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第一章 出会い編

第一話 何故か愛しく思える人

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 頼まれた仕事がひと段落した僕は、重い足取りで、とある部屋を目指していた。

 最近の僕の仕事には、雑務以外のものもある。
 今から向かう部屋に居る客をおもてなしする事が、今の一番の僕の務めだ。

 出来れば行きたくないけれど、このまま逃げる事は許されないのは僕も分かっている。
 他の部屋よりも明らかに豪華な造りの扉の前で、僕は大きく息を吐いて緊張を解く様に努めると、諦め半分、扉を叩く。

 中から聞こえた重低音の美声を合図に扉を開けると、高価な調度品に溢れた室内に、その男は居た。

「……また、お前か」

 部屋に入って、開口一番嫌そうな声を上げたその男夫は、諦めた様子で室内に入ると大きなため息を吐いた。
 長身の僕よりも更に上背があり、どちらかと言えば筋肉質な筈の僕が、細身に感じられるほど厚みのある体躯をしたその美丈夫の名前は、フリードリヒ様と言う。

 身なりからして、明らかに平民ではないけれど、僕は彼については名前以外は知らされていない。
 
 僕たち男娼館の人間は、出されたお金に見合うだけのサービスをお客様に提供する事だけを求められていて、お客様の事情や背景を詮索しない様に、滾々と教え込まれている。
 勿論、お客様が教えてくださった場合は話が別だが、それは閨を共にする男娼にだけ教えてくれる睦言であり、他者に吹聴する様なものではない。

 実際、この館を出たら僕たちには縁のないような地位のある人ばかりが、この館を訪れていると噂はされてはいるが、男娼たちは馴染みの客については沈黙を守っているのだから、この男娼館の守秘義務はかなりしっかりしている。

「……そこまでして俺を会わせたくないのか」

 フリードリヒ様の声は苦い。

 彼が本来会いたい相手に、一切会わせて貰えないのが、余程堪えているのだろう。

 だが、僕はフリードリヒ様の望みを叶えることは出来ない。むしろ、絶対に会わせないようにと僕は言われているのだ。

 だから僕は情けなくも苦く笑って見せるしかない。

「……すみません」

 謝る僕の声は自然と尻すぼみになってしまうが、今のフリードリヒ様から感じる怒りの混じった威圧感からしてみれば、致し方ない事だと思う。大きな体躯に見合うだけの、貫禄のあるその鋭い眼差しを前にすれば、僕みたいな気弱な人間であれば逃げたくなるのは当然だった。

 ただ、仕事である以上は僕も逃げる事は許されない。

 それに、こんな風に威圧的な態度を取ってはいるものの、フリードリヒ様は僕に暴力を振るったりするわけではない。勿論嫌味の一つは毎回何度も言われているし、僕ばかりが彼の相手をしていることもあって、他の人よりも冷たい態度を取られてはいるのだけれど。

「……ふん、言うことなのだろう。……酒だ」

 どかっと巨大な寝台に腰かけたフリードリヒ様は、不本意である事を隠しもせずに尊大に言い放った。

「はい、すみません……」

 僕は謝りながら、店で一番高価な酒をフリードリヒ様の為に準備をする。

「せめてもう少し見目が良ければ、まだ気晴らしになるものを……」

 吐き捨てるような声に、僕は少しだけ傷つきながらも手だけは止めずに動かし続けた。

 僕の外見では彼にとってはその価値は無いのだと、その言葉からはっきりと分かる。
 だが、それは当然だ。
 特に美しい容姿の者が多いこの館で、僕は明らかに悪い意味で浮いている。
 総合的に見て、僕よりも器量が悪いのは館を護衛しているような屈強な男連中くらいだ。
 
 男娼でもない僕が、フリードリヒ様の接待をする事になったのは、ある人物からの命令からだった。



◆◇◆

「……僕がですか?」

 男娼館の主であるイシュトさんから相談を受けたのは、ある日の晩の事だった。
 年若い主は、端整な顔を顰めながらも僕の言葉に頷いて見せる。

「そう、君にその方のお相手をお願いしたいんだよ。君、処女じゃないでしょ?」

 あまりに不躾な質問ではあるが、イシュトさんの表情から別にからかったりしたくて聞いているわけではない事が分かり、僕はゆっくりと頷いて見せる。
 ナオヤ先輩とは何年も関係を持っていたし、不本意だし強姦みたいな形ではあったがリードとも何度か関係を持っていた。
 相手としての人数は多くないが、回数的には多い方だと思うし、多分性的な事に関しては下手ではないとは思う。

 でも、性行為が好きかどうかと聞かれれば、今の僕はあまり好きではないと即答できる。

 恋人だと思っていたナオヤ先輩の時は好きでしていたと思うけれど、あの日々が全部嘘だったと知った時には辛すぎて吐いたし、リードとの行為に至ってはただの苦痛でしかなかった。結構酷い事をされたし、ああいう類の相手とやらないといけないなら、もう一生セックスしなくても良いとさえ思えるくらいには、今は好きではない。

 それに、僕が男娼をやるのは難しいと、目の前のイシュトさんが初対面で僕に言ったのだ。

「でも、あの、そもそも僕には男娼は無理だってイシュトさんが言いました、よね?」

 進んで男娼にはなりたくはなかったけれど、最悪の場合は……と思っていた僕に対して、イシュトさんははっきりと需要が無いと断言したのだ。なお、他のミネアたちに関しては、需要があったらしく男娼を薦められたものの、男の相手がどうしても無理だという事で、僕を含めて頼み込んで雑用係で雇ってもらった経緯がある。

 ちょうど、雑用をしていた子たちが辞めてしまったのも幸運と言えば幸運だった。
 
「うん、言ったよ? ああ、ちなみに今も意見は変わってないよ。年齢もいってるし、顔も普通だし、背もデカいし、体つきもちょっとね」

 悪びれず、イシュトさんはずけずけと言ってくるが、事実なので僕は言い返す言葉もない。
 ちなみに、特にイシュトさんが一番難色を示したのは僕の年齢だった。
 男娼は二十代半ばくらいから、既に年増扱いらしい。

「だったらなぜですか?」

 男娼が足りないというなら話は分かるが、この男娼館に来るような男性は、所謂上流階級ばかりなのはすれ違うお客様を見ればよく分かる。お客様たちは一晩じっくりと泊って行く方ばかりだし、いまかいまかと男娼を待つような店では無いのだ。質をとにかく大事にしているのは、僕にも分かった。

 だから、男娼には向かないと言われる僕を接客に回そうなんて異常な話だ。

「うん。本当言えば、君をお店に出したいと言う訳では無いんだ。むしろ、君がお相手してほしいのはたった一人なんだよ。その人は本来ならば上客なんだけどね、今は、と言うか今後はちょっと来てもらっては困る人なんだよねぇ」
「困る……?」

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