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第二十四章

ヒナン・ケイロス

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 諸々の予定を相談しながら帰った俺たちは、ホテルに着いてすぐさま遠隔ミーティングをセッティングした。それぞれ病室、健康と思われる選手たちとコーチやスタッフが集まったホール、ダリオさんのVIP室、の三カ所を魔法のスクリーンで繋いだのだ。
「まず結論から言います」
 その魔法通信――シャマーさんが黙々と設定を行った。今回の件の責任を感じているのか、いつもの軽口も少ない。なんか可哀想だな、後でフォローしておこう――が映像音声とも良好なのを確認して、俺は口を開いた。
「試合は行います。追加メンバーは呼べません。ここにいる選手だけで、です」
 その言葉に最も大きな反応があったのは病室だった。ほとんどのエルフが、もうベッドの上に腰掛けられる程度には回復している。それでもセッティング中にトイレに消えたり吐き出しそうな顔で胸を押さえたりする姿も見えて辛そうだ。故に反応と言っても立ち上がって何かを叫ぶとかではなくざわざわする程度だ。
「体調不良の選手もリザーブとしては登録させて貰います。ですがベンチに座って貰う必要はありません。べっ……別室に待機あるいはそのままこのホテルの病室で療養して貰って構いません」
 危うく便器って言う所だった、やべえ!
「出場するスタメンの皆さんも、もし体調に不安を覚えたらすぐに下がって貰って結構です。チームバランスとかそもそも勝敗とかは気にしないで下さい」
 そう言いながら俺は立ち上がって前へ歩いた。今更だが、この遠隔ミーティングは全員座って聞いている。病室のエルフに気負わせない為だ。
「そもそもの話、今回の体調不良は事故です。何かをしたからとか、皆さんの普段の健康管理がどうだとかとは別の次元の話です。ですから誰も責任はありません。責任を感じないで下さい」
 特定の誰か、というのを感じさせないように俺は立ったままゆっくり回って全体へ話し続ける。
「逆に言うと今回の件でみんなの分も何かしようとか、挽回しようとか、ともかく張り切らないで下さい。普段通りで良いです。皆さんは強い。普段通りやって、十分に勝機はあります」
 これは本心だ。アローズの実力は上がってきているし、相手側に揺さぶり――ゴルルグ族の監督も今頃、三つの頭を悩ませているだろう――もかけた。負けや引き分けどころか勝つ可能性もある。
「と、綺麗事はここまで。ここからは少し汚い話。シャマーさん、例の図をお願いします」
 俺は部屋を見渡して魔術の達人を探し、目で合図した。彼女の目がやや潤んでいるように見えたのは本当か自惚れの与えた幻覚かは分からない。
「お、出た。ありがとうございます。これがコンコースから最寄りのトイレまでのルートです」
 魔法のスクリーンにはスタジアムの見取り図のアップが映し出されていた。帰着した時にはもう届いていたモノだ。マースさんかジョーさんかデューさん、流石に仕事が速い。
「出場している選手でも、ベンチに座れるくらいの選手でもスタッフでも、とにかくスタジアム内で『あ、これはヤバイ!』と思った方はこの矢印に沿ってここへダッシュ!」
 俺はそう言いながら大きな丸印で囲んだ場所を指さした。感染者用のトイレとして設定した場所だ。
「間に合いそうになかったら? その場合は三角印の所までなんとか行って下さい。簡易テントと桶を用意しておきます」
 俺は図の所々にある矢印やマークについて随時、説明を加えていく。この辺りはナリンさんが書き加えてくれたモノだ。簡易テントは普段の練習から俺たちが三角コーンの代わりに使っている例の魚捕りの駕籠、それの大きくて長くて三角錐みたいな形をした奴に布を被せて作る予定だ。
「それすらも不可能そうなら? その場にしゃがんで合図を送って下さい。ナリンさんかニャイアーコーチが大きな布を被せに行きます」
 その言葉に美貌のエルフとフェリダエ族が手を振り、実際に使う布を持ち上げて見せた。両者はスタッフの中でも最も俊足だ。きっと駆けつけられるだろう。うん、たぶん。
「ま、使わずに済めばそれに越した事はないですけどね」
 簡易テントにしろ布にしろ、その中は地獄絵図だろうし。ただその姿が周囲に晒され中継されなければ少しマシだろう。
「以上の体制でなんとかやってみます。何か質問は?」
 俺がそう言って周囲を見渡すと、リーシャさんが手を挙げた。
「監督、私はベンチへ行くし何かあったら交代で出して欲しい。良いでしょ?」
 普段より更に鋭角になった表情で火の玉娘が問う。
「いやそれ質問の様で質問じゃないでしょ!? でもまあ、ありがとう。交代出場は状況によりますけど、オッケーです」
 俺はツッコミを入れつつも承諾を告げた。やはり彼女はデイエルフのスポ根体質を体言する女だ。リーの若芽、だっけか。デニス老公会も言ってたな。
「えええ! でもリーシャ、万が一そうなった姿が中継されたらどうするの!?」
 ユイノさんが慌てて血気盛んな親友を諫める。
「別に。ユイノだって狩りの最中にじっとしてなきゃいけない時に、そのまま漏らしたりしてるでしょ?」
 リーシャさんは大胆な事をさらっと言った。いや確かミリタリー小説に出てくるスナイパーもそんな風にするらしいな。
「それとみんなに見られるのは別だよ!? てかそんなことバラさないで!」
 ユイノさんが慌ててリーシャさんへつっこんだが、同時に自分でそれが真実であるという事を言ってしまい小さな笑いが起きる。
「まあもしそんな姿が中継されたら、お前が責任とって嫁に貰ってやれよな!」
 その笑いの中からティアさんがとんでもない事を言う。
「いやそんな事せんから!」
 あとお前、じゃなくて監督ね!
「えっ!? じゃあツンカも出るよ? ショー?」
 ベッドの上からググイ、とツンカさんが前に出た。
「その場合は一応、王家から見舞金を出しましょうか? それとも祝い金になるのかしら?」
 VIP室からはダリオさんの声だ。姫様余計な事を!
「じゃあ自分も出ます! 金!」
 エルエルまでツンカさんの隣に来て叫んだ。
「みんな、笑わさないでよぉ! お腹にきて出ちゃう……!」
 エオンさんが苦しそうな声で苦情を言う。
「出るのって……どっち?」
 ルーナさんが静かにツッコミ、それがさらなる喧噪を呼び起こした。
「はい! 収拾がつかないからミーティングはこれで終わり! 行ける奴からスタジアムへゴー!」
 俺はそう宣言し、選手たちの返事を待って魔法のスクリーンを消して貰った。
 やれやれ。でも取りあえずは深刻な空気にならず試合へ向かえそうだ。
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