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ラプンツェルと村の魔女
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数日前に降り積もった雪に昨夜の新雪が重なり、朝日にきらきらと輝いていた。
アネットはその光景を目に、さっきから何度も睫を瞬かせていた。
「アネット! 無謀だよ。
森にいこうなんて、なにを莫迦なことを考えているんだ! 」
一面に広がる夏は牧草地だったと思われる雪原の傍らで足を急がせるアネットを、サイラスが追いかけながら叫んだ。
「でもっ! 」
足を止め振り返るとアネットは男の顔を見上げる。
「もう、他に探すところがないんだもの…… 」
ついでそっと睫を伏せると苦しそうに呟いた。
「きっと、ここにいるのは確かだと思うの。
ほら村の人が皆言っていたでしょ?
殿下と思われる人物が従者と数人の人を連れて森の中で狼を狩っているって」
「だからって君が森に入るのは…… 」
サイラスが眉根を寄せる。
「村の宿屋も、村長の家も、ご領主様のお邸もみんな訊いたのよ。
なのに、何処にも宿泊していないんだもの。
きっと森番の小屋かなにかに滞在していると思うの」
「気になるのはわかるけどね。
だったら村の誰か男を使いにやるとか他に方法はあるんだよ?
何も君が直々に行かなくても。
森番の小屋の位置もわからない君が行くよりそのほうが効率的なんだけどな」
呆れたように男はため息を吐いた。
「森の狼が凶暴化しているからって村の人たちは怯えていたもの。
無理にお願いすることなんてできないし」
アネットは手を握り締めると唇を咬んだ。
正直怖くないといえば嘘になる。
狼を狩るには主に矢か剣だ。
そのどちらもアネットには扱えない。
しかも狼に出くわして、逃げられるかと問われれば追いつかれない確信が持てるほど脚力にも自信がない。
でも……
隣国に出向いた帰路、同行していたセオドアと別れたという地点からその足跡を追ってきて数日。
行き交う人に訊いた話に、どうやらライオネルの足はこの辺りで止まったらしい。
村を取り囲む森の中で狼を狩っている姿が何人もに目撃されていた。
最初は宿泊先を割り出してそこで待つつもりだった。
護衛もないこの状態でサイラスと二人凶暴化した狼が目撃されている森に入るなどという自殺行為に似た行動をするつもりはなかった。
しかし、その宿泊先がどうしてもつかめない。
思い当たるところは全部訪ねてみた。
しかし首を横に振られるばかり。
残るは森の中しか考えられなかった。
とにかく、この森のどこかにライオネルはいる。
その事実がアネットを突き動かしていた。
「このあたりで待っていてください」
そうサイラスに言ってアネットは向き直ると止めていた足を再び動かす。
「そんな訳にはいかないよ」
サイラスが慌てて追いかけてきた。
牧草地と思われる雪原を抜けると一本の道に出た。
先には昨日最後に訪れた領主の館がある。
ライオネルほどの身分になれば、領主さえも快くベッドを貸してくれるはずだ。
ましてや自分の領地の揉め事を解決するのに手を貸してくれているのだから尚更だ。
そう期待して訪ねたのに、対応はけんもほろろだった。
客人どころか、周囲の森でそのような人物さえ見たことはないと言われた。
そのときの態度があまりに冷たくて、二度と邸の敷地に足を踏み入れるなという意味を含んだ言葉まで言われた。
だから、できることならこの先へは行きたくはない。
しかし、あの邸の庭を通り抜けなければ森には入れそうになかった。
仕方なく足を進めると目の前に二つの人影があった。
背の高い大柄の体格の男と、それよりやや細身で若干背の低い男。
遠目ではっきりとはしないが若い二人連れだ。
旅行者だろうか、揃いのコートを着た二人は何かを喋りながら馬の手綱を手にゆっくりとこちらに歩いてくる。
不意に吹き抜けた粉雪を舞い上げた風が片方の男のかぶったコートのフードを背後にさらう。
背後から差し込んだ朝日が男の髪に透け、赤味掛かった金色の髪が燃えるような光りを放つ。
男の引き連れた青毛の大きな馬が何かを訴えるように嘶いた。
「あ…… 」
アネットは思わず足を止め立ち尽くす。
次いで雪を蹴って一気に走り出した。
こちらの様子に気付いたかのように男もまた足を止めた。
その男の胸に、アネットは突進するように走りよる。
今ここで捕まえなければ消えてしまうのではないか。
そんな不安が胸に湧き上がる。
「アネッ…… 」
男の呼ぶ声を耳にしながらアネットはその胸に一気に飛び込んだ。
手をいっぱいに回して男の広い背中を抱きしめる。
「どうして、お前がここにいるんだ? 」
夢でも見ているのかと、言いたそうな男の呆然とした声。
ずっと恋しかったその声に顔を上げると、男は何度となく睫を瞬かせ突然抱きついてきたアネットの顔を見つめている。
目深にかぶっていたケープのフードがいつの間にか落ち、はちみつ色の髪が風になびく。
その髪を男はそっと確かめるように指で梳いた。
男のその指が動くと頤を掬い上げられ上向かされる。
降りてきた唇が軽く重なる。
伝わってきた柔らかな熱に、涙があふれる。
啄ばむようなキスの後、男はアネットの頬を伝う涙をその指でぬぐうと戸惑った表情を浮かべた。
「どうしてお前が泣くんだよ? 」
「だって、レオ様…… 」
なんだろう。
答えなければいけないのに言葉が出てこない。
やっと見つけた顔に思いで頭がいっぱいになり、それ以外に頭が動かない。
「莫迦かお前。
城から警告が出ていただろう?
