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第二十八章
拍手の花道
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交代で入るのは予定通りマイラさんとアイラさんで、ここでお役御免となるのはエルエルとポリンさんだった。普通に考えれば同時に二名下げて二名入れるシーンだが、俺は少し特殊な指示を送っていた。
それはこうだ。まず最初にエルエルが下がり、マイラさんが入る。運動量と激しい守備で中盤を支えた元気娘の代わりに老練な頭脳派ボランチが試合コントロールし、スローダウンさせるのが狙いだ。
そしてしばらくしてポリンさんが下がりアイラさんが入る。右足から様々なパスやシュートを繰り出すキッカーから、鋭い左足を持つアタッカーへのリレーだ。またテンポが変わってハーピィ代表も対応に苦労する筈だ。
この様に、一名づつ区切って交代を行ったのには訳がある。一つには試合をたびたび中断してハーピィの反撃の意気を殺ぐこと。これは意外なほど効果がある。気分良くアクションゲームをやっている時に
「ご飯やで! ゲーム辞めて降りてきいや!」
と階下からオカンに呼ばれた小学生の気分……と言えば伝わる人には伝わるだろうか?
しかもだめ押しに、マイラさんからポリンさんへ
「ゆっくり歩いてラインまで来てね」
と伝えて貰っている。そうでもしないと生真面目なクラス委員長さんは、攻守交代の度に全力疾走する甲子園の球児の様にダッシュして交代ゾーンへ来てしまうだろうからね。
ま、そんなこんなで試合は何度も中断し選手交代は非常に緩慢に行われた。まだ反撃の気概が残っているハーピィ代表の何名かはかなりイライラする事となっただろう。
そしてもう一つ。ポリンさんの牛歩の歩みは別の『間』も作った。それは観客が彼女へ拍手を贈る時間である。
『ポ・リ・ン! ポ・リ・ン!』
『凄かった! 学院の誇りだよーっ!』
短い歩幅で自分たちの方へ歩くポリンさんへ、生徒さんたちが総立ちになって声援を飛ばす。俺の指示が書かれたメモを見てこれができると察したアリスさんが、教え子らと約束していた通りに、だ。
『ポリンが交代する時こちらへ近付いてきたら、みんなで迎えよう』
と。
『良い仕事したぞー!』
『次も頼むぞー!』
その雰囲気はメインスタンドからゴール裏へ、そしてバックスタンドまで伝わって行った。俺にエルフ語は分からないが観衆がこの、未来ある選手へ最大限の祝福を贈っている事は十分に伝わってきた。
『ありがとう……ございます!』
俺でも感じ取れたのだから言葉を理解できるポリンさんはもっと感じるものがあったのだろう。彼女は目に涙を浮かべて360度に手を振り、アイラさんと抱き合って入れ替わった後ピッチの脇で再度、周囲へ頭を下げた。
『ポリン、おつかれ』
『ナリンちゃん……!』
そんな彼女をナリンさんが出迎え、熱い包容で労った。抱き合う従姉妹同士へまた拍手が贈られる。
「なんか大袈裟になったな……」
俺はその光景に感動しつつも少し引いていた。スタジアムはベテラン選手の引退試合みたいなテンションになっている。場をセッティングしたのは俺だがもっと内々の、クラスメイト同士の交流みたいなモノを想像していた。
「ばったぐ! デイエルブのれんぢゅうは涙もろぐでごまるなあ!」
アリスさんは俺の視線に気づいて袖で顔を拭いて無理矢理笑った。いやあんたも涙ぐんでたやんけ! しかも君はドーンエルフやろ!
「でも、そっか。デイエルフの琴線と言うか涙腺には『苦学生』とか『学友同士の友情』とかもヒットするんですね」
しかし彼女の言葉で俺も察する所があった。レイさんとポリンさんはスカラーシップ――チームが若者の学業と生活を支援しサッカードウの選手を目指して貰う、エルフ材育成プログラムだ――のモデルケースだ。彼女たち以降の候補生を集める為に
「こんな子が健気に頑張っていますぜ!」
との宣伝も行っている。観客たちの幾らかには、そんな背景も刷り込まれているのだろう。
ちなみにレイさんは
「親元を離れて異国で孤独に戦う頑張り屋さん」
で、ポリンさんは
「親兄弟に楽をさせる為、文武両道奮闘する家族想いのお姉ちゃん」
というイメージで売り込んでいる。実態を知っていると首を傾げる――レイさんは地上で自由と青春を謳歌しているし、ポリンさんはもともと勉強が大好きだし――宣伝戦略だが、そこは嘘も方便ということで。いや俺が知らないだけで彼女らも苦労してるだろうし。
「そうですね。いや他のお姉さんも凄い戦っていますけど、学生とか教え子はやっぱり可愛いと言うか……」
アリスさんは腕を組んでウンウンと頷く。まあ何というかそういう裏の『物語』込みで選手を応援するのも決して悪い事ではない。冬の高校選手権や野球の甲子園中継では、母校の紹介とか亡き恩師に捧げるなんとかとかつきものだし。そればかりでは胃もたれしてしまうのも確かだが。
「分かります。地球で下手したら学生の大会が一番注目を集める、みたいな種目もありますので。ただここからは『他のお姉さん』の闘志を見て貰う事になります」
俺はそう言って何名かの選手へ目をやった。学生には学生の物語があるように、お姉さんにはお姉さんの闘いがあるのだ……。
それはこうだ。まず最初にエルエルが下がり、マイラさんが入る。運動量と激しい守備で中盤を支えた元気娘の代わりに老練な頭脳派ボランチが試合コントロールし、スローダウンさせるのが狙いだ。
そしてしばらくしてポリンさんが下がりアイラさんが入る。右足から様々なパスやシュートを繰り出すキッカーから、鋭い左足を持つアタッカーへのリレーだ。またテンポが変わってハーピィ代表も対応に苦労する筈だ。
この様に、一名づつ区切って交代を行ったのには訳がある。一つには試合をたびたび中断してハーピィの反撃の意気を殺ぐこと。これは意外なほど効果がある。気分良くアクションゲームをやっている時に
「ご飯やで! ゲーム辞めて降りてきいや!」
と階下からオカンに呼ばれた小学生の気分……と言えば伝わる人には伝わるだろうか?
