5 / 52
出会い編
5.灯台もと暗し
しおりを挟むやっと山から脱出、現実の世界に戻ります。
………
ひょろりと痩せ形のメガネを掛けた男は女性に近づくと手を差し出し、渋っているらしい女性から荷物を受け取る。
ふと、男が獅朗に気付きペコリとお辞儀をしてくる。
獅朗もお辞儀を返す。
始め、獅朗は単なる山での挨拶程度に思っていた。だが、よくよく思い出すとこの男に見覚えがあることに気づく。
確か、同じ会社の別部所に勤務しているはずだ。女性は彼の関係者なのか。
男が車に乗り込むと、女性は助手席のドアを開け、一瞬乗り込もうとするも不意に振り向き獅朗にペコリとお辞儀をしてから車に乗り込んだ。
女性を乗せた車はゆっくりと動き出したかと思うと、あっという間に獅朗の目の前から跡形もなく消えていった。
山頂で唐突に出会い、登山口に戻ってくるまでのほんの短い間の付き合いだったけれど、
なんとなく気になって
なんとなく放っておけなくて
なんとなくこのまま終わらせたくなくて
連絡先を聞こうか迷いもしたけど
結局、名前すら聞かずに終わってしまった。
ただ、このまま終わるような気がしていないのも事実で、きっとまた会えるような気がした。
「わんっ」
相づちのようにジンが一声吠える。
「僕らも帰ろう。」
獅朗は勢い良く車に乗り込むとエンジンをかける。しばらく何かを探すように登山口を眺めた後、帰路に着いた。
今朝起きた頃に比べるとかなり気分が良かった。
………
「路臣、迎えに来てくれてありがとう。」
ハンドルを握る男に美云は話しかける。
「姉貴、あのさ」
「ん?」
「いや。何でもない。」
「何よ?」
「あの男の人知ってる?」
「えっ?知らないけど。」
「そう。ならいい。」
美云にとって意味不明な会話はあっと言う間に打ち切られる。
ついでに言うと美云が路臣と呼んだ男は美云を姉貴と呼んだけれど、二人の間に血縁関係は無く、赤の他人に近い、遠い親戚とでも言っておこう。
遠い親戚である路臣の実家は今回登った山の麓にあり、車で20分ぐらいのところにある。金曜の夜に路臣が実家に帰るついでに一緒に連れてきてもらって今日に至る。
「そう言えば、おじさんは?」
「兄貴と一緒に新種の野菜作るって研究に躍起になってたよ。」
「ふふ。おじさんらしいね。」
帰りに持って帰れって車に大量の野菜積まれた。と、路臣が呟く。
路臣の父親は路臣がまだ子どもの頃に突然脱サラして農家になる!と言い出した。家族が大反対する中で自分の意志を貫く、変なところで頑固な気質がある変人だ。
その背中を見ながら育ってきた路臣の兄・文庭は嫌々ながら現実を受け入れ、父親と共に農業に打ち込んでいる。
一方、路臣は父親も兄も嫌いではないけれど都会を離れ難く、親戚のおじ一家に身を寄せシティボーイに育った。今は王財閥の中枢である貿易会社の経理部で日々、数字を操る毎日だ。
美云は路臣が身を寄せたおじの奥さん側の親戚にあたる。美云の母親と奥さんの母親が従姉妹同士だったため、だいぶ年は離れているものの子どもの頃は奥さんに可愛がってもらった。
ちなみに奥さんの名前は李莉と言い、おじさんは大威と言う。大威は路臣の父親の兄にあたる。
李莉が大威と結婚してからも仲が良かったため、大威の家に身を寄せて借り暮らしをしていた路臣とも自然と打ち解けるようになった。
………
翌朝。
目覚ましより早く、ジンに顔を舐められ獅朗は起こされた。
獅朗が目を開けると満足したのか、布団の中から這い出し、ジンはトコトコとリビングへ向かう。
毎朝、ベランダにやって来る鳥たちに挨拶をするためだ。
獅朗も起き出して顔を洗い歯を磨くと、いつも通りの服に腕を通しネクタイを絞める。
今日からまた仕事だ。
ジンにご飯を与え、頭をひと撫でしてやると、行ってくるよと声をかけ家を出た。
電車に乗り目的地へ向かう。
会社は駅直結の地下道を通り2、3分の立地にある。そのまま地下からエスカレーターに乗り会社の正面玄関に着く。
正面玄関には関係者以外は入れないように駅の改札並みに複数のゲートがあるので、社員証をピッとかざしてエレベーターホールにやっと辿り着ける。
なにせ1万人以上の従業員が同ビルで働くマンモス会社なので朝は紛れもなく戦争だ。
人々が次々とエレベーターに吸い込まれる中、やっと獅朗の順番がやって来た。
獅朗の部所は高層階なので自ずと奥の方に乗り込む。
「ああっ、待ってください!!」
あわやエレベーターが閉まろうとする時に女性の声が聞こえ、誰かがドアを開けてやる。
はあはあと息の上がった女性がありがとうございます。と言いながらエレベーターに駆け込むと静かにドアが閉まる。
毎度見慣れた光景だったが、ひとつ違うとすれば駆け込んできた女性が、昨日、獅朗が山で出会った女性その人だった。
灯台もと暗しとはこのことか。
獅朗はひとりニヤリとした。
………
どうでも良いことですが。
獅朗と路臣が乗ってる車の車種について
獅朗は機能重視でベンツのCクラスワゴン型
路臣は見た目重視でランクルみたいなゴツい型の車(舞台が日本じゃないのでランクルではないですが)
以上を意識して書いています。
あくまで私個人のイメージです。
情景の参考にしていただければ幸いです。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041


夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる