家の如く篠田家の事情は手に取るように理解をしている。特に食事事情は命の問題でもあるので、立ち寄る際はしっかりとチェックをしている。
 まあ、こんなお節介は財布を握っている圭斗にはバレバレだが
「悪いな。なんか米買ってもらったみたいで」
「ん?ああ、それ上島さんちのお米。うちで纏めて頼んであるのを精米してもらった奴。先生の合宿がなくなったから余る予定だからな」
 ゴールデンウィークの合宿も夏の合宿もどうなるかなんて予定が立たなくなったので早め早めの処分をしないと烏骨鶏の餌になるだけなので、贅沢を覚えさせない為にも食べるに越した事はないとここに運び込んでいると言うだけの主張。
 悪いなと言って台所に向かう背中を追いかけながら、少し灯油臭い温まり出そうとしている台所についていく。
 まずはいっぱいとお茶を入れてくれたものをありがたく受け取ってすすっていれば、軽快な足音と共に
「圭ちゃんおはよう。綾人さんもおはようございます」
 あったかい格好をして朝の挨拶。
「陸斗もおはよう。これから掃除?」
「はい。少しずつ雑草も伸び始めたので少しずつ抜いたりしてます」
 行ってきますと言いながらリズム良く玄関を掃く音が聞こえて暫くの間耳を傾ける。
 うん。
 なんか眠たくなる音だよね?
 圭斗の白菜と揚げを刻む音や炊飯器のご飯が炊く音。
 昨日の至れり尽くせりな上げ膳据え膳なおもてなしも悪くはないが、見知った相手がもてなしてくれる家庭的な音も何だか懐かしくて涙が出てくる。飯田さんのような卓越した技術じゃなく、それでも手慣れた音はずっと耳にしてきた温かい音。
 目と目の間の奥をきゅっとするように何かを耐えて温かなお茶をゆっくりと啜る。
 ずっと続くあの幸せは一瞬だったけど何物にも変え難い俺の中の永遠で。
 この記憶が圭斗と陸斗の中にもずっと残れば良いなと手際良く陸斗の弁当と仕事に行くのだろう自分の弁当。
 そして
「綾人、昼はおにぎりぐらい食べるだろ?」
 嬉しい申し入れだった。
「とりあえず家に帰ってからもう一眠りしてからいただくよ」
「キツかったらうちで寝てっていいぞ?」
「うん。だけど家が心配だから」
 何だか無償に家が恋しくて帰ると言えばそうかとだけ言って深くは聞かない圭斗の距離に少しだけほっとしつつ
「この家の借金、お前が肩代わりしてくれてる間自分の家だと思って遠慮するなよ」
「そう言われてもな……
 麓の家もそのうちできるし、そうだな。
 あの納屋の作業場、綺麗にして俺の住処に改造してやろうかな」
 香奈が植田達を使って綺麗にした納屋は圭斗の車が止めてあったり、八畳ほどの作業場は何もないがらんとした部屋になっている。
 借金が増える、シャレにならないからやめてくれと失笑する圭斗に
「今度はゴッテゴテの洋風にしようか? 床はテラコッタを敷き詰めて壁もレンガにして天井は漆喰だな。森下さんじゃないけどアルザスの古民家のような暖炉を作って、土足で出入りできるような内装にしよう」
「うちを巻き込まないでくれ」
 苦笑する圭斗に
「いやいや、なかなかどうして魅力的だね。うん。アンティーク調も悪くないよね」
 なぜかそこには森下さんがいた。圭斗と一緒に冷や汗が流れれば庭掃除が終わったのか隣にいた陸斗が
「森下さんおはようございます。昨夜は寒くなかったですか?」
「陸斗くんが追加のお布団用意してくれたからあったかぐらいだったよ」
 まさかのここでお泊まりだったらしい。
「え?あ?へ?」
 帰ったんじゃなかったんだっけ?と圭斗と二人でプチパニックしていれば
「ああ、うん。帰ろうとしたんだけど今から家に帰るからって電話したらうちの子と嫁さんが水疱瘡になっててね。幼稚園で流行ってたからもらっちゃったんだろうね。
 俺予防接種したけど子供の頃だから感染るとあぶないからって話になって陸斗君にお願いして泊めてもらったんだ。
 うちの子は軽いようで嫁さんの実家にいってるけど嫁さんは病院に入院してるみたいでさ。すぐに行こうかと思ったんだけど、ここで共倒れしたら子供はどうなるって話になって」
「大人になってからの水疱瘡は重症化しやすいって言うよねー」
 そうなんだと頷く森下さんは
「こんな状態だから今の依頼主さんの家妊婦さんがいるから行けなくてさ。だけど病院代稼がないとってなって、浩太さんが手伝うかって誘ってくれたんですよ」
「大変ですね……」
 と言うか、俺たちの配慮は良いのかと突っ込みたかったが
「圭斗と陸斗、水疱瘡は?」
 一応聞いておく。重症化したら森下さんを恨んでしまうときけば
「うちは香奈を含めてやってるぞ」
「うん。大変だったから覚えてたよ」
「さよか。
 ちなみに俺もやった。ほら水疱瘡の痕今も残ってる」
 脇腹の証拠の痕を見せればこれはまた立派なものをと繁々と見られた。
「とりあえずそんなわけで三日ほどお邪魔させてもらいます」
「泊まる前に相談してください」
 なんて言うも
「しました。ただ酔っ払ってて会話が成立しなかっただけです」
 さっとそっぽを向く俺たちに陸斗は朝食の準備をしてくれる間の視線はどこか軽蔑を含む冷たいものを感じるのだった。
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