異世界ネクロマンサー

珈琲党

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35 ゴーレムを作ろうとした

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 リサに任せてから十日ほどで、家の周囲の石畳が完成した。
 大きさや形がバラバラの石を巧みに組み合わせて、凸凹もほとんどないように仕上げてある。さらに余った石で花壇とか、アプローチまで作っている。リサにこんな才能があったとは知らなかった。

「上手く作ったなぁ。お前、この道で食っていけるんじゃないのか?」

「エヘヘ、スケルトンたちも良くやってくれたしね」

「それにしても、この家もずいぶんと様子が変わって来たよな」

「そうねぇ。まだ一年も過ごしてないのに、すごく時間が経った気がする」

 元々あった畑は倍以上の大きさになっているし、家の裏手には工場こうばを建てたし、街道からの小道はきれいに舗装したし、家の周りには石畳まで敷いた。

 初めてこの家を見た時には、こじんまりとした山小屋という印象だった。いかにも隠居した老婦人がひっそりと住んでいるような、静かな時が流れているような、そんな家だった。
 しかし、今は何だかエネルギーに満ちているような気がする。
 忙しく行き来しているスケルトンたちを見ながら、俺はしみじみと言った。

「まぁ活気が出たのは確かだな。王都から逃げてきてた時には、まさかここでこんな暮らしをすることになるとは思ってもみなかったよ」


 卸所も、スケルトンたちの助けもあって、あっという間に新しくなった。
 小道のわきに建っていた掘っ立て小屋が、それなりに見栄えのする頑丈な建物になった。
 家の裏の工場と同じくレンガ造りで、十坪ほどの大きさだ。建物の中のほとんどのスペースは倉庫になっている。とりあえず、作った砂糖や酒などはここへ移しておけばいい。。
 小道に面した側には、屋根付きの積み下ろし場を作った。そこには、荷馬車などをそのまま乗り入れて作業ができる十分なスペースを設けてある。いわゆるトラックヤードというやつだ。

「ほぉぉ! 実に効率が良くなりましたなぁ!」

 新しい卸所を見て、出入りの行商人たちは皆大喜びしている。雨の中の荷づくりには難儀していたのだ。樽に入れた酒はともかく、砂糖は麻袋に詰めてあるので水濡れ厳禁だ。
 行商人たちは軒先で持参した防水布でカバーしたり、蓋つきの壺に移し替えたり、そもそも雨日はあきらめたりしていたのだった。

 さらに俺は、卸所から家の方へ少し入ったところにゲートを増設した。入口のゲート同様の頑丈なもので、ここにもスケルトンを配置してある。
 行商人たちは卸所までしか入れない。このゲートより内側へ入れるのは俺の身内と、ごく一部の賓客だけだ。彼らを信用してないわけではないが、やはりキッチリ線引きしておかないとな。



 ある日のこと。

 俺は等身大の泥人形を前に、精神を集中していた。

「ふぬぬぬ……」

「イチロウ、何してるの?」

「ふぬぅ……」

「ねぇ! イチロウってば!」

 リサが俺の脇腹をつねりあげた。

「ギャァ! いきなりなんだよ!」

「さっきから何してるのよ」

「あぁ、これのことか……。これはあれだ。ゴーレムを作ろうとしてるんだよ」

「えぇ!? ゴーレムなんて作れるの?」

「リサはゴーレムを知ってるんだな」

「うん、でもおとぎ話で聞いただけだよ」

「本当にはいないってことなのか?」

「私は見たことない」

「でも、スケルトンやゾンビがいるんだから、ゴーレムがいないはずはないんだよなぁ」

「えぇ、でも、別のものでしょ?」

「人や動物の死体に、偽りの魂を込めたものがスケルトンやゾンビ。
 土くれに偽りの魂を込めたものがゴーレム。原理的には同じようなものなんだよ」

「ふ~ん。でも、スケルトンがいるんだから、ゴーレムは要らなくない?」

「いや、スケルトンを作るには元になる死体が必ずいる。ゴーレムならその辺の土から無限に作れるんだ。元手がタダってことだぜ?」

「そっか!なるほどぉ。じゃあ作ってみよう!」

「うん、それが、さっきからやってるけど。難しいんだよなぁ……」

「やっぱり作り方が違うんじゃない?」

「一応ピクッとは動いたんだけどな。ずっと力を込めてないと、魂がすぐに抜けてしまうみたいなんだ」

「ふ~ん……。ゴーレムって、何か呪文みたいなのを体に書くんじゃなかったっけ?」

 リサが泥人形を指さして言う。

「あ! そうだったな、確かにそんなことを聞いた気がする」

 しかし、その呪文がどんなものだったのかは思い出せない。苦し紛れに、俺の左手に刻まれた紋様を指で書き入れてやった。

「さて、これでどうだ! ふぬぬ……」

 ほどなく、泥人形の紋様が青白く発光しはじめる。

「わぁ!」

「ぬぅぅぅぅん……」

 それからしばらく精神を集中したところで、カチリと魂が定着した感触が伝わって来た。泥人形――ではないゴーレムは、ふるふると身を震わせて、ゆっくりと身を起こして立ち上がった。そして、俺の方へ目も鼻もない顔を向けた。

『……ますたー』

「出来たぞ!」

「さすがイチロウ、スゴイね!」

 
 俺は新しく作ったゴーレムにあれこれ命令をしたり、直接操ったりしてみた。基本的にはスケルトンたちと何も変わらないのだが、どうも燃費が良くないのだった。
 魔導師として腕を上げてきている俺やリサは、周囲の魔素の濃度をなんとなく把握できるようになっているのだが、ゴーレムの周りを見ると魔素の減りが妙に早い。すぐに魔素が空になって、ガクガクと痙攣しながら動きを止めてしまう。しばらく待てば、周囲の魔素は回復するだろうが、これでは使い物にならないな。
 スケルトンやゾンビは魔素の心配なんかしなくても、何十年も動き続けているのにな。なぜだ? 原理的には間違ってないはずなんだがなぁ……。

『フフフ……、イチロウの考えはおおむね正しいが、一つ大きな間違いがある』

『間違い?』

『うむ。死体はもとは生きておったが、泥人形はただの土くれじゃ。もともと生き物ではない。
 それを生きているかの如く動かすためには、相応の代償が要るのじゃ』

『確かに死体には関節とかあるけど、泥人形には何もないからな。
 その泥人形を動かそうとすると、ちょっと無理が出るってことなんだな』

『そうじゃ。それを大した苦労もなく動かしてしまったお主は、もはやネクロマンサーとして相当な腕前になっておるのかもしれぬ』

『いやいや……』

 クロゼルに珍しく褒められて、謙遜しながらも思わずニヤケてしまう。

「何よニヤニヤしてぇ。変なこと考えたんじゃないでしょうね」

 リサが横目で俺をにらむ。

「いや違うちがう! 守護霊様にちょっと褒められたんだよ」

「ふ~ん」

「まぁなんにしても、ゴーレムはまだ研究の余地がある。今すぐ使うってわけにはいかないな」

 俺はそう言って、ゴーレムの胸に書いた紋様を削り落とした。見る間にゴーレムは土くれに戻ってしまった。
 作るのが少し難しいし、動くと魔素を大量に使うし、耐久性も低い。昔のアメ車かよ……。

「そう、それはちょっと残念ね」

「うん。でもあとひと工夫で、何とかなりそうなんだよなぁ」

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