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客室にて
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それからは植物園から戻って来たお父様たちと和解し、時間になると夕食をいただいた。
お父様でも分からない植物があったらしく、花や実が成るのを待ってみるそうだ。
夕食にはコッコのバター焼きが出ており、厨房内でも扱いに困っているというリーモンを持って来てもらい、バター焼きにかけると皆夢中で食べていた。
「ルーカス王。皆さんはここに泊まるんですか?」
「もちろん」
ルーカス王に私たちの宿泊先を聞いたニコライさんは、自分もここに泊まると言う。
「ニコライ、一緒に寝るか?」
お父様は冗談を言ったが、ニコライさんは「そんな無粋なことしませんよ」と笑ったあと、自分の部屋に泊まると言う。
「……自分の部屋?」
なんとなく引っかかって聞き返すと、ニコライさんはこの宮殿に自室があると言う。さらに壁の内側の、従業員が暮らす一角にも自宅があると言う。
さらにさらに城下町にも数ヶ所の自宅と実家、王国内の大きめの街にも別荘があると言うではないか。
「お金だけはありますからね。私が帰らなくても、従者たちが家の管理をしてくれれば、彼らに給料を払うことができますし」
と、とんでもないセレブ発言をした。普段の行いですっかり忘れてしまうが、ニコライさんは正真正銘の高貴な身分の人だったわ……。
そこから食後のお茶を楽しもうということになり、ニコライさんが中心となりお茶会になった。
薄いオレンジ色のお茶はほんのり甘く、今までに口にしたことのない味だった。
「これはですね、管理人たちがこっそりと楽しんでいたお茶なんです。よく飲ませていただきました」
その説明に私たちは「……ん?」と、全員が同時に首をひねった。
「……ニコライ? あの植物園の植物を知っていたということですか?」
「いえいえ、これしか知りません。休憩中によく三人で飲んでらっしゃいましたよ」
そのままルーカス王の尋問が始まり、段々とニコライさんは青くなっていった。
どうやら誰かに怒られそうになると、あの植物園の中に身を隠していたらしい。たまに管理人たちに匿ってもらいながら、このお茶をいただいていたそうだ。
「潜伏先の一つが分かって良かったです」
そう笑うルーカス王の目は笑っていなかった。
「ねぇニコライさん。これは何なの?」
「……詳しくは分かりませんが、管理人たちに代々受け継がれた飲み物のようです。『オーシー』と呼ばれ、美味しいという言葉が訛ったものと言っていました」
墓穴を掘ったニコライさんは、ビクビクとしながらも説明してくれた。ルーカス王にサイモン大臣、マークさんの三人に、目が笑っていない笑顔を向けられているので怯えるのも当然だろう。
これはお父様たちでも分からない植物だったそうだ。
それからしばらく談笑が続き、私たちは客室へと案内された。
私たち一家と、タデ・オヒシバ・ペーターさんとで部屋は二つに分かれたが、扉の中はこれがスイートルームというものかと驚いた。もちろん美樹はそんな場所に泊まったことはない。
革張りのソファーに、見るからに高そうなテーブルが置かれた部屋が一つ、ベッドと呼んで問題ない寝台が置かれた部屋が二つ。どの部屋も素晴らしい装飾品で溢れ、私たちは見事にはしゃいだ。
「あちらが浴室と便所となっております。明日の朝にお声がけさせていただきますので、今夜はゆっくりとおやすみください」
案内をしてくれた女中……というよりもメイドさんはそう言い残し、部屋から去っていった。
「……あ!」
ここで大変なことに気付いた。今日はこの国に来てから、一度もお便所に行っていない。
私はヒーズル王国でも作業に没頭してしまったり、汗をたくさんかいた日はお便所への回数が極端に減ってしまうのだ。
健康によろしくないと思いお便所へと向かうと、後ろからヒソヒソと「我慢していたんだろう」とか「便秘かも」などと聞こえてくる。まったく女性に対して失礼である。
この部屋は、ホテルのように浴室とお便所が一緒である。この国の庶民の家もそうであるかは分からないが。いくつものトーチが壁にかかっているが、やはり室内は少々薄暗い。
この国もシャイアーク国のようにバスタブは無く、何枚もの布と水を張った桶がある。この布を絞って体を拭くようだ。
「……」
さて肝心のお便所は? と思い室内を見回すと、見覚えのある便器が鎮座していた。ニコライさんに作製を頼んだ便器である。
そういえばニコライさんに詳しい使い方の説明をしていなかった。そう思いながら蓋を開け、すぐに閉めた。
「…………」
薄暗くても分かった……。便器の中に壺が入っていた。しかもとても使用感のある壺で、臭い消しのためか香草を入れているらしく、混ざりあったその臭いがまた凄まじい……。
だが、出すものは出さねばならない。鼻呼吸から口呼吸に変え、意識を違うものに集中させようとポケットからあるものを取り出した。先程の『オーシー』の実である。一粒分けてもらったのだ。
ちょうど手元がトーチの明かりに照らされ、まじまじとその実を観察する。綺麗なオレンジ色の真ん丸な実である。
「……あー!」
実を割ってそれが何なのか分かった。と同時に、意識はお便所へと戻ってしまった。
「……あぁ!! あー!!」
この壺に出したということは、この壺を回収するということだ。私たち客人にそれをさせるわけがなく、誰かが壺の中身を見てしまうということだ……。乙女には耐えられない……。
早急にこの国のお便所事情をどうにかしないと! と決意して元の部屋に戻ると、お父様とスイレンがじーっと私を見ている。
「……そんなにすごいのが……」
「……出たのか……」
お便所内で発した叫び声に何か勘違いしているようだが、お母様は笑いが止まらなくなっているし、お父様とスイレンは「傷薬をもらって来るか?」と真剣に変な心配をしている。
私はただただ、心の傷薬が今すぐ欲しいと心底思った……。
そして翌朝、必死の抵抗むなしくメイドさんに壺を回収され、さらなる心の傷を負ったのだった……。
お父様でも分からない植物があったらしく、花や実が成るのを待ってみるそうだ。
夕食にはコッコのバター焼きが出ており、厨房内でも扱いに困っているというリーモンを持って来てもらい、バター焼きにかけると皆夢中で食べていた。
「ルーカス王。皆さんはここに泊まるんですか?」
「もちろん」
ルーカス王に私たちの宿泊先を聞いたニコライさんは、自分もここに泊まると言う。
「ニコライ、一緒に寝るか?」
お父様は冗談を言ったが、ニコライさんは「そんな無粋なことしませんよ」と笑ったあと、自分の部屋に泊まると言う。
「……自分の部屋?」
なんとなく引っかかって聞き返すと、ニコライさんはこの宮殿に自室があると言う。さらに壁の内側の、従業員が暮らす一角にも自宅があると言う。
さらにさらに城下町にも数ヶ所の自宅と実家、王国内の大きめの街にも別荘があると言うではないか。
「お金だけはありますからね。私が帰らなくても、従者たちが家の管理をしてくれれば、彼らに給料を払うことができますし」
と、とんでもないセレブ発言をした。普段の行いですっかり忘れてしまうが、ニコライさんは正真正銘の高貴な身分の人だったわ……。
そこから食後のお茶を楽しもうということになり、ニコライさんが中心となりお茶会になった。
薄いオレンジ色のお茶はほんのり甘く、今までに口にしたことのない味だった。
「これはですね、管理人たちがこっそりと楽しんでいたお茶なんです。よく飲ませていただきました」
その説明に私たちは「……ん?」と、全員が同時に首をひねった。
「……ニコライ? あの植物園の植物を知っていたということですか?」
「いえいえ、これしか知りません。休憩中によく三人で飲んでらっしゃいましたよ」
そのままルーカス王の尋問が始まり、段々とニコライさんは青くなっていった。
どうやら誰かに怒られそうになると、あの植物園の中に身を隠していたらしい。たまに管理人たちに匿ってもらいながら、このお茶をいただいていたそうだ。
「潜伏先の一つが分かって良かったです」
そう笑うルーカス王の目は笑っていなかった。
「ねぇニコライさん。これは何なの?」
「……詳しくは分かりませんが、管理人たちに代々受け継がれた飲み物のようです。『オーシー』と呼ばれ、美味しいという言葉が訛ったものと言っていました」
墓穴を掘ったニコライさんは、ビクビクとしながらも説明してくれた。ルーカス王にサイモン大臣、マークさんの三人に、目が笑っていない笑顔を向けられているので怯えるのも当然だろう。
これはお父様たちでも分からない植物だったそうだ。
それからしばらく談笑が続き、私たちは客室へと案内された。
私たち一家と、タデ・オヒシバ・ペーターさんとで部屋は二つに分かれたが、扉の中はこれがスイートルームというものかと驚いた。もちろん美樹はそんな場所に泊まったことはない。
革張りのソファーに、見るからに高そうなテーブルが置かれた部屋が一つ、ベッドと呼んで問題ない寝台が置かれた部屋が二つ。どの部屋も素晴らしい装飾品で溢れ、私たちは見事にはしゃいだ。
「あちらが浴室と便所となっております。明日の朝にお声がけさせていただきますので、今夜はゆっくりとおやすみください」
案内をしてくれた女中……というよりもメイドさんはそう言い残し、部屋から去っていった。
「……あ!」
ここで大変なことに気付いた。今日はこの国に来てから、一度もお便所に行っていない。
私はヒーズル王国でも作業に没頭してしまったり、汗をたくさんかいた日はお便所への回数が極端に減ってしまうのだ。
健康によろしくないと思いお便所へと向かうと、後ろからヒソヒソと「我慢していたんだろう」とか「便秘かも」などと聞こえてくる。まったく女性に対して失礼である。
この部屋は、ホテルのように浴室とお便所が一緒である。この国の庶民の家もそうであるかは分からないが。いくつものトーチが壁にかかっているが、やはり室内は少々薄暗い。
この国もシャイアーク国のようにバスタブは無く、何枚もの布と水を張った桶がある。この布を絞って体を拭くようだ。
「……」
さて肝心のお便所は? と思い室内を見回すと、見覚えのある便器が鎮座していた。ニコライさんに作製を頼んだ便器である。
そういえばニコライさんに詳しい使い方の説明をしていなかった。そう思いながら蓋を開け、すぐに閉めた。
「…………」
薄暗くても分かった……。便器の中に壺が入っていた。しかもとても使用感のある壺で、臭い消しのためか香草を入れているらしく、混ざりあったその臭いがまた凄まじい……。
だが、出すものは出さねばならない。鼻呼吸から口呼吸に変え、意識を違うものに集中させようとポケットからあるものを取り出した。先程の『オーシー』の実である。一粒分けてもらったのだ。
ちょうど手元がトーチの明かりに照らされ、まじまじとその実を観察する。綺麗なオレンジ色の真ん丸な実である。
「……あー!」
実を割ってそれが何なのか分かった。と同時に、意識はお便所へと戻ってしまった。
「……あぁ!! あー!!」
この壺に出したということは、この壺を回収するということだ。私たち客人にそれをさせるわけがなく、誰かが壺の中身を見てしまうということだ……。乙女には耐えられない……。
早急にこの国のお便所事情をどうにかしないと! と決意して元の部屋に戻ると、お父様とスイレンがじーっと私を見ている。
「……そんなにすごいのが……」
「……出たのか……」
お便所内で発した叫び声に何か勘違いしているようだが、お母様は笑いが止まらなくなっているし、お父様とスイレンは「傷薬をもらって来るか?」と真剣に変な心配をしている。
私はただただ、心の傷薬が今すぐ欲しいと心底思った……。
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