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1巻
1-2
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契約者が現れました
ダークエルフを保護してから、さらに四十日ほどが経った。
ルミナの母やダークエルフたちを助けた時は忙しかったものの、その後は何も起きていない。
ただ湖の中でボーッと過ごしていたり、ルーを通してルミナたちを見守ったりしていた。
流石にボーッとするだけの日々も飽きてきたなと思った俺は、エトナたちがどんな暮らしをしているかを見に行くことにした。
エトナたちとは、彼らが朝早くに湖に訪れて祈りを捧げる時以外では会っていない。
湖を出て五分ほど歩いた先に、木でできた家と畑が見えてきた。
俺が彼らの生活圏に足を踏み入れた途端、家のドアが開く。
そしてエトナが目の前にやってきて跪いた。
家の中からでも、すぐに俺が来ていることに気付いたらしい。
「よ、ようこそお越しくださいました! ですが、大精霊様がなぜ私たちのところに?」
エトナは凄く緊張した様子だった。
「いや、どんな生活をしているのか気になってね。それにしても人間の姿で会うのは初めてなのに、よく俺が分かったね」
「大精霊様は気配からして偉大でございますから、 見た目がどんな御姿だろうと間違うはずはありません! それは人の見た目をしていても変わりありません!」
「そうなんだ。それにしても立派な家だね」
「お褒めいただき光栄です! 我々のようなエルフやダークエルフは木の魔法が使えますので、この辺りの樹々に魔法を作用させて、作り上げたのです。せっかくですので、中をご案内いたします!」
家の中に入って、俺は周囲を見回した。
家となった木々は生命力に溢れている。
床も隅々まで掃除が行き渡っていて、心を落ち着かせる温もりが感じられた。
エトナが俺に椅子を勧めてくる。
「どうぞお寛ぎください!」
そして何かの葉から淹れられたお茶が俺の前に置かれた。
俺はそれをズズズと飲んでから、エトナたちに尋ねる。
「しっかり生活できているみたいだね。食料は大丈夫?」
「今は野草や山菜を採取して生活しております! いくつか野菜の種を持って出てきたので、それも上手く使って畑で育てているところです。この森林はかなり肥沃な土地ですので、美味しい野菜がたくさん実ると思います!」
「それが聞けて安心したよ。へーリオも元気そうだね」
俺がそう言うと、ダークエルフの男の子、へーリオは長い耳をピクンと跳ね上げた。
声をかけられたことに恐縮しつつ、ぎこちなく俺の前に歩いてくる。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます!」
「そんな畏まらなくて良いよ。ちゃんとお父さんとお母さんの言うことを聞いて、良い子にするんだよ」
「はい!」
俺は元気よく返事をするへーリオの頭を撫でた。
彼は嬉しそうに頬を赤くする。
「それじゃ、邪魔したね。俺はそろそろ帰るよ」
「邪魔だなんて滅相もございません! またいらしてください! 命を救っていただけた恩返しにはならないと思いますが……ここに住まわせていただけることに尽きぬ感謝を申し上げます!」
エトナに倣って、リュナとヘーリオもお礼を言った。
「そんな堅苦しくなくていいからさ。これからもよろしくね」
「もちろんです!」
俺の言葉にエトナが強く頷いた。
良い付き合いができたら嬉しいなと思いながら、俺はエトナたちの家を後にするのだった。
湖に戻った俺は、溶け込むように水に入っていく。
そのままぼんやりと空を眺めていると、不意に頭の中に微かな声が流れてきた。
『……け……い』
ん?
まるで俺に何かを呼びかけるような声が、その後も何度か聞こえる。
そして次第にその言葉がはっきりとしていく。
『精霊様……どうか助けてください……僕のたった一人の家族を助けてください……』
何故この声が俺に聞こえるのかは疑問だが、必死な願いに、俺は心を打たれる。
その声に強く引っ張られているような気さえしていた。
この声の主の気持ちに応えたいと思った直後、湖全体が仄かに輝き出した。
そして湖の中に魔法陣が現れて、俺はそれに呑み込まれるのだった。
気がつくと、俺は檻の中にいた。
薄暗くて、酷く汚れた劣悪な環境だった。
周囲にいる、襤褸を着て首輪を嵌めた子供たちが、不思議そうに俺の方を見ている。
彼らは皆、どこか人間とは違う特徴を備えた異種族のようだ。
突然水の球が檻に現れたことに驚いた子もいたが、叫ぶ気力もないのか、声を上げるものは一人もいなかった。
その中から、俺は先ほどの声の主を直感的に見つけ出す。
俺は人間の姿に変身してから、その子供のもとへ近寄った。
「君の呼び声に応えて来たよ。俺は湖の大精霊のナギ。君の名前は?」
「……ヨナ」
俺を呼んだ子の正体は、へーリオたちほどではないが、若干耳が尖っている男の子だった。
掠れた声で答えるヨナに俺は尋ねる。
「君の願いを聞かせて」
「……弟を助けて……」
ヨナはそう言って、横たわっている男の子を指さした。
この子が呼びかけで言っていた、たった一人の家族なのだろう。
「分かった。ヨナの願いを叶えてあげるよ」
「ありがとう! 僕ができることなら何をしてでも返すから!」
ヨナがそう言い切った瞬間、彼の右手の甲が光り出して、模様が浮かび上がった。
同時に、俺の中にヨナの感情や思いが流れ込んでくる。
これが契約ってやつなのか?
