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第二十四章

ハコかタンか

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 ゴルルグ族のスタジアム、スネークピットに到着した俺はいつもの様に優秀な運営スタッフに設営を任せてピッチを周回……という訳にはいかなかった。
 今回ばかりは設営に手を貸し感染対策の為のスペース作りや消毒の方法について指導する必要があったからだ。
 それでもいつものルーチンを欠かす訳にはいかず、俺とナリンさんは普段よりかなり遅れてスタジアムの芝の上へ向かった。
「おおう! これはまた……」
 いつもの魔法無効化フィールドの感覚を越えた俺の目に、スネークピットの観客席の様子が飛び込んできた。このスタジアムはサッカー用には珍しく完全な円に近い形で完全なドームだ。もちろんフィールドは長方形だがピッチと客席の距離も非常に近く渦の中心にいるかのような感覚に陥る。
 更に夥しい数の蛇人の群は『観客』と言うより暗緑色のうねりの様で、所々にいる比較的人間に近いフォルムのゴルルグ族はそれに飲み込まれて溺れそうになっている被害者にも見えた。
「この人数にお帰り頂く事になったら非常に大変だったでありますね!」 
 若干、気圧されている俺と対照的にナリンさんはやや楽しそうに言った。というか俺って毎回アウェイの客にビックリし過ぎじゃない? まあこちとらプロの監督でもなければ異世界二度目とかでもないのでリーグ戦が一巡して慣れるまでは仕方ないだろう。
「ですね。それにここまで来てくれた彼らにも悪い」
 俺はそう言いながらアローズサポーターが陣取るゴール裏へ駆け出す。
「監督! 何かありましたカー?」
 俺が近寄ってきたのを見て早速、いつもの彼が声をかけてきた。国民的俳優、のジュニアで金持ちの息子でアローズのサポーター業に専念しているジャックスさんだ。
「あ、やっぱり分かっちゃいます?」
 日本語が分かっちゃうのは彼だけっぽいので、俺はもう隠さずに話すつもりで質問する。
「トロール戦もおられなかったシ、今日も遅いシ、選手も全然出てこないネー?」
 あ、今日だけじゃなくて前節も含めての話か。というかジャックスさん、ホームの一試合飛ばして会うの久しぶりだが日本語の上達早くね!? エルフってゆっくり学習する生物じゃないの?
「トロール戦は俺の私用で、今日はチーム全体にちょっと病気が流行っちゃって」
 俺は勉強熱心なエルフの語学力を踏まえて、もう普通に話す。
「病気!? エオンとか……皆は大丈夫なノー!?」
 ジャックスさんは目を丸くして言った。ん? いまエオンさんを名指しで言い掛けなかったか!?
「この後、スタメンだけ出てきますけど、正直それ以外のメンバーはちょっと」
 言いながら彼の反応を観察する。アウェイ皆勤賞の熱心なサポーターだからといってハコ推し――個人ではなくグループ全体を応援するファンのことらしい。ハコとは箱の事で丸ごと、みたいな意味だ。因みにスワッグはWillUのハコ推し寄りのジェーンちゃんファンだってさ。ってどうでもいいな!――であるとは限らない。個人的な推しもいるだろう。
 だが彼の様なサポーターがエオンさんを推すのは意外だ。実力よりもやや人気先行のWGを応援するには、デニス老公会の様にデイエルフをスターにしたいといった思惑があるとか、単に見た目が好みだとか、そういった理由がありそうだし。
 そうそう見た目と言えばジャックスさんも国民的俳優の息子だけあってイケメンだもんな。画素数の少ないレオナルド・ディカプリオみたいな。顔の造作はアイドル寄りだしエオンさんとお似合いかもしれない。
「病気した選手のお家族様に連絡ハー?」
 ジャックスさんは少し声を潜めて言った。
「あ、その場合は『お家族様』より『ご家族様』或いは『ご家族』だけの方が良いかもです。で、えっと?」
「連絡がつく分には、もう済んでいるであります」
 ジャックスさんの日本語を訂正しつつナリンさんに問うと、有能なアシスタントは安心させるように微笑みながら応えた。
 ちなみに内緒の話だがナリンさんの日本語については直す予定はない。可愛いからだ。
 ……アカン! 俺もクラマさんと同じレベルになりつつある!?
「良かっター。エオンとお父さん同士、知り合いでネー」
 ジャックスさんがほっとした表情でそう言い、あっさりと答え合わせができてしまった。そうか、ジャックスさんのお父さんは役者でエオンさんはアイドル。芸能方面での知り合い同士だったか。
「えっと……サイオンさんですっけ?」
「ソウ! 良く知ってるネー!」
 俺がなんとか名前を絞り出すとジャックスさんは再び目を丸くして言った。ふふふ、懇親会でその辺はチェック済みなんだぜ。確かデレデレした顔でダリオさんを囲んでいた男性陣の中にいた筈だ。ただのスケベ親父その1かと思ったが、そうか芸能関係でセレブとも知り合いなら王家と以前から面識あってああだったのかもしれないな。
「チームからも改めてサイオンさんに詫びを入れますが、もし先に会う事があったら監督が申し訳なさそうにしてた、って伝えてください」
「おけオケ! 任せるネー!」
 俺の依頼にジャックスさんは笑顔で応える。そこで会話は打ち切りとなり、俺とナリンさんは手を振ってゴール前から離れていった。
 うーん、なんだかんだでまた監督とゴール裏の癒着が進んでしまったぞ。これは後に吉と出るか凶と出るか?
 そんな事を考えている間に選手たちの方が出てきた。俺はナリンさんに目で合図して、いつもの場所へ向かった。
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