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春は遠いよどこまでも 8
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そして始まった読経。ろうろうとした声で読む声は不思議と眠気を誘わない。ただボーっとするだけで、時折鳴るおりんでハッと意識が戻る。意識飛んでるじゃん。つっこまないでくれと寝てないもんねと言うようにじっと身じろぎせず読経に耳を傾ける。やがて終わればお焼香となって爪先まで巡る血流を強く感じながら住職さん達を笑わせながらお線香を上げる。
「今日はお疲れ様でした。
お孫さんとお聞きしましたが、弥生さんでしたね?優しいお孫さん達に囲まれて幸せでしょう」
「いえ、こちらこそ本当なら家に来て頂いて仏壇でお経をあげてもらいたいのですがこんな雪なので押しかけてしまって毎度申し訳ない位です」
あんにこれからもよろしくと言っておけば
「場所は関係ありませんよ。偲ぶ思いが何よりの感謝だと思いますから」
親父世代の若い住職は人の良い顔をしているもどこか自信のないような顔立ち。でも人の良さが窺えるような優しい言葉遣いはどこぞの坊主に教えたい口調だ。
ここに派遣される前は檀家も少ない都会のお寺だと聞いていた。坊主丸儲けなんて言葉があるが、お坊さんの収入は檀家からのお布施によるところが大きい。
前の住職さんが亡くなり新しく来た時にご挨拶した時はこの近くの檀家さん曰く荷物が少なくって心配したと言うくらいの引っ越しだったと言う。前住職の奥様が生活が苦しかったと言う事を聞き出していた。その話はどうも前の住職さんも知っていたようで、亡くなる前からずっと誘っていたらしく、迎えた機会に便利な都会を捨ててこちらに来てくれたと言う逸話。
人がよさそうなのは見てわる。丁寧で腰も低く、どこぞの口の悪い住職とは天と地ほどの差がある優しげな坊さんだ。だから奥さんと子供がいるのに檀家の少ない場所のお寺を押し付けられたのだろうが、それでもこうやって声をかけてくれる人がいる。人の縁と言う人徳でこちらに来てもらったのだ。遠回しに面倒見てくれと言われたも同然だろうと最後まで面倒見のいい坊主と言うか嫌味な坊主と言うか。まあ今となれば後は任されたと言うべきだろう。もっともお世話をするのはご近所さん達ばかりだろうが、前住職の奥さんが先頭に立ってこの新しい住職一家を助けてくれるのだろう。
「実は年末年始を抜いて檀家さんとご対面するのは今回が初めてなのですよ。
前の住職の奥さんにいろいろ予定を立てるのも、新しい檀家さんともいろいろあるでしょうからお伺い立てれば吉野さんが一番最初が良いとおっしゃりましてね。話しを聞いた所ではかつては林業を行っていたとか?」
少し照れた様に話しを切りだした住職は予想以上に若い人で驚きましたと言う。
「まぁ、この方面ではこのお寺より古い家なので前の住職さんにも、その前の住職さんにもずっと良くしていただいたと亡き祖父母より話しを聞いてます」
それは古い家でと驚いた顔に
「ですがこのお寺を支えてくれてるのは麓の皆様なので、なかなか山奥まではしょっちゅう来てくれなんて言えないので、良ければお盆だけで十分です。お経をあげてもらえればと思います」
「はい。また近くになったらお手紙を出させていただきます」
今時電話でもないのかと感心してしまう。
それから夏樹と陽菜とも話をしてお茶を頂いた所でお布施を渡す。今回は多めに入れて置いた。その厚みに驚いた顔をするも
「引っ越しでいろいろ入用でしょう。一樹君も今度高校生と聞きました。一足早いお祝いだと思ってとっておいてください」
ですが、と唇は動くも声にはならなかった。それだけ必要なのは痛いほどに伝わってくる。
「この街には昔吉野で働いてくれた人達、そして吉野を支えてくれた人たちが多く住む町です。檀家のほとんどは吉野の関係者、関連者と聞きますし、代替わりしてけち臭いと言われるのもしゃくなので、見栄だと思って受け取ってください。前の住職が来た時と同じ位程度ですが」
苦笑をして立ち上がる。
「本日は祖母の為にお経をありがとうございました。七回忌までは毎年よろしくお願いします」
「はい。こちらこそこれからもよろしくお願いします」
着物の袖にお布施を片付けて俺は夏樹と陽菜を連れてお寺を出るのだった。
駅まで送るからと二人を軽トラに乗せて駅に向かう。
電車はまだ一時間近く来る予定はない。
