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八章 王二人

土佐の南蛮貿易

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 最近土佐の浦戸うらどでは目に見えて大きな変化が出ている。

 それはポルトガル人、いや南蛮人が日常に溶け込むようになった点だ。数年前までは外国船がやって来ただけで大騒ぎだったというのに、今では当たり前になるだけではなく、その船員達が土佐を拠点として生活するようになっている。

 曰く本国よりも飯や酒が美味く、清潔なのが良い点なのだとか。加えて土佐の女性を妻として迎えた船員もいるのも大いに関係している。

 この現象はある意味当然かもしれない。現在の土佐、いや四国は農村から国際化の波が押し寄せている。以前から明国人奴隷が移住してはいたのだが、今ではより国際色豊かな奴隷が住むようになっていた。そう、南蛮人の奴隷商が海外から奴隷を連れてくる事によって。

 何が言いたいかというと、現在の浦戸では南蛮人奴隷商が拠点を構えるようになったのだ。勿論当家から奴隷は供給していない。買取を専門としている。

 理由は実に単純だ。慢性的な人手不足によって、ついに海外からも奴隷購入をするようになっただけである。皆が言うには全て俺の責任らしい。

 この時代は乳幼児の死亡率が非常に高い。だから農村に住む民は一人でも多くの労働力を確保するため、子作りに余念がない。しかし栄養状態や衛生環境の改善が行われればどうなるか? 答えは簡単だ。子供の死亡率低下に比例するかのように、生まれる子の数も低下する。

 いや、気にせず子作りに励めよと言いたいのだが、これまでの生きるのに精一杯だった頃とは違って生活の質も向上したのだ。そうなると子沢山となってまで生活の質を落とそうとは思わない。人は一度贅沢を覚えると手放したがらないものだ。

 よって人口爆発は起こらなかった。ここが俺の読みの甘さである。

 また、土佐では多くの事業が軌道に乗り、仕事に困らなくなっていた。それにより所得の低い農村住まいの民はこぞって町へとやって来る。結果として、労働者の供給元である農村では過疎化一歩手前となる現象が起きていた。

 九州の多くが当家の勢力圏に入ったため、統治が安定して奴隷が出品されなくなったのも、海外から奴隷を買う一つの要因と言えよう。最大の奴隷供給地とも言える南九州は、何年も戦乱から遠退いている。これにより今では逆に倭寇から奴隷を買い取るようになっていた。食料の安定供給と産業の育成が実を結んだ形である。

 よって倭寇が扱う奴隷は全て九州で買い取られて、四国へは回ってこない。

 更には、三好みよし宗家並びに尾州畠山びしゅうはたけやま家に出した宣戦布告によって影響も出ている。要するに敵対国への移民など許される筈がないという話だ。畿内からの移民が兵となって敵対する事を考えれば、この措置は至極全うである。

 加えて土佐東部は成人男性の兵士希望者が多いため、これも労働者不足に拍車をかけていた。

 纏めると産業の発展と領地の拡大が早過ぎて、農村を中心として存続の危機が訪れている。これまでの成果は俺一人で成し遂げた訳ではない。民を含めた皆の努力によって得たものだ。それを俺一人の責任のように言うのは、とても心外である。

 幸いなのは、尾張おわり国の織田弾正忠おだだんじょうのじょう家が率先して当家に奴隷供給を行ってくれている点であろうか。本来なら喜ぶべき事ではないのだが、今年は東国で飢饉が起きている。これにより食うに困って奴隷落ちした民が数多く出たのだ。そんな奴隷落ちした民をひっきりなしに送ってくれている。駿河今川するがいまがわ家との戦の軍資金を得る手段として。

 ともあれ、

「船長、今回は何人だ?」

「国虎、喜べ。今回は一〇〇人を超えるぞ。それも全員子供だ」

「また子供か。成人男性はいないのか?」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。俺達は人助けとして土佐に奴隷を運んでいるんだぞ。他の国ならいざ知らず、ここなら奴隷でも良い生活ができる。なら、まだ小さな子供を救うのが神の御心に沿うってもんよ。それに子供なら言葉を覚えるのも早いし、反抗しても殴って大人しくさせられる。成人した男ならこうはならない。数年我慢すれば、良い労働力になるだろうさ」

 ……前半で良い事を言っておきながら、後半でひっくり返す。慈善事業ではない。あくまでも商いとして奴隷を扱っているのが良く分かるやり取りであった。

 この船長と呼ばれる青い眼をした四〇代後半のポルトガル人が、土佐を拠点としている南蛮貿易の責任者だ。年二回の頻度で浦戸港へ寄港し、数々の積み荷を降ろしてくれている。

 俺は奴隷商と呼んでいるが、それはあくまでも主要な商品が奴隷であるに過ぎない。降ろされる荷は他にもトロナ鉱石やホウ砂、香辛料、錫、真鍮、石墨等々広範囲に渡っている。

 本来の南蛮貿易なら生糸や絹織物、鹿革が主力商品だ。ただ、これらの商品は当家では間に合っている。そのため、ほぼ専属のような形で当家が欲しい物を請け負ってくれているのが船長以下の面々達であった。これも拠点を土佐に置いてくれているからこそ、可能な取引と言えるだろう。よくぞこのアジアの果てに骨を埋めたいと思ってくれたものだ。

 だからこそこちらも船長達を優遇する。具体的には当家が製造した君沢形の船を貸し出し、自由に使わせていた。要は当家が出資者としての役割を果たした形だ。無論、船の修理等も当家が責任を持って行う。

 通常の南蛮貿易はまず出資者を募り、得られた資金から船や資材を購入するだけではなく船員も雇わなければならない。また出資者には、高配当の還元も必要だ。

 しかし当家の場合は、船という最大の商売道具を最初から貸出する。賃料も取らない。依頼した品もきっちり代金を払って購入する。更には途中で他の港に寄港して、小遣い稼ぎをするのも認めている。そのため、支出となるのは船員の給金と消耗品の代金位であろう。

 この至れり尽くせりの条件によって、船長以下の面々は俺からの依頼に集中できるようになっているという訳だ。

 とは言え、彼らが連れてくる奴隷が毎回のように子供ばかりになるのが頂けない。時折大人が混じっていても、大体が子供の母親だ。成人男性は一度たりとも混じっていない。しかもその子供の奴隷が、白人・黒人・アジア人・イスラム・ユダヤと節操無いのがよく分からない所でもあった。

 一人でも多く土佐に連れてくるために、価格と扱い易さを重視しているのだろう。子供の奴隷は安いのが何よりの特徴である。

 もし、ここで子供の奴隷では役に立たないと言えれば、どんなに気が楽か。だが如何せんこの時代は、乳幼児でもない限りは子供が家業を手伝うのが基本である。つまりは子供でもできる仕事が山ほどあるため、お構いなしに引き取られていくのが実情だ。売れ残りは一切出ない。

 加えて奴隷の引受先は寂れた農村が主となる。そうなれば間違っても躾の域を超えた虐待などできない。もし虐待が発覚すれば、以後その村への奴隷供給は止まり、村は緩やかに滅亡していく。それよりも、将来の働き手として育てる方が理に叶っているというものだ。

 個人的には今からでも遅くないから子作りを奨励しろと言いたいのだが、ここに一つの齟齬がある。農村では子供が産まれていない訳ではない。単純に一世帯の子供の数が減っただけだ。これまで五人も六人もいた子供が三人から四人の数になる。寂れる要因は、農村からの人の流出と死亡を合わせた数よりも生まれる子共の数の方が少ないという引き算の構図となる。

 つまりは奴隷を欲しがるのは、町へ出て行った若い村人を補填する数合わせの要素が強い。だからこそ、子供でも問題無いというのが実情であった。

 こうした背景があるため、船長の行為を黙認せざるを得ないのが悲しい所である。

「それにしても船長は、随分と日本語が上手くなったものだな」

「あたぼうよ。必死で神父様に習った成果だ。俺は土佐が気に入ったからな。国虎とはずっと仲良くしていきたいものだ」

「俺も同じ気持ちだ。船長とは末永く仲良くしたい。それでな。次に天竺に行く時で良いんだが、反応を見てもらいたい商品が一つある」

「どんな物だ?」

「磁器だ。これを言っても分かるか? 絵付けに鮮やかな赤を使っている」

 肥前に居る津田 算長つだ かずながの尽力によって陶工を確保し、ついにここ土佐でも磁器が生産可能となっていた。しかも土佐にはボーンチャイナの原料となる白土もあるため、ボーンチャイナだけではなく、鹿や猪の骨灰を使用したジビエボーンチャイナも生産可能になっている。

 ボーンチャイナは本来、牛の骨灰を使用して製造する磁器だ。他の動物の骨灰では、ガラス質の元となるリン酸カルシウムが足りないのがその理由となる。

 ここに一つの抜け道があった。

 足りないなら足せば良い。乱暴なやり方ではあるが、陶石を混ぜればリン酸カルシウムは補える。こうして作られたのが、新たなボーンチャイナとも言えるジビエボーンチャイナであった。