しかもだめ押しに、マイラさんからポリンさんへ
「ゆっくり歩いてラインまで来てね」
と伝えて貰っている。そうでもしないと生真面目なクラス委員長さんは、攻守交代の度に全力疾走する甲子園の球児の様にダッシュして交代ゾーンへ来てしまうだろうからね。
ま、そんなこんなで試合は何度も中断し選手交代は非常に緩慢に行われた。まだ反撃の気概が残っているハーピィ代表の何名かはかなりイライラする事となっただろう。
そしてもう一つ。ポリンさんの牛歩の歩みは別の『間』も作った。それは観客が彼女へ拍手を贈る時間である。
『ポ・リ・ン! ポ・リ・ン!』
『凄かった! 学院の誇りだよーっ!』
短い歩幅で自分たちの方へ歩くポリンさんへ、生徒さんたちが総立ちになって声援を飛ばす。俺の指示が書かれたメモを見てこれができると察したアリスさんが、教え子らと約束していた通りに、だ。
『ポリンが交代する時こちらへ近付いてきたら、みんなで迎えよう』
と。
『良い仕事したぞー!』
『次も頼むぞー!』
その雰囲気はメインスタンドからゴール裏へ、そしてバックスタンドまで伝わって行った。俺にエルフ語は分からないが観衆がこの、未来ある選手へ最大限の祝福を贈っている事は十分に伝わってきた。
『ありがとう……ございます!』
俺でも感じ取れたのだから言葉を理解できるポリンさんはもっと感じるものがあったのだろう。彼女は目に涙を浮かべて360度に手を振り、アイラさんと抱き合って入れ替わった後ピッチの脇で再度、周囲へ頭を下げた。
『ポリン、おつかれ』
『ナリンちゃん……!』
そんな彼女をナリンさんが出迎え、熱い包容で労った。抱き合う従姉妹同士へまた拍手が贈られる。
「なんか大袈裟になったな……」
俺はその光景に感動しつつも少し引いていた。スタジアムはベテラン選手の引退試合みたいなテンションになっている。場をセッティングしたのは俺だがもっと内々の、クラスメイト同士の交流みたいなモノを想像していた。
「ばったぐ! デイエルブのれんぢゅうは涙もろぐでごまるなあ!」
アリスさんは俺の視線に気づいて袖で顔を拭いて無理矢理笑った。いやあんたも涙ぐんでたやんけ! しかも君はドーンエルフやろ!
「でも、そっか。デイエルフの琴線と言うか涙腺には『苦学生』とか『学友同士の友情』とかもヒットするんですね」
しかし彼女の言葉で俺も察する所があった。レイさんとポリンさんはスカラーシップ――チームが若者の学業と生活を支援しサッカードウの選手を目指して貰う、エルフ材育成プログラムだ――のモデルケースだ。彼女たち以降の候補生を集める為に
「こんな子が健気に頑張っていますぜ!」
との宣伝も行っている。観客たちの幾らかには、そんな背景も刷り込まれているのだろう。
ちなみにレイさんは
「親元を離れて異国で孤独に戦う頑張り屋さん」
で、ポリンさんは
「親兄弟に楽をさせる為、文武両道奮闘する家族想いのお姉ちゃん」
というイメージで売り込んでいる。実態を知っていると首を傾げる――レイさんは地上で自由と青春を謳歌しているし、ポリンさんはもともと勉強が大好きだし――宣伝戦略だが、そこは嘘も方便ということで。いや俺が知らないだけで彼女らも苦労してるだろうし。
「そうですね。いや他のお姉さんも凄い戦っていますけど、学生とか教え子はやっぱり可愛いと言うか……」
アリスさんは腕を組んでウンウンと頷く。まあ何というかそういう裏の『物語』込みで選手を応援するのも決して悪い事ではない。冬の高校選手権や野球の甲子園中継では、母校の紹介とか亡き恩師に捧げるなんとかとかつきものだし。そればかりでは胃もたれしてしまうのも確かだが。
「分かります。地球で下手したら学生の大会が一番注目を集める、みたいな種目もありますので。ただここからは『他のお姉さん』の闘志を見て貰う事になります」
俺はそう言って何名かの選手へ目をやった。学生には学生の物語があるように、お姉さんにはお姉さんの闘いがあるのだ……。
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