「よし、じゃあ弟を治そうか」
俺は横たわる男の子に近づき、その口元に指先から雫を垂らす。すると、今にも消えそうだったヨナの弟の命の灯火が、強く燃え上がった。
体中にあった傷は瞬く間に全て癒え、血色が良くなる。
「う……」
意識が戻ったのか、弟がゆっくりと起き上がった。
「ルト!」
ヨナは起き上がった男の子を抱きしめる。
安堵から、その目から涙が溢れ出した。
「お兄……ちゃん?」
状況をいまいち分かっていない様子のヨナの弟のルトは、首を傾げた。
「弟くんが治ってよかったね」
「うん!」
俺の言葉に、ヨナが笑顔で強く頷いた。
俺はヨナの頭を撫でながら、周囲を見回した。
よく見たら、ルトのように衰弱しきった子供たちが何人もいる。
もちろんこの子たちをルトのように回復することはできるけど……
ここにいる限り、きっとすぐに再び弱る時が来るだろう。
先ほど契約者になったヨナはそのまま置いておくわけにいかないから、俺と一緒にここを出てもらう必要があるし、ルトもそれに付いてくるはず。だったら他の子たちも……
ここにいる子全員を解放したとして、俺がその面倒を見切れるかが心配ではある。
でもここまで来たら助けないという選択肢はないだろう。
「まぁ、どうせ解放するなら、皆まとめての方がいいよね」
俺はそう呟いて、檻の隅にあった空っぽの桶を水魔法で綺麗にした。
そこに湖から転移させた水を一杯入れる。
どうやら俺は水に限らず、湖にあるものなら自分の身体を経由して取り出すことができるらしい。
「さあ皆、この水を飲めば元気になれるよー」
その言葉に首を傾げながらも、子供たちが桶の周りによろよろと集まる。
水を口にした者の全身の傷は消え、一人、また一人と元気になっていった。
全員が気力を取り戻し、彼らの目に若干の光が宿る。
それを見た俺は、彼らを先導するように声をかける。
「それじゃあ皆、ここから逃げよう」
俺の言葉に子供たちはざわめきだす。
近くにいた猫獣人の男の子がおそるおそる聞いてくる。
「ここから逃げられるの……?」
「うん。俺の力でね。君もここにいたくないでしょ?」
猫の子が頷き、皆も同じように首を振った。
そして檻から出られると分かった子供たちから喜びの声が上がる。
「何騒いでやがる、クソガキども!」
その声を聞きつけた男が、不機嫌そうに声を荒らげながら階段から降りてきた。
男の存在に恐怖が蘇った子供たちが、ヒッと息を呑んだ。
檻の隅っこに集まって肩を抱き寄せ合いながら震えている。
男は檻の前に来ると、手にしている棒で威嚇するようにガンガンと檻を叩き始めた。
激しい音が鳴り響く度に、子供たちは声を押し殺してビクリと体を強張らせる。
鉄格子を叩きながら、男は目ざとく俺を視界に捉える。
「誰だてめぇは! ここで何してやがる! すぐに出ていけ!」
男は俺を睨みつけながら、腰にぶら下げた鍵束を手にして、鍵を開けようとする。
そこで俺は、男の耳に届くくらいの声でボソッと言った。
「クソ野郎が」
男の額に青筋が浮かび上がる。
だいぶ怒っているようだが、俺もまた静かに強い怒りを覚えていた。
先ほどからこの男を見るたびに、おぞましく醜い性根が伝わってきたからだ。
腐りきった根性、穢れた魂を感じ取るたびに、吐き気すら生ぬるいと思える負の感情が芽生える。
大精霊としての邪悪なものに対する嫌悪感だろうか。
この男が何をやってきたのか、手に取るように分かった。
弄ぶように虐待したり、殺したりする。犠牲になった子供たちは計り知れないだろう。
ガチャリと鍵を開け、男が檻の中に入ってくる。
「何野郎だって?」
男が俺の目の前に立ち、怒りに顔を歪ませながら聞いてくる。
俺はその目を見据えながらもう一度はっきり言った。
「クソ野郎」
「んだとごらぁぁぁ!」
一瞬にして怒りが沸点に達した男は、突然叫び出すと、手に持っている棒を俺に思いっきり叩きつけた。
「「「っ!?」」」
それを目の当たりにした子供たちは、俺がやられると思って愕然とした表情を浮かべる。
だが、大精霊である俺にその攻撃は通用しない。
水を弾くようなバシャッという音とともに、棒が俺の体に沈む。
姿形が人間だろうと、俺の中身は水のままだ。
物理攻撃では傷一つつかない。
男は棒を抜き取って、気味悪そうに俺を見ながら後退る。
「な、何もんだてめぇ……」
「大精霊って言ったら信じてくれる?」
「はぁ!? 大精霊だ……ぐぼぉ」
男が聞き返す前に、彼の背後に巨大な水の手を出して、全身を掴む。
水の手に包まれた男は、息苦しそうに必死にもがく。
やがてビクンビクンと痙攣すると、気絶してしまった。
「それじゃあ皆、行こうか?」
男を倒した俺は、振り返って子供たちに声をかけた。
皆、俺についてきたものの、少し怖がっているような表情を見せるのだった。
俺は怖くないよ、と皆に理解してもらうのに、少し時間がかかった。
数分ほど経って、ようやく落ち着いた皆が、俺の周りを歩くようになる。
俺が先頭に立ち、子供たちと一緒に階段を上がった。
俺はなんの躊躇もなく、短い廊下の先の扉を開けた。
「あ? なんだてめぇ」
