上 下
352 / 366

分水

しおりを挟む
 心の傷はまだジクジクと痛むが、今日は城下町へと足を運ぶことになったので、気持ちを切り替えよう。いや、心を無にしよう。昨晩の夢で見た知識は、気持ちが落ち着いてから話そう。
 そう決意したのに、早速私の心を乱す発言をした人がいた。

「ふむ……私も久しぶりに城下町へ行こうと思います」

 そう言ったのはルーカス王だ。爽やかな笑顔でお父様に宣言し、お父様も「おぉ!」と盛り上がっている。だがすぐにサイモン大臣たちに反対された。
 王が行くとなると兵士が増え、物々しい雰囲気になってしまい民たちも萎縮すると言うのだ。
 それならば少人数の兵士とニコライさんがいれば、民たちの普段の生活を見て楽しめるだろうと、百点満点の回答をしている。

「確かにそうですね……残念」

 少し拗ねた様子のルーカス王もまた、胸キュンポイントである。

「皆様方、城下町ではどこから来たのかを聞かれたら、リーンウン国から来たとお答えください。そのために昨日は誰も乗っていないバ車を、中が見えないようにして国境からここまで走らせたりと、本当に本当~に根回しが大変で……」

 序盤はニコニコしていたサイモン大臣だったが、後半は段々と真顔になってニコライさんを凝視していた。そっと目をそらしたニコライさんだったが、マークさんにも真顔で顔を覗きこまれ震えていた。

「では楽しんできてください!」

 ルーカス王に笑顔で送り出され、私たちはバ車に揺られて正門を出た。

────

 宮殿内から流れ出る湧き水の川を右手に、バ車はゆっくりと進んで行く。宮殿周辺のこの川辺りは一方通行となっており、逆側の道は宮殿へ入るための道だと説明された。

 バスガイド顔負けのニコライさんの説明を聞いているうちに、川は巨大な四角い枡に流れ込んでいる。枡からの水は三方向に分かれ、これらが城下町の中を流れているのだろう。
 その枡の真ん中に大きな三角の石が置かれ、その石のおかげで三方向に同じ水量の水が流れ出ているのだ。
 これは美樹も実際に見たことのない、かの武田信玄が築いたと言われる三分一湧水と同じ方式だ。

「ニコライさん! 降りても良いかしら!?」

「かしこまりました。どうぞ」

 バ車が停まると、私とスイレンは飛び出した。私は美樹が実際に見てみたかった分水装置に、スイレンはこの装置を建築の観点から見て、二人で大興奮で小難しいことを言い合う。

「水を巡っての争いは本当に怖いのよ。これは綺麗に三方向に分かれていて、本当に素晴らしい構造だわ!」

「ねぇカレン。これ三方向以上に分けられるの?」

「出来るわ。その場合、円筒分水というものが良いわね。ただ高低差が必要になるけれど……仕組みと構造はあとで説明するわ。水量さえ問題なければ、三方向以上に水を分けられるわ」

 実際、美樹の住んでいた場所から日帰りで行ける範囲に円筒分水があり、暇を持て余していたご近所のおじいちゃまにねだって連れて行ってもらったことがある。
 見た目のインパクトが強いのは円筒分水だろう。大きな穴から水が溢れ出すのは、どれだけ見ていても飽きない。だがどちらも甲乙つけがたい、素晴らしい分水施設なのだ。

 私とスイレンが大興奮で話している後ろで、大人たちはポカーンとしている。さらにはニコライさんがとんでもないことを言った。

「カレン嬢……この仕組みが分かるのですか……? これ、神が作ったという伝説なんですが……」

「……みみみ水を使った実験をしたことがあるのよ! その時偶然に実験が成功したのよ! 移民の町にもすごい設備を建設するわ! ぜひ楽しみにしていてちょうだい!!」

 誤魔化すために勢いで押し切り、あの揚水設備を匂わせることで分水の話を切り上げた。
 けれどニコライさんも勢いがつき、『実験』と『すごい設備』に食いつく。

「あれですか!? この前頼まれた、あれですか!?」

 あれとは、今ヒーズル王国が発注している金属の筒のことだろう。

「えぇそうよ! あれをニコライさんの想像を超えたものにするのよ!」

 知らない人が見れば怒鳴り合いのようなこの状況に、スイレンがてくてくと歩いて来て冷静に言葉を放った。

「まだ秘密だよ。でもね、ニコライさんが見たら驚いて漏らしちゃうかもね」

 まだアドレナリンが溢れ出ている私は、その『漏らす』という言葉から、昨夜の乙女の心を傷つけた事件を思い出した。

「そうよニコライさん! あのお便所は何よ!?」

「え!? 置き方が違いました? 横に使うんですか?」

 そうじゃない。そうじゃないのだ。

「壺よ!」

 そう言うと、ニコライさんは盛大な勘違いをしたようだ。

「あ! 壺に直接する、伝統的な方法でしたかったんですか?」

 曇りのない目でニコライさんはそう言うが、あの羞恥心を思い出し、私の体はプルプルと震えだした。
 そのニコライさんの背後にいたお父様は、小声で皆にどんな説明をしたか分からないが、タデとペーターさんは腹を抱えて笑い、オヒシバとマークさん、そして聞こえてしまった兵たちは頬を赤らめ、両手でその頬を覆っている。乙女顔負けの仕草だ。

 違うのに、そう思っても言葉が出て来ないでいると、久しぶりに天然砲が飛んできた。

「私、お店を見たいわ。早く行きましょう。カレン、人は食べたら出るものなの。カレンが大きなものを出して叫んだことなんて、他人からしたらどうだっていいことなのよ」

 その場の全員が膝から崩れ落ち、地面を叩いて笑っている姿に殺意を抱いたのは言うまでもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!

ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました 。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。 令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。 そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。 ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

処理中です...