9 / 52
出会い編
9.奇襲
しおりを挟む
またいつもと変わらぬ同じ朝がやってきた。いや、いつもとは大違いだ。
いったい自分はどんな運命の輪を廻してしまったのかと、ため息をつきながら美云は起き出す。
こんなに会社に行きたくないと思う日が来るなんて。仮病使って休んじゃおうかなぁ。
正直、気持ちはとても揺れていた。一課に戻れる日が来るなんて思いもしなかったからだ。
だから現状を受け入れて、今できることをしっかりとやる毎日を過ごしていた。
どんな条件付きの仕事なんだろうか。
聞きたくてウズウズしている自分がいて、そんな自分にイライラする。
とにかく会社には行こう。
進むも拒むも決断をするのは自分なのだから。
気合いを入れて会社に向かうことにした。
………
会社に着くといつも通り、PCの電源を入れメールのチェックから一日を始める。
近くの席では淹れたてのお茶を飲みながら成徳が仕事をしている。
新茶の良い香りがこちらにまで漂ってくる。
美云自身の中でまだ答えが出ていない。だから成徳にも迂闊に近づけなくて悶々としていたその時だった。
「美云さん」
「はい?」
後ろから話しかけられたので、椅子に座ったままクルっと振り向く。
振り向くと、目の前に獅朗という男が立っている。美云が何も喋らずにボーっとしていると手元に何かを落とされる。
ふと手元をみると写真のようだった。
「時間が無かったのでそれくらいしかプリントできませんでしたけど、良かったらどうぞ。」
見ると、この前、だいぶ懐かれた獅朗の飼い犬の写真だった。生まれてすぐくらいの縫いぐるみのような姿や、成犬になってから砂浜ではしゃいでいる姿など、どれも愛らしい姿で見る者を虜にする。
「か、かわいい」
思わず、ぽつりと美云の口から誉め言葉がこぼれる。
「この子は、どこで見つけたんですか?」
「子犬の里親を募集してるサイトでみつけました。確か、コーギーとゴールデンの雑種だったかと。」
写真を食い入るように見ながら、つい質問してしまう。だからコーギーにしては少し毛足が長かったのかと納得しつつ、ペットショップじゃなくて里親募集で家族に迎えたことに評価が上がる。
でもすぐにもっと大事なことがあることを思い出しハッとする。
「美云さん、成徳さんから話は聞いていますか?」
隣のデスクが空席だったので獅朗は椅子を引っ張り出してさりげなく座りだす。
「ええ。少しは。」
「それなら話は早いですね。今、時間作れますか?」
研修について大まかなことを話します。と獅朗の話が続く。
「えっ?美云くん連れてっちゃうの?」
少し離れたところから成徳の声が聞こえてくる。そちらを見ると、少しおどけた顔の成徳と目が合った。
「今日は借りるだけです。今日は。」
なぜか"今日"を強調してくる獅朗に、いったい男たち二人の間でどんな話し合いが成されたのだろうと気になってしょうがない。
さあ、行きましょうか?と手を差し出してくる獅朗に、まだ行くとも予定が無いとも言ってないのだけどと、心の中で突っ込みを入れる。
「獅朗、悪い癖だね。焦ると手に入るものも入らなくなるよ。」
ほっほっほっ。と呑気に笑みを浮かべながら成徳は茶を食む。
獅朗は一旦チラッと成徳の方を見てから美云ににっこり微笑む。
「美云さん、昨日は良く眠れましたか?」
「いえ。それほどは。」
「眠れなかった原因には気づいていますか?」
「ええ。まぁ。」
誘導尋問をされてつい答えてしまったけれど、これは明らかに仕事について知りたいでしょう?という暗の意味が含まれている。
「じゃあなおのこと今聞いておいた方が良い話ですね。」
うっ。
山で見かけた優男スマイルでこちらに微笑みかけてくる。
「ひとつ質問があります。」
「何でしょうか?」
ひとつと言わずいくつでもどうぞと獅朗が促してくる。
「話を聞いてから、断るにしろ受けるにしろ少し時間を頂けますか?」
「ええ。もちろんです。でもきっとこれは美云さんにとって悪い話ではないですよ。」
また微笑みかけてくる。その笑みを怖いとすら思う。例えるならハイエナが本日の食糧であるターゲットに目を向けるような、そんな雰囲気に似ているから。
しかも、悪い話ではないと思いますという仮定ではなく、断定して畳み掛けてさえくる。
ふっふっふっ。と成徳の笑い声が小さく聞こえてくる。
「美云くん、往生際が悪いよ。この男を連れてとっとと話合ってきなさい。」
今度は突然、まるで獅朗の味方になったようなことを言い出す。
何だろうこの告白してもないのに振られたような感覚は。
「わかりました。お話お聞きします。」
成徳にフワッと鞍替えされ、獅朗にガシッと畳み掛けられて逃げ場の無くなった美云は、やっと話を聞く気になった。
むしろ、聞きたいと思っていた相手の方からやってきてくれたことに感謝した方が良いのかもしれなかった。
