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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第二十六章】 槍と命、そして国と未来

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 その足で別棟を出ると、僕は城の外へと向かった。
 行き先は昨夜コルト君に聞いた城の裏側にあるという墓地である。
 既に昨日亡くなった十名の兵士達はそこに埋葬されていると知り、せめて合掌ぐらいはしておこうと思ったのだ。
 無宗教な僕ではあるが亡骸を目にしたこともそうだし、何より僕達を案内するために港に居た兵士だ。冥福を祈るぐらいはさせてもらっても罰は当たらないだろう。
 意識改革というか、この先起こるであろう争いの中に身を投じる自分への戒めとして一つの判断ミスや気後れがどういう結果になってしまうのかを助けることが出来なかった命の重みを借りて心に刻んでおこうと思った。そういう理由だ。
 城の裏側に回る道が分からず少し迷ったものの、通りがかりのサントゥアリオ兵のおじさんに道を教えて貰って無事に到着。
 そこには霊園の様な芝生の広場が結構な面積で広がっており、日本のような墓石ではなく木や鉄で出来た十字架が数え切れない程に並んで立っている。テレビで見るアメリカの墓地なんかに近い感じだ。
 彼らの名前を知らない僕はそばに居た監視役の兵士に昨日埋葬された人達の墓の場所を聞き、案内してもらうとその十字架の前で片膝を付いて手を合わせ目を閉じた。
 どうやら一人一人が別の墓の下に埋まっているわけではなく、同じ場所で亡くなった人は同じ墓に埋葬されているようだ。
 事実目の前の十字架にはきっちり十人分の名前が刻んであった。
「…………」
 自ら視界を閉ざすことが脳裏に様々な記憶や思いが呼び起こされ、交差していく。
 彼らの無念を考えると胸が傷む。
 同僚や家族の気持ちを想像するだけで涙が出てくる。
 助けてあげられなくてごめんなさい。
 間に合わなくてごめんなさい。
 そんな贖罪の気持ちと、今後また同じことが簡単に起きてしまう状況に対する不安とで心が酷く乱れていることが分かった。
 顔見知りのグランフェルト兵やセミリアさんにサミュエルさんにレザンさん、クロンヴァールさんやアルバートさん、ハイクさん、ユメールさん、コルト君。
 もしも彼らに同じ事が起きたなら僕はどう思うだろうか。
 いつだって何かを達成するよりも一緒に居る人達の安全ばかりを考えてきた僕だけど、それでも今までこの世界でやってきたことを考えると誰の死にも直面しなかった方が不思議なぐらいだ。
 かつてサミュエルさんとやり合った鳥獣ハヤブサや僕が命を奪ってしまった死霊天狗ドーブルを含む化け物の一味達の死だって後味悪く思っているぐらいだし、巨大なイカやムカデ、コウモリなんかだと割り切れる度合いもまだマシだけど、人型で言葉を操るとくれば尚更だ。
 そんな、今は無関係な記憶まで掘り起こし、余計な想像力を働かせるせいでますます不安定になっていく感情に気付いてそれらに歯止めを掛けようとした時だった。
「誰?」
 不意に背後から女性の声がした。
 人が近付いてきていたことに全く気付いていなかった僕は反射的に振り返る。
 後ろから近付いてきていたのはこの国の兵士のトップに立つ人物であり、セミリアさんやクロンヴァールさんに並ぶ実力者であると言われている若き女戦士エレナール・キアラさんだった。
 歳は推定で二十歳過ぎ、肩に届かないぐらいの金髪と背中にランスといわれる物に分類される様な円錐型の長い槍を背負っているのが特徴的な端整な顔立ちをしていながらもクロンヴァールさんとはまた違った凛々しさを感じさせる女性だ。
 思いがけない人物との遭遇に慌てて涙を拭って立ち上がったものの、流石に正常な状態ではないと思われたのかキアラさんは少し心配そうな顔で僕を見ている。
「お、おはようございます、キアラさん」
「貴方はグランフェルトの元帥の……コウヘイ君、でいいのかしら」
「はい。康平です、樋口康平。こうして直接会話をするのは初めてですよね、グランフェルトの代表として、と言えるかどうかは分かりませんが、よろしくお願いします」
「私はこの国の軍隊である【王国護衛団レイノ・グアルディア】の総隊長を務めているエレナール・キアラです。挨拶も出来ていなくてごめんなさいね。こちらこそどうぞよろしく」
 キアラさんは律儀にも自己紹介を返してくれた。
 昨日の顔合わせの時のイメージでは終始真剣な表情をしていたし、気の強い人なのかと思っていたのだが、その声や口調、表情からは少なからず優しさが感じられる。
「ところでコウヘイ君……もしかして、泣いていたの?」
「す、すいません。そういうつもりではなかったんですけど……」
 やはり泣いていたことは隠せていなかったらしい。
 少し恥ずかしいけど、キアラさんからすれば他所の国の男がお墓の前で泣いていれば変に思うのも無理はないか。
「別に責めているわけではないの。ただ、ちょっと不思議に感じて」
「不思議、ですか」
「これは昨日亡くなった兵士達の墓。分かっていてここにいるのだと思うし、かくいう私も弔いに来た身なのだけど……どうしてコウヘイ君が泣いているのかなと思えてしまって。勿論悪い意味で言っているわけではないのだけど、彼らと知り合いだったの?」
「まさか。この国で暮らしている人と会話をしたのは昨日この城に来た時が初めてだったぐらいですよ」
「だったらどうして君が涙を流すのか、聞かせてもらっても?」
「うーん……説明しようにも理由なんてないので難しいですね、というか理由が必要とも思っていませんし。確かに彼らと僕は赤の他人です。名前も知らない、話したこともない、だけど人が死んで悲しいと感じてしまう理由は口で説明出来るものではないかなと。自分でも僕がそういう人間だったとは思っていなかった部分もあるので言いたいことが上手く纏まらなくて申し訳ないのですが」
「コウヘイ君は優しいのね。他国の人間に対して自然とそう思える人はそう多くないもの」
「多分、優しいからというわけじゃないです。どちらかというと性格は捻くれているとさえ思っているぐらいですから。そういう意味ではこの行為だって自分に対しての側面の方が強かったのかもしれません。僕にもっと広い思考があれば死なずに済んだかもしれない、助けられたかもしれない。そう思うとやるせなくなってしまって、後から悔やんでいるばかりの自分がとても愚かしく感じてしまう。リュドヴィック王にお世話になる前の僕ならばきっと他人事丸出しの感想を抱いて終わっていたと思います。警さ……軍隊の人が亡くなったと聞いても、誰かが誰かに襲われて命を失ったと聞いても、物騒な世の中だなーなんて漠然と思っていた。そんな僕が当事者になって初めて怖さを感じている。グランフェルトの指揮官という役割を与えられた。喧嘩の一つも出来ない僕の命令を兵士達は聞かなければならない。僕の指示や判断一つで人が死んでしまうかもしれない。そんな状況で、戦争に参加しようとしている状態で、顔見知りかどうかで割り切れる程簡単じゃないということなんだと思います。慣れ不慣れの問題であったり経験の無さゆえのことだと言われればそれまでですけど、ついこの間まで全てが他人事だった僕が今ここに居る以上、少なくとも僕にとっては同じ国の人であっても他所の国の人であっても、例え敵と表現される人達であっても、戦争という愚かな行為によって死ぬ人間に区別なんてないんです。死んでも仕方ないという理由になるとも思いませんし、それが戦争だ、なんて言い訳も受け入れることが出来ない。人間を滅ぼそうとしている化け物でもないのに……人間同士なのに……どうして殺し合わなければいけないのか……僕にはそれが中々事実として向かい合うことが出来なくて」
 本来他所の国の人間に言うべきではなかったはずの言葉を、僕は抑えきれずに吐き出していた。
 キアラさんの人柄に油断していたのか、戦争をしているこの国のトップである彼女を軽蔑する気持ちが湧いてしまったのか。
 例えここが日本であったとしても同じことを言ったところで誰の胸にも響くことのなさそうな心の内を吐露せずにはいられなかった。
 戦地に足を踏み入れ、事故でも病気でもない人の死と接し、自身も幾度となく自分の命を奪おうとする者と対峙し、戦ったり考えたりした結果どうにか死なずに済んだ。
 僕だってそうした経験があって初めて命の重みを感じているのだと思う。そうでなければ僕が他人の死によって涙を流すようなことはなかっただろう。
 今ここに来たことだって自己満足の意味合いが強くて、悔やむ気持ちや申し訳なく思う気持ちは当然あれど、それをここで懺悔することで免罪符を得ようとしているだけなんじゃないかと、言い換えればただ自分が少しでも楽になりたいだけの行為でしかないんじゃないかと思えてきてしまう。
 そんな自分はちっぽけだと思う。でも、だからこそ同じ事を繰り返さないために尽力しようと思う気持ちに偽りはない。
 しかし、だからといってやはり今ここでキアラさんに言うべき言葉ではなかったことに気付き謝罪しようと思った僕だったが、キアラさんは言い返してくるでもなく、憤慨するでもなく、神妙な面持ちで視線を僕からお墓の方へと移した。
「私も……本当にそうだと思うわ。人の性といえばそれまでだけど、人間は本当に区別や差別が好きな生き物だって。数と力で差別されてきた彼らが時を経て力でやり返そうとする。この国の歴史はその繰り返し。そして繰り返しているのにこの国の人々は区別される側の気持ちを分かろうともしない。それがこの国というものなのかもしれないと思うと心が傷むわ。だけど、私は情に流されて足を止めることはしない。私一人に全てを救う力は無い、だからこそ救えるもの、守るべきものを見誤らないと私は誓った。戦争に参加する以上は誰もが過ちを犯していると私も思う。だけど私は一人でも多くの民の未来を守る、それが総隊長を引き受けた理由だから」
 キアラさんの目には確かなる決意が滲み出ていた。
 その姿はどこかセミリアさんに通じるものがある。僕にはそう写った。
 それは第三者達の中での多数派としての意見に左右されない、己が信じ貫くべき正義を突き進む意志だ。
 それが分かっただけでも、こうして話が出来てよかったと心の底から思う。
 少なくともこの人は戦争だから仕方がない、悪いのは向こうだ、敵を滅ぼせば解決だ、そんなことは考えていない。
「キアラさんが……そういう人でよかった」
 色んな意味でホッとした途端、少し気が抜けてそんなことを言ってしまった。
 キアラさんは言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をする。
「どうしてそう思うの?」
「もしも戦争の正当性を口にするような人であったら、きっと今後こんな風に話をしようと思わなかったでしょうから。全てではないにせよ、僕は知識としてこの国の歴史を知っている。彼らがこの国に何をしたのかも、この国が彼らに何をしたのかも。その王国護衛団のトップに立つあなたが争いを憎む人であるなら、僕も救われるってものですから。それに従うかどうかは別として、ただ敵を滅ぼしそれを解決とするために呼ばれたのだと思っているよりは心強いというものです」
「間違っても正当性を訴えるつもりはないわ。戦争という悲しい現実を繰り返している私達に一方に偏っていない正義や主張があるとは思っていないし、私も繰り返される報復合戦が一日でも早く終わることを望んでいる。でも、コウヘイ君の望む答えとは違っているかもしれないけれど、それだけに固執するわけにもいかないことも事実。かつて私が尊敬し、付いていこうと思っていた人ですら全てを救うことは出来なかった。だから少なくとも守るべきものを間違えないと誓った。その人に、そして自分に。例え神や閻魔に罪人だと裁かれることになろうとも、ただ一人を守るために戦う覚悟がある。私は正義の味方じゃなくていい、苦しみ助けを求めている誰かの味方になれればそれでいい。だけど、私の短い人生でそんな風に言ったのはその方以来君が二人目よ。この国の未来を守るために、君の力を貸してくれる?」
 キアラさんは再び僕の目を見て、右手を差し出した。
 この人ならば、僕やセミリアさんの考えに同調してくれるかもしれない。
 素直にそう思った僕は、それを口にする代わりにその手を握った。
 やっぱりセミリアさんやクロンヴァールさんと同じく、世界で最も強い七人のうちの一人であるという称号を持つ戦士とは思えぬ女性らしい細く柔らかい手だった。
「コウヘイ君から見て、私に出来ることがあれば遠慮なく言ってね。真の平和を望み、共に戦う同志として、同じ連合軍の副将として、力を合わせていければいいと思うわ」
「ありがとうございます。でしたら、いきなりで図々しいのですけど一つお願いしたいことがあります」
「聞かせて」
「コルト君を……守ってあげて欲しいんです。彼は何かを背負わされていい子ではない、少なくとも今はまだ」
 グランフェルトにも十五、六歳の兵士は少なからず存在する。
 だけど彼らは言わば新兵に分類されていて、望まずして前戦に、或いは誰かの上に立たされることはない。そうするだけの強さや実績を持っていない限り数年は訓練と下働きをするのが踏むべき段階とされているからだ。
 そして彼はきっとそんなことを望んではいない。
 戦場で傷付け合うことを使命とし、何かを背負って立つには精神的にも性格的にも幼すぎる。
 戦いたくなくても戦わなければならないことにはこの国やこの世界の事情があるのだろう。それぐらい僕にも分かってる。
 それらを簡単に変えることが出来ないなら、せめて人と人との繋がりや思い遣りが些細なことであっても他の何かを変えてあげられるなら手を差し伸べてあげるべきだ。
「コルトのことも気に掛けてくれるのね。現実として魔法使いが貴重なこの国では彼を部隊から外すことは出来ない。だけど今の肩書きを持つには若く未熟であることは私も本人も分かっているの。護衛団の一員として、魔法部隊隊長として、情けない姿を見せるなと口酸っぱく指導しているけれど、少なくとも命の危険を感じた時には安全の確保を優先するように言ってあるわ。例え逃げ出しても責めることはしない。死ぬまで戦ってこいだなんて命令を出す様な人間に総隊長は務まらないもの、兵士一人一人の命もまた私にとっては守るべきものだから」
 キアラさんは優しい目で真っすぐに僕を見ている。
 コルト君もキアラさんは優しい人だと言っていたし、上に立つ人がこういう人であっただけまだよかったのかな。
 あの怖い目と機械的な冷たさを感じさせるノーマンさんとは大違いだ。
「ありがとうございます。そう聞いただけで少し安心しました」
「あら、どうしてコウヘイ君がお礼を言うの? コルトは私の部下なんだから当然でしょう」
「それもそうですね。なんだか差し出がましいことを言ってしまいました。色んな心配をしているうちに立場もなにもごちゃごちゃになってしまったんですかね。思ったことをそのまま口にしてしまって申し訳ありません」
「心配してそう言ってくれたならコウヘイ君はやっぱり優しい人間だと思う。この先辛いこともあるかもしれないけど、一人でも多くの人間が未来を失わないように私は総隊長としての責務を全うする。私は君に指導するような立場ではないけれど、コウヘイ君も決して無茶をせず道を誤らず無事に帰ってきてくれることを祈っているわ」
 キアラさんはそう言って、先程まで僕がしていた様に片膝を突いて両手を合わせ目を閉じる。
 僕もその隣で同じようにもう一度手を合わせた後、出陣する全部隊が集合することになっている城門前へと二人で向かった。
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