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クシェル様はロリコンなんだよ!
しおりを挟む「勉強なんてこの部屋でも出来るだろう!」
いつか聞いたようなセリフにデジャヴを感じる。前と違うのは既に、クシェル様の膝の上に乗せられているという点だろうか……凄く居た堪れない。
「前も言いましたが、この部屋には貴族の方々や騎士達が」
「そんなの明日に回せば」
「シイナ様の授業は明日も明後日もあるでしょう!」
「チッ、あ!じゃあ俺は隣の部屋に居るから、急を要する内容ならお前が」
「要件を伝えに来いと?そんなこと出来るわけないでしょ!貴方は魔王なのですよ!もっと自覚ある行動を」
そして目の前で繰り広げられるルークさんとの激しい口論。
「だって約束したんだ!離れずそばに居ると!」
「いや、あれはそ、そういうんじゃ……」
離れずそばに居てって言っても、こういうことじゃない。ずっと姿の見える距離に居て!とか、片時も離れないで!という意味で言ったんじゃない。こう、心の距離?的な意味で言ったのであって、物理的な意味で言ったのではない。
「ずっと、ずーっとそばに居てって、離れないでってコハクが俺に!俺だけに言ってくれたんだぞ!」
しかし、興奮気味のクシェル様にわたしの声は届いていなかったようで、何とあの時の詳細を語り始めた。
「え?ま、待って!」
思わず静止の言葉が出る。が、やはりクシェル様には届いていないようでーー
「しかも、俺のことが大好きだと頬をくっつけて来て初めてコハクから俺に甘えて来てくれたんだぞ!離れられるわけないだろ!」
言った。全部言った。
普通言わないでしょ!何で言うの⁈何で言っちゃうの!普通に考えてそこは『二人だけの秘密』にしておいてくれるものでしょ!わたしもクシェル様を信じて、クシェル様だから口にした本音だったのに。それをみんなにバラすとか、酷い。
「な、約束したもんなぁ~コハク~」
背後からお腹に回された腕がぎゅーと締められ、頭に頬擦りされる。
クシェル様の嬉しそうに弾んだ声に、素直な愛情表現。それは正直嬉しい。出来ることならずっとこうしててほしいくらい嬉しい。
しかし今はそれより怒りの感情が上回ってしまっている。
「……酷い」
「コハク?」
「あの時のことみんなに言うなんてあり得ない!クシェル様だから話したのに!」
「え、あ、すまない嬉しかったから……」
怒りのままにクシェル様の頬擦りを手で押しのけると、今までのご機嫌な声とは一転、シュンと落ち込んだ弱々しいクシェル様の声が聞こえてくる。しかしーー
「にしたって……っ、クシェル様の馬鹿ー!」
人に話したくなるほど嬉しいと思ってくれたことは嬉しいし、本音を話して良かった。本当にクシェル様ならわたしのことを受け止めてくれるかもとも思えた。けどそれにしたってあそこまで具体的に言わなくたっていいじゃないか!
みんなの生暖かい目が逆に辛い!
恥ずかしい自分の言動をバラされた居た堪れなさと、みんなの生暖かい目、クシェル様の悲しそうな声に堪え兼ねたわたしは、勢いに任せて隣の部屋へ逃げた。
「サアニャどうしようわたしクシェル様に馬鹿って言っちゃった」
家族以外の人にそんな暴言を吐いたのは初めてで、今になってクシェル様に悪いことをしたと後悔する。しかし、今戻って顔を合わせるのも気まずい。
わたしはそんな複雑な心情をぶつけるかのように少し遅れて部屋に入って来たサアニャのその胸に飛び込んだ。
「大丈夫ですよ。あれは魔王様の自業自得です。それに、あの後すぐにルークさんが上手く宥めてましたし、わたしも今後同じようなことがないように一言言って来たので安心して下さい」
「ほ、本当?……ちなみに、なんて?」
「口の軽い男は嫌われます」
「き、嫌われ!そんなこと言ったらクシェル様が」
不安になって、泣いちゃう!
やっぱり今すぐ謝りに戻らないと!
「と言いたかったのですが、それだとまた違う被害が出そうなので」
「……被害?」
「心のうちに秘めておけばあの日の可愛いシイナ様の発言も先程の顔を真っ赤にして逃げて行く可愛いお姿も他人に知られる事なく独り占め出来たのに、と」
「可愛い⁈」
恥も外聞もなく泣き付いて、吐露したあの自分勝手な願いが?暴言を吐いて逃げたあの姿が?