この辺りは狼が出没して危ないって。
命が惜しくはないのかよ? 」
呆れたように言われる言葉。
「だって、レオ様が……
心配したのよ。
帰ってこないどころかどこに行ったのかもわからなくなって…… 」
押さえようと思うけど、涙が止まらない。
「……すまない。悪かった」
涙の止まらないアネットをどうしていいのかわからないと言った様子で、ライオネルがただ抱き寄せた。
その大きな胸に頬がつくと暖かな熱が伝わってくる。
アネットはその優しい温もりを確かめるように男の胸にすがりついた。
「大変だったんだよ。
アネット嬢、自分で探しに行くってきかなくてさ」
後を追ってゆっくりと近づいてきたサイラスが訴えるように男に言った。
「結局、家出みたいな形で飛び出してきたんだから」
その言葉に一瞬かすかにライオネルの瞳が後悔でもするように、落ち着かなく泳いだ。
「だから、どうして待っていられなかったんだ? 」
胸の中のアネットの顔を覗き込んで呟くように言う。
「そりゃそうだろう。
ひとシーズンも滞在先がわからずに、連絡も来なければ普通心配になるだろう」
サイラスが呆れた表情を浮かべる。
「いや、滞在先や経緯は連絡したはずだ。
それどころか応援要請までしたんだが? 」
「何だ、そりゃ? 」
「とにかく、ここを離れよう」
首をかしげるサイラスのしぐさを目にやや思案顔をした後、わずかに振り返り背後に視線を送ると、ライオネルはアネットの背中を押した。
街道で待っていると、ライオネルの従者が宿屋に預けてあった馬車を引き取り戻ってきた。
「お前は、こっちだ」
粗末な荷馬車の御者台に乗り込もうとすると、不意にライオネルに二の腕をつかまれ引き寄せられる。
「レオ様っ…… だから、わたし…… 」
……そうだった。
訴えるようなアネットの声にライオネルは顔をしかめる。
「じゃ、叔父上代わって馬で…… 」
「バハムートがいいって言うんならな」
涼しい顔でサイラスは答えると子供のような笑みをこぼした。
ライオネルはますます気に入らないという表情に顔をしかめたがどうにもならない。
ゆっくりと動き始める荷馬車について歩き出した二頭の馬の一頭が先に出る。
「じゃぁ、殿下。
私は一足先にいって連絡しておきます」
「待てよ」
言いながら馬に拍車を掛けようとした従者をライオネルは引き止めた。
「もうしばらく単独行動は避けたほうが無難かも知れない」
背後に視線を送りライオネルは呟くように言う。
「レオ様? 」
そのしぐさにアネットは首をかしげた。
何故だろう?
先ほどから何故かライオネルはずっと背後を気にしている。
「いや、なんでもない」
そんな些細な行動が気に掛かって、不安そうな顔をしていたのかもしれないアネットに、ライオネルは穏やかな笑みを向けてくれた。
たとえ人の御す馬でも乗れないから仕方がないのだけれど、本当は……
ライオネル御す馬の前に乗りたかった。
アネットは前を行くライオネルの後ろ姿を目にこっそりと息を吐いた。
そうしたらもう少しさっきの温もりに触れていられたのに……
手を離してしまったこの状態ではまた直ぐにでも消えてしまうのではないかとそんな不安に苛まれる。
湧き上がる不安に呼応するように絞られる胸の痛みに、アネットはそっと胸の衣服を握り締めた。
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