椅子に座っていた筋骨隆々で厳つい男が、俺を睨みつけながら近づいてくる。
男は俺を見下ろすように目の前に立った。
そして、後ろにいる怯えた子供たちに気がついた。
「……なんでガキどもが出てきてやがる?」
男が額に青筋を立てながら、苛立ちを含んだ声で聞いてくる。
「邪魔だからどいてくれません?」
俺が挑発するように言うと、男は怒りに肩を震わせる。
そして拳が振り上げられた。
普通に当たれば、おそらく壁際までぶっ飛ばされるだろう。
しかし俺は、男と俺たちの間に薄い水の膜を張った。
自分の拳が水で受け止められたことに驚愕する男。
「な、んだと……!?」
「今すぐこの建物から出たいんだけど、出口はどこかな」
俺がその反応を無視して男に尋ねると、男が激昂した。
「ふざけるな! ここから出られると思うなよ!」
その後も男は何度か拳を振るうが、そのたびに薄い水の膜が攻撃を防ぐ。
大声を聞きつけ、さらに数人が部屋に入ってきた。
どいつもこいつも下卑た人相をしている。
「お前ら、こいつをどうにかしろ!」
厳つい男の命令を聞いた手下が、「へい!」と返事した後に俺を囲む。
各々鉄の棒やナイフなどの武器を手にしている。
「……鬱陶しいなぁ」
俺は右手の人差し指を前に向けて、指先から地面に雫を垂らす。
ピチャンと床に落ちた瞬間、そこから水が洪水のように溢れ、男たちに襲いかかった。
「クソ……魔導師が俺たち真っ当な奴隷商会を襲ってガキどもを攫うのか……」
水に身体を捕われながら、男が悪態をつく。
「真っ当? 子供たちを虐待しておきながら真っ当とは笑わせるね。それに、俺は魔導師じゃない。精霊だ」
「ハッ、ご大層なこった。精霊様がこんなガキどもにどんな御用で?」
水で雁字搦めに拘束されながら男が嘲笑う。
俺が精霊なのを信じていないようだ。
まあ、精霊は基本的に人間には干渉しないし、姿を表さないと言われているから、こんな人前にいる時点で信じられないのも当然なことなのだが。
「俺はただ召喚されただけだよ。ほら」
俺は、ヨナの右手と自分の右手の甲を男に見せる。
そこに刻まれている契約紋を見て、厳つい男は目を見開いた。
「……馬鹿な……ハーフエルフは精霊を召喚できない出来損ないのハズ……」
「じゃあね、この子たちは連れて行くよ」
身動きが取れない男たちの脇を、子供たちと一緒に通り過ぎる。
「クソッ……」
男は吐き捨てるように言った。
そのまま建物を出ると、子供たちは空を見上げたり、辺りを見回したりして喜んでいる。
「さてと……ここはどこなんだろうな」
ヨナの願いで呼び出されたから、自分が今どこにいるのか分からない。
どうやら街中みたいだけど……
周りをキョロキョロしていると、ヨナが俺を見上げる。
「あの……ナギ様……僕たちはこれからどうなるのですか……?」
不安そうな表情でヨナが尋ねてきた。
「心配しなくていいよ、俺が保護するから。ただ、俺の本拠地に連れていこうにも、どこにいるか把握してからじゃないと動けないからさ」
俺はヨナの頭を撫でながら、そう伝える。
ふと街を見ると、通りを行き交う人々が俺たちに不審そうな視線を向けているのが感じ取れた。
何人もの奴隷の男の子を連れているのは普通じゃないのだろう。
チラッと子供たちを見る。酷く汚れていて格好はみすぼらしく、かなりやせている。
とりあえず湖に向かう前に、腹を空かせているであろう子供たちに何かを食べさせなければと考えた。
「といっても、お金持ってないしなぁ……」
そう思った瞬間、手のひらにキラキラと光る小さな石が現れた。
と同時に、この石が精霊だけが生み出せる精霊石というレアアイテムだという補足が俺の脳内で流れる。
虹色に輝く綺麗な石、これならお金の代わりになるかもしれない。
ちょうどよく串焼きの肉を売っている屋台があったので、俺はさっそくそこへ向かった。
「すみません、それ欲しいんですけど」
俺が屋台で売られている串焼きの肉を指差すと、屋台の主人が顔を上げて景気よく挨拶する。
「いらっしゃい!」
俺を見た後、その後ろに並ぶ子どもたちに視線を移した。
最初は機嫌が良さそうだった屋台の主人は、眉間に皺を寄せて尋ねる。
「……何本?」
「この子たちがお腹いっぱいになるくらい……お金は持ち合わせがないんですけど、これで買えませんか?」
俺は七色に輝く綺麗な石を指でつまんで主人に見せる。
屋台の主人は、すぐにその石の輝きに目を奪われた。
何度も石と俺の顔を交互に見ている。
精霊石は本当に貴重で、お目にかかれるのもごく一部の人間のみ。
その情報を知らない人でも、宝石と同等以上の価値を見出してくれるだろう。
「……貴族のお坊ちゃまですか……?」
一瞬、精霊ですと答えようと思ったが、流石に誰彼構わず正体を明かすのはよくないだろう。
答え方に悩んでいたら、俺のリアクションを肯定と捉えた屋台の主人が、急に畏まった態度になった。
「分かりました! それでしたら百本焼くので、お待ちください!」
俺が差し出す石を大事そうに受け取ってから、主人はすぐに作業に入る。
俺は既に焼き上がって並べられている串焼き肉を先にもらい、子どもたちに渡す。
最初こそ戸惑っていた様子だったが、子どもたちは空腹に耐えきれなくなったのか、勢いよく食べ始めた。
何人かの子どもたちが喉をつまらせて苦しそうにする度に、俺は水を出して飲ませる。
焼き上がった串焼き肉が次々と子どもたちのお腹の中に入っていき、百本目がなくなった。
子どもたちの食べっぷりを見ていた屋台の主人や周囲にいた人たちが唖然としていた。
「もういいか?」
俺が聞くと、子どもたちは満面の笑みで頷く。
「あ、あの……ありがとう……」
ヨナはおそるおそる頭を下げた。
俺はその頭を無言で撫でる。
皆のお腹がいっぱいになったところで、身なりを綺麗にしようと考えた俺は、近くの服屋に向かった。
俺は服屋の店主に精霊石を渡して、服を譲ってくれないかとお願いした。
屋台の主人と同じように、石の輝きに目を奪われた店主は俺の申し出に大きく頷く。
ゴワゴワとして着心地が悪そうな襤褸を脱がせ、俺の水で全身を洗ってから新しい服を着せた。
子どもたちの姿が見違えるようになった。
あとは首輪だけなくなればいいんだけど……
「ヨナ、その首輪をちょっとよく見せて」
ヨナは大人しく従い、俺の側に来て顎を上げた。
首輪の仕組み的に、何か魔力がまとわりついていて、魔法的な作用をしているのは分かる。
「う~ん、力ずくでは取れそうにないけど……」
俺は首輪に精霊力を流した。
パキンと鉄が折れた音がしたかと思うと、ヨナの首輪がボロボロになって崩れた。
「ッ!?」
ヨナは床に落ちた首輪を見て、驚愕している。
「大したことないな」
「お、弟もお願いします!」
「「「僕も!」」」
ヨナは勢いよく頭を下げ、同時に他の子どもたちが俺のもとに駆け寄ってきた。
一人ずつ首輪を外してあげると、子どもたちは大喜びする。
これで見た目から奴隷だったとは分からなくなった。
さて、子どもたちの準備は整ったことだし、そろそろ移動するか。
まずは俺たちがどこにいるのか把握するために、街の人から情報収集をすることにした。
広場で露店をやっているおじさんに声をかける。
「あの、すみません。ここはなんていう街ですか?」
「んぁ? おかしなことを聞くなぁ。ここは小都市イルムスだ。ルギナス王国の南方の辺境街さ」
小都市イルムス、それにルギナス王国……
頭の中の異世界の知識が大まかな場所を教えてくれる。
俺が本拠地にしている湖と小都市イルムスは一つの国を間に隔てて存在している。
かなり遠くまで飛ばされたんだな。
「おい、兄ちゃん、質問に答えたんだからなんか買ってってくれよ」
「あ、そうですね。って言っても、俺今お金がないからなぁ……これで勘弁してくれませんか?」
小粒の精霊石を見せると、露店の男は仕方ないなと小さな果物と交換してくれた。
この人はあんまり精霊石そのものに惹かれなかったようだ。
「あの、お金を簡単に稼ぐ方法って何かありませんか?」
「簡単に金を稼ぐ方法があるなら、俺だって知りたいよ。まあお金が欲しいなら、ハイリスクハイリターンの冒険者か、堅実に行くなら職人とか商人になって稼ぐのが良いんじゃないか?」
「なるほど……」
俺はお礼を言って広場を後にした。
子どもたちの面倒を見ながら湖に向かうには、道中でお金が必要になる。
「冒険者……あるいは職人か商人か……」
職人になるには技術がないし、商人は売る物がない。
となると選択肢は、冒険者しか残っていない。
そう結論付けて、俺は冒険者ギルドに向かった。
ギルドの扉を開けると、周囲を見回した。
室内には何人かの冒険者と思われる武装を身につけた人と、職員らしき人がいる。
俺は受付カウンターの前に行き、そこにいるお姉さんに話しかけた。
「あの、冒険者になりたいんですけど」
「かしこまりました! そちらの子どもたちは……?」
俺の後ろにいる子どもたちを見るお姉さん。
「俺が面倒見ることになった子たちです」
「……なるほど?」
「で、この子たちのためにもお金が必要になったので……登録をお願いします」
「分かりました」
お姉さんは笑顔で紙と羽ペンを俺の前に置く。
「こちらの記入をお願いします。代筆は必要でしょうか?」
タイミングよく、脳内の知識が異世界の字の読み書きができると教えてくれる。
「んーと、大丈夫です」
そして紙に年齢や種族、職業やスキルを記入していく。
名前はナギ、種族は人間、職業は魔法使いと埋めて、スキル欄には水魔法と書いた。
「これでお願いします」
提出した紙を見たお姉さんが驚く。
「あら、水魔法をお使いになる魔法使いですか! 凄いですね!」
登録が完了すると、冒険者プレートが発行される。
その冒険者プレートには用紙に記入した内容が刻まれていた。
「冒険者等級は十級からですので、十級が対象になる依頼を受けてください。依頼はあちらのボードに貼ってあります」
お姉さんの指差す方を見ると、たくさんの紙が貼ってあった。
さて、何から始めようかな。
こうして俺は冒険者になった。
ダークエルフを保護してから、さらに四十日ほどが経った。
ルミナの母やダークエルフたちを助けた時は忙しかったものの、その後は何も起きていない。
ただ湖の中でボーッと過ごしていたり、ルーを通してルミナたちを見守ったりしていた。
流石にボーッとするだけの日々も飽きてきたなと思った俺は、エトナたちがどんな暮らしをしているかを見に行くことにした。
エトナたちとは、彼らが朝早くに湖に訪れて祈りを捧げる時以外では会っていない。
湖を出て五分ほど歩いた先に、木でできた家と畑が見えてきた。
俺が彼らの生活圏に足を踏み入れた途端、家のドアが開く。
そしてエトナが目の前にやってきて跪いた。
家の中からでも、すぐに俺が来ていることに気付いたらしい。
「よ、ようこそお越しくださいました! ですが、大精霊様がなぜ私たちのところに?」
エトナは凄く緊張した様子だった。
「いや、どんな生活をしているのか気になってね。それにしても人間の姿で会うのは初めてなのに、よく俺が分かったね」
「大精霊様は気配からして偉大でございますから、 見た目がどんな御姿だろうと間違うはずはありません! それは人の見た目をしていても変わりありません!」
「そうなんだ。それにしても立派な家だね」
「お褒めいただき光栄です! 我々のようなエルフやダークエルフは木の魔法が使えますので、この辺りの樹々に魔法を作用させて、作り上げたのです。せっかくですので、中をご案内いたします!」
家の中に入って、俺は周囲を見回した。
家となった木々は生命力に溢れている。
床も隅々まで掃除が行き渡っていて、心を落ち着かせる温もりが感じられた。
エトナが俺に椅子を勧めてくる。
「どうぞお寛ぎください!」
そして何かの葉から淹れられたお茶が俺の前に置かれた。
俺はそれをズズズと飲んでから、エトナたちに尋ねる。
「しっかり生活できているみたいだね。食料は大丈夫?」
「今は野草や山菜を採取して生活しております! いくつか野菜の種を持って出てきたので、それも上手く使って畑で育てているところです。この森林はかなり肥沃な土地ですので、美味しい野菜がたくさん実ると思います!」
「それが聞けて安心したよ。へーリオも元気そうだね」
俺がそう言うと、ダークエルフの男の子、へーリオは長い耳をピクンと跳ね上げた。
声をかけられたことに恐縮しつつ、ぎこちなく俺の前に歩いてくる。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます!」
「そんな畏まらなくて良いよ。ちゃんとお父さんとお母さんの言うことを聞いて、良い子にするんだよ」
「はい!」
俺は元気よく返事をするへーリオの頭を撫でた。
彼は嬉しそうに頬を赤くする。
「それじゃ、邪魔したね。俺はそろそろ帰るよ」
「邪魔だなんて滅相もございません! またいらしてください! 命を救っていただけた恩返しにはならないと思いますが……ここに住まわせていただけることに尽きぬ感謝を申し上げます!」
エトナに倣って、リュナとヘーリオもお礼を言った。
「そんな堅苦しくなくていいからさ。これからもよろしくね」
「もちろんです!」
俺の言葉にエトナが強く頷いた。
良い付き合いができたら嬉しいなと思いながら、俺はエトナたちの家を後にするのだった。
湖に戻った俺は、溶け込むように水に入っていく。
そのままぼんやりと空を眺めていると、不意に頭の中に微かな声が流れてきた。
『……け……い』
ん?
まるで俺に何かを呼びかけるような声が、その後も何度か聞こえる。
そして次第にその言葉がはっきりとしていく。
『精霊様……どうか助けてください……僕のたった一人の家族を助けてください……』
何故この声が俺に聞こえるのかは疑問だが、必死な願いに、俺は心を打たれる。
その声に強く引っ張られているような気さえしていた。
この声の主の気持ちに応えたいと思った直後、湖全体が仄かに輝き出した。
そして湖の中に魔法陣が現れて、俺はそれに呑み込まれるのだった。
気がつくと、俺は檻の中にいた。
薄暗くて、酷く汚れた劣悪な環境だった。
周囲にいる、襤褸を着て首輪を嵌めた子供たちが、不思議そうに俺の方を見ている。
彼らは皆、どこか人間とは違う特徴を備えた異種族のようだ。
突然水の球が檻に現れたことに驚いた子もいたが、叫ぶ気力もないのか、声を上げるものは一人もいなかった。
その中から、俺は先ほどの声の主を直感的に見つけ出す。
俺は人間の姿に変身してから、その子供のもとへ近寄った。
「君の呼び声に応えて来たよ。俺は湖の大精霊のナギ。君の名前は?」
「……ヨナ」
俺を呼んだ子の正体は、へーリオたちほどではないが、若干耳が尖っている男の子だった。
掠れた声で答えるヨナに俺は尋ねる。
「君の願いを聞かせて」
「……弟を助けて……」
ヨナはそう言って、横たわっている男の子を指さした。
この子が呼びかけで言っていた、たった一人の家族なのだろう。
「分かった。ヨナの願いを叶えてあげるよ」
「ありがとう! 僕ができることなら何をしてでも返すから!」
ヨナがそう言い切った瞬間、彼の右手の甲が光り出して、模様が浮かび上がった。
同時に、俺の中にヨナの感情や思いが流れ込んでくる。
これが契約ってやつなのか?
「よし、じゃあ弟を治そうか」
俺は横たわる男の子に近づき、その口元に指先から雫を垂らす。すると、今にも消えそうだったヨナの弟の命の灯火が、強く燃え上がった。
体中にあった傷は瞬く間に全て癒え、血色が良くなる。
「う……」
意識が戻ったのか、弟がゆっくりと起き上がった。
「ルト!」
ヨナは起き上がった男の子を抱きしめる。
安堵から、その目から涙が溢れ出した。
「お兄……ちゃん?」
状況をいまいち分かっていない様子のヨナの弟のルトは、首を傾げた。
「弟くんが治ってよかったね」
「うん!」
俺の言葉に、ヨナが笑顔で強く頷いた。
俺はヨナの頭を撫でながら、周囲を見回した。
よく見たら、ルトのように衰弱しきった子供たちが何人もいる。
もちろんこの子たちをルトのように回復することはできるけど……
ここにいる限り、きっとすぐに再び弱る時が来るだろう。
先ほど契約者になったヨナはそのまま置いておくわけにいかないから、俺と一緒にここを出てもらう必要があるし、ルトもそれに付いてくるはず。だったら他の子たちも……
ここにいる子全員を解放したとして、俺がその面倒を見切れるかが心配ではある。
でもここまで来たら助けないという選択肢はないだろう。
「まぁ、どうせ解放するなら、皆まとめての方がいいよね」
俺はそう呟いて、檻の隅にあった空っぽの桶を水魔法で綺麗にした。
そこに湖から転移させた水を一杯入れる。
どうやら俺は水に限らず、湖にあるものなら自分の身体を経由して取り出すことができるらしい。
「さあ皆、この水を飲めば元気になれるよー」
その言葉に首を傾げながらも、子供たちが桶の周りによろよろと集まる。
水を口にした者の全身の傷は消え、一人、また一人と元気になっていった。
全員が気力を取り戻し、彼らの目に若干の光が宿る。
それを見た俺は、彼らを先導するように声をかける。
「それじゃあ皆、ここから逃げよう」
俺の言葉に子供たちはざわめきだす。
近くにいた猫獣人の男の子がおそるおそる聞いてくる。
「ここから逃げられるの……?」
「うん。俺の力でね。君もここにいたくないでしょ?」
猫の子が頷き、皆も同じように首を振った。
そして檻から出られると分かった子供たちから喜びの声が上がる。
「何騒いでやがる、クソガキども!」
その声を聞きつけた男が、不機嫌そうに声を荒らげながら階段から降りてきた。
男の存在に恐怖が蘇った子供たちが、ヒッと息を呑んだ。
檻の隅っこに集まって肩を抱き寄せ合いながら震えている。
男は檻の前に来ると、手にしている棒で威嚇するようにガンガンと檻を叩き始めた。
激しい音が鳴り響く度に、子供たちは声を押し殺してビクリと体を強張らせる。
鉄格子を叩きながら、男は目ざとく俺を視界に捉える。
「誰だてめぇは! ここで何してやがる! すぐに出ていけ!」
男は俺を睨みつけながら、腰にぶら下げた鍵束を手にして、鍵を開けようとする。
そこで俺は、男の耳に届くくらいの声でボソッと言った。
「クソ野郎が」
男の額に青筋が浮かび上がる。
だいぶ怒っているようだが、俺もまた静かに強い怒りを覚えていた。
先ほどからこの男を見るたびに、おぞましく醜い性根が伝わってきたからだ。
腐りきった根性、穢れた魂を感じ取るたびに、吐き気すら生ぬるいと思える負の感情が芽生える。
大精霊としての邪悪なものに対する嫌悪感だろうか。
この男が何をやってきたのか、手に取るように分かった。
弄ぶように虐待したり、殺したりする。犠牲になった子供たちは計り知れないだろう。
ガチャリと鍵を開け、男が檻の中に入ってくる。
「何野郎だって?」
男が俺の目の前に立ち、怒りに顔を歪ませながら聞いてくる。
俺はその目を見据えながらもう一度はっきり言った。
「クソ野郎」
「んだとごらぁぁぁ!」
一瞬にして怒りが沸点に達した男は、突然叫び出すと、手に持っている棒を俺に思いっきり叩きつけた。
「「「っ!?」」」
それを目の当たりにした子供たちは、俺がやられると思って愕然とした表情を浮かべる。
だが、大精霊である俺にその攻撃は通用しない。
水を弾くようなバシャッという音とともに、棒が俺の体に沈む。
姿形が人間だろうと、俺の中身は水のままだ。
物理攻撃では傷一つつかない。
男は棒を抜き取って、気味悪そうに俺を見ながら後退る。
「な、何もんだてめぇ……」
「大精霊って言ったら信じてくれる?」
「はぁ!? 大精霊だ……ぐぼぉ」
男が聞き返す前に、彼の背後に巨大な水の手を出して、全身を掴む。
水の手に包まれた男は、息苦しそうに必死にもがく。
やがてビクンビクンと痙攣すると、気絶してしまった。
「それじゃあ皆、行こうか?」
男を倒した俺は、振り返って子供たちに声をかけた。
皆、俺についてきたものの、少し怖がっているような表情を見せるのだった。
俺は怖くないよ、と皆に理解してもらうのに、少し時間がかかった。
数分ほど経って、ようやく落ち着いた皆が、俺の周りを歩くようになる。
俺が先頭に立ち、子供たちと一緒に階段を上がった。
俺はなんの躊躇もなく、短い廊下の先の扉を開けた。
「あ? なんだてめぇ」
椅子に座っていた筋骨隆々で厳つい男が、俺を睨みつけながら近づいてくる。
男は俺を見下ろすように目の前に立った。
そして、後ろにいる怯えた子供たちに気がついた。
「……なんでガキどもが出てきてやがる?」
男が額に青筋を立てながら、苛立ちを含んだ声で聞いてくる。
「邪魔だからどいてくれません?」
俺が挑発するように言うと、男は怒りに肩を震わせる。
そして拳が振り上げられた。
普通に当たれば、おそらく壁際までぶっ飛ばされるだろう。
しかし俺は、男と俺たちの間に薄い水の膜を張った。
自分の拳が水で受け止められたことに驚愕する男。
「な、んだと……!?」
「今すぐこの建物から出たいんだけど、出口はどこかな」
俺がその反応を無視して男に尋ねると、男が激昂した。
「ふざけるな! ここから出られると思うなよ!」
その後も男は何度か拳を振るうが、そのたびに薄い水の膜が攻撃を防ぐ。
大声を聞きつけ、さらに数人が部屋に入ってきた。
どいつもこいつも下卑た人相をしている。
「お前ら、こいつをどうにかしろ!」
厳つい男の命令を聞いた手下が、「へい!」と返事した後に俺を囲む。
各々鉄の棒やナイフなどの武器を手にしている。
「……鬱陶しいなぁ」
俺は右手の人差し指を前に向けて、指先から地面に雫を垂らす。
ピチャンと床に落ちた瞬間、そこから水が洪水のように溢れ、男たちに襲いかかった。
「クソ……魔導師が俺たち真っ当な奴隷商会を襲ってガキどもを攫うのか……」
水に身体を捕われながら、男が悪態をつく。
「真っ当? 子供たちを虐待しておきながら真っ当とは笑わせるね。それに、俺は魔導師じゃない。精霊だ」
「ハッ、ご大層なこった。精霊様がこんなガキどもにどんな御用で?」
水で雁字搦めに拘束されながら男が嘲笑う。
俺が精霊なのを信じていないようだ。
まあ、精霊は基本的に人間には干渉しないし、姿を表さないと言われているから、こんな人前にいる時点で信じられないのも当然なことなのだが。
「俺はただ召喚されただけだよ。ほら」
俺は、ヨナの右手と自分の右手の甲を男に見せる。
そこに刻まれている契約紋を見て、厳つい男は目を見開いた。
「……馬鹿な……ハーフエルフは精霊を召喚できない出来損ないのハズ……」
「じゃあね、この子たちは連れて行くよ」
身動きが取れない男たちの脇を、子供たちと一緒に通り過ぎる。
「クソッ……」
男は吐き捨てるように言った。
そのまま建物を出ると、子供たちは空を見上げたり、辺りを見回したりして喜んでいる。
「さてと……ここはどこなんだろうな」
ヨナの願いで呼び出されたから、自分が今どこにいるのか分からない。
どうやら街中みたいだけど……
周りをキョロキョロしていると、ヨナが俺を見上げる。
「あの……ナギ様……僕たちはこれからどうなるのですか……?」
不安そうな表情でヨナが尋ねてきた。
「心配しなくていいよ、俺が保護するから。ただ、俺の本拠地に連れていこうにも、どこにいるか把握してからじゃないと動けないからさ」
俺はヨナの頭を撫でながら、そう伝える。
ふと街を見ると、通りを行き交う人々が俺たちに不審そうな視線を向けているのが感じ取れた。
何人もの奴隷の男の子を連れているのは普通じゃないのだろう。
チラッと子供たちを見る。酷く汚れていて格好はみすぼらしく、かなりやせている。
とりあえず湖に向かう前に、腹を空かせているであろう子供たちに何かを食べさせなければと考えた。
「といっても、お金持ってないしなぁ……」
そう思った瞬間、手のひらにキラキラと光る小さな石が現れた。
と同時に、この石が精霊だけが生み出せる精霊石というレアアイテムだという補足が俺の脳内で流れる。
虹色に輝く綺麗な石、これならお金の代わりになるかもしれない。
ちょうどよく串焼きの肉を売っている屋台があったので、俺はさっそくそこへ向かった。
「すみません、それ欲しいんですけど」
俺が屋台で売られている串焼きの肉を指差すと、屋台の主人が顔を上げて景気よく挨拶する。
「いらっしゃい!」
俺を見た後、その後ろに並ぶ子どもたちに視線を移した。
最初は機嫌が良さそうだった屋台の主人は、眉間に皺を寄せて尋ねる。
「……何本?」
「この子たちがお腹いっぱいになるくらい……お金は持ち合わせがないんですけど、これで買えませんか?」
俺は七色に輝く綺麗な石を指でつまんで主人に見せる。
屋台の主人は、すぐにその石の輝きに目を奪われた。
何度も石と俺の顔を交互に見ている。
精霊石は本当に貴重で、お目にかかれるのもごく一部の人間のみ。
その情報を知らない人でも、宝石と同等以上の価値を見出してくれるだろう。
「……貴族のお坊ちゃまですか……?」
一瞬、精霊ですと答えようと思ったが、流石に誰彼構わず正体を明かすのはよくないだろう。
答え方に悩んでいたら、俺のリアクションを肯定と捉えた屋台の主人が、急に畏まった態度になった。
「分かりました! それでしたら百本焼くので、お待ちください!」
俺が差し出す石を大事そうに受け取ってから、主人はすぐに作業に入る。
俺は既に焼き上がって並べられている串焼き肉を先にもらい、子どもたちに渡す。
最初こそ戸惑っていた様子だったが、子どもたちは空腹に耐えきれなくなったのか、勢いよく食べ始めた。
何人かの子どもたちが喉をつまらせて苦しそうにする度に、俺は水を出して飲ませる。
焼き上がった串焼き肉が次々と子どもたちのお腹の中に入っていき、百本目がなくなった。
子どもたちの食べっぷりを見ていた屋台の主人や周囲にいた人たちが唖然としていた。
「もういいか?」
俺が聞くと、子どもたちは満面の笑みで頷く。
「あ、あの……ありがとう……」
ヨナはおそるおそる頭を下げた。
俺はその頭を無言で撫でる。
皆のお腹がいっぱいになったところで、身なりを綺麗にしようと考えた俺は、近くの服屋に向かった。
俺は服屋の店主に精霊石を渡して、服を譲ってくれないかとお願いした。
屋台の主人と同じように、石の輝きに目を奪われた店主は俺の申し出に大きく頷く。
ゴワゴワとして着心地が悪そうな襤褸を脱がせ、俺の水で全身を洗ってから新しい服を着せた。
子どもたちの姿が見違えるようになった。
あとは首輪だけなくなればいいんだけど……
「ヨナ、その首輪をちょっとよく見せて」
ヨナは大人しく従い、俺の側に来て顎を上げた。
首輪の仕組み的に、何か魔力がまとわりついていて、魔法的な作用をしているのは分かる。
「う~ん、力ずくでは取れそうにないけど……」
俺は首輪に精霊力を流した。
パキンと鉄が折れた音がしたかと思うと、ヨナの首輪がボロボロになって崩れた。
「ッ!?」
ヨナは床に落ちた首輪を見て、驚愕している。
「大したことないな」
「お、弟もお願いします!」
「「「僕も!」」」
ヨナは勢いよく頭を下げ、同時に他の子どもたちが俺のもとに駆け寄ってきた。
一人ずつ首輪を外してあげると、子どもたちは大喜びする。
これで見た目から奴隷だったとは分からなくなった。
さて、子どもたちの準備は整ったことだし、そろそろ移動するか。
まずは俺たちがどこにいるのか把握するために、街の人から情報収集をすることにした。
広場で露店をやっているおじさんに声をかける。
「あの、すみません。ここはなんていう街ですか?」
「んぁ? おかしなことを聞くなぁ。ここは小都市イルムスだ。ルギナス王国の南方の辺境街さ」
小都市イルムス、それにルギナス王国……
頭の中の異世界の知識が大まかな場所を教えてくれる。
俺が本拠地にしている湖と小都市イルムスは一つの国を間に隔てて存在している。
かなり遠くまで飛ばされたんだな。
「おい、兄ちゃん、質問に答えたんだからなんか買ってってくれよ」
「あ、そうですね。って言っても、俺今お金がないからなぁ……これで勘弁してくれませんか?」
小粒の精霊石を見せると、露店の男は仕方ないなと小さな果物と交換してくれた。
この人はあんまり精霊石そのものに惹かれなかったようだ。
「あの、お金を簡単に稼ぐ方法って何かありませんか?」
「簡単に金を稼ぐ方法があるなら、俺だって知りたいよ。まあお金が欲しいなら、ハイリスクハイリターンの冒険者か、堅実に行くなら職人とか商人になって稼ぐのが良いんじゃないか?」
「なるほど……」
俺はお礼を言って広場を後にした。
子どもたちの面倒を見ながら湖に向かうには、道中でお金が必要になる。
「冒険者……あるいは職人か商人か……」
職人になるには技術がないし、商人は売る物がない。
となると選択肢は、冒険者しか残っていない。
そう結論付けて、俺は冒険者ギルドに向かった。
ギルドの扉を開けると、周囲を見回した。
室内には何人かの冒険者と思われる武装を身につけた人と、職員らしき人がいる。
俺は受付カウンターの前に行き、そこにいるお姉さんに話しかけた。
「あの、冒険者になりたいんですけど」
「かしこまりました! そちらの子どもたちは……?」
俺の後ろにいる子どもたちを見るお姉さん。
「俺が面倒見ることになった子たちです」
「……なるほど?」
「で、この子たちのためにもお金が必要になったので……登録をお願いします」
「分かりました」
お姉さんは笑顔で紙と羽ペンを俺の前に置く。
「こちらの記入をお願いします。代筆は必要でしょうか?」
タイミングよく、脳内の知識が異世界の字の読み書きができると教えてくれる。
「んーと、大丈夫です」
そして紙に年齢や種族、職業やスキルを記入していく。
名前はナギ、種族は人間、職業は魔法使いと埋めて、スキル欄には水魔法と書いた。
「これでお願いします」
提出した紙を見たお姉さんが驚く。
「あら、水魔法をお使いになる魔法使いですか! 凄いですね!」
登録が完了すると、冒険者プレートが発行される。
その冒険者プレートには用紙に記入した内容が刻まれていた。
「冒険者等級は十級からですので、十級が対象になる依頼を受けてください。依頼はあちらのボードに貼ってあります」
お姉さんの指差す方を見ると、たくさんの紙が貼ってあった。
さて、何から始めようかな。
こうして俺は冒険者になった。
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