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3巻
3-2
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それから数日、俺達は特に何をするでもなくダラダラと過ごしていた。
俺はソファーに寝っ転がって固有空間から持ち出したラノベを読み、スレイルとルシルフィアはボードゲームで遊んでいる。
と、俺はふいにラノベをパタンと閉じ、ソファーから起き上がった。
「ん、帰ってきたか」
かなりレベルが上がって、神様ポイントを使ってステータスを上げたおかげか、以前に比べてかなり気配に敏感になったのだ。
「誰が来たの?」
スレイルは頭を少し傾げて聞く。
「二人に紹介したいと思ってた、俺の友達だよ」
「お兄ちゃんの友達!! 僕も友達になれるかな?」
「きっとなれるよ。すごくいい人達だし、面倒見もいいんだよ」
「でしたら私も是非ご挨拶をさせてください」
そう言ってルシルフィアが微笑む。
彼女はこれまでの言動を見る限り、俺やスレイルにしか関心がないらしい。国王や王族、俺の家で働く人達に対しても興味がないような素振りを見せるのだが、そんな彼女が積極的にそう言うのでちょっと嬉しかった。
ほどなくして、サンヴァトレが部屋に来る。
「リョーマ様、ロマ様とタオルク様の御一行がお越しになりました。いかがなさいますか?」
「すぐに会いたいからここに連れてきてください」
「かしこまりました」
それから五人の気配が俺達のいる部屋にどんどん近付いてくる。
コンコンとドアがノックされ、「お連れいたしました」とサンヴァトレが告げる。
「どうぞ」
サンヴァトレがドアを開け、四人が中に入ってきた。
久しぶりに会うロマ、フェルメ、ルインは満面の笑み。タオルクは欠伸をして、頭をガシガシと掻きながら部屋に入ってきた。
「久しぶりだね! さあ座って座って!」
「久しぶりだな、リョーマ! なかなか戻ってこなかったから、ダンジョンの攻略に手こずってるのかと思って心配したぞ」
「お久し振りです、リョーマ様!」
「リョーマならあっという間に攻略するって思ったッスよ!」
「アハハ……そうはいかなかったね」
ロマ、フェルメ、ルインに苦笑いで答えると、タオルクも含めた四人は驚く。
「使徒のお前でも厳しいダンジョンだったのか……」
タオルクは言う。
「まぁ、他の使徒だったらあっという間に攻略できてたと思うけど、俺はまだまだ弱いからね……それで、皆に紹介したい人がいるんだ」
まずはスレイルに前に出てもらう。
出会ったきっかけを皆に話すと、かなり驚いていた。特に、元はスケルトンの子供で、進化をして今の姿になったという部分に衝撃を受けているようだった。
「あ、あの、スレイルです! よろしくお願いします!」
緊張しているのか、ぎこちなく挨拶をして頭を下げるスレイル。
「リョーマの仲間なら俺の仲間だ! よろしくな! 俺はロマだ!」
ロマはすぐに受け入れてくれる。
「リョーマ様のお仲間でしたら信用しないわけないです! これからもよろしくねスレイル君! 私はフェルメです」
フェルメはスレイルに微笑む。
「俺はルイン! よろしくッス!」
はにかむルイン。
「……俺はタオルク。まぁよろしくな」
タオルクだけは若干警戒してる雰囲気がする。
スレイルの実力を肌で感じているといった様子だ。見た目は子供だけど、侮れないと思ってるのかもしれない。
「それで、こっちの人がルシルフィア。その、大天使なんだけど……」
「ルシルフィアと申します」
「ルシルフィア、本当の姿になってもらっていいかな?」
『はい』
翼を隠す幻影を解くと、ルシルフィアの背に三対六翼、純白の翼が現れる。声も普通に聞こえるものではなく、頭の中に直接響く感じだ。
ついでにスレイルの幻影も解いてもらい、元の尻尾のある姿になった。
「「「「!?」」」」
これに四人は絶句する。
そりゃ、超常の存在である天使、それも大天使が目の前にいるのだ、驚かないわけがない。そのせいで落ち着くまでに割と時間がかかってしまった。
俺としては、皆には仲良くしてほしかったのだが、どうやら問題はなさそうだな。
それから俺のダンジョン攻略の話が聞きたいということで、お菓子や飲み物をテーブルに広げ、それをつまみながら聞いてもらった。
俺の話はやはり驚きの連続だったのだろう、ロマ達は度々お菓子をつまむ手を止めて、前のめりになって話に聞き入っていた。
「……はぁ~。なんというか、凄すぎる……」
ロマは脱力し、ソファーの背にもたれて呟く。フェルメ、ルインも同様に頷く。タオルクは言葉もないという感じでコーヒーを飲んでいた。
今度はロマ達の話を聞きたいと思ったのだが、色んな意味で疲れたということで四人は休むことになった。四人はそれぞれの部屋に戻っていく。
「時間も時間だし、お風呂に入ったらご飯にしよう」
「一緒に入るー!!」
『ご一緒いたしますね』
そうして今日も、三人で大浴場に向かうのだった。
第2話 シャンダオの商人
お風呂を上がり、ご飯を食べた後はそれぞれの部屋で休む。
というわけで、スマホを開いて妖精の箱庭アプリをいじることにした。
これは文字通り、妖精が暮らす箱庭を管理するアプリゲームで、このアプリ内で作られたアイテムをこっちの世界でも使えるという優れモノだ。
画面内は、海に孤島がぽつんとあり、その中央に世界樹の若木が聳えている。
