人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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冬を乗り切れ 6

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 高山先生は無情にも山から逃げた。
 冬休みが始まり、クリスマスプレゼントにポテトチップスをひと箱プレゼントしてのうのうとこの無音にも近い山の暮しを堪能していたにも関わらずにだ。
 囲炉裏の前に仕事を広げて上げ膳、据え膳。更に朝から五右衛門風呂を堪能し、自発的に土間に用意してある薪を囲炉裏にくべて酒を傾ける。そんな自堕落な日々を許されたにも関わらずにだ。
「結婚していた時は嫁さんに対等にってゴミ出し、風呂・トイレ・窓(外側)掃除色んな事させられたけど、ここにいるとお客様だから。
 やりたい事も仕事に集中も出来る。それに元嫁さんより綾人の料理の方が美味いしな」
 誤解がないように言っておくが綾人の料理の腕は標準だ。
 かつては酷い時もあったが、バアちゃんと飯田によって随分と鍛え上げられたがそれでも人並みの範囲だ。宮下も圭斗も文句は言わないし、どんぐりの背比べ、やや負け気味なのは経験値の差程度だろうか。
 やればできる子、それが綾人なので料理の先生にするには素人相手に勿体なさすぎる飯田が手取り足取りと教えている故にこの成長も納得する所だろう程度の腕前を美味いと言う先生の元嫁さんの料理を想像して、誰もがあえて口を閉ざす。苦労したんだなと視線を反らせて話しを変えるのが礼儀だろうと死んだ目の高山を他所に盛り上がるのがこのネタの流れだった。しかし今回は珍しく
「シェフの飯はやっぱり金をとる仕事だけに美味いなあ」
 面と向かってそんな言葉を聞いた事がない飯田の肌が泡立つのを見て宮下が顔を引き攣らす。綾人は未だポテトグラタンと共に何かと対話中で一人平和な世界へと旅立っている。
 目に見える相手と対話をしてくれ。
 いつもならそう願う所だが、今回ばかりは仲間に入れて欲しいと宮下は願ったが、なぜか今回に限って英語での対話なために仲間には入れてもらえなさそうだ。
 陸斗はともかく圭斗はそれなりの人の心の動きに敏感なのでこの状況をひやひやとした面持ちで次の展開を待っていれば先生はいきなり飯田と握手をして
「後は頼んだ」
「この状態を放置して行くのですか?」
 じゃあなと離そうとする手に必死でしがみつく飯田に
「綾人の楽しみは飯だ!シェフの腕が一番あいつの安らぎだからこの状況を誤魔化すのもシェフしか出来ないだろう!」
「何言ってるのです!俺は四日にはもう東京に帰らないといけないのに!」
「……。
 何だ?そうやって聞くとあれ、いつまで居るつもりだ?」
 引き攣る高山の口元を見て飯田はそっと目を逸らす。
「とりあえず事務所から待機の命令がとけるまで。あと多紀さん達からも連絡が来るらしいけど……」
「つまり放置と言う奴か?」
「一応映画の試写会には出すと言うので最悪そこまでかと」
 いつの話だ。
 春休み公開と聞いていたぞ。
 高山の額から汗がつと流れ落ちた。
「荒れるな」
「せめて正月だけでも俺を一人にしないでください」
「圭斗が居る!あいつの兄貴力を頼れ!」
 そう言って腕を振り切ってスノーモービルにまたがってさっさと山を下りて行くのだった。
 待ってと手を伸ばすも高山は既に恍惚な表情でポテトグラタンを食べる綾人に餅は堪能したから実家に挨拶に行くからと別れの挨拶は終えている。この時間は邪魔しないぜと男前なセリフ(?)を残して去っていく後姿に手を伸ばすのは何も飯田だけではない。
「あの教師ほんとクソだな」
「って言うか蓮司はどうした?」
 誰も芸能人とかイケメンとかそう言ったヒエラルキーに対して壁を持たない。むしろ男同士イケメン度は役に立たないし、そもそもまともにテレビも映らない山奥。実の所俳優とか知るわけねーだろな男達に芸能人なんてステータスはほんと役に立たない。
 どうでもよさ気に年上にもかかわらず敬意も払わない。というか、年上だけで敬意を払う連中はここにはいない。敬意を払う相手はクマを仕留めることができるのが最低条件のここの山生活。綾人の中で既に雑魚認定された蓮司は一番下っ端として陸斗にパシられればいいと思っていたりもする。
「退屈そうだから陸斗が烏骨鶏を見せに行ってる。ついでに掃除をしておけと言って来たから暫くは退屈しないだろうな」
 烏骨鶏を愛でる陸斗の掃除はひたすら丁寧だ。コツはしりっかり宮下から学んでいるのでなかなか掃除が終わりそうもない。時間がかかって良い事だ。
 陸斗に任せて放置決定だと目を離していれば、雪をかいて1メートル程の雪壁の中で遊ばせる烏骨鶏を眺めるようにシャベルにもたれて汗だくで座り込んでいるイケメンとはこれいかに。なかなかどうして陸斗は鬼軍曹に育っているとみて良いだろうか。
「ま、働かざるもの食うべからず。弥生さんの躾が徹底されていて何より」
 頷く宮下に圭斗は飯田を連れて囲炉裏へと向かう。
 蓮司の事は陸斗と宮下に任せれば問題ない。
 確信を込めて囲炉裏に向かえばポテトグラタンでご機嫌には程遠いが現状を理解するようにスマホから情報を拾い上げている姿があった。
 相変わらず土間にはひび割れたスマホがあるが、Wi-Fiの電波が飛び交うこの場所ならSIMカードなんてなくても問題なし。
 難しいと言うより興味なさげの視線が驚くよりも早いスピードでこの状況を理解して
「タクシー呼んだら来てくれるかな?」
「綾人が宮下の家のとこまで除雪するならきてくれるんじゃね?」
 絶対しないだろう最低条件を言えばゴロンと寝転んで
「村役場に連絡入れようかな。お金取られるけど安いもんだよなー」
「年末に残業させるような事はやめ」
 ちぇ、なんて舌を鳴らしたところを見てやっと諦めた事になんだかホッとする圭斗だった。
 








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