「それを聞いた魔王様の打ちひしがれる姿といったら、プスっ」
「え?今笑っ」
「だから安心して下さい!二度目はありません」
グッと親指を立てるサアニャ。
「……サアニャってクシェル様のこと嫌いなの?」
今回のことと言い、時々サアニャのクシェル様に対する言動には棘を感じる。
「嫌いではありません。ただ好きになれないだけです」
「ええー⁈」
「い、言い過ぎだぞ!」
サアニャの正直すぎる返答に、流石のイダル先生も声を上げる。
「こんなこと嘘をついてどうするんですか?」
「そ、そうだが、ものには言い方というものが……」
サアニャの堂々とした態度に頭を抱えるイダル先生。しかし、物怖じしないサアニャは更に言葉を続ける。
「だって魔王様のこと、見た目とか種族以前に人として好きになれないんですもん、わたし『好き』とか『愛してる』とかいう言葉で全てが許されると思ってる束縛男とか無理なんですよねー」
「そ、束縛⁈クシェル様が?」
「どう見てもでしょ」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。先程のサアニャの発言の中に気になる単語が多すぎて、頭の中で処理しきれないでいる。
束縛って、行動を制限したり、こまめに連絡を求めたりするアレだよね……確かにそう言われればそう取れないこともない。
城の外にはアレっきり出てないし、城内も行ける範囲に制限がある。そして、寝る前には必ずその日一日何をしたか聞かれる。
「でも、それはわたしの安全を守るために」
「必要な知識も与えないことが?」
「っそ、それは」
それを言われると反論の余地が無い。
魔石の件といい名前の件といい、確かに意図を持って隠されていたことは少なくない。貴族達の名前とか……。
「でも、何で」
それらに何の意図があってわたしに教えずにいたんだろう。それらをわたしに知られて困る何かとは?
「そんなのシイナ様を束縛、囲い込んで独り占めするために決まってるじゃないですか」
「…………へぁ?それこそ何で⁈」
「だ・か・らぁ、シイナ様のことが『好き』で『愛してる』からですよ、勿論そういう意味で!」
「な、ないないないない!あり得ない!」
「そこまで……『そういう対象で見てない』と言っても、そんな全力で否定しなくても」
何故かイダル先生が「魔王様があまりに不憫だ」と目頭を押さえる。
「だってクシェル様はロリコンなんだよ!わたしをそういう対象では見てるはずがない!」
「むしろ、ロリコンだからじゃないですか?」
「え⁈ロリコンは幼女をこよなく愛し、可愛がり愛で、癒しを求めるけれど、そういう感情は向けないんだよ!ロリコンにとって幼女は愛でる対象であって、そういう欲を求める対象ではないんだよ!」
「やけに熱く語りますね……ちなみにそれ、誰の入れ知恵ですか?」
「お父さん。わたしのお父さんも自他共に認める重度のロリコンなんだけど、そのお父さんが力説してたから間違いない!」
「そ、そっちか……いや、なら魔王様にもまだ可能性が!ーー無さそうだなこれは」
サアニャとわたしが話してる横で頭を抱えているかと思ったら、いつの間にか椅子に項垂れ独り言ちているイダル先生。
え?わたしなんか変なこと言った?
「えー、いいですかシイナ様、世の中にはいろんな人がいます。そして、色々な考え方や物の見方があり愛の形も様々、ロリコンも同じです」
「う、うん?」
何故か急にサアニャに肩を掴まれ諭される。
「確かにシイナ様が言うように、恋愛感情ではないにしろ酷く変態的な目で見て来る人もいれば、完全に恋愛対象として見てあわよくば、とそういう関係を求めてくる人もいます」
「変態、あわよくば⁈」
「前者は先代様タイプで、魔王様のは圧倒的後者です」
「え⁈え?」
サアニャの言葉が信じられなくて、助けを求めるつもりでイダル先生を見たら「だろうな、残念ながら」と言われ目を逸らされた。
「え?嘘、何で?てか、いつから?そんな素振り全然……」
「最初からだと思いますよ。じゃないと、名前の件で叔父さんを怒ったりしないでしょ。魔石の件もそうですし、そもそも困っている人を助けるためとは言え、好きでもない人と婚約なんてしないでしょ」
「そ、そうだけど……それはわたしのために仕方なく」
「いやいやいや、アレのどこが仕方なくって顔ですか!完全に『好きな子のためなら喜んで!』って顔でしたよ!もう浮かれ切ってて、見てるこっちが恥ずかしいくらいでしたよ!」
「嘘……本当だ」
改めて、色々抜きにして今までの出来事を客観的に思い出してみるとサアニャに言われた通りな気がして来た。
手を繋ぐのも、一緒の部屋で寝るのも、婚約の話も全部クシェル様からの提案で、そのどれも嫌な顔どころかニッコニコの笑顔で、なんなら期待のこもった目で見られていた気がする。
今思えば、婚約発表の時の『愛に種族は関係ない!俺は彼女を愛している!』というあの発言も演技にしては熱がこもっていた。
『今だけは俺だけのコハクでいて』そう言って笑ったクシェル様の笑みも冗談めいた軽いものではなく、その瞳の奥に何か強い想いみたいなものを感じた。
「あれは、そういう?え、まって、じゃあわたしがしたことって……いや、初めからなら、もうすでに数え切れないほどの失態を」
自分のことを異性として見てる人と毎日手を繋いで、あ~んしてもらって、一緒のベッドで寝て起きてーー何度も抱きしめられて、抱きしめ返して、泣き付いて『離れないで』『嫌いにならないで』『ずっとそばに居て』と縋った。で、最後には『わたしも、クシェル様のこと大好き、です』と来た。
「昼どんな顔して会えばいいの……」
今度はわたしが頭を抱える番だった。
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