504 / 700
第二十八章
母の愛とスポーツマンシップ
しおりを挟む
MMとは何か? ファンタジー世界で言えばマジック・ミサイル、極めてシンプルかつ代表的な攻撃魔法だ。人名だとマーシャル・マザーズ。有名なラッパー、エミネムの本名かつアルバムのタイトルでもある。そのイニシャルがMMでなまってエミネムというラッパー名になったとか。
ところが。格闘技の世界でMMと言えばマザーズ・ミルクという少し特殊な締め技の名前になる。どんな技かと言うと、マウントポジションをとってから相手の首の後ろに腕を回し持ち上げ、顔面の向きをロックして自分の大胸筋におしつけ窒息させる……という恐ろしい技だ。もともと柔道などでも、袈裟堅めの際に腋臭のきつい部分を相手の鼻へ押しつける、といった小技はあったので温故知新というか古い技術の再利用でもあるのだが、汗に湿ったラッシュガードが鼻や口を覆うのはまた新しい感覚らしい。
ちなみにマザーズ・ミルク、その名を直訳すれば『母の乳』ではあるが、もちろん男性同士の試合でも使用される。その際はムキムキの男がムキムキの男の顔を雄っぱいへ押しつけるという地獄のような風景が見られる訳である……。
「(アリスさんギブギブ!)」
ながながと回想したのは脳内だけの話。現実の俺は早々にタップの合図を胸の大きな天然の女教師へ送った。
せっかくの感覚を堪能しないのか、って? 確かに惜しい気持ちはある。しかし窒息の感覚を身体が覚えてしまうと変な『慣れ』と言うか、次からは軽く首を絞められただけで卒倒してしまう体質になってしまう……と格闘技の業界では言うのだ。アリスさんのかけるMMはスタンド状態の為かかりは非常に弱いが、これで卒倒して癖になると良くない。
「あ、ごめんなさい!」
アリスさんはハッと気づいて身を離し、背後を睨んだ。俺たちの様子を伺っていた生徒さんたちが一斉に別の方向を観る。いや自分を棚に上げてなんだけど、試合へ集中しろよ。
「ぷはっ、大丈夫です……。それより、メモを」
俺は喇叭を吹くような呼吸を一つして、手を伸ばした。アリスさんがその手の平へエルフ語へ書き直した指示書を置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それではちょっと」
俺は一つ断りを入れて、極めて慎重に階段を降りた。まだ少し目眩がする。
『監督、もうあんな事まで? 早いですね!』
そんな俺を心配してか、受け取り役のヨンさんが少し身を乗り出し手を伸ばしながら声をかけてきた。
「わざわざありがとう。心配ないよ。これをお願いします」
『はい、受け取りました! 見た事は内緒にしておくので、口止め料もいつかくださいね!』
ヨンさんは何か言って俺にウインクを飛ばし、メモを手にベンチへ向かう。
「ヨンさん、FWにしては真面目過ぎるところが難点だけど、こういう時に気が利くのはありがたいな」
俺はそう声に出して呟きつつ、アリスさんの待つ席まで戻った。
「おかえりなさい旦那様! ご飯に入ります? お風呂を食べます? それとも……」
「試合を観ます」
再び情報量の多いボケで迎えるアリスさんに若干の塩対応をして、俺はピッチへ向き直った。ちょうどヨンさんがそのままベンチからピッチ脇のウォーミングアップエリアへ向かい、交代選手の2名に声をかけている所だった。
「やん、さっきは優しかったのに今は冷たい! ……て選手交代まだなんですか?」
俺が送った指示の中身を知っているアリスさんが不思議そうに問う。
「準備はしているんですが、そうすぐにではないです。一つには、交代選手がスムーズに試合へ入り込めるようアップの仕上げをしているから。もう一つには、そもそも選手交代って試合が途切れたタイミングでないとできないんですよ」
俺は自分たちの事情とサッカードウの性質との両方の理由を併せて説明した。
「へーそうなんだ! 授業中に『お母さん、トイレ!』とか言って自主的に中断するとかはできないんですね」
いや異世界でも先生に『お母さん』って言ってしまうのあるんかい!
