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自分が悪いのだと思い込んでいた
しおりを挟むクシェル様の腕の中は、とても安心出来る。
この温もりをもっと感じたくて、クシェル様の胸に頬を擦り付ける。すると、クシェル様の抱擁が強まる。それがまた嬉しくて、わたしもクシェル様の背中に腕を回した。
「俺の方こそ、ありがとう。コハクのことを教えてくれて、俺の言葉を信じてくれて。また俺の目を見て、笑いかけてくれてありがとう」
クシェル様の声が震えてる。
「な、泣かないで。ごめん、ごめんなさいわたし、自分のことばっかり」
もう二度と人の傷つく顔を見たくないから、あの目で見られたくないからと、そして、どうせ嫌われて離れていかれるくらいならと今更距離を置き、逃げた。急に理由も分からず距離を置かれる辛さは分かっていたはずなのにーーわたしは自分がされて嫌なことをクシェル様にしたんだ。
「大丈夫、コレは嬉し涙だから」
「で、でも」
その原因を作ったのはわたしだ。そもそもわたしが引きこもったりしなければ……。
「コハクは怒るかも知れないが、実を言うとあの日のことも、俺は泣くほど嬉しかったんだ」
「あの、日……!」
「メイドから全部聞いた。あの日コハクは俺のために怒ってくれたんだろう?」
「だ、だって、でも……」
だって、許せなかったんだ。クシェル様のこと何も知らないくせに容姿だけで判断して侮辱して、傷つけて、それが当然だという態度が、考え方そのものが許せなかった。
でも、だからってそれにやり返していいという道理は無い。
「今更他人に何と言われようと何も思わない。この国ではそれが普通で当たり前で、変えようのない事実だから、しかし、コハクは怒ってくれた。それは違うと否定してくれた。自分が傷付けられても怒らない、やり返さない優しいコハクが俺のために、俺のためだったら怒ったんだ!それがどういうことか分かるか?」
クシェル様は抱擁を解き、わたしの両手を握り込むと、ジっとわたしの目を見て笑みを作る。
「い、いえ」
「それだけ俺の事を大事に想ってくれている、好いてくれているという事だ!こんなの嬉しく無いわけがない!嬉しくて堪らない!」
頬を染め、涙を流すクシェル様。
「そう思う俺は、最低?醜い?嫌いに、なった?」
「そんなことない!」
「でも、その事を後悔し、塞ぎ込むコハクの姿を見てもその考えは変わらないし、俺はあの女のことを可哀想だとも思わない」
「え?」
「だって、あの女はコハクのことを馬鹿にした挙句『婚約を破棄しろ』とか宣い、更には物まで投げて来たそうじゃないか⁈許せるわけがない!当然だろ?大切な者を悪く言われたんだ、しかも悪意を持って。コレで怒らない方がおかしい!」
「た、確かに?」
「だろう?だからコハクは全然間違ったことはしていない。大切な人を傷つけられて怒るのは当然のことだ。人の痛みが分からないような奴に頭を下げる必要も無い」
クシェル様に言われて初めて今回の件を冷静に考えられた気がする。人を傷付ける事や人に嫌われる事を恐れるあまり、考えが凝り固まってしまっていた。全て自分が悪いのだと思い込んでいた。
もし、怒ったのがクシェル様だったら、わたしはそれを聞いてどう思う?最低だと、醜いと思う?嫌いになる?
ーー思わないし、嫌いになるわけがない!
やり返された女が可哀想だと思う?女に謝罪すべきだと思う?
ーー思うわけがない!何でクシェル様が頭を下げないといけないの⁈クシェル様はわたしのために怒ってくれただけなのに!寧ろ女の方がクシェル様に謝罪をすべきだ!
「……あ、わたし」
何であんな人に頭を下げてしまったんだろう。クシェル様を侮辱した人なんかにーー
「ただ、また力を暴走させてしまわないように、力の制御は出来るようにならないとな」
「は、はい」
「またあんなのは見たくないだろ?コハクは自分が痛いのは勿論それを見るのも嫌いだからな」
「う゛っ……」
嫌なものを思い出してしまった。人の顔が歪んでいく状は痛々しいというより、もはやホラー、恐怖映像。アレは確実にトラウマものだ。もう二度と見たくない!
「お願いします!」
切実に!
その後、お互い顔だけじゃなく服まで涙と鼻水でぐっしょりで、わたしはいつかの時みたいに頭までクシェル様の涙で濡れてしまっていて「これじゃ風邪をひいてしまうな」なんて二人で笑い合った。
と、そこに仕事を終えたジークお兄ちゃんが訪ねて来て、引きこもった件について謝り、事情を話すと今度はジークお兄ちゃんに泣きながら抱きつかれた。
「ごめんなさい、いっぱい心配かけて……」
「いい、いいんだ。またコハクの顔が見れた!ここに、俺の腕の中にコハクが居る、それだけでもうっ」
そして、優しく包み込むように抱きしめられ、見上げるとそこには何かを堪えるかのように眉を寄せ、目を細め涙を流すジークお兄ちゃんの顔があった。
「お兄、ちゃん」
それにまたわたしも涙が込み上げ、泣き出したわたしを見て、クシェル様までまた泣き出して、数分後、サアニャが夕食の準備をしに来る頃には三人とも涙と鼻水でズビズビのグショグショになっていた。
「……夕食の前にお風呂が先ですね」
「ズビビっ、ずみまぜん」
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