そして妖精ポイントという、このアプリ専用のポイントを使うことで島の面積などを拡張できるのだが……ポイントが貯まっていたため、島の面積を元の五十倍近くまで広げ、妖精も千匹まで増やした。
そして、大きな鉱山も追加した。妖精ショップに追加されていた採掘道具を購入すると、数十匹の妖精がアイテムを使って作業を始める。
魔法とアイテムを駆使してあっという間に坑道が構築され、アイテムボックスには次々と採掘された鉱石や宝石の原石が溜まっていた。
それと同時に、妖精ショップに加工施設が追加されたのに気付いた。
島を大きくはしたが、中心部分の農林畜産業エリア以外は手付かずだから、空いている南エリアに工業施設を設置する。
するとそこにワラワラと妖精が集まって、鉱石や宝石の原石を加工し始めた。
一生懸命働くその姿に思わずほっこりする。
ポイントはまだ余ってたから、溜池やら小川やらいろいろ環境を追加して……気が付けばすっかり朝になっていた。
そろそろサンヴァトレがやってくる時間なので、ベッドから出た俺は、シルクのパジャマを脱ぎ捨ててラフな洋服に着替える。
するとちょうどいいタイミングで、扉がノックされた。
「リョーマ様、おはようございます。ご朝食の準備ができました」
「わかった。皆は?」
「食堂に集まっております」
既に集まっているということで、少し早足で食堂に向かった。
「皆、おはよう!」
席に座って挨拶をする。長テーブルの向かって右側にロマ達が座り、左側にスレイルとルシルフィアが座っていた。
俺が着席したところで、まずはグラスに飲み物が注がれ、料理が並べられる。
どうやら、俺が来る前に互いにいろいろ話したみたいで、ロマ達とスレイルやルシルフィアはすっかり馴染んだようだった。
スレイルがご飯を美味しそうに食べる姿に一同和んだりしながら、楽しい朝食は終わり、談話室に移動した。
「ふぃ~。やっぱリョーマのところで食べるご飯は美味しいな!」
ロマは満足げにお腹をさする。
うちで出している料理は、妖精の箱庭でとれた絶品の素材を一流のシェフが調理しているからな。
「本当に。普通の宿のご飯じゃ物足りなく思ってしまうようになりました……」
少し恥ずかしそうに言うフェルメ。
まぁ確かに、ギルド通りに並ぶ宿屋のご飯に比べたら、天と地の差になってしまうだろう。
「リョーマはしばらくは旅に出たりはしないのか?」
タオルクが聞いてくる。
「そのつもりだよ。特に何かしようなんてことは考えてないかなぁ。まぁのんびりしてるよ」
「んじゃあ、俺達もゆっくりするか」
タオルクの言葉にロマ達は嬉しそうに賛成する。
「ロマ達はダンジョン攻略の方はどう? たしか、ファー賢老の塔だったよね?」
四人はこの王都近くの、俺達が攻略したのとは別のダンジョンに挑戦してたんだよな。たしか魔道具が多く産出されるダンジョンで、低ランクの冒険者でも入りやすい場所だった気がする。
昨日は俺の話をしたから、今日はロマ達の冒険譚を聞きたい。
スレイルは俺の隣でワクワクしていて、それを見たロマ達は攻略の様子を話し始める。
「めっちゃデカかったッス!」
「確かにな!」
ルインの言葉に、ロマが頷く。
この世界ではどのダンジョンも、出入り口となる場所には白亜の石柱がある。それをすり抜けると、その先がダンジョンになっているのだ。
そしてファー賢老の塔では、その石柱の向こうに、天を突き抜けるほどに高く聳える塔があるそうだ。一階層だけでも都市ファレアスぐらいの広さがあり、塔の入り口も巨大で、巨人が背伸びしても通り抜けられそうなほどだという。
塔の中も、天井が何百メートルもありそうなほどに高かったらしい。
迷路のように入り組んだ大きな幅の通路の壁には大小様々な扉があるようで、中は部屋だったり別の通路だったりしたという。
そして探索を始めるとすぐにゴブリンが現れる。しかもそのゴブリンはただのゴブリンじゃなくて、いきなり魔法攻撃をしてきたというから驚きだ。
「結構複雑なダンジョンなんだね」
「ああ。しっかりマッピングしないと確実に迷う、いやらしい構造だったな。見ろよこれ」
タオルクは懐から折り畳まれた紙を取り出し、広げる。
びっしりと通路やら部屋やらが書き込まれていて、その広大さと複雑さに思わず目を見開いてしまった。
「しかも、これだけ広いのに次の階層に繋がる道が一本しかなくて、それを探さなきゃいけないのが辛かったな」
「うわぁ……」
こっちはこっちで過酷そうだな。
それから話を聞いていると、現在ロマ達が探索しているのは、五階層らしかった。
「階層が上がるごとにモンスターは強くなるし、また一からマッピングしないといけないから思ったように進まなかったな」
五階層の時点でマジックオーガやマジックサイクロプスという魔法を使うモンスターが現れるようになり、ロマ達は苦戦しているという。
未踏破のダンジョンなので最終的にどこまで続いているかはわからないが、たしか現在の到達階層は二十四階層。それを考えると五階層はまだまだ序盤だと思うが、そんな強いモンスターが出るなら、十階層、二十階層、そしてその先には何が現れるのやら……ダンジョンが未攻略なのも頷ける。
それから、ルインが迷子になりそうになったり、ロマとフェルメがちょっといい雰囲気になったりと、楽しそうな話を聞かせてくれるロマ達。
そんな時に、サンヴァトレが部屋に入ってくる。
「ご歓談中、失礼します」
そう言って俺のそばに来て耳打ちする。
「シャンダオの商人を名乗る人物が、リョーマ様に謁見を賜りたいとお越しになられてますが……いかがなさいますか?」
「シャンダオ?」
たしか、商人達が寄り集まってできた国だっけ。
使徒の集会の時に、皇――この世界でも古株の使徒が教えてくれたような……
せっかくだから会ってみようかな。
「皆、ごめん。お客さんが来たみたいだからちょっと行ってくるね! 皆はそのまま話してて」
お菓子やジュースを出して、俺は部屋を出る。
そしてサンヴァトレに指示を出し、その商人を応接室に通すように手配した。
応接室で待つこと十分。その男はやってきた。
「お連れしました」
「どうぞ」
部屋に入ってきた男は、腰を深く曲げて頭を下げる。
「お、お初にお目にかかります! わたくし、シャンダオから参りました、フダス商会を営んでおりますジェロニアと申します! 使徒リョーマ様と謁見できたこと、幸甚に存じます!」
「リョウマです。どうぞお掛けになってください」
「はい!」
ぎこちない動きで対面に座るジェロニア。
俺はまっすぐ彼を見るが、ジェロニアは伏し目がちにチラチラと俺を見る。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続く。
「えっと……本日はどのようなご用件でしょうか?」
沈黙で居心地が悪く、自分から切り出す。
「あ、は、はい!! し、使徒リョーマ様にご相談したいことがありまして……そ、その前にどうぞこちらをお受け取りください!」
ジェロニアは自分のバッグから、いくつもの見事な宝飾品を出してテーブルに並べた。
「こちらの品々は、使徒リョーマ様に献上させていただきたくお持ちいたしました! どうぞお納めください!」
俺は目を細めて、宝飾品と頭を下げている男を見る。
商人がこうして近付いてくるのは、何か打算があってのものだろう。以前オイグスという商人が、俺が固有空間から持ち出したジュースに興味を持ったように……
「……ありがとうございます。それで、相談したいこととは何でしょうか」
「は、はい……リョーマ様についてある噂を伺いまして……何やら大変珍しいお飲み物等をお持ちだとか……」
それを聞いて俺は内心でため息をつく。ついに来たかと。
こうして直接言ってくるということは確かな情報を仕入れている、つまり隠しても無駄だろう。
俺はインベントリからペットボトルのオレンジジュースを取り出す。
「……これのことですか?」
ジェロニアはテーブルに置かれたオレンジジュースを食い入るように見る。
「ま、まさにそれのことです!! おぉ……それが使徒リョーマ様だけが持つ大変珍しいお飲み物ですか!! その入れ物も見たことがありません!!」
興奮し、ゴクリと生唾を飲み込むジェロニア。
「これを目当てにして来られたのでしたら、残念です。売り物にするつもりはありません」
「そんな……」
俺のはっきりした言葉に、ジェロニアは酷く落ち込んだ。
そこをなんとかと、あの手この手で交渉してくるが、俺はきっぱりと断る。
「以前にも、俺の持つコレに目をつけた商人はいました。オイグスという人なんですが、手に入らないとわかるやいなや、刺客を放ってきましたよ」
オイグスの名を出すと、ジェロニアはほんの一瞬だけ右の眉尻をピクリと動かす。
「そんな不届き者がいるのですか。使徒リョーマ様に刺客を放つなど、なんとも恐れ知らずなものですね」
ジェロニアはとんでもないといった様子でそう言うが、どうにも白々しい。もしかして、オイグスのことを知ってるんじゃないだろうか。
まぁ、疑っていても仕方ない。
「取引はできませんが、一杯ご馳走しましょう。こうしてお越しいただいて何もおもてなしできずに帰すのもなんですので」
このままじゃ帰りそうにもないから、とりあえず一杯だけ出すことにした。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
サンヴァトレに客用のコップを持ってきてもらい、ペットボトルの蓋を開けて注ぐ。
ジェロニアはペットボトルの構造が気になるのか凝視している。
俺はオレンジジュースが並々に注がれたコップに手を翳し、氷雪魔法でキンキンに冷やしてからジェロニアの目の前に置く。
「どうぞ、召し上がってください」
「で、では遠慮なくいただきます……」
ジェロニアはコップを手に取り一口。そしてカッと目を見開いた。
「美味しい!! 南国のガルゴという果物によく似た味ですが……それよりもさっぱりしていて飲みやすい……それに、甘さが……ッ! 砂糖をふんだんに使われてるのですか!?」
大袈裟なリアクションに、俺は思わず苦笑いする。
当のジェロニアはオレンジジュースの価値を脳内で試算しているのだろう、ちびちび飲みながら難しそうな顔だ。
「……リョーマ様、無理はご承知でもう一度お願いします! 是非このオレンジジュースやリョーマ様がお持ちの物を取引していただけないでしょうか! どうかお願いします!!」
「何度言われても変わりません。売り物にするつもりはないので、どうぞお引き取りください」
俺の態度に下唇を噛むジェロニア。
「…‥わかりました。重ね重ねのご無礼、申し訳ありませんでした。お時間をいただけたこと、誠にありがとうございました。それでは失礼いたします……」
ジェロニアは深く頭を下げると、サンヴァトレの案内で部屋を出ていった。
俺は一人応接室に残り、ソファーに深くもたれる。
「はぁ~……シャンダオか……」
呟いて天井を見上げる。
面倒なことにならないといいけど……しばらくは周囲を警戒することにしよう。
それから数日、逆恨みで刺客でも送られるんじゃないかとちょっと思っていたのだが、何事もなく平和に過ごしていた。
ロマ達は再びダンジョンの攻略に行き、帰ってくるのは二十日後とのこと。
俺とスレイルとルシルフィアはぐーたらと日々を過ごす。
そんなある日、俺に謁見したいという商人が来た。
それを知らせてくれたサンヴァトレによれば、その商人はまたシャンダオの者だとか。
諦めきれないジェロニアがまた来たのかと考えたのだが、どうやら別の人物のようだ。
「ごめん。ちょっとお客さんみたいだから行ってくるね」
「はーい!! いってらっしゃーい!!」
『いってらっしゃいませ、リョーマ様』
絨毯の上で漫画をパラパラと読むスレイルと、大天使の姿でソファーに座って優雅に紅茶を飲むルシルフィアを残して部屋を出て、応接室でその商人を待つ。
「お客様をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開けられ、中に入ってきたのは……
「ッ!!」
思わず目を見開いてしまった。
応接室に入ってきたのは、肥え太った男だった。
かなりの巨漢で唖然としてしまう。
まるで貴族のような服装に、宝飾品で過剰に着飾っている。両手の太い指全部に大きな宝石の指輪がはめられていて、ギラギラとした外見だ……
「お初にお目にかかります、わたくし、シャンダオから参りましたブルオンと申します」
ブルオンは窮屈そうに跪く。
「ど、どうぞお掛けください……」
「おお!! これはこれは……お言葉に甘えて」
ドカッとソファーに座る。ブルオンの体重を支えるソファーは、ギシギシと軋んでいた。
ポケットからハンカチを取り出して滴る汗を拭うその姿に、俺は若干頬を引き攣らせた。
「いやはや、さすがは使徒様!! びしばしと覇気を感じられますな!! ブハハハハ!!」
何がおかしいのか、一人で豪快に笑うブルオン。
「えっと……どのようなご用件でしょうか……?」
「そうでしたそうでした! 本日は是非、使徒リョーマ様と友誼を結びたく参りました! まずはこちらをお受け取りくださいませ!」
そう言ってアイテムバッグから、金銀財宝をテーブルいっぱいに並べる。
「献上品故、ご遠慮なさらずに!」
もちもちとしたほっぺを釣り上げて微笑むブルオン。
献上品といっても豪華すぎるし、素直に受け取っていいのかわからない。
なにせ、オイグスやジェロニアにはギラギラとした腹黒い欲望を感じたのだが、目の前にいるこの男、ブルオンからは全くそのようなものを感じ取れないのだ。
「す、凄い品々ですね……」
「そうでしょうとも! 王家に献上できるほどの品だと自負しております!」
その言葉通り、どれもこれも見惚れるほど芸術的で、素人が見ても傑作とわかる宝だ。
それを用意してくるあたり、只者じゃないのは窺える。
「どうでしょうか! 気に入っていただけましたでしょうか?」
「え? あ……はい……とても素晴らしいと思います……」
俺の答えに満足そうに頷くブルオン。顎の脂肪がタプタプと揺れている。
「先ほども申しました通り、わたしはリョーマ様と知り合いたく参りました。わたしにできることがございましたら、何なりとお申し付けください! それと先日、ジェロニアという若造がご迷惑をおかけしたようで、代わって謝罪いたします」
ブルオンは深く頭を下げる。
「あ、頭を上げてください!! 誠意は受け取りました! そ、そうだ! 友達になってくれるんでしたら、こちらからも何か贈り物をしないといけませんね!」
スマホを取り出してインベントリを見る。
固有空間から持ち出した物で、何かちょうどいい物がないか探す。
見た目で判断しちゃうけど、食べ物がいいだろう。ダンジョンの戦利品である高級オーグル肉や妖精の箱庭で妖精達が作った野菜、調味料としてステーキにちょうどいいクリスタルソルトやソースをいろいろ出す。
それを食い入るように見るブルオン。ゴクリと生唾を飲み込む。
「どうぞ受け取ってください。友としてお贈りいたします……ですが一つ約束してください。安易に売りに出したり、噂を広めたりするようなことはしないと」
「も、もちろんですとも!! このブルオン、命を懸けて誓いましょう」
ブルオンは俺からの贈り物を慈しむように、まるで宝物のように丁寧に自身のアイテムバッグに仕舞う。お宝の品々を出した時とは大違いだ。
そんな彼の様子に苦笑いしながら、俺も献上品だという品々をインベントリに仕舞った。
その後は軽い雑談をし、シャンダオのことも少し教えてもらった。
シャンダオという国の正式名称は、協商人国シャンダオ。
そのシャンダオを取り纏めているのは、世界に名を轟かせる三豪商で、海運の王ポリアネス、空運の覇者アリドス、陸運の巨人ベンジャーノ。この三人が実質的に支配しているんだとか。
それを聞いて俺はなるほどと思った。
使徒の集会の時、皇が言っていたのだ。
シャンダオは国として使徒に匹敵する化け物であり、使徒一人が相手なら互角にやりあえる力があると。
陸海空を制する力があるのだから、かなり面倒な相手に違いない。
そんな雑談も終わり、ブルオンはほくほく顔で帰っていった。
俺も何だか疲れた気分になり、部屋に戻る。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!!」
『おかえりなさいませ、リョーマ様』
二人に出迎えられて心が和む。
「どんな人だったの~?」
「ん~? なんか俺と友達になりたいって人だったよ」
「そうなんだ!」
無邪気に答えるスレイルに、癒やされたのだった。
俺はソファーに寝っ転がって固有空間から持ち出したラノベを読み、スレイルとルシルフィアはボードゲームで遊んでいる。
と、俺はふいにラノベをパタンと閉じ、ソファーから起き上がった。
「ん、帰ってきたか」
かなりレベルが上がって、神様ポイントを使ってステータスを上げたおかげか、以前に比べてかなり気配に敏感になったのだ。
「誰が来たの?」
スレイルは頭を少し傾げて聞く。
「二人に紹介したいと思ってた、俺の友達だよ」
「お兄ちゃんの友達!! 僕も友達になれるかな?」
「きっとなれるよ。すごくいい人達だし、面倒見もいいんだよ」
「でしたら私も是非ご挨拶をさせてください」
そう言ってルシルフィアが微笑む。
彼女はこれまでの言動を見る限り、俺やスレイルにしか関心がないらしい。国王や王族、俺の家で働く人達に対しても興味がないような素振りを見せるのだが、そんな彼女が積極的にそう言うのでちょっと嬉しかった。
ほどなくして、サンヴァトレが部屋に来る。
「リョーマ様、ロマ様とタオルク様の御一行がお越しになりました。いかがなさいますか?」
「すぐに会いたいからここに連れてきてください」
「かしこまりました」
それから五人の気配が俺達のいる部屋にどんどん近付いてくる。
コンコンとドアがノックされ、「お連れいたしました」とサンヴァトレが告げる。
「どうぞ」
サンヴァトレがドアを開け、四人が中に入ってきた。
久しぶりに会うロマ、フェルメ、ルインは満面の笑み。タオルクは欠伸をして、頭をガシガシと掻きながら部屋に入ってきた。
「久しぶりだね! さあ座って座って!」
「久しぶりだな、リョーマ! なかなか戻ってこなかったから、ダンジョンの攻略に手こずってるのかと思って心配したぞ」
「お久し振りです、リョーマ様!」
「リョーマならあっという間に攻略するって思ったッスよ!」
「アハハ……そうはいかなかったね」
ロマ、フェルメ、ルインに苦笑いで答えると、タオルクも含めた四人は驚く。
「使徒のお前でも厳しいダンジョンだったのか……」
タオルクは言う。
「まぁ、他の使徒だったらあっという間に攻略できてたと思うけど、俺はまだまだ弱いからね……それで、皆に紹介したい人がいるんだ」
まずはスレイルに前に出てもらう。
出会ったきっかけを皆に話すと、かなり驚いていた。特に、元はスケルトンの子供で、進化をして今の姿になったという部分に衝撃を受けているようだった。
「あ、あの、スレイルです! よろしくお願いします!」
緊張しているのか、ぎこちなく挨拶をして頭を下げるスレイル。
「リョーマの仲間なら俺の仲間だ! よろしくな! 俺はロマだ!」
ロマはすぐに受け入れてくれる。
「リョーマ様のお仲間でしたら信用しないわけないです! これからもよろしくねスレイル君! 私はフェルメです」
フェルメはスレイルに微笑む。
「俺はルイン! よろしくッス!」
はにかむルイン。
「……俺はタオルク。まぁよろしくな」
タオルクだけは若干警戒してる雰囲気がする。
スレイルの実力を肌で感じているといった様子だ。見た目は子供だけど、侮れないと思ってるのかもしれない。
「それで、こっちの人がルシルフィア。その、大天使なんだけど……」
「ルシルフィアと申します」
「ルシルフィア、本当の姿になってもらっていいかな?」
『はい』
翼を隠す幻影を解くと、ルシルフィアの背に三対六翼、純白の翼が現れる。声も普通に聞こえるものではなく、頭の中に直接響く感じだ。
ついでにスレイルの幻影も解いてもらい、元の尻尾のある姿になった。
「「「「!?」」」」
これに四人は絶句する。
そりゃ、超常の存在である天使、それも大天使が目の前にいるのだ、驚かないわけがない。そのせいで落ち着くまでに割と時間がかかってしまった。
俺としては、皆には仲良くしてほしかったのだが、どうやら問題はなさそうだな。
それから俺のダンジョン攻略の話が聞きたいということで、お菓子や飲み物をテーブルに広げ、それをつまみながら聞いてもらった。
俺の話はやはり驚きの連続だったのだろう、ロマ達は度々お菓子をつまむ手を止めて、前のめりになって話に聞き入っていた。
「……はぁ~。なんというか、凄すぎる……」
ロマは脱力し、ソファーの背にもたれて呟く。フェルメ、ルインも同様に頷く。タオルクは言葉もないという感じでコーヒーを飲んでいた。
今度はロマ達の話を聞きたいと思ったのだが、色んな意味で疲れたということで四人は休むことになった。四人はそれぞれの部屋に戻っていく。
「時間も時間だし、お風呂に入ったらご飯にしよう」
「一緒に入るー!!」
『ご一緒いたしますね』
そうして今日も、三人で大浴場に向かうのだった。
第2話 シャンダオの商人
お風呂を上がり、ご飯を食べた後はそれぞれの部屋で休む。
というわけで、スマホを開いて妖精の箱庭アプリをいじることにした。
これは文字通り、妖精が暮らす箱庭を管理するアプリゲームで、このアプリ内で作られたアイテムをこっちの世界でも使えるという優れモノだ。
画面内は、海に孤島がぽつんとあり、その中央に世界樹の若木が聳えている。
そして妖精ポイントという、このアプリ専用のポイントを使うことで島の面積などを拡張できるのだが……ポイントが貯まっていたため、島の面積を元の五十倍近くまで広げ、妖精も千匹まで増やした。
そして、大きな鉱山も追加した。妖精ショップに追加されていた採掘道具を購入すると、数十匹の妖精がアイテムを使って作業を始める。
魔法とアイテムを駆使してあっという間に坑道が構築され、アイテムボックスには次々と採掘された鉱石や宝石の原石が溜まっていた。
それと同時に、妖精ショップに加工施設が追加されたのに気付いた。
島を大きくはしたが、中心部分の農林畜産業エリア以外は手付かずだから、空いている南エリアに工業施設を設置する。
するとそこにワラワラと妖精が集まって、鉱石や宝石の原石を加工し始めた。
一生懸命働くその姿に思わずほっこりする。
ポイントはまだ余ってたから、溜池やら小川やらいろいろ環境を追加して……気が付けばすっかり朝になっていた。
そろそろサンヴァトレがやってくる時間なので、ベッドから出た俺は、シルクのパジャマを脱ぎ捨ててラフな洋服に着替える。
するとちょうどいいタイミングで、扉がノックされた。
「リョーマ様、おはようございます。ご朝食の準備ができました」
「わかった。皆は?」
「食堂に集まっております」
既に集まっているということで、少し早足で食堂に向かった。
「皆、おはよう!」
席に座って挨拶をする。長テーブルの向かって右側にロマ達が座り、左側にスレイルとルシルフィアが座っていた。
俺が着席したところで、まずはグラスに飲み物が注がれ、料理が並べられる。
どうやら、俺が来る前に互いにいろいろ話したみたいで、ロマ達とスレイルやルシルフィアはすっかり馴染んだようだった。
スレイルがご飯を美味しそうに食べる姿に一同和んだりしながら、楽しい朝食は終わり、談話室に移動した。
「ふぃ~。やっぱリョーマのところで食べるご飯は美味しいな!」
ロマは満足げにお腹をさする。
うちで出している料理は、妖精の箱庭でとれた絶品の素材を一流のシェフが調理しているからな。
「本当に。普通の宿のご飯じゃ物足りなく思ってしまうようになりました……」
少し恥ずかしそうに言うフェルメ。
まぁ確かに、ギルド通りに並ぶ宿屋のご飯に比べたら、天と地の差になってしまうだろう。
「リョーマはしばらくは旅に出たりはしないのか?」
タオルクが聞いてくる。
「そのつもりだよ。特に何かしようなんてことは考えてないかなぁ。まぁのんびりしてるよ」
「んじゃあ、俺達もゆっくりするか」
タオルクの言葉にロマ達は嬉しそうに賛成する。
「ロマ達はダンジョン攻略の方はどう? たしか、ファー賢老の塔だったよね?」
四人はこの王都近くの、俺達が攻略したのとは別のダンジョンに挑戦してたんだよな。たしか魔道具が多く産出されるダンジョンで、低ランクの冒険者でも入りやすい場所だった気がする。
昨日は俺の話をしたから、今日はロマ達の冒険譚を聞きたい。
スレイルは俺の隣でワクワクしていて、それを見たロマ達は攻略の様子を話し始める。
「めっちゃデカかったッス!」
「確かにな!」
ルインの言葉に、ロマが頷く。
この世界ではどのダンジョンも、出入り口となる場所には白亜の石柱がある。それをすり抜けると、その先がダンジョンになっているのだ。
そしてファー賢老の塔では、その石柱の向こうに、天を突き抜けるほどに高く聳える塔があるそうだ。一階層だけでも都市ファレアスぐらいの広さがあり、塔の入り口も巨大で、巨人が背伸びしても通り抜けられそうなほどだという。
塔の中も、天井が何百メートルもありそうなほどに高かったらしい。
迷路のように入り組んだ大きな幅の通路の壁には大小様々な扉があるようで、中は部屋だったり別の通路だったりしたという。
そして探索を始めるとすぐにゴブリンが現れる。しかもそのゴブリンはただのゴブリンじゃなくて、いきなり魔法攻撃をしてきたというから驚きだ。
「結構複雑なダンジョンなんだね」
「ああ。しっかりマッピングしないと確実に迷う、いやらしい構造だったな。見ろよこれ」
タオルクは懐から折り畳まれた紙を取り出し、広げる。
びっしりと通路やら部屋やらが書き込まれていて、その広大さと複雑さに思わず目を見開いてしまった。
「しかも、これだけ広いのに次の階層に繋がる道が一本しかなくて、それを探さなきゃいけないのが辛かったな」
「うわぁ……」
こっちはこっちで過酷そうだな。
それから話を聞いていると、現在ロマ達が探索しているのは、五階層らしかった。
「階層が上がるごとにモンスターは強くなるし、また一からマッピングしないといけないから思ったように進まなかったな」
五階層の時点でマジックオーガやマジックサイクロプスという魔法を使うモンスターが現れるようになり、ロマ達は苦戦しているという。
未踏破のダンジョンなので最終的にどこまで続いているかはわからないが、たしか現在の到達階層は二十四階層。それを考えると五階層はまだまだ序盤だと思うが、そんな強いモンスターが出るなら、十階層、二十階層、そしてその先には何が現れるのやら……ダンジョンが未攻略なのも頷ける。
それから、ルインが迷子になりそうになったり、ロマとフェルメがちょっといい雰囲気になったりと、楽しそうな話を聞かせてくれるロマ達。
そんな時に、サンヴァトレが部屋に入ってくる。
「ご歓談中、失礼します」
そう言って俺のそばに来て耳打ちする。
「シャンダオの商人を名乗る人物が、リョーマ様に謁見を賜りたいとお越しになられてますが……いかがなさいますか?」
「シャンダオ?」
たしか、商人達が寄り集まってできた国だっけ。
使徒の集会の時に、皇――この世界でも古株の使徒が教えてくれたような……
せっかくだから会ってみようかな。
「皆、ごめん。お客さんが来たみたいだからちょっと行ってくるね! 皆はそのまま話してて」
お菓子やジュースを出して、俺は部屋を出る。
そしてサンヴァトレに指示を出し、その商人を応接室に通すように手配した。
応接室で待つこと十分。その男はやってきた。
「お連れしました」
「どうぞ」
部屋に入ってきた男は、腰を深く曲げて頭を下げる。
「お、お初にお目にかかります! わたくし、シャンダオから参りました、フダス商会を営んでおりますジェロニアと申します! 使徒リョーマ様と謁見できたこと、幸甚に存じます!」
「リョウマです。どうぞお掛けになってください」
「はい!」
ぎこちない動きで対面に座るジェロニア。
俺はまっすぐ彼を見るが、ジェロニアは伏し目がちにチラチラと俺を見る。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続く。
「えっと……本日はどのようなご用件でしょうか?」
沈黙で居心地が悪く、自分から切り出す。
「あ、は、はい!! し、使徒リョーマ様にご相談したいことがありまして……そ、その前にどうぞこちらをお受け取りください!」
ジェロニアは自分のバッグから、いくつもの見事な宝飾品を出してテーブルに並べた。
「こちらの品々は、使徒リョーマ様に献上させていただきたくお持ちいたしました! どうぞお納めください!」
俺は目を細めて、宝飾品と頭を下げている男を見る。
商人がこうして近付いてくるのは、何か打算があってのものだろう。以前オイグスという商人が、俺が固有空間から持ち出したジュースに興味を持ったように……
「……ありがとうございます。それで、相談したいこととは何でしょうか」
「は、はい……リョーマ様についてある噂を伺いまして……何やら大変珍しいお飲み物等をお持ちだとか……」
それを聞いて俺は内心でため息をつく。ついに来たかと。
こうして直接言ってくるということは確かな情報を仕入れている、つまり隠しても無駄だろう。
俺はインベントリからペットボトルのオレンジジュースを取り出す。
「……これのことですか?」
ジェロニアはテーブルに置かれたオレンジジュースを食い入るように見る。
「ま、まさにそれのことです!! おぉ……それが使徒リョーマ様だけが持つ大変珍しいお飲み物ですか!! その入れ物も見たことがありません!!」
興奮し、ゴクリと生唾を飲み込むジェロニア。
「これを目当てにして来られたのでしたら、残念です。売り物にするつもりはありません」
「そんな……」
俺のはっきりした言葉に、ジェロニアは酷く落ち込んだ。
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「取引はできませんが、一杯ご馳走しましょう。こうしてお越しいただいて何もおもてなしできずに帰すのもなんですので」
このままじゃ帰りそうにもないから、とりあえず一杯だけ出すことにした。
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
サンヴァトレに客用のコップを持ってきてもらい、ペットボトルの蓋を開けて注ぐ。
ジェロニアはペットボトルの構造が気になるのか凝視している。
俺はオレンジジュースが並々に注がれたコップに手を翳し、氷雪魔法でキンキンに冷やしてからジェロニアの目の前に置く。
「どうぞ、召し上がってください」
「で、では遠慮なくいただきます……」
ジェロニアはコップを手に取り一口。そしてカッと目を見開いた。
「美味しい!! 南国のガルゴという果物によく似た味ですが……それよりもさっぱりしていて飲みやすい……それに、甘さが……ッ! 砂糖をふんだんに使われてるのですか!?」
大袈裟なリアクションに、俺は思わず苦笑いする。
当のジェロニアはオレンジジュースの価値を脳内で試算しているのだろう、ちびちび飲みながら難しそうな顔だ。
「……リョーマ様、無理はご承知でもう一度お願いします! 是非このオレンジジュースやリョーマ様がお持ちの物を取引していただけないでしょうか! どうかお願いします!!」
「何度言われても変わりません。売り物にするつもりはないので、どうぞお引き取りください」
俺の態度に下唇を噛むジェロニア。
「…‥わかりました。重ね重ねのご無礼、申し訳ありませんでした。お時間をいただけたこと、誠にありがとうございました。それでは失礼いたします……」
ジェロニアは深く頭を下げると、サンヴァトレの案内で部屋を出ていった。
俺は一人応接室に残り、ソファーに深くもたれる。
「はぁ~……シャンダオか……」
呟いて天井を見上げる。
面倒なことにならないといいけど……しばらくは周囲を警戒することにしよう。
それから数日、逆恨みで刺客でも送られるんじゃないかとちょっと思っていたのだが、何事もなく平和に過ごしていた。
ロマ達は再びダンジョンの攻略に行き、帰ってくるのは二十日後とのこと。
俺とスレイルとルシルフィアはぐーたらと日々を過ごす。
そんなある日、俺に謁見したいという商人が来た。
それを知らせてくれたサンヴァトレによれば、その商人はまたシャンダオの者だとか。
諦めきれないジェロニアがまた来たのかと考えたのだが、どうやら別の人物のようだ。
「ごめん。ちょっとお客さんみたいだから行ってくるね」
「はーい!! いってらっしゃーい!!」
『いってらっしゃいませ、リョーマ様』
絨毯の上で漫画をパラパラと読むスレイルと、大天使の姿でソファーに座って優雅に紅茶を飲むルシルフィアを残して部屋を出て、応接室でその商人を待つ。
「お客様をお連れしました」
「どうぞ」
扉が開けられ、中に入ってきたのは……
「ッ!!」
思わず目を見開いてしまった。
応接室に入ってきたのは、肥え太った男だった。
かなりの巨漢で唖然としてしまう。
まるで貴族のような服装に、宝飾品で過剰に着飾っている。両手の太い指全部に大きな宝石の指輪がはめられていて、ギラギラとした外見だ……
「お初にお目にかかります、わたくし、シャンダオから参りましたブルオンと申します」
ブルオンは窮屈そうに跪く。
「ど、どうぞお掛けください……」
「おお!! これはこれは……お言葉に甘えて」
ドカッとソファーに座る。ブルオンの体重を支えるソファーは、ギシギシと軋んでいた。
ポケットからハンカチを取り出して滴る汗を拭うその姿に、俺は若干頬を引き攣らせた。
「いやはや、さすがは使徒様!! びしばしと覇気を感じられますな!! ブハハハハ!!」
何がおかしいのか、一人で豪快に笑うブルオン。
「えっと……どのようなご用件でしょうか……?」
「そうでしたそうでした! 本日は是非、使徒リョーマ様と友誼を結びたく参りました! まずはこちらをお受け取りくださいませ!」
そう言ってアイテムバッグから、金銀財宝をテーブルいっぱいに並べる。
「献上品故、ご遠慮なさらずに!」
もちもちとしたほっぺを釣り上げて微笑むブルオン。
献上品といっても豪華すぎるし、素直に受け取っていいのかわからない。
なにせ、オイグスやジェロニアにはギラギラとした腹黒い欲望を感じたのだが、目の前にいるこの男、ブルオンからは全くそのようなものを感じ取れないのだ。
「す、凄い品々ですね……」
「そうでしょうとも! 王家に献上できるほどの品だと自負しております!」
その言葉通り、どれもこれも見惚れるほど芸術的で、素人が見ても傑作とわかる宝だ。
それを用意してくるあたり、只者じゃないのは窺える。
「どうでしょうか! 気に入っていただけましたでしょうか?」
「え? あ……はい……とても素晴らしいと思います……」
俺の答えに満足そうに頷くブルオン。顎の脂肪がタプタプと揺れている。
「先ほども申しました通り、わたしはリョーマ様と知り合いたく参りました。わたしにできることがございましたら、何なりとお申し付けください! それと先日、ジェロニアという若造がご迷惑をおかけしたようで、代わって謝罪いたします」
ブルオンは深く頭を下げる。
「あ、頭を上げてください!! 誠意は受け取りました! そ、そうだ! 友達になってくれるんでしたら、こちらからも何か贈り物をしないといけませんね!」
スマホを取り出してインベントリを見る。
固有空間から持ち出した物で、何かちょうどいい物がないか探す。
見た目で判断しちゃうけど、食べ物がいいだろう。ダンジョンの戦利品である高級オーグル肉や妖精の箱庭で妖精達が作った野菜、調味料としてステーキにちょうどいいクリスタルソルトやソースをいろいろ出す。
それを食い入るように見るブルオン。ゴクリと生唾を飲み込む。
「どうぞ受け取ってください。友としてお贈りいたします……ですが一つ約束してください。安易に売りに出したり、噂を広めたりするようなことはしないと」
「も、もちろんですとも!! このブルオン、命を懸けて誓いましょう」
ブルオンは俺からの贈り物を慈しむように、まるで宝物のように丁寧に自身のアイテムバッグに仕舞う。お宝の品々を出した時とは大違いだ。
そんな彼の様子に苦笑いしながら、俺も献上品だという品々をインベントリに仕舞った。
その後は軽い雑談をし、シャンダオのことも少し教えてもらった。
シャンダオという国の正式名称は、協商人国シャンダオ。
そのシャンダオを取り纏めているのは、世界に名を轟かせる三豪商で、海運の王ポリアネス、空運の覇者アリドス、陸運の巨人ベンジャーノ。この三人が実質的に支配しているんだとか。
それを聞いて俺はなるほどと思った。
使徒の集会の時、皇が言っていたのだ。
シャンダオは国として使徒に匹敵する化け物であり、使徒一人が相手なら互角にやりあえる力があると。
陸海空を制する力があるのだから、かなり面倒な相手に違いない。
そんな雑談も終わり、ブルオンはほくほく顔で帰っていった。
俺も何だか疲れた気分になり、部屋に戻る。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!!」
『おかえりなさいませ、リョーマ様』
二人に出迎えられて心が和む。
「どんな人だったの~?」
「ん~? なんか俺と友達になりたいって人だったよ」
「そうなんだ!」
無邪気に答えるスレイルに、癒やされたのだった。
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