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【第二章】基本技の習得
【第九話】決行の時 ②
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「おいッ!!奴の着ていた服があったというのは本当かッ!!」
一人の騎士が、慌てた様子で衛兵のもとへと向かって走る。
カザルを街中で捜索する部隊の隊長である彼は、銀色に輝く立派な鎧を着込みながら、慌てた様子で街中を走り回っていた。
先ほど、彼のもとに通報があったのだ。
この街を囲う門の一つに、異変があったと────。
この街は四方を外壁に囲われている中、東西南北それぞれに門が設置されているのだが、その通報を受けたのは『北門』だった。
聞けば、そこを通過しようとした商人の荷台に血塗れの囚人服があったらしいのだ。
このタイミングで血塗れの囚人服なんて、『カザル・ロアフィールド』が着ていた物としか考えられない。
十中八九、カザル本人の物だろう。
脱獄した当日でいつまでもそんな目立つ格好をしているはずはないから、邪魔になって捨てた物だと思われた。
彼は、通報に駆けつけた衛兵の話を聞く。
「た、確かですッ!!商品に紛れて隠すように置いてあるのを発見致しましたッ!!」
「なるほど…………。で、その男は…………?」
「えぇ……ッ!!こ、この男なのですが…………」
そう言って、北門を守る衛兵から一人の商人が差し出された。
普段からよく見る男だ。
それほど羽振りがいいわけではないが、昔からこの街で商売をしている。
男は彼の顔を見ると、泣きっ面で彼に縋り付いてきた。
「ご、誤解なんだッ!!オラはそんな物知らねぇ…………ッ!!いつの間にか入ってたんだよぉ……ッ!!」
この商人が嘘をついているようには、彼には到底思えなかった。
よくいる普通の商人だ。
この男は普段から街に出入りしているし、ロアフィールド家との繋がりもない。
それほど大きな商家でもないため、カザルと取り引きどころか、その存在すら知らなかっただろう。
しかし…………
男自身も知らないうちに利用されている可能性もあるし、何よりこの男との間に誰が入っているかも分からなかった。
尋問は必須だ。
流石に、この状況で手心を加えるわけにはいかない。
彼は衛兵に向け、指示を出した。
「この男を捕らえ、情報を出来る限り絞り出しておけッ!!私は例の囚人服とやらを見るッ!!」
「は、はいッ!!」
そうして、衛兵は喚く商人をどこか別の場所に連れて行き、代わりに囚人服を差し出してきた。
それはずいぶんとボロボロになっていて、所々に斬られたのであろう傷跡がある。
激しい戦闘が行われていたことは明白だ。
それに、囚人服は元々灰色の無地だったはずなのだが、この服は決してそうとは思えないほどに血で真っ赤に染まり上がっている。
彼はそれを見て、無念そうに呟く。
「コレは…………酷いな」
一体何をどうすればこうなるのかというくらい、元の原型が失われていた。
臭いも凄まじく、血の量もひどく夥しい。
ほとんど返り血による物だろう。
誰の血かは…………考えるまでもなかった。
「この男が…………"ギルバート様"を……」
彼は、その服を強くギュッと握り締める。
騎士であった『ギルバート・ビライトス』は、老齢によって第一線からは離れたものの、数多くの兵士や練達者を輩出するほどに優秀な教育係だった。
上級職の人間ですらギルバートに恩義を感じている者は多いのだ。
職業に限らず、ギルバートから武技を教わった者は数多くいる。
かくいう『聖騎士』の職業を賜った彼も、その内の一人だった。
彼は一人、寂しげに話す。
「仇はとります、ギルバート師匠…………。この、『ユーラット・ソフラテス』が…………ッ!!『無能者』に卑劣な手で討ち滅ぼされた貴方に代わって、奴を討ち倒しますッ!!」
そう言って彼…………『ユーラット・ソフラテス』は、固く誓いを立てた。
この街中を捜索する部隊の隊長であり、職業『聖騎士』でもあるユーラットは、『騎士』であるギルバートの無念を胸に、凛々しく顔を上げる。
こんな所で感傷に浸って立ち止まっている場合ではないのだ。
今は一刻も早く、大罪人『カザル・ロアフィールド』を始末しなくてはならない。
だが、その時────。
ユーラットのもとに、またしても報告が入ってきた。
「た、大変ですッ!!今度は西門の方で、"奴"と思わしき人物が走り去っていったとの報告がありましたッ!!」
「な、何…………ッ!?西門だとッ!?奴は外へ出たのではないのかッ!?」
「わ、分かりません…………。ただ、そういった情報も多く、西門へ向かったのは間違いないと思われます」
「…………分かった。報告ご苦労」
「ハッ!!すぐに向かわれますか?」
「いや、ちょっと待て……」
(北門で奴の服が見つかったかと思えば、今度は西門で目撃証言だと…………?一体どうなっている…………。まさか、そういった工作を行ったというのか…………?だが、奴は今日の朝に脱獄したばかりのはず…………。物理的に考えて、そんな時間は……)
ユーラットは思い悩む。
北門で囚人服が見つかったにもかかわらず、当の本人は西門に向かっているなど、明らかに変な状況だ。
何か────何か妙な事が起きている気がする。
「た、大変ですッ!!」
「…………ッ!!今度は何だッ!!」
「に、西門近くに……ッ!!奴に殺されたと思われる人間の死体が、2名発見されました……ッ!!」
「チッ、また西門か……ッ!!なら……ッ!!」
しかし…………
そうして、西門に出撃を決断しようとした、その時────。
「報告がありますッ!!」
またかと、ユーラットは顔を向けた。
もう西門に行くと決めたのだ。
これ以上は…………
「南門付近に……ッ!!怪しげな血痕が見つかりましたッ!!」
「この近くです!!奴を見たという目撃証言が……ッ!!」
「西門近くで、奴の仲間と思しき人間たちの情報があると……ッ!!」
「み、南門に……ッ!!ぎ、ギルバート様の持っていたと思われるプレートがありました……ッ!!」
「北門近くの商人が、着火剤をやたら沢山買っていった男がいるとのことです……ッ!!」
「西門近くのスラムで、奴のネグラらしき物があるとの報告が入りました……ッ!!」
「南門に……ッ!!」
「北門に……ッ!!」
「西門に……ッ!!」
「…………………………は?」
ユーラットは思わず、呆けた返事をしてしまった。
急に来た、あまりに多数の、情報過多すぎる情報群────。
もう、訳が…………訳が、分からなかった。
ここまで多いと、何が重要で、何が重要でないのかすら判別できないのだ。
どれも重要そうに見えて仕方がない。
というより…………
「何故…………ッ!!これほどまでに情報が錯綜する…………ッ!!」
南と北と西────。
情報はその3つの門近くに定められていた。
あまりに情報過多すぎて分かりにくいが、言えることはただ一つだ。
(奴はッ!!この街からまだ出てはいない…………ッ!!)
今日脱獄した男がこんな短時間でこれほど広範囲に仕掛けを施せている時点で、外になど行っているはずはなかった。
また、
その上で、協力者がいることも間違いない。
一人でやるには、コレはあまりに範囲が広すぎるのだ。
物理的に考えて、情報にフェイクが混じっているのは間違いないだろう。
それに、
これだけ聞けば、怪しい所くらいすぐに見当もつく。
考えるまでもないことだった。
さっきから、一度も名前の出てこない場所────。
そう、
"東門"だ。
「決まったぞ…………。これから我らが行くべきは、東門だ────」
これだけ北と南と西の門近くに情報が集中しているにも関わらずそこだけ何もないなんて、怪しくて仕方がなかった。
カザルがいるかどうかは別として、何かはあるだろう。
そうと決まれば即行動だ。
ユーラットは改めて決断する。
「よしッ!!それでは各員、今すぐ出立を────ッ!!」
「た、大変ですッ!!」
と、その時────。
いざ号令を発しようとしたユーラットのもとに、一人の兵士が飛び込んできた。
その兵士は息を切らし、今にも倒れる寸前だ。
よっぽど遠くから走ってきたのだろう。
その表情は必死そのもので、その兵士の実直な性格が窺える。
だが…………
緊急の報告なら、ユーラットの耳は既に色々と受けすぎていた。
どんな報告だろうともう関係ない。
整理も確認も出来てない中で、いきなり情報ばかり集まってきても仕方ないのだ。
南も北も西も要警戒なのは充分に分かっているが、今は東門に集中したかった。
時間は待ってはくれない。
こういうものは早いに限るのだ。
しかし…………
「ほ、"放火"です…………ッ!!子どもの泣き声のする小屋に……ッ!!ひ、火が放たれていますッ!!」
「…………………………は?」
言っていることが、よく分からなかった。
急すぎて────。
いきなりすぎて────。
この兵士が何を言っているのか、ユーラットは瞬時には理解できなかったのだ。
だが、
兵士は続けた。
「先ほどからずっと……ッ!!母親たちの悲鳴が鳴り響いていますッ!!少し目を離した隙にいなくなっていたそうですが……ッ!!間違いなく…………ッ!!カザルの仕業ですッ!!」
ユーラットは、思考と感情が混濁して、もはや訳の分からない状態になっていた。
外に行ったと思われていた所からの北門の知らせに赴いたかと思えば、西門に逃げたという目撃証言を得て、それに悩む内に、南門を追加した情報過多状態からの今────。
ようやく東門への出撃を決断したところにそんなことを言われれば、いくら決意を固めていたところで混乱もする。
『聖騎士』としては、子どもが犠牲になっているなんて情報を捨て置くわけにはいかないのだ。
ユーラットは歯を食い縛ると、兵士に問いかける。
「そ、それは…………ッ!!どの区画だッ!!」
兵士はただただ、事実を答えた。
ユーラットはそれを聞いて一度深呼吸すると、再々度決断することにする。
どれだけ東門が怪しかろうと、聖騎士として信義に背くわけにはいかないのだ。
それは聖騎士として職業を授かったユーラットの義務であり、アイデンティティに他ならない。
ユーラットは息を大きく吸い込むと、大きな声で方針を打ち立てた。
「総員…………ッ!!"西門"へ向けッ!!出撃だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」
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一人の騎士が、慌てた様子で衛兵のもとへと向かって走る。
カザルを街中で捜索する部隊の隊長である彼は、銀色に輝く立派な鎧を着込みながら、慌てた様子で街中を走り回っていた。
先ほど、彼のもとに通報があったのだ。
この街を囲う門の一つに、異変があったと────。
この街は四方を外壁に囲われている中、東西南北それぞれに門が設置されているのだが、その通報を受けたのは『北門』だった。
聞けば、そこを通過しようとした商人の荷台に血塗れの囚人服があったらしいのだ。
このタイミングで血塗れの囚人服なんて、『カザル・ロアフィールド』が着ていた物としか考えられない。
十中八九、カザル本人の物だろう。
脱獄した当日でいつまでもそんな目立つ格好をしているはずはないから、邪魔になって捨てた物だと思われた。
彼は、通報に駆けつけた衛兵の話を聞く。
「た、確かですッ!!商品に紛れて隠すように置いてあるのを発見致しましたッ!!」
「なるほど…………。で、その男は…………?」
「えぇ……ッ!!こ、この男なのですが…………」
そう言って、北門を守る衛兵から一人の商人が差し出された。
普段からよく見る男だ。
それほど羽振りがいいわけではないが、昔からこの街で商売をしている。
男は彼の顔を見ると、泣きっ面で彼に縋り付いてきた。
「ご、誤解なんだッ!!オラはそんな物知らねぇ…………ッ!!いつの間にか入ってたんだよぉ……ッ!!」
この商人が嘘をついているようには、彼には到底思えなかった。
よくいる普通の商人だ。
この男は普段から街に出入りしているし、ロアフィールド家との繋がりもない。
それほど大きな商家でもないため、カザルと取り引きどころか、その存在すら知らなかっただろう。
しかし…………
男自身も知らないうちに利用されている可能性もあるし、何よりこの男との間に誰が入っているかも分からなかった。
尋問は必須だ。
流石に、この状況で手心を加えるわけにはいかない。
彼は衛兵に向け、指示を出した。
「この男を捕らえ、情報を出来る限り絞り出しておけッ!!私は例の囚人服とやらを見るッ!!」
「は、はいッ!!」
そうして、衛兵は喚く商人をどこか別の場所に連れて行き、代わりに囚人服を差し出してきた。
それはずいぶんとボロボロになっていて、所々に斬られたのであろう傷跡がある。
激しい戦闘が行われていたことは明白だ。
それに、囚人服は元々灰色の無地だったはずなのだが、この服は決してそうとは思えないほどに血で真っ赤に染まり上がっている。
彼はそれを見て、無念そうに呟く。
「コレは…………酷いな」
一体何をどうすればこうなるのかというくらい、元の原型が失われていた。
臭いも凄まじく、血の量もひどく夥しい。
ほとんど返り血による物だろう。
誰の血かは…………考えるまでもなかった。
「この男が…………"ギルバート様"を……」
彼は、その服を強くギュッと握り締める。
騎士であった『ギルバート・ビライトス』は、老齢によって第一線からは離れたものの、数多くの兵士や練達者を輩出するほどに優秀な教育係だった。
上級職の人間ですらギルバートに恩義を感じている者は多いのだ。
職業に限らず、ギルバートから武技を教わった者は数多くいる。
かくいう『聖騎士』の職業を賜った彼も、その内の一人だった。
彼は一人、寂しげに話す。
「仇はとります、ギルバート師匠…………。この、『ユーラット・ソフラテス』が…………ッ!!『無能者』に卑劣な手で討ち滅ぼされた貴方に代わって、奴を討ち倒しますッ!!」
そう言って彼…………『ユーラット・ソフラテス』は、固く誓いを立てた。
この街中を捜索する部隊の隊長であり、職業『聖騎士』でもあるユーラットは、『騎士』であるギルバートの無念を胸に、凛々しく顔を上げる。
こんな所で感傷に浸って立ち止まっている場合ではないのだ。
今は一刻も早く、大罪人『カザル・ロアフィールド』を始末しなくてはならない。
だが、その時────。
ユーラットのもとに、またしても報告が入ってきた。
「た、大変ですッ!!今度は西門の方で、"奴"と思わしき人物が走り去っていったとの報告がありましたッ!!」
「な、何…………ッ!?西門だとッ!?奴は外へ出たのではないのかッ!?」
「わ、分かりません…………。ただ、そういった情報も多く、西門へ向かったのは間違いないと思われます」
「…………分かった。報告ご苦労」
「ハッ!!すぐに向かわれますか?」
「いや、ちょっと待て……」
(北門で奴の服が見つかったかと思えば、今度は西門で目撃証言だと…………?一体どうなっている…………。まさか、そういった工作を行ったというのか…………?だが、奴は今日の朝に脱獄したばかりのはず…………。物理的に考えて、そんな時間は……)
ユーラットは思い悩む。
北門で囚人服が見つかったにもかかわらず、当の本人は西門に向かっているなど、明らかに変な状況だ。
何か────何か妙な事が起きている気がする。
「た、大変ですッ!!」
「…………ッ!!今度は何だッ!!」
「に、西門近くに……ッ!!奴に殺されたと思われる人間の死体が、2名発見されました……ッ!!」
「チッ、また西門か……ッ!!なら……ッ!!」
しかし…………
そうして、西門に出撃を決断しようとした、その時────。
「報告がありますッ!!」
またかと、ユーラットは顔を向けた。
もう西門に行くと決めたのだ。
これ以上は…………
「南門付近に……ッ!!怪しげな血痕が見つかりましたッ!!」
「この近くです!!奴を見たという目撃証言が……ッ!!」
「西門近くで、奴の仲間と思しき人間たちの情報があると……ッ!!」
「み、南門に……ッ!!ぎ、ギルバート様の持っていたと思われるプレートがありました……ッ!!」
「北門近くの商人が、着火剤をやたら沢山買っていった男がいるとのことです……ッ!!」
「西門近くのスラムで、奴のネグラらしき物があるとの報告が入りました……ッ!!」
「南門に……ッ!!」
「北門に……ッ!!」
「西門に……ッ!!」
「…………………………は?」
ユーラットは思わず、呆けた返事をしてしまった。
急に来た、あまりに多数の、情報過多すぎる情報群────。
もう、訳が…………訳が、分からなかった。
ここまで多いと、何が重要で、何が重要でないのかすら判別できないのだ。
どれも重要そうに見えて仕方がない。
というより…………
「何故…………ッ!!これほどまでに情報が錯綜する…………ッ!!」
南と北と西────。
情報はその3つの門近くに定められていた。
あまりに情報過多すぎて分かりにくいが、言えることはただ一つだ。
(奴はッ!!この街からまだ出てはいない…………ッ!!)
今日脱獄した男がこんな短時間でこれほど広範囲に仕掛けを施せている時点で、外になど行っているはずはなかった。
また、
その上で、協力者がいることも間違いない。
一人でやるには、コレはあまりに範囲が広すぎるのだ。
物理的に考えて、情報にフェイクが混じっているのは間違いないだろう。
それに、
これだけ聞けば、怪しい所くらいすぐに見当もつく。
考えるまでもないことだった。
さっきから、一度も名前の出てこない場所────。
そう、
"東門"だ。
「決まったぞ…………。これから我らが行くべきは、東門だ────」
これだけ北と南と西の門近くに情報が集中しているにも関わらずそこだけ何もないなんて、怪しくて仕方がなかった。
カザルがいるかどうかは別として、何かはあるだろう。
そうと決まれば即行動だ。
ユーラットは改めて決断する。
「よしッ!!それでは各員、今すぐ出立を────ッ!!」
「た、大変ですッ!!」
と、その時────。
いざ号令を発しようとしたユーラットのもとに、一人の兵士が飛び込んできた。
その兵士は息を切らし、今にも倒れる寸前だ。
よっぽど遠くから走ってきたのだろう。
その表情は必死そのもので、その兵士の実直な性格が窺える。
だが…………
緊急の報告なら、ユーラットの耳は既に色々と受けすぎていた。
どんな報告だろうともう関係ない。
整理も確認も出来てない中で、いきなり情報ばかり集まってきても仕方ないのだ。
南も北も西も要警戒なのは充分に分かっているが、今は東門に集中したかった。
時間は待ってはくれない。
こういうものは早いに限るのだ。
しかし…………
「ほ、"放火"です…………ッ!!子どもの泣き声のする小屋に……ッ!!ひ、火が放たれていますッ!!」
「…………………………は?」
言っていることが、よく分からなかった。
急すぎて────。
いきなりすぎて────。
この兵士が何を言っているのか、ユーラットは瞬時には理解できなかったのだ。
だが、
兵士は続けた。
「先ほどからずっと……ッ!!母親たちの悲鳴が鳴り響いていますッ!!少し目を離した隙にいなくなっていたそうですが……ッ!!間違いなく…………ッ!!カザルの仕業ですッ!!」
ユーラットは、思考と感情が混濁して、もはや訳の分からない状態になっていた。
外に行ったと思われていた所からの北門の知らせに赴いたかと思えば、西門に逃げたという目撃証言を得て、それに悩む内に、南門を追加した情報過多状態からの今────。
ようやく東門への出撃を決断したところにそんなことを言われれば、いくら決意を固めていたところで混乱もする。
『聖騎士』としては、子どもが犠牲になっているなんて情報を捨て置くわけにはいかないのだ。
ユーラットは歯を食い縛ると、兵士に問いかける。
「そ、それは…………ッ!!どの区画だッ!!」
兵士はただただ、事実を答えた。
ユーラットはそれを聞いて一度深呼吸すると、再々度決断することにする。
どれだけ東門が怪しかろうと、聖騎士として信義に背くわけにはいかないのだ。
それは聖騎士として職業を授かったユーラットの義務であり、アイデンティティに他ならない。
ユーラットは息を大きく吸い込むと、大きな声で方針を打ち立てた。
「総員…………ッ!!"西門"へ向けッ!!出撃だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」
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