「自主的に中断と言うか、自分たちがボールを握っている時にワザとにタッチライン外へボールを蹴り出して選手交代を促す、みたいなのはありますが」
ツッコミたい部分は多々あったが、俺は説明の方を優先した。
「でもそれは誰か負傷した時とかですね。自分で蹴り出すと相手ボールのスローインになってしまうので、戦術的交代ではあまりしません」
なお負傷した選手の為に片方のチームAの選手がボールを蹴り出した場合、相手チームBは自チームのスローインで始めるが、チームAのGK等へボールを返す習慣がある。『プレゼントボール』というルールに無いルールだ。サッカーが紳士のスポーツであった頃の名残だが、淑女のスポーツであるこの異世界サッカードウにもその精神は引き継がれているらしい。そこはクラマさんを褒めておこう。
「そうなんですね。あ、でもタイミングがきたみたいです!」
頷くアリスさんがさっと顔を上げてそう叫ぶ。彼女の言う通りガニアさんのクリアボールがタッチを割ってスローインとなり、リザードマンの副審さんが旗を倒してドラゴンの審判さんへ選手交代の合図を送っていた。
いよいよ待っていた時が訪れようとしていた。
ところが。格闘技の世界でMMと言えばマザーズ・ミルクという少し特殊な締め技の名前になる。どんな技かと言うと、マウントポジションをとってから相手の首の後ろに腕を回し持ち上げ、顔面の向きをロックして自分の大胸筋におしつけ窒息させる……という恐ろしい技だ。もともと柔道などでも、袈裟堅めの際に腋臭のきつい部分を相手の鼻へ押しつける、といった小技はあったので温故知新というか古い技術の再利用でもあるのだが、汗に湿ったラッシュガードが鼻や口を覆うのはまた新しい感覚らしい。
ちなみにマザーズ・ミルク、その名を直訳すれば『母の乳』ではあるが、もちろん男性同士の試合でも使用される。その際はムキムキの男がムキムキの男の顔を雄っぱいへ押しつけるという地獄のような風景が見られる訳である……。
「(アリスさんギブギブ!)」
ながながと回想したのは脳内だけの話。現実の俺は早々にタップの合図を胸の大きな天然の女教師へ送った。
せっかくの感覚を堪能しないのか、って? 確かに惜しい気持ちはある。しかし窒息の感覚を身体が覚えてしまうと変な『慣れ』と言うか、次からは軽く首を絞められただけで卒倒してしまう体質になってしまう……と格闘技の業界では言うのだ。アリスさんのかけるMMはスタンド状態の為かかりは非常に弱いが、これで卒倒して癖になると良くない。
「あ、ごめんなさい!」
アリスさんはハッと気づいて身を離し、背後を睨んだ。俺たちの様子を伺っていた生徒さんたちが一斉に別の方向を観る。いや自分を棚に上げてなんだけど、試合へ集中しろよ。
「ぷはっ、大丈夫です……。それより、メモを」
俺は喇叭を吹くような呼吸を一つして、手を伸ばした。アリスさんがその手の平へエルフ語へ書き直した指示書を置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます。それではちょっと」
俺は一つ断りを入れて、極めて慎重に階段を降りた。まだ少し目眩がする。
『監督、もうあんな事まで? 早いですね!』
そんな俺を心配してか、受け取り役のヨンさんが少し身を乗り出し手を伸ばしながら声をかけてきた。
「わざわざありがとう。心配ないよ。これをお願いします」
『はい、受け取りました! 見た事は内緒にしておくので、口止め料もいつかくださいね!』
ヨンさんは何か言って俺にウインクを飛ばし、メモを手にベンチへ向かう。
「ヨンさん、FWにしては真面目過ぎるところが難点だけど、こういう時に気が利くのはありがたいな」
俺はそう声に出して呟きつつ、アリスさんの待つ席まで戻った。
「おかえりなさい旦那様! ご飯に入ります? お風呂を食べます? それとも……」
「試合を観ます」
再び情報量の多いボケで迎えるアリスさんに若干の塩対応をして、俺はピッチへ向き直った。ちょうどヨンさんがそのままベンチからピッチ脇のウォーミングアップエリアへ向かい、交代選手の2名に声をかけている所だった。
「やん、さっきは優しかったのに今は冷たい! ……て選手交代まだなんですか?」
俺が送った指示の中身を知っているアリスさんが不思議そうに問う。
「準備はしているんですが、そうすぐにではないです。一つには、交代選手がスムーズに試合へ入り込めるようアップの仕上げをしているから。もう一つには、そもそも選手交代って試合が途切れたタイミングでないとできないんですよ」
俺は自分たちの事情とサッカードウの性質との両方の理由を併せて説明した。
「へーそうなんだ! 授業中に『お母さん、トイレ!』とか言って自主的に中断するとかはできないんですね」
いや異世界でも先生に『お母さん』って言ってしまうのあるんかい!
「自主的に中断と言うか、自分たちがボールを握っている時にワザとにタッチライン外へボールを蹴り出して選手交代を促す、みたいなのはありますが」
ツッコミたい部分は多々あったが、俺は説明の方を優先した。
「でもそれは誰か負傷した時とかですね。自分で蹴り出すと相手ボールのスローインになってしまうので、戦術的交代ではあまりしません」
なお負傷した選手の為に片方のチームAの選手がボールを蹴り出した場合、相手チームBは自チームのスローインで始めるが、チームAのGK等へボールを返す習慣がある。『プレゼントボール』というルールに無いルールだ。サッカーが紳士のスポーツであった頃の名残だが、淑女のスポーツであるこの異世界サッカードウにもその精神は引き継がれているらしい。そこはクラマさんを褒めておこう。
「そうなんですね。あ、でもタイミングがきたみたいです!」
頷くアリスさんがさっと顔を上げてそう叫ぶ。彼女の言う通りガニアさんのクリアボールがタッチを割ってスローインとなり、リザードマンの副審さんが旗を倒してドラゴンの審判さんへ選手交代の合図を送っていた。
いよいよ待っていた時が訪れようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる