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分水
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心の傷はまだジクジクと痛むが、今日は城下町へと足を運ぶことになったので、気持ちを切り替えよう。いや、心を無にしよう。昨晩の夢で見た知識は、気持ちが落ち着いてから話そう。
そう決意したのに、早速私の心を乱す発言をした人がいた。
「ふむ……私も久しぶりに城下町へ行こうと思います」
そう言ったのはルーカス王だ。爽やかな笑顔でお父様に宣言し、お父様も「おぉ!」と盛り上がっている。だがすぐにサイモン大臣たちに反対された。
王が行くとなると兵士が増え、物々しい雰囲気になってしまい民たちも萎縮すると言うのだ。
それならば少人数の兵士とニコライさんがいれば、民たちの普段の生活を見て楽しめるだろうと、百点満点の回答をしている。
「確かにそうですね……残念」
少し拗ねた様子のルーカス王もまた、胸キュンポイントである。
「皆様方、城下町ではどこから来たのかを聞かれたら、リーンウン国から来たとお答えください。そのために昨日は誰も乗っていないバ車を、中が見えないようにして国境からここまで走らせたりと、本当に本当~に根回しが大変で……」
序盤はニコニコしていたサイモン大臣だったが、後半は段々と真顔になってニコライさんを凝視していた。そっと目をそらしたニコライさんだったが、マークさんにも真顔で顔を覗きこまれ震えていた。
「では楽しんできてください!」
ルーカス王に笑顔で送り出され、私たちはバ車に揺られて正門を出た。
────
宮殿内から流れ出る湧き水の川を右手に、バ車はゆっくりと進んで行く。宮殿周辺のこの川辺りは一方通行となっており、逆側の道は宮殿へ入るための道だと説明された。
バスガイド顔負けのニコライさんの説明を聞いているうちに、川は巨大な四角い枡に流れ込んでいる。枡からの水は三方向に分かれ、これらが城下町の中を流れているのだろう。
その枡の真ん中に大きな三角の石が置かれ、その石のおかげで三方向に同じ水量の水が流れ出ているのだ。
これは美樹も実際に見たことのない、かの武田信玄が築いたと言われる三分一湧水と同じ方式だ。
「ニコライさん! 降りても良いかしら!?」
「かしこまりました。どうぞ」
バ車が停まると、私とスイレンは飛び出した。私は美樹が実際に見てみたかった分水装置に、スイレンはこの装置を建築の観点から見て、二人で大興奮で小難しいことを言い合う。
「水を巡っての争いは本当に怖いのよ。これは綺麗に三方向に分かれていて、本当に素晴らしい構造だわ!」
「ねぇカレン。これ三方向以上に分けられるの?」
「出来るわ。その場合、円筒分水というものが良いわね。ただ高低差が必要になるけれど……仕組みと構造はあとで説明するわ。水量さえ問題なければ、三方向以上に水を分けられるわ」
実際、美樹の住んでいた場所から日帰りで行ける範囲に円筒分水があり、暇を持て余していたご近所のおじいちゃまにねだって連れて行ってもらったことがある。
見た目のインパクトが強いのは円筒分水だろう。大きな穴から水が溢れ出すのは、どれだけ見ていても飽きない。だがどちらも甲乙つけがたい、素晴らしい分水施設なのだ。
私とスイレンが大興奮で話している後ろで、大人たちはポカーンとしている。さらにはニコライさんがとんでもないことを言った。
「カレン嬢……この仕組みが分かるのですか……? これ、神が作ったという伝説なんですが……」
「……みみみ水を使った実験をしたことがあるのよ! その時偶然に実験が成功したのよ! 移民の町にもすごい設備を建設するわ! ぜひ楽しみにしていてちょうだい!!」
誤魔化すために勢いで押し切り、あの揚水設備を匂わせることで分水の話を切り上げた。
けれどニコライさんも勢いがつき、『実験』と『すごい設備』に食いつく。
「あれですか!? この前頼まれた、あれですか!?」
あれとは、今ヒーズル王国が発注している金属の筒のことだろう。
「えぇそうよ! あれをニコライさんの想像を超えたものにするのよ!」
知らない人が見れば怒鳴り合いのようなこの状況に、スイレンがてくてくと歩いて来て冷静に言葉を放った。
「まだ秘密だよ。でもね、ニコライさんが見たら驚いて漏らしちゃうかもね」
まだアドレナリンが溢れ出ている私は、その『漏らす』という言葉から、昨夜の乙女の心を傷つけた事件を思い出した。
「そうよニコライさん! あのお便所は何よ!?」
「え!? 置き方が違いました? 横に使うんですか?」
そうじゃない。そうじゃないのだ。
「壺よ!」
そう言うと、ニコライさんは盛大な勘違いをしたようだ。
「あ! 壺に直接する、伝統的な方法でしたかったんですか?」
曇りのない目でニコライさんはそう言うが、あの羞恥心を思い出し、私の体はプルプルと震えだした。
そのニコライさんの背後にいたお父様は、小声で皆にどんな説明をしたか分からないが、タデとペーターさんは腹を抱えて笑い、オヒシバとマークさん、そして聞こえてしまった兵たちは頬を赤らめ、両手でその頬を覆っている。乙女顔負けの仕草だ。
違うのに、そう思っても言葉が出て来ないでいると、久しぶりに天然砲が飛んできた。
「私、お店を見たいわ。早く行きましょう。カレン、人は食べたら出るものなの。カレンが大きなものを出して叫んだことなんて、他人からしたらどうだっていいことなのよ」
その場の全員が膝から崩れ落ち、地面を叩いて笑っている姿に殺意を抱いたのは言うまでもない。
そう決意したのに、早速私の心を乱す発言をした人がいた。
「ふむ……私も久しぶりに城下町へ行こうと思います」
そう言ったのはルーカス王だ。爽やかな笑顔でお父様に宣言し、お父様も「おぉ!」と盛り上がっている。だがすぐにサイモン大臣たちに反対された。
王が行くとなると兵士が増え、物々しい雰囲気になってしまい民たちも萎縮すると言うのだ。
それならば少人数の兵士とニコライさんがいれば、民たちの普段の生活を見て楽しめるだろうと、百点満点の回答をしている。
「確かにそうですね……残念」
少し拗ねた様子のルーカス王もまた、胸キュンポイントである。
「皆様方、城下町ではどこから来たのかを聞かれたら、リーンウン国から来たとお答えください。そのために昨日は誰も乗っていないバ車を、中が見えないようにして国境からここまで走らせたりと、本当に本当~に根回しが大変で……」
序盤はニコニコしていたサイモン大臣だったが、後半は段々と真顔になってニコライさんを凝視していた。そっと目をそらしたニコライさんだったが、マークさんにも真顔で顔を覗きこまれ震えていた。
「では楽しんできてください!」
ルーカス王に笑顔で送り出され、私たちはバ車に揺られて正門を出た。
────
宮殿内から流れ出る湧き水の川を右手に、バ車はゆっくりと進んで行く。宮殿周辺のこの川辺りは一方通行となっており、逆側の道は宮殿へ入るための道だと説明された。
バスガイド顔負けのニコライさんの説明を聞いているうちに、川は巨大な四角い枡に流れ込んでいる。枡からの水は三方向に分かれ、これらが城下町の中を流れているのだろう。
その枡の真ん中に大きな三角の石が置かれ、その石のおかげで三方向に同じ水量の水が流れ出ているのだ。
これは美樹も実際に見たことのない、かの武田信玄が築いたと言われる三分一湧水と同じ方式だ。
「ニコライさん! 降りても良いかしら!?」
「かしこまりました。どうぞ」
バ車が停まると、私とスイレンは飛び出した。私は美樹が実際に見てみたかった分水装置に、スイレンはこの装置を建築の観点から見て、二人で大興奮で小難しいことを言い合う。
「水を巡っての争いは本当に怖いのよ。これは綺麗に三方向に分かれていて、本当に素晴らしい構造だわ!」
「ねぇカレン。これ三方向以上に分けられるの?」
「出来るわ。その場合、円筒分水というものが良いわね。ただ高低差が必要になるけれど……仕組みと構造はあとで説明するわ。水量さえ問題なければ、三方向以上に水を分けられるわ」
実際、美樹の住んでいた場所から日帰りで行ける範囲に円筒分水があり、暇を持て余していたご近所のおじいちゃまにねだって連れて行ってもらったことがある。
見た目のインパクトが強いのは円筒分水だろう。大きな穴から水が溢れ出すのは、どれだけ見ていても飽きない。だがどちらも甲乙つけがたい、素晴らしい分水施設なのだ。
私とスイレンが大興奮で話している後ろで、大人たちはポカーンとしている。さらにはニコライさんがとんでもないことを言った。
「カレン嬢……この仕組みが分かるのですか……? これ、神が作ったという伝説なんですが……」
「……みみみ水を使った実験をしたことがあるのよ! その時偶然に実験が成功したのよ! 移民の町にもすごい設備を建設するわ! ぜひ楽しみにしていてちょうだい!!」
誤魔化すために勢いで押し切り、あの揚水設備を匂わせることで分水の話を切り上げた。
けれどニコライさんも勢いがつき、『実験』と『すごい設備』に食いつく。
「あれですか!? この前頼まれた、あれですか!?」
あれとは、今ヒーズル王国が発注している金属の筒のことだろう。
「えぇそうよ! あれをニコライさんの想像を超えたものにするのよ!」
知らない人が見れば怒鳴り合いのようなこの状況に、スイレンがてくてくと歩いて来て冷静に言葉を放った。
「まだ秘密だよ。でもね、ニコライさんが見たら驚いて漏らしちゃうかもね」
まだアドレナリンが溢れ出ている私は、その『漏らす』という言葉から、昨夜の乙女の心を傷つけた事件を思い出した。
「そうよニコライさん! あのお便所は何よ!?」
「え!? 置き方が違いました? 横に使うんですか?」
そうじゃない。そうじゃないのだ。
「壺よ!」
そう言うと、ニコライさんは盛大な勘違いをしたようだ。
「あ! 壺に直接する、伝統的な方法でしたかったんですか?」
曇りのない目でニコライさんはそう言うが、あの羞恥心を思い出し、私の体はプルプルと震えだした。
そのニコライさんの背後にいたお父様は、小声で皆にどんな説明をしたか分からないが、タデとペーターさんは腹を抱えて笑い、オヒシバとマークさん、そして聞こえてしまった兵たちは頬を赤らめ、両手でその頬を覆っている。乙女顔負けの仕草だ。
違うのに、そう思っても言葉が出て来ないでいると、久しぶりに天然砲が飛んできた。
「私、お店を見たいわ。早く行きましょう。カレン、人は食べたら出るものなの。カレンが大きなものを出して叫んだことなんて、他人からしたらどうだっていいことなのよ」
その場の全員が膝から崩れ落ち、地面を叩いて笑っている姿に殺意を抱いたのは言うまでもない。
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