いったい自分はどんな運命の輪を廻してしまったのかと、ため息をつきながら美云は起き出す。
こんなに会社に行きたくないと思う日が来るなんて。仮病使って休んじゃおうかなぁ。
正直、気持ちはとても揺れていた。一課に戻れる日が来るなんて思いもしなかったからだ。
だから現状を受け入れて、今できることをしっかりとやる毎日を過ごしていた。
どんな条件付きの仕事なんだろうか。
聞きたくてウズウズしている自分がいて、そんな自分にイライラする。
とにかく会社には行こう。
進むも拒むも決断をするのは自分なのだから。
気合いを入れて会社に向かうことにした。
………
会社に着くといつも通り、PCの電源を入れメールのチェックから一日を始める。
近くの席では淹れたてのお茶を飲みながら成徳が仕事をしている。
新茶の良い香りがこちらにまで漂ってくる。
美云自身の中でまだ答えが出ていない。だから成徳にも迂闊に近づけなくて悶々としていたその時だった。
「美云さん」
「はい?」
後ろから話しかけられたので、椅子に座ったままクルっと振り向く。
振り向くと、目の前に獅朗という男が立っている。美云が何も喋らずにボーっとしていると手元に何かを落とされる。
ふと手元をみると写真のようだった。
「時間が無かったのでそれくらいしかプリントできませんでしたけど、良かったらどうぞ。」
見ると、この前、だいぶ懐かれた獅朗の飼い犬の写真だった。生まれてすぐくらいの縫いぐるみのような姿や、成犬になってから砂浜ではしゃいでいる姿など、どれも愛らしい姿で見る者を虜にする。
「か、かわいい」
思わず、ぽつりと美云の口から誉め言葉がこぼれる。
「この子は、どこで見つけたんですか?」
「子犬の里親を募集してるサイトでみつけました。確か、コーギーとゴールデンの雑種だったかと。」
写真を食い入るように見ながら、つい質問してしまう。だからコーギーにしては少し毛足が長かったのかと納得しつつ、ペットショップじゃなくて里親募集で家族に迎えたことに評価が上がる。
でもすぐにもっと大事なことがあることを思い出しハッとする。
「美云さん、成徳さんから話は聞いていますか?」
隣のデスクが空席だったので獅朗は椅子を引っ張り出してさりげなく座りだす。
「ええ。少しは。」
「それなら話は早いですね。今、時間作れますか?」
研修について大まかなことを話します。と獅朗の話が続く。
「えっ?美云くん連れてっちゃうの?」
少し離れたところから成徳の声が聞こえてくる。そちらを見ると、少しおどけた顔の成徳と目が合った。
「今日は借りるだけです。今日は。」
なぜか"今日"を強調してくる獅朗に、いったい男たち二人の間でどんな話し合いが成されたのだろうと気になってしょうがない。
さあ、行きましょうか?と手を差し出してくる獅朗に、まだ行くとも予定が無いとも言ってないのだけどと、心の中で突っ込みを入れる。
「獅朗、悪い癖だね。焦ると手に入るものも入らなくなるよ。」
ほっほっほっ。と呑気に笑みを浮かべながら成徳は茶を食む。
獅朗は一旦チラッと成徳の方を見てから美云ににっこり微笑む。
「美云さん、昨日は良く眠れましたか?」
「いえ。それほどは。」
「眠れなかった原因には気づいていますか?」
「ええ。まぁ。」
誘導尋問をされてつい答えてしまったけれど、これは明らかに仕事について知りたいでしょう?という暗の意味が含まれている。
「じゃあなおのこと今聞いておいた方が良い話ですね。」
うっ。
山で見かけた優男スマイルでこちらに微笑みかけてくる。
「ひとつ質問があります。」
「何でしょうか?」
ひとつと言わずいくつでもどうぞと獅朗が促してくる。
「話を聞いてから、断るにしろ受けるにしろ少し時間を頂けますか?」
「ええ。もちろんです。でもきっとこれは美云さんにとって悪い話ではないですよ。」
また微笑みかけてくる。その笑みを怖いとすら思う。例えるならハイエナが本日の食糧であるターゲットに目を向けるような、そんな雰囲気に似ているから。
しかも、悪い話ではないと思いますという仮定ではなく、断定して畳み掛けてさえくる。
ふっふっふっ。と成徳の笑い声が小さく聞こえてくる。
「美云くん、往生際が悪いよ。この男を連れてとっとと話合ってきなさい。」
今度は突然、まるで獅朗の味方になったようなことを言い出す。
何だろうこの告白してもないのに振られたような感覚は。
「わかりました。お話お聞きします。」
成徳にフワッと鞍替えされ、獅朗にガシッと畳み掛けられて逃げ場の無くなった美云は、やっと話を聞く気になった。
むしろ、聞きたいと思っていた相手の方からやってきてくれたことに感謝した方が良いのかもしれなかった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる