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【第二章】基本技の習得

【第九話】決行の時 ①

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その日はひどく騒がしい夜だった。

街中が喧騒と警戒に覆い尽くされ、豪華な鎧を着た騎士たちがガシャガシャと音を立てながら走り回っている。

それもそのはずだ。

今日の朝────。

あのロアフィールド家が実は長男が別にいたと発表したかと思えば、その長男を大罪人として処刑すると言い始め、さらにはその長男が処刑直前になって逃げ出してきたと言うのだ。

走り回っている騎士たちは当然、そのロアフィールド家が長男を捕まえるために放ったもので、騎士たちもトバルの怒りを買わないよう必死になって探し回っている。

とはいえ…………

犯人であるその長男は、今頃にはもうこの街から出ているだろうというのが、大方の予想だった。

わざわざ脱走した者が外にも逃げずにその場に留まり続けているなど、普通に考えてあり得ないことだからだ。

ロアフィールド家の現当主である『トバル・ロアフィールド』も、事が発覚して早々、街の各門衛に厳重な警戒体制を取るよう命じ、内よりも外を警戒するよう呼びかけている。

今や練達者や上級職の騎士たちも、そのほとんどが街の出入口の方に固められている状況だ。

その他は街の外側を探す者と内側を探す者に分けられ、実力者のほとんどは内側よりも外側の方に集められている。

要は…………

厄介なのはほとんど出入口か外に集まっている────ということだ。

恭司はその様子を、建物の屋根の上からコッソリと見下ろす。

夜に物陰で隠れ潜むくらいのことはお手の物だ。

恭司は忙しなく動き回る彼らを観察しながら、ニヤリと笑う。


「どうやら…………俺一人のために街中でずいぶんと手厚い捜索隊が組まれているみたいだなァ…………。光栄のあまり、殺意が湧いてくるようだよ……」


恭司は余裕のある表情で、楽しそうに呟いた。

追われている張本人とは思えないほどの不敵ぶりだ。

その後ろでは、さっき会ったばかりの男たちが数人、ビクビクしながら待機している。

彼らにはこの状況が、心底怖くて堪らなかった。


「お、俺…………こ、こんなに騎士どもが集まってる所を見るのなんて、う、生まれて初めてだ…………」
「い、一体…………俺たちは何で、こんなことに…………」
「捕まったら大変なことになるんじゃあ…………」
「お、おいッ!!滅多なこと言うな…………ッ!!あの人に聞こえてたらどうするッ!!」


勿論全部聞こえていたが、恭司は気づかないフリをした。

ここまできたら、このメンバーで何とかするしかないのだ。

いちいち怯えさせて間引きしているような時間もない。

恭司が今日動き出したのは、今日がまだ一番、警戒体制が薄いからだ。

なんせ、今日は恭司が脱獄したその"当日"────。

まだ手配書も回っていなければ、何が起こったのかさえ世に出回っていない。

明日になればそれも色々と変わってしまうことだろう。

だからこそ、

恭司は今日動き出すことこそが最も効率的だと判断したのだ。

向こうの警戒体制が整いきってからでは遅い。

情報が行き渡っていない、今こそがチャンス────。

事はいつだって、早急で迅速に限る。


「手はずはちゃんと整っているか…………?」


恭司は小さな声で、後ろのメンバーに声を掛けた。

そのために人数を集めたのだ。

メンバーたちは声をかけられた瞬間にビクリと体を揺らして、口々に報告を開始する。


「へ、へぇ…………ッ!!旦那の着ていた服は、商人の運ぶ馬車にしっかりと紛れ込ましときやしたッ!!」
「だ、大丈夫です…………ッ!!騎士の奴らには、『それっぽい人が外壁に走っていくのを見た』と伝えておきましたッ!!」
「いくつか"証拠っぽい物"もあちこちにばら撒いてますッ!!」
「"あれ"の準備も万端ですッ!!手頃な場所がいくつかありましたので、今は縛ってそこの柱に括り付けてますッ!!」

「よし………………。ならいい」


恭司は昼のうちに、出来る準備を全て整えていた。

このメンバーたちは昔からここに住んでいただけあって、脱獄初日のカザルと既に繋がっているなどとは騎士たちに毛ほども疑われていなかったのだ。

騎士たちも普段から街の警護にあたっている以上、彼らのことはもちろん知っている。

もしかしたら彼らが脱獄の協力者だとバレてしまう可能性も想定していたのだが、彼らが中途半端に悪さをしていた小者だったのが幸いして逆に問題なかった。

本来、こんな大それたことが出来るような連中ではないからだ。

恭司は想定通りに事が動いているのを確認すると、再び街の様子を観察する。

そこには、走り回る騎士たちに紛れて、必死に慌てふためている女性たちの姿があった。

"想定通り"過ぎて、恭司はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる。

準備は万端だ。

予定も計画も…………怖いくらいに順調に進んでいる。


「あ、あの、でも…………ほ、本当に、やっちまうんですかい…………?あ、あんな…………"小さい子どもたち"まで…………」


メンバーの内、最後に報告してきた男が恭司に恐る恐る尋ねてきた。

彼はメンバーの中でも最も重要な役割を担ってくれた人物だ。

メンバーたちの中で、最も"罪の重いこと"をやらせた人物とも言える。

『手頃な場所』を知っているというから任せたのだが、今さらながら自分のやったことへの重圧に耐えかねているのだろう。

恭司はその男の側に歩み寄ると、その肩をポンと叩いた。


「安心しろ────。別に、お前は単に俺の指示に従って動いただけじゃないか。何も心配することなどない。お前はただ、俺の言う通りにだけやっていればいいんだ。そうすれば…………お前はずっと、"被害者のまま"でいられる…………。ここで変に自分の意思なんて出せば、逆に共犯だと疑われかねないぞ…………?」

「は、はぁ…………。そ、そう………………ですか。そう………………ですよね…………」


嘘だ。

勿論、そんなことで被害者だなどと思われるはずもなく、ただただやった事実だけで罰せられるに決まっている。

もし事が露見した時には、彼のそんな言い訳は全くをもって通用しないだろう。

"母親たち"からは疎まれ、憎まれ…………一生罪を背負っていくことになる。

こうやって自分の状況すら理解できないバカは、いつだって利用される側なのだ。

恭司は爽やかな笑みでニッコリと微笑むと、続けて他のメンバーたちに視線を向ける。


「"そんなこと"より…………"母親たち"がようやく気付き始めたようだ。準備にかかるぞ。他の奴らにも伝えろ」

「「「へ、へい…………ッ!!」」」


そうして…………

恭司の言葉を皮切りに、男たちは一斉に動き出した。

北と東と南に向かって、彼らは走り出す。

とうとう作戦を始動するのだ。

ようやくのこの時────。

待ちに待った、作戦開始の合図────。

最初に動きがあったのは、街の『北門』の方だった。


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