駅前の喫茶店に入り少し話をしようと夏樹が誘うのを嫌だなと言う顔をするも陽菜に強制連行されるのだった。
腹が減ったからと軽食を食べる事になり、高校時代の嫌な思い出しかない喫茶店で時間を潰すのにつき合わさせられた。
「さっきのお布施、多すぎじゃないか?」
ピザトーストを食べていれば切り出した言葉はまずそれだった。
「まぁ、多めに入れたわけだし?次はないわけだし?」
「理由になってないだろ」
「お布施に税金はかからないからな。今まで中学生になる子供を抱えて親子三人月に十数万で良くやって来たよって話だ」
「え?お坊さんのお給料ってそんなに少ないの?」
カルボナーラを器用にフォークに巻いて食べる陽菜はなっちゃんより少ないの?と驚いた顔に俺は頷く。
「坊さんの給料は最低限な生活費だけで、後はお布施によるところが多い。
ありがたい事にここは檀家の数は多くて信心深い人間が多いから、少しは余裕も生まれるだろう」
お金のなさの苦しさを知る二人は綾人の言わんとする所を理解するが
「だからと言ってこれに味を占めてとか考えたのかよ」
次もそれぐらい当然のように貰えると勘違いしたらどうすると言う夏樹だが
「一足先に住職だけが先に来たんだが、それから今まで檀家回りがないわけじゃないだろう。四十九日を終えた日柄のいい日を吉野の為に選んでくれたんだ。それなりに応えろって言うか、前の住職はそう言う事を俺には言わないがそう願ったのなら応えてやるのが檀家の仕事だ。細かい事は街の奴らが手を貸すだろうから、うちはうちなりのやり方で手助けすればいいってだけだ」
バアちゃん亡き後に見つけたノートにもそう書いてあった事までは言わない。お寺の付き合い方とかもそこに書いてあって、大切にしてくれるのならそれに報いなさいと書かれてあった。そしてさらに前の住職との交代した時の記録も残っていて、それに倣っただけ。
食後のジンジャーエールを飲んで
「これが吉野流だと言うなら習うだけだし、ありがたい事にそれに応えるだけの物はある。お前らじゃ無理だけど、この生活の仕方も受け継いだと言えば夏樹は受け継ぐか?」
「いや、ごめん。さすがに無理」
既にジイちゃんがとバアちゃんは自分達が食べて行けるだけのお金があればいいと言う考えだし、生前贈与で散々ばらまいた後に残されたのは微々たるもの。斜め向かいに見える駐車場の存在はまだ言えないが、それだって冬の寒さを乗り越えるには微々たる収入でしかないが、それでも一人なら何も問題なかったなと嫉妬ため息を吐くのだった。
「今日はお疲れ様でした。
お孫さんとお聞きしましたが、弥生さんでしたね?優しいお孫さん達に囲まれて幸せでしょう」
「いえ、こちらこそ本当なら家に来て頂いて仏壇でお経をあげてもらいたいのですがこんな雪なので押しかけてしまって毎度申し訳ない位です」
あんにこれからもよろしくと言っておけば
「場所は関係ありませんよ。偲ぶ思いが何よりの感謝だと思いますから」
親父世代の若い住職は人の良い顔をしているもどこか自信のないような顔立ち。でも人の良さが窺えるような優しい言葉遣いはどこぞの坊主に教えたい口調だ。
ここに派遣される前は檀家も少ない都会のお寺だと聞いていた。坊主丸儲けなんて言葉があるが、お坊さんの収入は檀家からのお布施によるところが大きい。
前の住職さんが亡くなり新しく来た時にご挨拶した時はこの近くの檀家さん曰く荷物が少なくって心配したと言うくらいの引っ越しだったと言う。前住職の奥様が生活が苦しかったと言う事を聞き出していた。その話はどうも前の住職さんも知っていたようで、亡くなる前からずっと誘っていたらしく、迎えた機会に便利な都会を捨ててこちらに来てくれたと言う逸話。
人がよさそうなのは見てわる。丁寧で腰も低く、どこぞの口の悪い住職とは天と地ほどの差がある優しげな坊さんだ。だから奥さんと子供がいるのに檀家の少ない場所のお寺を押し付けられたのだろうが、それでもこうやって声をかけてくれる人がいる。人の縁と言う人徳でこちらに来てもらったのだ。遠回しに面倒見てくれと言われたも同然だろうと最後まで面倒見のいい坊主と言うか嫌味な坊主と言うか。まあ今となれば後は任されたと言うべきだろう。もっともお世話をするのはご近所さん達ばかりだろうが、前住職の奥さんが先頭に立ってこの新しい住職一家を助けてくれるのだろう。
「実は年末年始を抜いて檀家さんとご対面するのは今回が初めてなのですよ。
前の住職の奥さんにいろいろ予定を立てるのも、新しい檀家さんともいろいろあるでしょうからお伺い立てれば吉野さんが一番最初が良いとおっしゃりましてね。話しを聞いた所ではかつては林業を行っていたとか?」
少し照れた様に話しを切りだした住職は予想以上に若い人で驚きましたと言う。
「まぁ、この方面ではこのお寺より古い家なので前の住職さんにも、その前の住職さんにもずっと良くしていただいたと亡き祖父母より話しを聞いてます」
それは古い家でと驚いた顔に
「ですがこのお寺を支えてくれてるのは麓の皆様なので、なかなか山奥まではしょっちゅう来てくれなんて言えないので、良ければお盆だけで十分です。お経をあげてもらえればと思います」
「はい。また近くになったらお手紙を出させていただきます」
今時電話でもないのかと感心してしまう。
それから夏樹と陽菜とも話をしてお茶を頂いた所でお布施を渡す。今回は多めに入れて置いた。その厚みに驚いた顔をするも
「引っ越しでいろいろ入用でしょう。一樹君も今度高校生と聞きました。一足早いお祝いだと思ってとっておいてください」
ですが、と唇は動くも声にはならなかった。それだけ必要なのは痛いほどに伝わってくる。
「この街には昔吉野で働いてくれた人達、そして吉野を支えてくれた人たちが多く住む町です。檀家のほとんどは吉野の関係者、関連者と聞きますし、代替わりしてけち臭いと言われるのもしゃくなので、見栄だと思って受け取ってください。前の住職が来た時と同じ位程度ですが」
苦笑をして立ち上がる。
「本日は祖母の為にお経をありがとうございました。七回忌までは毎年よろしくお願いします」
「はい。こちらこそこれからもよろしくお願いします」
着物の袖にお布施を片付けて俺は夏樹と陽菜を連れてお寺を出るのだった。
駅まで送るからと二人を軽トラに乗せて駅に向かう。
電車はまだ一時間近く来る予定はない。
駅前の喫茶店に入り少し話をしようと夏樹が誘うのを嫌だなと言う顔をするも陽菜に強制連行されるのだった。
腹が減ったからと軽食を食べる事になり、高校時代の嫌な思い出しかない喫茶店で時間を潰すのにつき合わさせられた。
「さっきのお布施、多すぎじゃないか?」
ピザトーストを食べていれば切り出した言葉はまずそれだった。
「まぁ、多めに入れたわけだし?次はないわけだし?」
「理由になってないだろ」
「お布施に税金はかからないからな。今まで中学生になる子供を抱えて親子三人月に十数万で良くやって来たよって話だ」
「え?お坊さんのお給料ってそんなに少ないの?」
カルボナーラを器用にフォークに巻いて食べる陽菜はなっちゃんより少ないの?と驚いた顔に俺は頷く。
「坊さんの給料は最低限な生活費だけで、後はお布施によるところが多い。
ありがたい事にここは檀家の数は多くて信心深い人間が多いから、少しは余裕も生まれるだろう」
お金のなさの苦しさを知る二人は綾人の言わんとする所を理解するが
「だからと言ってこれに味を占めてとか考えたのかよ」
次もそれぐらい当然のように貰えると勘違いしたらどうすると言う夏樹だが
「一足先に住職だけが先に来たんだが、それから今まで檀家回りがないわけじゃないだろう。四十九日を終えた日柄のいい日を吉野の為に選んでくれたんだ。それなりに応えろって言うか、前の住職はそう言う事を俺には言わないがそう願ったのなら応えてやるのが檀家の仕事だ。細かい事は街の奴らが手を貸すだろうから、うちはうちなりのやり方で手助けすればいいってだけだ」
バアちゃん亡き後に見つけたノートにもそう書いてあった事までは言わない。お寺の付き合い方とかもそこに書いてあって、大切にしてくれるのならそれに報いなさいと書かれてあった。そしてさらに前の住職との交代した時の記録も残っていて、それに倣っただけ。
食後のジンジャーエールを飲んで
「これが吉野流だと言うなら習うだけだし、ありがたい事にそれに応えるだけの物はある。お前らじゃ無理だけど、この生活の仕方も受け継いだと言えば夏樹は受け継ぐか?」
「いや、ごめん。さすがに無理」
既にジイちゃんがとバアちゃんは自分達が食べて行けるだけのお金があればいいと言う考えだし、生前贈与で散々ばらまいた後に残されたのは微々たるもの。斜め向かいに見える駐車場の存在はまだ言えないが、それだって冬の寒さを乗り越えるには微々たる収入でしかないが、それでも一人なら何も問題なかったなと嫉妬ため息を吐くのだった。
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