 また釉薬となるフリット釉は一種類のみではあるものの、透明度の高い釉薬を以前から完成させている。

 こうして土佐では備前びぜん国から仕入れた陶石を使っての磁器に加えて、ボーンチャイナ、ジビエボーンチャイナという同じ白色ながらも微妙に色の違った三種類の磁器が揃う形となった。

 しかしながら、土佐で磁器が生産可能となったからといっても、簡単に売れる訳ではない。磁器は歴史と伝統ある唐物が市場を独占している。その上唐物の磁器は絶えず進化を繰り返しているのだ。そんな中にぽっと出が入り込もうにも、門前払いされるのが関の山であった。

 つまりは土佐製や今後出てくる日の本製の磁器を売り込むには、唐物には無い売りが必要となる。

 一番の売りは価格の低さであろう。輸入品とは違い国内で製造をするのだ。日の本で流通させるなら、何を置いてもこれに勝るものはない。

 それに加えて俺は「絵付け」を売りにした。価格の安さだけでは唐物の下位互換になる。また海外市場に出そうものなら、輸送費の問題で安くできないという問題を解決するのがこれだと考えた。

 そこで目を付けたのが赤色の顔料となる。使用するのは金紛。これに粉末の錫を混ぜて顔料とする。金はコロイド発色によって鮮やかな赤となる顔料だ。赤色の顔料として知られる辰砂しんしゃではこの鮮やかさは出せない。

 併せて金箔も使う。当然ながら金色の絵付けとなる。これにより当家で作られた磁器には、通常の呉須の青・酸化銅の緑に加えて金を使用した赤と金の四種類の色が使用可能となった。

 絵付けの芸術性では確実に唐物に負けるため、色そのもので戦うのが選択として正しいだろう。

「ほお、これはなかなか」

 試作品の皿を船長に手渡す。白を基調とし、金の縁取りをして中心部分に赤色の花を描いた特に凝った造りの無い絵柄だ。描いたのは山田 元義やまだ もとよし殿の嫡男である長宗我部 治部ちょうそかべ じぶ殿である。絵付けの技術は明の技術者から学んだ。

 形だけの長宗我部家を継いで絵に没頭していた治部殿が、こうした形で当家の役に立つのだから世の中は良く分からない。しかも当人は、この磁器への絵付けを新たな芸術活動の場に丁度良いと喜んでくれるのが面白い所だ。

「見本として渡しておく。次の天竺行きの際にゴアの教会に持っていってくれ。銭を出してでも欲しい者がいれば良いんだがな」

「俺には難しい事は分からんが、これだけ鮮やかな赤色が入った磁器は無いんだろ? なら売れるんじゃないか?」

「唐物の磁器の最先端がどの程度か俺は知らないからな。唐物に負けない商品を作ったつもりではあっても、実際の反応を知るまでは怖いものさ」

 日の本製の磁器がヨーロッパに注目されるようになったのは、単なる偶然と言うしかない。

 有田ありたで磁器が製造されるようになったのは、一七世紀に入ってからと言われている。そんな後発だからこそ、当初はヨーロッパに無視されていた。初期の有田焼は唐物の劣化模倣品であったのだから、これは当然である。

 しかし大陸では明国から清国への移行により国内に混乱が生じ、一七世紀半ばには海禁令が公布される。これにより磁器は海外へ輸出できなくなった。その代わりとして白羽の矢が立ったのが有田焼という訳だ。

 そう、有田焼がヨーロッパから注目されたのは、品質が認められたからではない。手に入らなくなった唐物の代替品として注目されただけだ。事実一七世紀後半に海禁令が取り消されると、瞬く間に世界市場から駆逐されていく。とは言え海禁令によって注目を浴びたのを切っ掛けとして、有田焼は大きく品質を向上させてブランド化を果たしたのだから、大きく飛躍したのは間違いない。もし海禁令が無ければ、日の本の磁器産業は発展しなかったであろう。

 要するに、磁器の市場に新規参入するのはそれだけ難しい。未来知識を使ったとしても、そう簡単に結果は出せないという話である。

 それだけに勝ち抜いた先には巨万の富が待っているのもまた事実だ。

「だからな、足りない所を是非調べてきてくれ。完成の暁には船長の所と独占契約するからな。一緒に大儲けするぞ」

「やはり俺の目に狂いはなかったな。土佐に拠点を移して大正解だ。これだから国虎は面白い」

 これが後に東日本会社と呼ばれる大企業の始まりであった (嘘)。
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