三十路の恋はもどかしい~重い男は好きですか?~

キツネ・グミ

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出会い編

9.奇襲

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またいつもと変わらぬ同じ朝がやってきた。いや、いつもとは大違いだ。

いったい自分はどんな運命の輪を廻してしまったのかと、ため息をつきながら美云は起き出す。


こんなに会社に行きたくないと思う日が来るなんて。仮病使って休んじゃおうかなぁ。


正直、気持ちはとても揺れていた。一課に戻れる日が来るなんて思いもしなかったからだ。

だから現状を受け入れて、今できることをしっかりとやる毎日を過ごしていた。


どんな条件付きの仕事なんだろうか。

聞きたくてウズウズしている自分がいて、そんな自分にイライラする。


とにかく会社には行こう。

進むも拒むも決断をするのは自分なのだから。

気合いを入れて会社に向かうことにした。


………


会社に着くといつも通り、PCの電源を入れメールのチェックから一日を始める。


近くの席では淹れたてのお茶を飲みながら成徳が仕事をしている。

新茶の良い香りがこちらにまで漂ってくる。


美云自身の中でまだ答えが出ていない。だから成徳にも迂闊に近づけなくて悶々としていたその時だった。


「美云さん」


「はい?」


後ろから話しかけられたので、椅子に座ったままクルっと振り向く。

振り向くと、目の前に獅朗という男が立っている。美云が何も喋らずにボーっとしていると手元に何かを落とされる。


ふと手元をみると写真のようだった。


「時間が無かったのでそれくらいしかプリントできませんでしたけど、良かったらどうぞ。」


見ると、この前、だいぶ懐かれた獅朗の飼い犬の写真だった。生まれてすぐくらいの縫いぐるみのような姿や、成犬になってから砂浜ではしゃいでいる姿など、どれも愛らしい姿で見る者を虜にする。


「か、かわいい」


思わず、ぽつりと美云の口から誉め言葉がこぼれる。


「この子は、どこで見つけたんですか?」


「子犬の里親を募集してるサイトでみつけました。確か、コーギーとゴールデンの雑種だったかと。」


写真を食い入るように見ながら、つい質問してしまう。だからコーギーにしては少し毛足が長かったのかと納得しつつ、ペットショップじゃなくて里親募集で家族に迎えたことに評価が上がる。

でもすぐにもっと大事なことがあることを思い出しハッとする。


「美云さん、成徳さんから話は聞いていますか?」


隣のデスクが空席だったので獅朗は椅子を引っ張り出してさりげなく座りだす。


「ええ。少しは。」


「それなら話は早いですね。今、時間作れますか?」


研修について大まかなことを話します。と獅朗の話が続く。


「えっ?美云くん連れてっちゃうの?」


少し離れたところから成徳の声が聞こえてくる。そちらを見ると、少しおどけた顔の成徳と目が合った。


「今日は借りるだけです。今日は。」


なぜか"今日"を強調してくる獅朗に、いったい男たち二人の間でどんな話し合いが成されたのだろうと気になってしょうがない。


さあ、行きましょうか?と手を差し出してくる獅朗に、まだ行くとも予定が無いとも言ってないのだけどと、心の中で突っ込みを入れる。


「獅朗、悪い癖だね。焦ると手に入るものも入らなくなるよ。」


ほっほっほっ。と呑気に笑みを浮かべながら成徳は茶を食む。

獅朗は一旦チラッと成徳の方を見てから美云ににっこり微笑む。


「美云さん、昨日は良く眠れましたか?」


「いえ。それほどは。」


「眠れなかった原因には気づいていますか?」


「ええ。まぁ。」


誘導尋問をされてつい答えてしまったけれど、これは明らかに仕事について知りたいでしょう?という暗の意味が含まれている。


「じゃあなおのこと今聞いておいた方が良い話ですね。」


うっ。

山で見かけた優男スマイルでこちらに微笑みかけてくる。


「ひとつ質問があります。」


「何でしょうか?」


ひとつと言わずいくつでもどうぞと獅朗が促してくる。


「話を聞いてから、断るにしろ受けるにしろ少し時間を頂けますか?」


「ええ。もちろんです。でもきっとこれは美云さんにとって悪い話ではないですよ。」


また微笑みかけてくる。その笑みを怖いとすら思う。例えるならハイエナが本日の食糧であるターゲットに目を向けるような、そんな雰囲気に似ているから。

しかも、悪い話ではないと思いますという仮定ではなく、断定して畳み掛けてさえくる。


ふっふっふっ。と成徳の笑い声が小さく聞こえてくる。


「美云くん、往生際が悪いよ。この男を連れてとっとと話合ってきなさい。」


今度は突然、まるで獅朗の味方になったようなことを言い出す。

何だろうこの告白してもないのに振られたような感覚は。


「わかりました。お話お聞きします。」


成徳にフワッと鞍替えされ、獅朗にガシッと畳み掛けられて逃げ場の無くなった美云は、やっと話を聞く気になった。


むしろ、聞きたいと思っていた相手の方からやってきてくれたことに感謝した方が良いのかもしれなかった。

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